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[二巻]
四限、コミフリ戦士……5
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午後一時になると舞子対足立の合戦の準備が進められた。
それから十分後。足立がブルペンへ。舞子が二年五組へ空き缶を配置する。
選挙管理委員会の合図とともに、両候補者は宣言するようにこう言い放った。
「レッツ、ラタス・バタリア!」
開幕と同時に、足立は全部員を動員して突っ込んできた。
それだけでも見栄えはいい。
しかし、メディア部が釘付けになったのは彼らではなかった。
『な、なんだあれは!』
明美の絶叫がモニター越しに響く。
『露天商のようなオタクが四人! 他のオタクを率いて突っ込んできます!』
『でもオタクだろ。人権もタマもない奴らをぶつけるとは。西極もワルだな』
小馬鹿にする武藤の実況音声は、イヤホンを通して合戦参加者全員に聞こえていた。
勿論、当事者である四人にも。
だが、彼らはこんなことでは折れなかった。
駆け出した男達は最後の相談をする。
「なぁ。MIK姉貴約束守ってくれるかな」
「なんでだ?」
「だって、ラブギャルの声優とか来たらテンションあがるじゃん」
「草不可避。勝てばの話だけどな」
目前の野球部の戦闘方法は明白だった。
球入れ競技用の籠を一人が背負っている。
もう一人がその籠から遊戯用ボールを取り出し、投げつけるというやり口だ。
ともすれば、全力疾走しながら交戦はできない。
人数こそ劣るものの、機動力での差は歴然だ。
迫り来る野球部軍団を前に四人はエアガンを突きつける。
「顔面には当てるな。端末のある腰だけを狙え!」
そうして、青装束の四天王の声を皮切りに猛攻が始まった。
「掃射今だ! 撃てぇ!」
――パンッパンパンパンッ!
狼狽する野球部軍団。
実況席も驚きが隠せない。
『な、なんじゃこりゃりゃりゃ!』
『おい、あれエアガンじゃねぇの。失格じゃないの、選挙管理委員会』
委員の女子生徒は淡々と手元の書類を確認する。
『あーあれはアニ研部の専用備品ということで登録されてますね。殺傷能力のない外見重視のモデルガンだそうで複数種類使用許可を出しています』
『まずいだろ、あれは。あけみんも何か言っとかないと』
『いや。メディア的には盛り上がる方が嬉しいですね』
『待てよ。委員長、里見は何してるんだ。呼んで来い』
『委員長なら本日、塾の夏期講習で欠席しております』
『里見ィィィィ!』
中止を求めていた野球部員達であったが、この実況を耳にすると背中を向けて逃げ出す者も出始めた。彼らは戦闘を余儀なくされたのである。
そうした者達も含めて延べ二十人弱の端末の液晶が赤く染まり、強制的なギャラリーモードへと移行していた。
「ええいクソ! 卑劣なキモオタなんぞに怖気づくな! 五組を目指せ!」
隊列を崩した野球部軍団は蜘蛛の子を散らすように広がると、四天王率いる先遣隊を無視して走り始めた。
この状況はすぐさま宇津へと報告された。
『宇津さん。腐海が溢れた。山の谷へ向かっている』
「かしこまり!」
端末の通話を切ると、宇津は率いるオタク達に指示を飛ばした。
「コード・シリウス! 急げ!」
程なくして、野球部の軍勢が階段の上り口へ到着すると、
「なんだこれは!」
踊り場には机のバリケードが形成されている。
宇津は不細工な出っ歯を剥き出すとこう言った。
「お前達、これはスポーツじゃないんだぜ」と。
机の隙間からエアガンを見せつけると、オタク達による一斉射撃が始まった。
この下克上とも呼べる映像に、観覧席は盛り上がりを見せていた。
しかし、それも長くは保たなかった。
三十分もすると、踊り場のバリケードは蹴り飛ばされた。
「高地を取ったのが仇になったな!」
宇津の作戦は実戦では有利なものであろう。
が、球数少ない戦闘でこれはやってはいけなかった。
加えて、相手の使用する遊戯用ボールはビニル製で当たり損ねれば階段を伝って落下する。
つまり、無限地獄である。
この間に、十人いた人員は三人にまで減少していた。
「後退! 第二フロアまで移動!」
三人は床に転がる球をい拾いつつ、二階に設けた最後のバリケードに転がり込んだ。
宇津は威嚇発砲をしつつ、二人に尋ねる。
「残りの球は?」
「さっき拾ったのが全部です」
その頃、音ゲーマー四天王は厳しい選択を迫られていた。
初夏の暑さの中、自慢の重装備が裏目となっていたのである。
序盤の勢いで、体力も人員も消耗してしまっていた。
木陰に倒れ込む四人は息も絶え絶えである。
「なぁ……宇津さん、頑張ってるかな」
「頑張ってるんだろうよ」
「俺達、いかなくて大丈夫かな」
「駄目、だろうな」
この始終をイヤホン越しに確認していた鉄也は、舞子を掃除用ロッカーへと押し込んだ。
「どうするつもり?」
「何があっても中から出てくるな。お前が討たれたら負けだ」
舞子の喚き声を聞かなかったことにすると、鉄也は自陣の空き缶に足を置いた。
(教室の机はバリケードで使い切った。突っ込まれたら即死。けど、これは缶蹴りだ)
こう決死の覚悟を胸にしていた時であった。
イヤホンからそれは流れてきた。
実況席に座る者達は不思議がる。
『なんですかね、これ』
『え、あけみんのとこのじゃないのか?』
『違います。うちはアニソン使いません!』
だが、そのフレーズを聴き活力を取り戻す者達がいた。
ロッカーにしまわれた舞子は耳に手を添える。
「真夏の愛だよ、マン・ツ・スリー……これって、もしかして」
戦場に残されたオタク達は息を吹き返す。
「MIK姉貴かな」
「すごぇいい感じ」
「声優の卵みたい」
「なんだっていい。推しのキャラソン聴いて立ち上がらないオタクがどこにいる」
四天王は疾駆し出す。
『宇津さん! ラブギャルのマミちゃんの曲だ! 俺達もそっちに合流する!』
「分かった! 一緒に矢崎氏を守ろう!」
通話を切った宇津は拳を震わせると残りの二名に対して、檄を飛ばす。
「お前ら、家帰って親とやり合う力残ってるならここで出し切れ」
バリケードを払い除けられた。
呆気にとられる野球部の残党を前に、宇津はこう呟く。
「プロデューサー冥利に尽きるぜ。担当のアイドルの歌聴いて闘えるんだからな」
そうして、彼の奇声と同時に三人は残党部員に抱きついた。
「うおおおおおおおお! これが真夏の愛だあああああ!」
犠牲になった三人の野球部員は倒れ込むと、同時に端末の液晶を赤く染めた。
「汗が臭い」と足蹴にされながらも、宇津は通話画面を選び、マイクに叫ぶ。
「ぐふっ……勝て……勝つんだ! 矢崎氏、西極氏!」
丸山率いるミリタリ五人衆は、この声を耳にするとブルペンに奇襲を仕掛けた。
彼らは元運動部所属でフットワークの軽いことが取り柄だった。
ふくよかに贅肉を貯め込んだ丸山も例外ではなかった。
丸山の剛力が勢い良く鋼鉄の扉を開ける。
「天誅でござる! 足立氏、覚悟を……!」
――ガチャンッ!
足立は緑色のネットの奥部で悠然として座す。動揺の風も見せない。
彼はピッチャーであり、ポーカーフェイスも持ち味であった。
そんな彼が指差すのは開かれた入口のすぐ脇。
「え……?」
次の瞬間。
至近距離で起動した投球マシーンが五人衆を屠った。
「ぐぬぬ……」
「テツ。だからお前は詰めが甘いんだ」
足立はキャップ帽を整えると、テーブルに置かれた専用モニターを覗き込んだ。
二年五組では、野球部員の残党が鉄也を足蹴にしている。
というのも、鉄也が自陣の空き缶を抱えて動かないからである。
『ざけんなよ、カス!』
『これじゃ缶蹴りにならねぇだろうが!』
『矢崎はどうしたんだよ、ルール違反だろうが!』
『違反、じゃねぇ……まだ、いる……』
『嘘つけ!』
「ったく。哀れな男だ」
足立はほくそ笑む。
すると、端末の液晶を赤く染めた丸山が這いつくばってきた。
「違う……違いますぞ、足立氏……」
「どうした。合戦はじき終わる。お前も衛生委員に回収される。ゲームセットだ」
その表情は変わらずとも、瞳だけは彼の本心を映している。
下劣なモノを捉えるようなそれを、丸山も察知した。
「合戦は、終わりじゃない……西極氏は皆のために全力を尽くした……」
「ほざけ、白ブタが」
「二人は、小生らに……三次元で活躍できる場所を、用意してくれた……今日というこの日が過ぎようとも、小生らの思い出の闘志は燃え続ける……貴殿はどうだ……ブルペンに座るだけで、開幕の交戦で何か仲間を助けてやったか……貴殿は、仲間に救われたか?」
この問いに、足立は答えることができなかった。むしろ、仲間という言葉に新鮮味すら感じていた。古い記憶が呼び覚まされる。
(俺を取り巻いていたのは、ずっと仲間のつもりだった。あの日、テツをハメたのも俺の仲間だったはずだ。でも、奴らは別の学校に転入したきり帰って来なかった。今じゃ連絡もつかない。いや、だからどうした。野球はチームプレイ。仲間でなくなんだって言うんだ)
「疑念があるなら、西極氏への暴行をやめるよう、伝えてみるといい……うっ……」
そう言うと、丸山はボールが直撃した腹部を庇うように縮まり込んだ。
黙していた足立であったが、丸山の挑発に乗るようにこう指示を飛ばした。
「おい、蹴るのはナシだろ」
『なんでっすか、足立さん。いいでしょ、こんな奴』
『そうそう。足立さんだって裏切り者って入部した時から言ってたでしょ』
『あんたはそこで見てるだけでいいっすよ。俺達がちゃんと指導しとくんで』
足立は通話を切ると脱力した。
(野球はチームプレイだ。が、それ以前に監督やキャプテンの指示に従うことで作戦が成立する。現場のノリや独断は決して許されない。俺は、指示を出すことができなかった)
「そうか、だからお前は」
こう呟くと、足立は自陣の空き缶へと歩み寄った――。
全合戦参加者の端末が一斉にビープ音を放つ。
いずれかの缶が蹴り飛ばされたことを知らせる通知音である。
観覧席モニターに映る勝者の名前は【矢崎舞子】。
足立は自陣の空き缶を蹴り飛ばしたのである。
実況席にいる者達は、一様に開いた口が塞がらない。
『嘘だろ、おい……何してるんだ、足立!』
『武藤先生、それじゃ公平性が失われます。メディア部、結果を』
こう委員に催促される形で、明美はこう告げる。
「で、Dブロックの勝者は……矢崎舞子に決定致しました!」
予想だにしなかったこの逆転劇に、観覧席はどっと湧き上がった。
合戦を終えた両候補者は、グラウンドにて再開する。
足立は舞子の表情を覗き込むと、
「鉄也はどうした」
「衛生委員に連れられて保健室」
「そうか。色々とすまなかった」
こう言うって、キャップ帽のツバで表情を隠した。
「奴らはシメておいた。あとで退部させる」
「そんなことする必要ないよ」
疑問を投げられると、舞子は先までの恐怖心を払拭するような笑みを見せた。
「だって、足立くんのこと応援してくれたんでしょ。裏切り者なんかじゃないよ?」
足立はささやかに失笑すると、
「だから鉄也もあいつらも。一生懸命だったんだな」
「どういうこと?」
「その純真過ぎる誠実さにみんなやられたのさ」
すると、舞子はすっと右手を差し出した。
「足立くん。私と一緒に闘ってくれないかな。頼りないかもしれないけど。でも。ううん。だから、最後まで頑張りたいんだ。みんなのために」
舞子は校舎寄りに立ち並ぶ植樹の下へと目をやる。
そこでは、死闘を繰り広げた宇津と四天王達があの曲を熱唱しながらオタ芸に励んでいた。
「それに、約束もしちゃったし」
その言葉を聞くと、足立はおもむろにそのキャップ帽を脱ぎ取った。
いが栗頭を晒した足立に隠す感情などない。
爽やかな笑顔に、舞子の胸はドキッとするほどだった。
「仲間に入れてくれないか。俺達に、お前のやり方を教えてくれ」
力強い握手が交わされる。
観覧席モニターから足立の棒グラフが消失し、舞子のそれへと上乗せされた。
これに興奮した観覧席は『MIK』コールが鳴りやまない。
「MIKはちょっとなぁ……」
羞恥に頬を赤らめる舞子の手を取ると、足立は高らかに宣言した。
「今日をもって、足立貞治はボランティア部の矢崎舞子を支持することとする!」
この姿を観覧席中腹で眺めていた榛名はゆったりと拍手を送る。
「やるじゃないか、矢崎」
植樹に止まる油蝉は、歓声に押し負けるように蒼穹へと飛び立った。
それから十分後。足立がブルペンへ。舞子が二年五組へ空き缶を配置する。
選挙管理委員会の合図とともに、両候補者は宣言するようにこう言い放った。
「レッツ、ラタス・バタリア!」
開幕と同時に、足立は全部員を動員して突っ込んできた。
それだけでも見栄えはいい。
しかし、メディア部が釘付けになったのは彼らではなかった。
『な、なんだあれは!』
明美の絶叫がモニター越しに響く。
『露天商のようなオタクが四人! 他のオタクを率いて突っ込んできます!』
『でもオタクだろ。人権もタマもない奴らをぶつけるとは。西極もワルだな』
小馬鹿にする武藤の実況音声は、イヤホンを通して合戦参加者全員に聞こえていた。
勿論、当事者である四人にも。
だが、彼らはこんなことでは折れなかった。
駆け出した男達は最後の相談をする。
「なぁ。MIK姉貴約束守ってくれるかな」
「なんでだ?」
「だって、ラブギャルの声優とか来たらテンションあがるじゃん」
「草不可避。勝てばの話だけどな」
目前の野球部の戦闘方法は明白だった。
球入れ競技用の籠を一人が背負っている。
もう一人がその籠から遊戯用ボールを取り出し、投げつけるというやり口だ。
ともすれば、全力疾走しながら交戦はできない。
人数こそ劣るものの、機動力での差は歴然だ。
迫り来る野球部軍団を前に四人はエアガンを突きつける。
「顔面には当てるな。端末のある腰だけを狙え!」
そうして、青装束の四天王の声を皮切りに猛攻が始まった。
「掃射今だ! 撃てぇ!」
――パンッパンパンパンッ!
狼狽する野球部軍団。
実況席も驚きが隠せない。
『な、なんじゃこりゃりゃりゃ!』
『おい、あれエアガンじゃねぇの。失格じゃないの、選挙管理委員会』
委員の女子生徒は淡々と手元の書類を確認する。
『あーあれはアニ研部の専用備品ということで登録されてますね。殺傷能力のない外見重視のモデルガンだそうで複数種類使用許可を出しています』
『まずいだろ、あれは。あけみんも何か言っとかないと』
『いや。メディア的には盛り上がる方が嬉しいですね』
『待てよ。委員長、里見は何してるんだ。呼んで来い』
『委員長なら本日、塾の夏期講習で欠席しております』
『里見ィィィィ!』
中止を求めていた野球部員達であったが、この実況を耳にすると背中を向けて逃げ出す者も出始めた。彼らは戦闘を余儀なくされたのである。
そうした者達も含めて延べ二十人弱の端末の液晶が赤く染まり、強制的なギャラリーモードへと移行していた。
「ええいクソ! 卑劣なキモオタなんぞに怖気づくな! 五組を目指せ!」
隊列を崩した野球部軍団は蜘蛛の子を散らすように広がると、四天王率いる先遣隊を無視して走り始めた。
この状況はすぐさま宇津へと報告された。
『宇津さん。腐海が溢れた。山の谷へ向かっている』
「かしこまり!」
端末の通話を切ると、宇津は率いるオタク達に指示を飛ばした。
「コード・シリウス! 急げ!」
程なくして、野球部の軍勢が階段の上り口へ到着すると、
「なんだこれは!」
踊り場には机のバリケードが形成されている。
宇津は不細工な出っ歯を剥き出すとこう言った。
「お前達、これはスポーツじゃないんだぜ」と。
机の隙間からエアガンを見せつけると、オタク達による一斉射撃が始まった。
この下克上とも呼べる映像に、観覧席は盛り上がりを見せていた。
しかし、それも長くは保たなかった。
三十分もすると、踊り場のバリケードは蹴り飛ばされた。
「高地を取ったのが仇になったな!」
宇津の作戦は実戦では有利なものであろう。
が、球数少ない戦闘でこれはやってはいけなかった。
加えて、相手の使用する遊戯用ボールはビニル製で当たり損ねれば階段を伝って落下する。
つまり、無限地獄である。
この間に、十人いた人員は三人にまで減少していた。
「後退! 第二フロアまで移動!」
三人は床に転がる球をい拾いつつ、二階に設けた最後のバリケードに転がり込んだ。
宇津は威嚇発砲をしつつ、二人に尋ねる。
「残りの球は?」
「さっき拾ったのが全部です」
その頃、音ゲーマー四天王は厳しい選択を迫られていた。
初夏の暑さの中、自慢の重装備が裏目となっていたのである。
序盤の勢いで、体力も人員も消耗してしまっていた。
木陰に倒れ込む四人は息も絶え絶えである。
「なぁ……宇津さん、頑張ってるかな」
「頑張ってるんだろうよ」
「俺達、いかなくて大丈夫かな」
「駄目、だろうな」
この始終をイヤホン越しに確認していた鉄也は、舞子を掃除用ロッカーへと押し込んだ。
「どうするつもり?」
「何があっても中から出てくるな。お前が討たれたら負けだ」
舞子の喚き声を聞かなかったことにすると、鉄也は自陣の空き缶に足を置いた。
(教室の机はバリケードで使い切った。突っ込まれたら即死。けど、これは缶蹴りだ)
こう決死の覚悟を胸にしていた時であった。
イヤホンからそれは流れてきた。
実況席に座る者達は不思議がる。
『なんですかね、これ』
『え、あけみんのとこのじゃないのか?』
『違います。うちはアニソン使いません!』
だが、そのフレーズを聴き活力を取り戻す者達がいた。
ロッカーにしまわれた舞子は耳に手を添える。
「真夏の愛だよ、マン・ツ・スリー……これって、もしかして」
戦場に残されたオタク達は息を吹き返す。
「MIK姉貴かな」
「すごぇいい感じ」
「声優の卵みたい」
「なんだっていい。推しのキャラソン聴いて立ち上がらないオタクがどこにいる」
四天王は疾駆し出す。
『宇津さん! ラブギャルのマミちゃんの曲だ! 俺達もそっちに合流する!』
「分かった! 一緒に矢崎氏を守ろう!」
通話を切った宇津は拳を震わせると残りの二名に対して、檄を飛ばす。
「お前ら、家帰って親とやり合う力残ってるならここで出し切れ」
バリケードを払い除けられた。
呆気にとられる野球部の残党を前に、宇津はこう呟く。
「プロデューサー冥利に尽きるぜ。担当のアイドルの歌聴いて闘えるんだからな」
そうして、彼の奇声と同時に三人は残党部員に抱きついた。
「うおおおおおおおお! これが真夏の愛だあああああ!」
犠牲になった三人の野球部員は倒れ込むと、同時に端末の液晶を赤く染めた。
「汗が臭い」と足蹴にされながらも、宇津は通話画面を選び、マイクに叫ぶ。
「ぐふっ……勝て……勝つんだ! 矢崎氏、西極氏!」
丸山率いるミリタリ五人衆は、この声を耳にするとブルペンに奇襲を仕掛けた。
彼らは元運動部所属でフットワークの軽いことが取り柄だった。
ふくよかに贅肉を貯め込んだ丸山も例外ではなかった。
丸山の剛力が勢い良く鋼鉄の扉を開ける。
「天誅でござる! 足立氏、覚悟を……!」
――ガチャンッ!
足立は緑色のネットの奥部で悠然として座す。動揺の風も見せない。
彼はピッチャーであり、ポーカーフェイスも持ち味であった。
そんな彼が指差すのは開かれた入口のすぐ脇。
「え……?」
次の瞬間。
至近距離で起動した投球マシーンが五人衆を屠った。
「ぐぬぬ……」
「テツ。だからお前は詰めが甘いんだ」
足立はキャップ帽を整えると、テーブルに置かれた専用モニターを覗き込んだ。
二年五組では、野球部員の残党が鉄也を足蹴にしている。
というのも、鉄也が自陣の空き缶を抱えて動かないからである。
『ざけんなよ、カス!』
『これじゃ缶蹴りにならねぇだろうが!』
『矢崎はどうしたんだよ、ルール違反だろうが!』
『違反、じゃねぇ……まだ、いる……』
『嘘つけ!』
「ったく。哀れな男だ」
足立はほくそ笑む。
すると、端末の液晶を赤く染めた丸山が這いつくばってきた。
「違う……違いますぞ、足立氏……」
「どうした。合戦はじき終わる。お前も衛生委員に回収される。ゲームセットだ」
その表情は変わらずとも、瞳だけは彼の本心を映している。
下劣なモノを捉えるようなそれを、丸山も察知した。
「合戦は、終わりじゃない……西極氏は皆のために全力を尽くした……」
「ほざけ、白ブタが」
「二人は、小生らに……三次元で活躍できる場所を、用意してくれた……今日というこの日が過ぎようとも、小生らの思い出の闘志は燃え続ける……貴殿はどうだ……ブルペンに座るだけで、開幕の交戦で何か仲間を助けてやったか……貴殿は、仲間に救われたか?」
この問いに、足立は答えることができなかった。むしろ、仲間という言葉に新鮮味すら感じていた。古い記憶が呼び覚まされる。
(俺を取り巻いていたのは、ずっと仲間のつもりだった。あの日、テツをハメたのも俺の仲間だったはずだ。でも、奴らは別の学校に転入したきり帰って来なかった。今じゃ連絡もつかない。いや、だからどうした。野球はチームプレイ。仲間でなくなんだって言うんだ)
「疑念があるなら、西極氏への暴行をやめるよう、伝えてみるといい……うっ……」
そう言うと、丸山はボールが直撃した腹部を庇うように縮まり込んだ。
黙していた足立であったが、丸山の挑発に乗るようにこう指示を飛ばした。
「おい、蹴るのはナシだろ」
『なんでっすか、足立さん。いいでしょ、こんな奴』
『そうそう。足立さんだって裏切り者って入部した時から言ってたでしょ』
『あんたはそこで見てるだけでいいっすよ。俺達がちゃんと指導しとくんで』
足立は通話を切ると脱力した。
(野球はチームプレイだ。が、それ以前に監督やキャプテンの指示に従うことで作戦が成立する。現場のノリや独断は決して許されない。俺は、指示を出すことができなかった)
「そうか、だからお前は」
こう呟くと、足立は自陣の空き缶へと歩み寄った――。
全合戦参加者の端末が一斉にビープ音を放つ。
いずれかの缶が蹴り飛ばされたことを知らせる通知音である。
観覧席モニターに映る勝者の名前は【矢崎舞子】。
足立は自陣の空き缶を蹴り飛ばしたのである。
実況席にいる者達は、一様に開いた口が塞がらない。
『嘘だろ、おい……何してるんだ、足立!』
『武藤先生、それじゃ公平性が失われます。メディア部、結果を』
こう委員に催促される形で、明美はこう告げる。
「で、Dブロックの勝者は……矢崎舞子に決定致しました!」
予想だにしなかったこの逆転劇に、観覧席はどっと湧き上がった。
合戦を終えた両候補者は、グラウンドにて再開する。
足立は舞子の表情を覗き込むと、
「鉄也はどうした」
「衛生委員に連れられて保健室」
「そうか。色々とすまなかった」
こう言うって、キャップ帽のツバで表情を隠した。
「奴らはシメておいた。あとで退部させる」
「そんなことする必要ないよ」
疑問を投げられると、舞子は先までの恐怖心を払拭するような笑みを見せた。
「だって、足立くんのこと応援してくれたんでしょ。裏切り者なんかじゃないよ?」
足立はささやかに失笑すると、
「だから鉄也もあいつらも。一生懸命だったんだな」
「どういうこと?」
「その純真過ぎる誠実さにみんなやられたのさ」
すると、舞子はすっと右手を差し出した。
「足立くん。私と一緒に闘ってくれないかな。頼りないかもしれないけど。でも。ううん。だから、最後まで頑張りたいんだ。みんなのために」
舞子は校舎寄りに立ち並ぶ植樹の下へと目をやる。
そこでは、死闘を繰り広げた宇津と四天王達があの曲を熱唱しながらオタ芸に励んでいた。
「それに、約束もしちゃったし」
その言葉を聞くと、足立はおもむろにそのキャップ帽を脱ぎ取った。
いが栗頭を晒した足立に隠す感情などない。
爽やかな笑顔に、舞子の胸はドキッとするほどだった。
「仲間に入れてくれないか。俺達に、お前のやり方を教えてくれ」
力強い握手が交わされる。
観覧席モニターから足立の棒グラフが消失し、舞子のそれへと上乗せされた。
これに興奮した観覧席は『MIK』コールが鳴りやまない。
「MIKはちょっとなぁ……」
羞恥に頬を赤らめる舞子の手を取ると、足立は高らかに宣言した。
「今日をもって、足立貞治はボランティア部の矢崎舞子を支持することとする!」
この姿を観覧席中腹で眺めていた榛名はゆったりと拍手を送る。
「やるじゃないか、矢崎」
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万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。
部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。
Keep Yourself Alive 第六感の場合
東山統星
キャラ文芸
超能力者の超能力者による超能力者のための学園である
「創成学園横浜校」は、超能力者の中でも別格の存在である第六感ことイリイチというロシア人の殺し屋の獲得に成功する。
学園を中心にした陰謀と茶番、蠢く欲望と惨めで薄っぺらい自己愛。悲劇と喜劇。意地の悪い自己保身とそれを包み込む偽善。
何もかもが狂っている世界で生き延びていくために、超能力者たちは今日も闘っていく。
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