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[二巻]

四限、コミフリ戦士……2

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 思い立ったが吉日。
 丸山にコンタクトを取らせ、彼らはパソコン部へ赴いたのであるが。
「嫌だ」
 煌々と光る蛍光灯に、平均よりも低く設定された空調。
 一クラス分のデスクトップパソコンがずらりと並んだ一室。
 そのうちの一席を揺らす下城は、手を扇ぎながら勧誘を拒んだ。
「下城氏。そこをなんとか」
デイブ・・・の頼みじゃないんだろ? そこのお調子者に転がされてるだけだ」
「デイブ?」
 舞子が首を傾げると、下城は淡々と説明する。
「ポーク・デビッドソン。丸山のネットゲームでのペンネーム。俺がつけてやった。嫌なら格好いい名前に変えてもいいのにな」
「小生、痛々しい中二病は好みでないですし」
 気恥ずかしげにする丸山は、べとついたバンダナをボリボリと掻いた。
「ねぇ、丸ちゃん。このままだと私達二人で『ラタス・バタリア』やらないといけないの」
「下城……いや、せめて部員だけでも動かしてくれたらコミフリの先行入場券やるから!」
 目を輝かせる丸山に、下城がこう水を差す。
「よせ、デイブ。どうせしょうもない奴らだ。それにコミフリの先行入場券は参加者の同伴じゃないと意味がない。アニ研に参加する奴いるから、俺の方で手配しておこうか?」
「やりますなぁ、下城氏!」
 上機嫌になった丸山はそれとなく下城の側へと擦り寄る。
「卑怯だぞ、デブ!」
「デブじゃない。小生はミッドナイトのスナイパー、デビッドソンなり!」
 丸山は長身の銃を携えるような構えをしてみせた。
 そんな彼に誰が「お前は中二病」と言ってやれるだろうか。
「依頼も落ち着いてきたことだし、今晩ネトゲでもやらないか。フェス期間中だぞ」
「おお、久々に腕が鳴りますな!」
 困惑する二人そっちのけで、下城と丸山は談笑を始めた。手の内がまるで読めない。
鉄也が冷や汗をかき始めた矢先のことだった。
「スバル氏も上手くなってるんだろうなぁ。また一緒にパーティ組みたいですなぁ」
「それって……誰のこと?」
 この舞子の質問が戦況を覆すこととなる。
 丸山はよく喋った。
「スバル氏と小生、下城氏はいわばアキバ系幼馴染みですし。あの子、アイドルを目指してたんだけど、この頃二次元に旅立ちましてな。いやぁ、二年前の黒薔薇姫との戦は胸熱で」
 これがいけなかった。

 ――ドゴッ!

 鉄也と舞子は唖然とした。
 顔色を変えた下城が、丸山のみぞおちに拳を押し込んだのである。
 過程の理解できない二人へと、下城は迫真の面持ちを向ける。
「……どこまで聞いた……」
 彼の瞳孔はきゅっと締まっている。
 倒れ込む肉塊にはまるで関心を示さない。
 錯乱とも取れる姿に鉄也は逆転の好機を見出した。
 後ずさりしようとする舞子を制止すると、鉄也が下城の目前に立つ。
「奥に専用部屋持ってるそうじゃねぇか」
「黙れ。他人が首を突っ込む話じゃない」
「天才プログラマーのからくりはそこか」
 返事はなかった。
 鉄也は追い込みをかける。
「悪いことしてるんじゃねぇだろうな?」
 これに反応した下城は、鉄也の胸倉を掴んだ。
 それでも、鉄也は表情を崩さないよう努める。
 むしろ思惑通り踊るピエロを、内心は嘲笑していた。
「俺はお前らには分からない苦痛を背負って生きてるんだ!」
「喚くな。耳に響く。聞かなきゃ分かるもんも分かんねぇよ」
 こう言われると、下城は椅子に座り込んだ。
「チッ……お調子者風情が。誰かのために必死になったことなんてねぇくせに」
 すると、芋虫のように尻を持ち上げた丸山が弱々しく答えた。
「……下城氏。西極氏と矢崎氏は貴殿の思ってる人ではありませんぞ……二人とも、神にも匹敵する慈悲深さがある……中学に入って間もない小生に優しくしてくれたのですぞ……」
 心配そうに様子を見ていた舞子も、意を決してこう便乗した。
「私も助けられた! てっちゃんは人のためなら一生懸命になってくれる。子供の頃からずっとそう。てっちゃんが応援してくれるから、舞ちゃんは統領選に立候補したんだもん!」
 下城は顔をしかめると机を強く叩いた。
「くだらない茶番ならよそでやれ。俺には関係ないはずだ……出てけ!」
「じゃあ選挙戦の人員を回せ。そうすれば出て行くし、お前のことも黙っといてやる」
「恫喝か。屑め」
「交渉だ。言葉を知らねぇ奴だな。ほらよ」
 同情の言葉をかけることなく、鉄也は手を差し出す。
「人手は用意する。けど、パソ部の動員は見送らせてもらうからな」
「ケチ臭ぇ奴だな。せめてアニ研くらいは寄越せよ」
 両者は握手を交わす。
 半ば強引ではあるが、こうして必要最低限の支持者に目処がつくこととなった。
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