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第一章 王様と呪い
7、人事はつらいよ
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***
「最後の一人が退職を決めました」
その言葉は、まるで『年内にあなたは死にます』と余命宣告でもするかのような深刻さを醸し出していた。
発言の主である侍女長の笑みは、いつもよりも若干引き攣っている。
淑女に相応しい、いつもたおやかな笑みを欠かさない彼女には珍しい様子だ。
いつもの宰相ならば、ここら辺で適当な軽口を飛ばして嗜められるまでがお決まりのパターンなのだが、そんな余裕は一欠片も無い。
絶望のため息を吐いて、頭を抱えた。
「……駄目でしたか……」
「ええ、一応引き止めようとはしたのですが、なしのつぶてでどうしようもありませんでした」
「大変ご苦労様でした……」
恐らく、侍女長の疲れた表情から察するに、彼女も最大限の力を尽くして説得しようと試みたのだろう。
しかし、それでも引き止められなかった。
その理由が理解出来るだけに、余計に頭が痛いところだった。
二人の頭を悩ませている原因となっているのが、王付き侍女の人員である。
王の呪いが発覚してからというものの、辞職や移動希望者が特に多かったのが、王の専属である王付き侍女だった。
彼女らの主張によれば、
『男性の裸体を頻繁に目にしなきゃいけない職場はちょっと……』
『外聞が悪すぎます。もし縁談に差し支えたら、どうしてくれるんですか!』
「いやあ、まあ……ですよねぇ、としか言えないですよね、それは……」
「事実には違いありませんものね……」
彼女達の心からの訴えを思い出した宰相と侍女長は、揃って項垂れた。むしろ、納得しかない。
勿論、宰相は彼女らの名誉が汚されないように万全を期すつもりではあったが、それでも事実は事実だ。呪いのせいだと周知されてはいても、悪しきように言う人間は必ず出て来るだろう。
「王付き侍女が居なくなるのは困りますが、かといって嫌がる彼女達を無理に働かさせる訳にも……」
「はっきり言って、罪悪感がもの凄いです。娘を売り飛ばすような気分になります」
「多分私、可愛い孫娘が同じような目に遭ったら、責任者の元へ怒鳴り込む自信がありますよ」
「私もです」
宰相と侍女長はしみじみと頷き合った。
ただの気難しい相手というだけだったなら、高待遇を条件にすれば食い付く人間もいたかもしれないが、その気難しい相手が突然全裸になるとくれば、そのハードルは更に跳ね上がる。
国政に携わる以上、時には冷徹な判断を求められる事もあるが、嫌がるうら若き乙女に突然全裸になる男の世話を強制させるなど、もはや事案だ。流石に良心が痛む。
そもそもの話、全裸に目を瞑ってでも仕えたい主君だと思われなかったラームニードが悪いのだ。日頃の行いが悪いにも程がある。切なすぎて、泣きそうだ。
「……ともあれ、新しい専属侍女を選ばねばなりません」
「二、三人と言わずとも、一人は確実に欲しいですね」
ため息をついて、今現在王宮内で雇用されている侍女の名簿一覧と向き合った。
王の専属の人選をする時ほど、頭を悩ませる時間は無いと、宰相は常々思っていた。そもそも、縛りが多すぎるのだ。
「とりあえず、今回移動希望を出した者の名前は消しましょう」
「王付きを経験済みで陛下から不可を言い渡されている者と、前回までの候補者の選出時に不適切と判断されている者もですね」
そう言いながら、どんどん名前に線を引いていった。
この時点で、既に半分以上の名前が消えている。
「それと、家の問題でしょうか」
「この家は、少し前に陛下に喧嘩を売って返り討ちに遭いました。こちらとこちらは陛下のご不興を買っていますね。陛下も顔を合わせれば、喧嘩をお売り遊ばされるので避けた方が宜しいかと」
「何で皆そんなに喧嘩っ早いんですかね? ここは下町の酒場か何かでしたっけ???」
ここは王宮だったよな? と疑問を持ちながらも、ラームニードに反感を持っている家の人間や逆にラームニードが嫌っている家、腹に一物抱えていそうな家、しつこく妃の打診をしてきている家の人間も除外していく。
ここで、九割方の名前が消えた。
黒く塗り潰されようとしている名簿に、宰相と侍女長の顔が徐々に強張っていく。
「後は陛下との相性ですが……」
ここが一番重要だ。
これが駄目だと、こんなに苦労して選んだ侍女もすぐに解雇されてしまう。
「侍女長、あなたが思う陛下の専属に必要な能力とは何でしょうか」
侍女長はかつてラームニードの乳母を務めていた経験がある人物で、この王宮内で一二を争うほど彼を理解していると言っても過言ではない。
宰相の問いに、侍女長は少し考えて、こう述べた。
「まずは仕事に対しての誠実さ。陛下の言動を寛容に受け止める事が出来る包容力と忍耐力。呪いに屈しない度胸。陛下の容姿に惑わされない精神力。思わぬ事態に対応出来る応用力もあれば、なお宜しいかと」
「条件が厳しすぎやしません?? 誠実さと応用力はともかく、それ以外で大分振るい落とされますよ」
「応用力は追々どうにかなるとしても、それ以外は確実に必要です。最近の陛下は女性への警戒心が特に強まっていますから、陛下が許容出来る基準値に達していない人間を長くお側に置くとは思えません」
「本当にもう面倒な時に面倒な事件を……!!」
憤りのあまり、思わずドンと執務机を叩く。
元々人を見る目が厳しいラームニードではあったが、あれでも多少の目溢しはしてくれていたのだ。
しかし、そこで例の襲撃事件が立て続けに起こってしまった。
ただでさえ選べる人材が少ないというのに、そこから更に振るい落とさなければならないような事件を、何故よりにもよって今このタイミングで起こす。
怒り心頭な宰相であったが、それでも人事を決めるために名簿に視線を戻した。
(仕事に誠実で、陛下の言動を受け入れる事が出来て、呪いに動揺せず、陛下に美貌に惑わされたりしない人間……)
そんな人材、ホイホイ見つかるものか。
そう鼻で笑い掛けて、ふと気付いた。
つい最近、そんな人物に出会ったような気がしたのだ。
彼女は……確か。
「宰相閣下?」
眉を顰める侍女長に構わず、名簿に視線を巡らせる。
「……あった!」
探し求めていたものは、すぐに見つかった。
──何故なら、その名前には奇跡的にも線が引かれていなかったからだ。
「侍女長、彼女です。彼女なら、恐らく即戦力になるかと」
「……まあ」
名簿を差し出して嬉々として名前を指し示せば、侍女長は目を丸くしてそれでから納得したような表情を見せた。
彼女の反応に、宰相は自分の直感が正しかった事を確信する。
「リューイリーゼ・カルム下級侍女。彼女をここへ呼んでください」
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