こちら、異世界対策課です 〜転生?召喚?こちらを巻き込まないでくれ!〜

依智川ゆかり

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ケース3 勇者召喚:被害状況『窃盗』

3-1、新たな仲間と共に問題が勃発したようですよ

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「本日から配属されました、白矢凪しろやなぎチエミです。よろしくお願いします!」



 異世界対策課に、新しい仲間が出来た。
 件の鎮魂課の浄化作業で、墜ち神として知り合った白矢凪さんだ。

 糊の効いた新品のスーツを身に纏った彼女は、以前会った時からは考えられない程、しっかりとした様子だ。


「ああ、白矢凪さん。久し振り、今日からよろしく」
「神田課長、お久し振りです。その節はお世話になりました!」


 背筋をピンと伸ばし、元気良く頭を下げる彼女の姿に、何だか嬉しくなってくる。


「私は、見守みかみ。よろしくね」
「よろしくお願いします!」
「……でも、本当に大丈夫? 鎮魂課と兼務するって聞いたけど」


 隣の見守くんも同じように挨拶を交わして、心配そうに問い掛けた。
 
 元異世界の聖女である白矢凪さんの力は『浄化』だ。
 配属の適正があるとして異世界対策課と鎮魂課のどちらかを選ぶと尋ねた所、彼女は出来るならばどちらの仕事にも携わりたいと言ったのだそうな。
 その為、基本的には異世界対策課の職員であるが、必要な時には鎮魂課の臨時職員という二足の草鞋を履く事となった。


「あはは、……鎮魂課の方にも言われました。来てくれるのは嬉しいけど、きっと想像しているよりもキツいと思うよって」
「なら、どうして……」
「墜ち神となった私がこうして正気に戻れたのは、鎮魂課と異世界対策課の皆さんのおかげです。その恩に報いたいのと……少しでも、誰かを助けてあげたいんです」

 
 白矢凪さんは、何かを思い出すように目を細める。
 その目に映るのは、かつての異世界での出来事か。


「私がそうしてもらったように、傷付いた人に気付いて手を差し伸ばしてあげたい。立ち上がる為の手助けもしたい。どっちかだけなんて、選べません。……私、我儘なんです」
「後悔するよりも、とにかく前へ! ……でしょう?」


 そうニコリと笑んだ白矢凪さんには、墜ち神だった時のような陰は欠片も見えず、強い決意に満ちている。
 彼女も彼女なりにかつての事を飲み込んで、前に進もうとしているのだ。
 
 ……そこまで決めているのなら、応援してあげないといけないなぁ。
 
 私は未だ白矢凪さんの身を案じている様子の見守くんを見やって、頷いてみせる。
 大丈夫だよ、という視線に、彼女も渋々ながらも納得したようだ。「困った事があったら直ぐに相談してね」と声を掛ける彼女は、やはり優しい。


「ははは、頼もしいね。……でも、無理だけはしないようにね」
「はい!」


 よしよし、元気で宜しい。



「それじゃあ、異世界対策課の研修を始めようか。……見守くん、よろしく」



***



 輪廻転生りんねてんせいという言葉を知っているだろうか。
 人は生まれて死に、魂に還り、そしてまた生まれ変わる。それを繰り返すのだ。
 
 常世とこよ管理局の仕事は、還った魂を無事に常世──つまり死後の世界まで連れて来る事。
 そして常世へ来た魂の管理と禊を行う事。現世うつしよ──人間達が生きる世界への送り出し。
 つまりは、人間の生死に関係するあれこれを一挙に引き受けているという訳だ。


「……そこで問題になるのが、異世界転生なのよ」
「どうしてですか?」


 異世界対策課会議室にて。
 まるで教師と生徒のように、見守くんはホワイトボードに図を描きながら教え、白矢凪さんはノートを取りながら質問をする。私はそれを見守りながら、時々見守くんの話に補足を入れる──そんな研修風景だ。

 白矢凪さんの問いに、見守くんは答える。


「さっきも言った通り、人は生まれて死に、魂に還る。そしてまた人として生まれる訳だけど……その魂が異世界に行ってしまうとどうなると思う?」
「どうって……人が生まれる為の魂が足りなくなる?」
「そういう事」


 しかも、異世界へ行った魂が自主的にこちらに返還される事はほぼ無いと言っていい。それでは、こちらの世界の魂が減る一方なのである。


「……まあ、減ったら増やせばいいって思うかもしれないけど、問題はそう簡単な事じゃないのよ」
「貴重な人材が引き抜かれていくのを黙って見ているのも癪だしねぇ」


 うちの国民達は、気軽に使えるフリー素材という訳でも、有能な人材がポコポコ生えてくる人材畑という訳でもないのだ。
 それがどんどん失われていく事を、黙って見過ごす訳にはいかない。

 ──だからこそ、今日も異世界対策課は奮闘しているのだ。
 
 

「……でも、何でここまで日本人が狙われるんでしょうか? 国内の神がやるのはまだ分かりますけど、あらゆる異世界の神まで」


 うーん、当然そういう疑問が湧いてくるよねえ。
 思わず、見守くんと視線を見交わせ、苦笑を浮かべる。


「それが……地球の人間……特に日本人は異世界に行くと、所謂チート能力を持ってしまう謎の影響が起きやすいらしいの」


 恐らくは幼い頃から漫画やアニメ、ゲームなどに触れ、想像力も豊かになっているからだと思われる。
 その為、異世界に馴染むのも早いし、自分の異能も混乱せずに直ぐに使いこなしてみせる。


「それに、やっぱり状況把握が早いからねぇ。白矢凪さんだって召喚された時思わなかった? 『あ、異世界召喚か。ファンタジーとかでよくあるやつだ』って」
「あ……! 確かに……!」


 つまり、チート性能を持ちやすく、ファンタジー展開に強い日本人は、異世界の神にとって理想の人材なのである。こちらの世界にとっては、傍迷惑この上無い事だ。

 うちの国民を評価頂き、誠にありがとうございます。
 だからといって、勝手に連れて行くのは絶対に許さねぇ。せめて許可なり交渉なりしてくれ、頼むから。


「……まあ、そんな訳でうちの課の皆が日々頑張って……」


「──────神田課長!!」


 まとめに入ろうとしたその時、会議室に血相を変えた青年が飛び込んできた。
 彼の姿を目にして、白矢凪さんがガタリと音を立てて立ち上がる。


「し、新堂さん!!」
「……あれ? 白矢凪さん、久し振り! そっかぁ、今日から配属だったんだっけ」


 頬を仄かに紅潮させた白矢凪さんに「よろしく!」といつもの爽やかな笑みを見せて、いやいやと頭を振った。


「いや、そんな場合じゃなかったんだった。課長! 香山こうやまさんが『クソ面倒臭え緊急事態発生だ……』って応援要請してます!」
「……新堂くん、香山のモノマネ上手いよね……」


 声色を変えて香山の口調を真似する新堂くんが、何だか微笑ましい。
 その気だるそうな雰囲気だとか、心底面倒くさそうな視線がそっくりそのままだ。

 ……いやいや、違う。現実逃避はいけない。
 今は緊急事態なのだ。ちゃんと話を聞かなければ。


「それで? 何があったの?」
「それが……」


 新堂くんが、言い難そうに言葉を濁した。



「……どうやら伊邪那美命案件みたいです」
「「うわぁ……」」



 思わず、見守くんとほぼ同時に顔を引き攣らせた。
 

  香山じゃないけど、面倒だな、本当にもう!!


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