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第一章 王様と呪い
5、呪いの余波と人手不足
しおりを挟む「陛下ッ……、お許しを……! 陛下ぁ!!」
半裸の女が泣き喚きながら、騎士たちに引き摺られるようにして部屋を出て行く。
その光景を憎々しげに見つめるラームニードも半裸だ。自分で脱いだ訳ではないという事実が、彼を苛立たせる。
「陛下」
知らせを受けて、駆け付けた宰相だ。
「ご無事で何よりです」
「無事ではない。服一式が犠牲になった」
「相手を罵る元気がおありならば、上々かと」
侍従であるキリクに新しい服を着せかけられながら、ラームニードは渋顔を作った。
紳士然としているが、相変わらずこの男は口が減らない。
反射的に言い返そうとして、やはり止めた。──それよりも。
「これで三人目だぞ、どうなっている」
ラームニードは、うんざりしていた。
本日、これで着替えた回数はとっくに片手の指の数を越えている。
最早着替えが面倒になって、凝った装飾の服ではなく、サラリと着付けられる服を選んでいるくらいだ。
しかも、その大半の原因がラームニード自身にはなく、一部の侍女や女官などが色仕掛けで籠絡しようとしてきた結果だというのが、更に怒りを加速させる。
「どうも何も、今が絶好の好機だと思われているんでしょうねぇ。混乱に乗じるのは、謀略の基本ですから。……まあ、こう三度も立て続けに起こると、流石に呆れますが」
王の呪いが発覚した王宮は、混乱の真っ只中だ。
呪いを目の当たりにして平静を装えなかった騎士や文官、侍女・侍従やメイドなどが何人も辞職をしたり、配置変更となっている。
辞職者や移動希望が特に人数が多かったのが、王に近寄る機会が多い職種の未婚女性である。原因は勿論というべきか、王の呪いだ。
確かに、全裸になった王と一緒に密室にいたという事実だけで、貴族令嬢の外聞としては大打撃である。
その結果残ったのは、王の幼少期から世話をしている者や年嵩のベテラン、ごくごく一部の心が強い者、どうしても働かなければならない事情を持った者や平民出身の者───そして、王の妃や愛妾の座を狙う者だけとなった。
「お妃候補や愛妾の一人でもいれば、まだ違ったのでしょうけど」
「好機だとしても、媚薬だの睡眠薬だの持ち込んでいる奴らは何なんだ。用意周到にも程があるだろう」
「勿論、常日頃から好機を窺っていたんでしょう」
「職場を何だと思ってるんだ」
「本当に」
ラームニードと宰相のため息が重なった。
王に危害を加えた、もしくは加えようとしたとして、今日だけで三人の女性が牢に拘束されている。
その手口は媚薬を盛ろうとした、催淫作用のある香を使おうとした、睡眠薬で眠らせて寝込みを襲おうとしたなど、呪いが公になってまだ半日ほどしか経過していないにも関わらずバラエティに富み、かつ本気を感じるラインナップである。
残念ながら王は呪いに躊躇するような殊勝な性格はしていなかった上、彼や彼の側近らの勘の良さによって空振りに終わったから良いものの、その行動力をもっと別の事に使え、と声を大にして言いたかった。
「捕まった三名の内訳は、伯爵家出身の女官一名、男爵家出身の上級侍女が一名、平民出身のメイドが一名ですね。全員、家からの指示ではなく、妃という座に目が眩んだのだと供述していますが」
「処刑しろ……と言いたい所だが。これから事情聴取と身辺調査を行うのだろう?」
「ええ、そのつもりですが」
三人の女が捕まった時の様子を思い返す。
そして、その時感じた違和感に確信を持った。
「──二番目の女だ」
「は?」
「二番目に襲撃してきた女の背後を徹底的に洗い出せ」
ラームニードから下された指示に、宰相は僅かに目を見開く。
だが、一瞬だけだった。
「何かを感じられましたか」
確認するように問われ、頷いた。
ラームニードは他人から向けられる感情を察知する能力に長けている。特に、悪意や謀事などを企んでいる人間に関しては百発百中と言ってもいい。
だからこそ余計に人間不信に拍車が掛かっているのは否めないが、国政に携わる上では非常に有用な能力だった。
宰相もその精度に信用を置いているからこそ、神妙な顔付きで話を聞いている。
「最初の女と先程の女は、ただ単純に己自身の欲や野望の為に動いているように思えた。だが、二番目の女だけは違う」
捕まった時の彼女の様子が、どうにも気にかかる。
暴れたり、泣きながら縋り付く二人とは違い、呆然と立ち尽くしていた。
自分が今置かれている状況すら分かっていないような様子で、騎士に捕縛されてようやく青ざめていたくらいだ。
「あれは、自分で企てた事を実行した後の反応とは思えない。まるで──誰かにでも騙されたかのようだ」
ラームニードに言われて、宰相も三人の様子を思い返してみたのだろう。顎元に手を当てて、合点がいったように頷いた。
「……身の程知らずの輩に唆された可能性があるという事ですね。次代の王の外戚として権力を握りたいと考える者は、まだ少なからずいますしね」
「チッ、面倒な」
ラームニードの頭の中に「自分の娘を妃に」と顔を合わせる度に執拗に迫ってくる、幾人かの顔が思い浮かんだ。
あれだけすげなく断っているというのに、諦めが悪いにも程がある。
だが、これはある意味では好機に違いなかった。
「叩いて埃が出てくるようならば、徹底的に叩け。王を害するのも厭わずに権力に固執する不忠義者など、危なくて側には置けん。この機会に叩き出して構わんだろう」
王に薬を盛ろうとした時点で、大逆罪及び国家反逆罪──慣例では、良くて貴族籍の剥奪、悪ければ即刻極刑である。
出て来た情報によっては、最悪幾つかの家が降爵や廃爵の憂き目に合うかもしれないが、いつ寝首を掻いてきかねない者を近くに置いておくよりはマシだ。
それを聞いた宰相は「承知致しました」と頷いた。
「念のため、他の二名に関しても同様に調べるつもりではいますが、もしも供述通りだった場合は如何なされますか」
つまりは、陰謀などとは全く無関係の、単なる馬鹿娘の独断暴走だった場合の話だ。
「任せる、好きにしろ。最終的に報いを受けさせるのであれば、過程は問わん。同じ真似をしでかす輩が現れないよう、徹底的にやれ」
「御意に」
そう粛々と礼をする姿に、ラームニードはふんと鼻を鳴らす。
ラームニードは宰相の事を『一々癪に触るジジイ』だと思っているが、反面その能力を認めてもいた。
宰相という任に就いているだけあって、ただ優しい訳でも情に流される性格でもないので、適切に対処するだろう。
「後はとりあえず、警備と王付き侍女の人事を見直す方針で宜しいでしょうか」
「いっそ、若い女は皆解雇しろ。その方がスッキリする」
ラームニードに関わってくる若い侍女は色目を使ってくるか、こちらが困惑するほど怖がるか、呆れるほど無関心かの三択だ。
怖がるタイプと無関心タイプは呪いが発覚して早々に大部分が配置移動、もしくは辞職しているので、実質一択である。つまりは、ラームニードにとって害があるものが殆どだ。
そんな提案をすれば、宰相も流石に苦い顔をした。
「……流石にそれは承服致しかねます。人手不足で侍女長が泣きますよ」
「俺に情を貰ったなどと、戯言を抜かす阿呆が出てくるよりはマシだ」
「出来れば、そういうお方が現れて下されば、私共も肩の荷を下ろせるのですがね……」
今回は何とか防げたものの、もし彼女たちの企みが成功していたならば、責任という形で愛してもいない女を娶らざるを得ない状況に追い込まれる可能性もあった。
それはラームニードにとって、耐え難い屈辱である。
特に、ラームニードは自分の子供に王位を継がせる事にそれ程拘ってはいなく、遠縁の誰かに譲る事も考えているのだから。
それをちゃんと理解している宰相は、口では色々と言いつつも、諦めたような顔をしている。
「極力疑わしい者は遠ざけるつもりではありますが……手が足りなくなりそうであれば、補填を検討しても宜しいですか?」
「……許す。ただし」
「ただし?」
「もしも、その者があの愚か者共と同じような事をしたならば、迷わず斬り捨てる」
まるで刺すような視線にラームニードの本気を感じ取ったのか、宰相は表情を引き締めて「肝に銘じます」と頭を下げた。
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