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ケース3 勇者召喚:被害状況『窃盗』

3-3、日本最古の夫婦喧嘩は今でも続いています

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 昔々、伊邪那岐命イザナギノミコト伊邪那美命イザナミノミコトという二柱の神がおりました。
 兄妹であり夫婦神でもあった彼らは、天上から降り立って国を産み、また多くの神々を産みました。
 しかし、火の神を産んだ際に伊邪那美命イザナミノミコトが大きな火傷を負い、そのまま命を落としてしまいます。

 その死に嘆き悲しんだ伊邪那岐命イザナギノミコトは死者の国へと降り、伊邪那美命イザナミノミコトを連れて帰ろうとするものの──『準備が出来るまで、部屋の中を覗いてはいけない』という約束を破ってしまった彼は、醜く変わり果てた姿になってしまった最愛の妻の姿を目にし、逃げ出してしまいます。

 約束が破られた事に激怒する伊邪那美命イザナミノミコトは、こう言いました。



『あんたの国の人間を、これから毎日千人殺してやるわ!!』



 それに対し、伊邪那岐命イザナギノミコトはこう返しました。



『それなら、私は毎日千五百人産んでやるぞ!!』



 これこそが、日本最古の夫婦喧嘩であり、生と死が生まれた瞬間でもあります。


 
  
 ……そう、これが一般的に伝わる伊邪那岐命イザナギノミコト伊邪那美命イザナミノミコトの伝説である。


 そして、実は人間達には知られていない事実がもう一点だけある。
 正確に言うのなら、日本最古であり⚫︎⚫︎だ。
 
 そう、お察しの通り。
 その喧嘩は今でも続いており、時折こうして波紋を広げる事がある。




「ずっと昔はさ、伊邪那岐命イザナギノミコトも律儀に毎日千五百人産んでたんだよ」


 そもそも、昔々は人間は死んだら死後の世界──つまり常世とこよの国へと渡り、そこでだった。
 死んで再び生まれ変わる『輪廻転生』という考えが出来たのは、仏教が伝来してきてからだ。


「でも、ある時気付いちゃったんだ。『毎日千五百人産むのって、大変だな』って」
「……えぇ……」


 白矢凪しろやなぎさんが、何とも言えない顔をした。
 
 いや、気持ちは分かる。
 分かるけど、自分の身に置き換えてみてほしい。

 例えば、もし自分が『種類は問わない。とにかく、毎日何かを千五百個作って』と言われたらどうか。
 一日だけでも辛いのに、毎日となったら最早苦行だろう。

 私の言葉に続いて、見守みかみくんがフォローを入れる。 


「……まあ、一応他にも理由はあったみたいよ。無限に増え続ける常世の住人をどうするか、とかね」
「えっ、常世って居住可能制限みたいなのってあるんですか!?」
「悲しい事に、神様も万能じゃないんだよね~」
「ちょっとショックー……」


 そうは言っても、毎日千人、一年で三十六万五千人もの住人が増えるのを考えると、自ずといつかは限界が来るのも分かるだろう。

 そこで、取り入れる事になったのが、他国からやって来た輪廻転生という考え方だ。 


「元々ある魂の禊を済ませて、再び送り出すんだ。そりゃあ一から魂を作り出すよりは、コストも低いし、エコだよね。最近話題のSDGsってやつ?」
「……純粋に疑問なんですけど、そんな他国の宗教の概念とかを気軽に取り入れちゃったりして、問題は無かったんですか?」
「教会で結婚式をしたり、葬式はお寺でしたり、クリスマスとかハロウィンをごく普通にカレンダーに取り入れている国っていう時点で、今更だとは思わない?」
「うわ、正論……」


 そもそもが八百万の神が存在する国である。
 他教の神だって、同じ神。我が国は、そういう意味ではとても大らかなのだ。
 
 
「でもねぇ、それを伊邪那美命イザナミノミコトはお気に召さなかったみたいでねぇ……」
「? どうしてですか?」
「……また、破った形になるだろう? 約束を」
「え…………あ」



『あんたの国の住人を、これから毎日千人殺してやるわ!!』
『それなら、私は毎日千五百人産んでやるぞ!!』


 それは売り言葉に買い言葉の言い合いであり、ある種の呪詛のようなものでもありながら、確かな二人の間の『約束』だった。 
 
 一度ならず、二度までも。
 何の説明もなく約束を反故にされ、当然の事ながら伊邪那美命イザナミノミコトは激怒した。

 そして、「そっちがその気ならこっちだって好きにするわ」と言わんばかりの嫌がらせをするようになったのだ。


「それを総称して『伊邪那美イザナミ案件』と呼ばれているって訳」 
「……つまり、今回の一件って、夫婦喧嘩のとばっちりって事ですか?」
「そういう事になるね」
「うわぁ……」

「……神田課長!」


 白矢凪さんが心底関わり合いたくなさそうに顔を顰めたその時、常世パソコンを弄っていた見守くんがこう告げた。



「伊邪那岐命とのアポが取れました。水鏡通信を希望との事です」

 
 
 
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