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[二巻]

二限、群雄割拠……2

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 丸山、鉄也、舞子の順に外側横一列に座っていた。
 そのため、丸山のすぐ傍には政経部員の女子が一人立っていた。
 鉄也は彼にこう耳打ちする。
「おい、丸山。お前ちょっと立てくれねぇか」
「お断り申す。小生多忙につき」
「何も忙しくねぇだろ」
「でも、怖いですしおすし」
 断固拒否を決める丸山をじれったく思った鉄也は、彼のバンダナをすぽっと奪い取ると、そのまま政経部員目がけて投げつけた。
「うわ、臭っ!」
 部員の女子が蝿にでもたかられたような仕草をすると、三人ばかりのラグビー部員が心配するように駆けつけた。
「なんだこのバンダナ、すげぇくせぇぞ!」
(よし、チャンスだ)
 鉄也は背を向けたまま舞子を呼ぶと、
「ちょっと行ってくるわ」
「え、てっちゃん」

 ――ガシャコン!

 鉄也は丸山をパイプ椅子ごとひっくり返した。
 均衡を崩した巨体はまるでボーリングのピンのように人をなぎ倒す。
「なんだこい……くせぇぞ、こいつだ!」
「耐えられねぇ、早く離れてくれ!」
「お前の体に足が挟まってるんだ!」
「もう、汚い手で触らないでよ!」
 この隙に、鉄也は離席し壇上へと走り出した。片手に赤いバンダナを握り締めながら。
「ちょ、西極氏!」
 追従するのは白ブタの異名を持つ古典的オタク。
 そのため、無線では政経部員にこう伝達された。
「ブタと眼鏡が逃げた。ブタは特に悪質。ただちに捕獲するように!」
 この周知により、登壇用階段はラグビー部員が厚めに動員された。
「そこの眼鏡、止まれ!」
 受け身の構えを取る部員を確認すると、鉄也は舌打ちをしつつも後方を目視した。
(止まれば三秒くらいで追いつかれるか)
 登壇用階段を前にした鉄也はわざと転がると、足元に敷かれたグリーンシートに歪みを作った。
 そして、伏せたままバンダナを丸めると部員達へと投げつけた。
「うお、くっさ!」
 部員達の受難はこれだけでは済まない。家畜の目当てはそれなのだから。
 シートに躓いた丸山は、その巨体で部員達の塊に飛び込んだ。
 雪崩のように人が人を巻き込んだそれは、丸山を頂として小さな山を作った。
 鉄也はゆっくりと立ち上がると、選挙管理委員からマイクを奪う。
 そして、その小さな山を足場に壇上へと躍り出た。

 ――キィィンッ

「勝手にわーわーやってるんじゃねぇぞ、赤旗野郎」
 この乱入に岡田は怒りを露わにした。
「貴様、競争主義の犬か!」
 莉帆は前に出ると、岡田に発言を慎むよう促した。
 鉄也は制服に不着した埃を払いながら、マイク片手にこう返した。
「さぁ。なんたら主義とか、そういうのはよく分かんねぇな」
 会場内は再び騒々しくなった。一年と三年は誰だと言わんばかりの反応。しかし、彼を知る二年の者達は、あの西極だ、とざわついた。カメラの所持を許されていなかったメディア部部員も、ここぞと言わんばかりにスマホを取り出して撮影を始める。それでも、鉄也が登壇したのは人気取りのためではない。あくまでも、権力の暴走に否を突きつけるためだ。
 彼の登場には少しばかり動揺した杏奈であったが、瞳を閉じて心を鎮めた。
「盤石な配置をした構成員を出し抜いて。何か用かしら」
「好き勝手やってるのが気に入らねぇ」
 すると莉帆が、
「権限の移管は規範に則った正当処理だ」と割り込んできたのだが、杏奈は制止を求めた。
「統領は選挙によって選ばれるんだろ。だったら、お前らだけが総会の場でアピールするのは筋違いじゃねぇか。公平性にかけてねぇか。どうなんだ、委員長」
 鉄也との間に誤認があると感知した杏奈は、莉帆に目配せを送った。
「では、天秤を司る者の判断を請おう」
 またもや鋭く睨みつけられた里見は、参った様子で首を捻りながら演台にて宣言した。
「た、ただいまより統領選定選挙候補者のアピールを許可します。その……予定に盛り込んでおらず、こちらでは把握し切れておりません。候補者は見て分かるよう挙手を願います」
 騒ぎの落ち着いた壇上では、英梨がさりげなく鉄也へと歩み寄る。
「ありがとう、鉄也くん。助けてくれたのね……」
「そういうつもりじゃねぇ。これじゃ、あいつの好き放題だからな」
 すると、堂々とした声色が館内に響いた。
 指先で里見が指示をすると、委員の男子がマイクを渡しに駆けつけた。
「二年一組足立貞治。野球部次期部長として統領選に出馬させて頂きます。私が皆さんに伝えたい公約はシンプルに三つ。一つは少年少女らしさの定着。二つ目に正しき者が評価される校風作り。最後に、野球部の県大会優勝です。三点目は理解できない方もいるかもしれません。しかし、他校では文武両道と言えばスポーツ部を武として取り沙汰します。文化部有利なのは煤掛中くらいです。こうした点を踏まえ、必ずや煤掛中の再興をお約束します」
 まるでこの事態を予期していたかのようなブレのない弁舌であった。いや、それこそが彼らしさであろう。
 周囲に左右されず、一度決めたことを腹の中に刻む性分というのは。
 これに続かんと言わんばかりに、三組次期吹奏楽部部長の小澤譲が風紀委員会の設置を、六組次期水泳部部長入江紗智が屋内運動部の活性化をそれぞれ訴えた。
「残り四人。報道では剣道部の高鍋涼介さんも出馬ということでしたが」
 里見の発言を受けると、大きな手のひらがすっと挙がった。四組の高鍋のものだ。
 これを目安に委員が駆けつけたのであるが、当の本人はマイクを手にすると首を振った。
「俺は参加を断念しました」
 場内のどよめきをよそに、長身の二枚目は隣席の女子に起立するよう求めた。
 色白の少女は、しなやかな黒髪を揺らしながら立ち上がる。
「彼女は和道部部長の小原琴音。口数は少ないかもしれないが、洋風に傾きつつある今の学校を絶対よくしてくれると思う。公約は追って掲示する。琴音、何か一言」
 促された小原はマイクに口元を近づけて「よろしく」とそっと言った。
 これはサプライズだと、メディアは二人の座席に集中した。けれども、高鍋はまた後での一点張り。小原に至っては、その後何も言うことはなかった。
 里見は咳払いすると、
「驚きましたね。つ、次。あと三人はいるはず」
 そこで、渦中の人間の存在を思い出した。
「えっと。ルーシーさん、でしたか。今日出席してますでしょうか。多くの候補者が意気込みを語りましたが、どうでしょう。何かあれば、挙手を」
 されども、だんまりときた。
 次第にあれだけ奇抜な髪型が目立たないないのはおかしいぞと、生徒達も隣近所を見回し始めた。
 それでも見つからないのにはわけがあった。
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