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[二巻]

一限、統領府規範……1

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 水曜日は鼠色の曇天で、やけに肌がべたつく陽気だった。
 昼休みの時分。
 鉄也は束ねられた古本を抱え校舎東側の資材置き場にいた。
 依頼主は案の定、
「ぐっ……なんでこんなに溜め込んでんだよ、このクソババア」
 かかしのように両腕の荷物を見せつけてくる鉄也に榛名は得意げな顔を返した。
「若いうちは買ってでも苦労しろって言うんだよ」
「言わねぇよ!」
 泣き言を言いつつもフェンスに設けられた扉を蹴り飛ばすと、その奥部へ両腕の鈍器を順に放り投げていった。
 彼が腕を軽くほぐして額の汗を拭い出したことを確認すると、ところで、と嗄声が本題を切り出した。
「お前、鈴川を知ってるかい」
「鈴川……県議の何かか?」
 はばかりなくこう返してきた鉄也の察しの悪さを感じ取った榛名は、咳払いをすると少々の沈黙ののちに、大金縁の眼鏡に手をかけた。
「二年八組鈴川杏奈。政経部所属なんだが。その様子だと交流はなさそうだね」
 榛名は辺りを見渡すと死角を指差し、そこに屈み込むように催促をした。
「何が言いたいのか分かんねぇよ」
「段取りを壊すんじゃないよ。いいかい。この学校の政経部っていうのはまずいんだ。一瀬はこれから実権を鈴川に嘱託することになる」
「……どういうことだ?」
「じきにメディア部が最新の支持率を報じる。おそらく、この間の騒動で五割を下回るのは避けられない。ともなれば、統領府規範の『四五六』が有効になるはずだよ」
 鉄也は濃紺の上着から生徒手帳を取り出すと、該当する項目を導き出した。
 そこには、こうあった。

『統領府規範 第四章
 五六条
 被選挙権を有する生徒の過半数が信任しない場合、現職の統領はすみやかに選挙管理委員会に申請を提出し、政治経済研究部へと満期までの職権を嘱託しなければならない。なお、統領が臨時選挙を要す場合、次期統領選定における一定の権限を保証するものとする』

 生徒手帳などまともに読み込みもしない鉄也であったが、この長々と連ねられた長文には違和感を覚えた。それで、これに関して榛名に尋ねると、
「一瀬だよ。昨年の会則見直しの話し合いで盛り込んだのだとさ」
「はっ? じゃあ、統領は予め世襲の算段を立ててたってのかよ」
「そりゃないね。もし、世襲を強引に進めたいならこんな窮屈な条文を作ったりはしないだろうさ。元文は、一切の権限を政経部に嘱託するような内容だったんだよ。それでは校内の情勢が乱れるからって、あの子が提案したらしい。驕る性分じゃないが、ただで転ぶつもりもない。奴らしいやり口さ」
「万が一の保険をかけてたってことか」
 鉄也は痺れかけの足をほぐすと、傍にあった古本の束に腰を下ろした。
「でも、分かんねぇな。元文がどうだったかは知らねぇけど、この文言からしても政経部は第三者機関みたいなもんじゃねぇか。どうして、わざわざこんな面倒な条文に書き換えたんだろうな」
「そこに政経部のまずさが込められてるのさ」
 榛名はポケットから紫陽花柄の扇子を取り出すと、汗を光らせる額をあおいだ。
「確かに、一瀬は類稀な力量の持ち主だった。けど、それを蹂躙するのは奴らだよ。古くからある部のようでね。風の噂じゃ、過去にも『四五六』が適用されたことはあったらしい。普段から校内のあれこれを見下しているような連中が権限を与えられればどうなるか。お前くらいの頭ならすぐに分かるだろ」
「乗っ取りか」
「近いもんさ。まだ青臭いひよっこの首を挿げ替えるなんて、そんな難しいことじゃない。過去にどうなったかは知りやしないが」
「三十年前のことか……」
 こう言いかけたところで、曇天を航空機が横断していった。視認こそできるものではなかったがしかし、確かに地を這うような重低音がその場を占拠し遠退いていった。
 聴覚の圧迫感が去ったことを確認すると、榛名は開口した。
「一瀬は最後の権限を次期統領選に託した。放課後に臨時召集をかけたんだろ?」
「ああ。けど、こんな状態で舞子が一人でやり合えるはずが」
「そこで選挙運営補助役様の出番だ。会則の拘束力はないが、現職統領が招いた輩だ」
 昨日の榛名のやっつけ仕事が思い出される。決してクラスのことに無関心だったわけではない。むしろ、それを口実にして鉄也を潜り込ませようと企てていたのだ。
「ババア、お前……」
「テツ、矢崎のことは頼んだよ」
 凹凸のある黄ばんだ歯を見せつけると、榛名は悪そうな笑みを浮かべた。
 鉄也が一杯食わされたと目を覆ったのは榛名に限ったことではなかった。
 統領たる英梨が西極鉄也という人間を頼りにしていたことは言うまでもない。
 鉄也は昨日のやり取りを思い出した。
 放課後のことだ。
「お前がしょぼくれる必要はどこにもない」と冒頭に添えると、彼は舞子の手を引いて英梨のもとを目指した。
 本校舎三階北西。コの字に形作られた廊下の突き当りには、他とは一線を画した部屋が異彩を放っている。金属製の引き戸ではなく、年季を感じさせる木造扉(改築工事前のものを残したのだという)に掲げられるのは黄金に輝くメッキプレート。太めの存在感ある明朝体が〈統領執務室〉がここであることを示していた。
 扉を目前にして、舞子の指は脱力する。
「いいのかな……だって、呼ばれたのはてっちゃんなんでしょ。舞ちゃんは、何も」
 そんな彼女の弱音を鉄也は軽く笑いあげ一蹴した。
「はっ。細かいことは気にすんな。何、大した騒ぎにもなりやしねぇよ」
 鉄也は、自らの手元から離れようとする舞子の指を握り直すと赤褐色のドアノブを掴み、これを押し開いた。
 出迎えたのは、思わず手で視界を遮ってしまいたくなるような斜陽。
清掃の行き渡った室内には余すことなくガランスの色合いが溶け込み、窓辺に飾られた花瓶はほのかに薔薇の芳香を漂わせる。対峙する壁には客人をもてなすためと思しき食器棚と学内を司る数々の帳簿の並ぶ本棚が隣り合わせにそびえ立っていた。その少し上には、小振りの黒札がびっしりと列をなしている。おそらく七十七はあるであろうそれらの末尾には、英梨の名が記された札が下げられていた。歴代統領はこうして名が残されるらしい。
「驚いたわ。志願者が二人もいるなんて」
 初めて目にする部屋の外観に見とれていた鉄也と舞子であったが、この声を合図にして我に返ると視線を向けた。
 威厳は顕現されていた。
 重役机に座す少女は、背後の十字窓から斜陽を受けてその先の長机に大きな影を落とす。逆光に眼球が慣れてくると、少女の出で立ちが露わになってきた。部屋を覆う日差しと同化するほどの紅に彩られた長髪。豊かな胸に着けられた山紫のリボンは三学年を示すもの。端麗な容姿に鶯のような声色で、内外非凡に富んだ孤高の長は来訪者を快く歓迎する。
 現職統領英梨が、そこにはいた。
「榛名先生から話は聞いてるかしら?」
「あ、その……」
 鉄也は下唇を口内に巻き込んでいた。ドアノブを掴むまでは万事こちらに風が吹いていると過信していた彼であったが、いざ現職統領を目の前にすると脳内での段取りに順序を組むことすら難しくなっていた。すなわち、英梨というあまりにも出来過ぎた少女に対する畏怖であった。
(クソッ。頭がまるで回りやしねぇ。なんなんだこのオーラは。ただ歳が一つ上ってだけなのに。これが煤掛の統領。俺達はこんなタマに石を投げてたってのか)
 言葉を交わすことなく鉄也の脳裏には敗北の二文字がよぎった。だが、彼の服従は榛名もましてや沙良の本意でもない。英梨と対談し、折り合いをつけることは彼に与えられた使命と言っても過言ではなかった。
 焦燥に胸がざわめく。早々に解決策を見出さなければ、自分自身だけでなく連ねて来た舞子にも逆に不信感を持たせてしまう。方策を模索する彼にとって英梨の背負う斜陽は不快極まりなかった。
 すると、
「あの!」
 悄然としていたはずの舞子が茶色い尻尾を振り乱しながら、その斜陽に歩み寄っていったのである。
「私、ファンなんです。英梨さんが統領になる前から舞台は観てました!」
「だった……ってことはなくて?」
「はい。私は統領じゃなくて、英梨さんのファンですから!」
 鉄也は呆気にとられていた。狐に摘まれた気分とはまさにこのことであろう。
(すっかり忘れてた。こいつ、統領の追っかけだったんだっけか。まったく、さっきまでの死んだ魚みたいな目はどこ行ったんだよ。きらきらした目つきで飛び跳ねやがって)
 平素の活力を取り戻した舞子が手を小招く。
「ねぇ、てっちゃんも握手してもらおうよ!」
 向かいで微笑む英梨の表情も少しばかり穏やかになっていた。舞子の回答は自身の過ちを後悔していた英梨にとって有効な清涼剤となっていたのだ。予想だにしない行為と結果であったが、そこに突破口は開かれていた。
(どこまでが思惑通りなんだか)
 眼鏡の位置を改めると、鉄也は英梨の目に立ち手を差し出した。
「二年五組西極鉄也。ババアの言いつけで招待に応じた。こいつは幼馴染みの矢崎舞子。あんたのファンみたいで煩くてな。今日はおまけだと思ってもらって構わない」
「おまけは酷いよ!」
 素早い頭突きが鉄也の胸部を襲う。
「痛ぇよ、馬鹿」
「舞ちゃんは何も悪くありませーん」
「たまには静かにしてろよ」
「てっちゃんがぼーっとしてるのがいけないんだよ」
 この始終を見ていた英梨は、
「仲が良いのね。うちの喜劇も参考にしたいくらいよ」
 こう失笑していた。
 そして、意味深長なことを口にしたのである。
「西極と矢崎。もしかして、二人はあの時の……」
「えっ?」
 鉄也は真剣に聞き返そうと試みたのだが、これを遮ったのは舞子であった。
「はい! 舞ちゃんはボランティア部部長でてっちゃんは帰宅部の部長なのです」
「お前っ、いい加減にしろよ!」
 高揚感に歯止めが利かないようにも見えたが、舞子が話の流れを両断したのは明らかだ。
 間もなく取っ組み合いになった二人に英梨は苦笑すると、
「とりあえず、お茶でもいかが?」
 意気揚々とする舞子がこれに飛びつき、小競り合いは収束した。
 長机に腰を下ろすように促された二人は向かい合うように座ると、英梨の用意した紅茶に口をつけた。
「ごめんなさい。この時期はアイスにしてやった方が良かったんでしょうけど、生憎冷蔵庫のある給湯室まで足の運べない身で。インスタントだけど、口に合うかしら」
 気恥ずかしそうに口に手を添える英梨の仕草に魅了された舞子は、悟られまいとして大袈裟に手をあおいだ。
「全然へっちゃらです。クーラーも涼しいですし、丁度いいくらいですよ。英梨さんも今回の件では大変苦労なさって……うぉ熱っ!」
「舞子、お前いい加減にしろよ」
 鉄也は長机にまで飛散した紅茶を袖で拭き、舞子の額を叩く。
 英梨はそんな二人のやり取りに微笑すると、吹っ切れたように自身の心中を語り始めた。
「統領になるまでは、私もそんな感じだったなぁ。同級生とも。部員の先輩後輩とも。そして、ルーシーともね」
 哀愁漂う語り部に、無邪気な男女は小突き合いを制止し、目を丸くした。
「私だって普通の女子生徒だった。どこにでもいるような、それはちょっと顔が可愛いとか、勉強ができるとかはあったかもしれないけど。それと、ある日切り離されてしまった。統領になったのはあの子達からの信頼を受けてのこと。でも、統領制は知っての通り他校の生徒会とは違う。ほら、あれはどちらかと言えば内閣制みたいなものじゃない? うちは統領の席に座った人間がそれを下に落としてやらないといけない」
「嫌なら作り変えれば良かったじゃねぇか」
「それができればね。ただし、統領制そのものの改正には先生方を含めた学校全体の三分の二の承認が必要なの。私一人の身勝手のためにそこまでは、できなかった。それに、英梨ちゃんは役立たずだったとか、先輩はわがままだとか。そんなこと言われたくなくて。秘密を分かち合ってくれたのはルーシーただ一人。あの子には下への落とし込みから始まってたくさんの雑務を頼んできた。そんなあの子も、ついに愛想を尽かてしまったみたいだけど」
「喧嘩でも、したんですか?」
 舞子の問いかけに、英梨はゆっくりと首を振った。
「さっき言った通り。私は一人だとわがままで。だから、統領の席を離れたら何がしたいかしか見ていなかった。あの子の意思を裏切ったのは私。結局、失敗したことのない人間が作り出した罪なの。世襲も一言で済むと思っていた。こんな、大騒ぎになるなんて想像もしてなかった。一瀬英梨は知略に優れた逸材だなんて嘘。私だって、まだ子供なんだから」
 英梨は一度だけカップを口に運ぶと、一呼吸入れてこう懇願した。
「御願い、鉄也くん。私と協力してこの統領選挙を終わらせてくれないかしら。身勝手なのは分かってる。だけど、軋轢を残せば煤掛中の秩序は崩壊してしまう。私の罪を後輩達には背負って欲しくないの。だから、御願い……」
 舞子は同情心からか、憧れた人間の悲痛な思いを前に消沈していた。
「英梨さんを助けてあげようよ」
 しかし、鉄也もまたその限りと言えばそうではなかった。
「事情は俺の知ったこっちゃねぇ。けどな」
むしろ、相手の弱点を知ることができたことで、ようやく対等に話が進められると意気込んでいた。彼は眼鏡のレンズを曇らせながら、一口飲み込んだ。
「俺達の目的は一つだ。目の前の障害を突破する。そうだろ?」
「鉄也くん……」
 思考は平素と変わりないまでに落ち着いていた。邪険に扱いこそしていたものの、舞子がいなければこうは上手くいかなかったことは重々承知していたのだ。
「そうと決まれば本題だ。統領様。あんた、昔の缶蹴り合戦について何か知ってるらしい。俺は家の蔵で見つけたボロ日記の中身しか知らねぇ。その資料を開示してもらいたい」
 すると、英梨は分の悪そうな顔つきになった。おもむろに視線を逸らすと、
「……それは、流石にまずいわね」
「どうしてだ。それじゃ、運営協力もクソもねぇじゃねぇか」
「統領府規範の『一一八』に抵触するわ。原則として、十年以上前の情報開示は事前の公表が必要とされるの。貴方達と私はいわば口約束の関係。この情報はルーシーにも見せることはできない秘密そのもの。もし、これが表沙汰になれば私はここから追い出されてしまう」
 事情は複雑なのだろう。
それが鉄也自らが首を突っ込んだ場に変わりはないのであるが、内心としては歯痒さを払拭できない不快感を覚えざるを得なかった。
(統領と接触していれば、こちらは盤上を有利に進むことができる。だが、それは建前に過ぎない。本当は知りたかったんだ。三十年前に何があったか。それが叶わないのであれば。いや、俺にはまだカードが残されている)
 赤の他人に開示することが許されないのであれば、統領府の役職に就けばいい。舞子は彼を側近に置くことを前提にしていた。ならば、この選定選挙を勝ち進むことに賭けるしかないのだろうと。鉄也は諸々を押し殺して、英梨に提案を始めた。
「なら、こちらは一方的に喋らせてもらう。ここの資料に依存したもんじゃねぇ。俺の家の蔵にしまってあった昔話だ。当然完全な情報源でもないし、俺の勝手な解釈や改変のかかったものになる」
 英梨の目の色が変わったことを確認すると、鉄也はこくりと頷いた。
そして、夕立の晩に読んだ父である孝則の記述について語った。
「―と。ここまでが俺のボロ切れに関する解釈だ」
 鉄也が話に終止符を打つと、舞子は机を叩き前のめりになって飛びついてきた。
「何それ。すっごく楽しそう! 舞ちゃんもやりたい!」
「分かってるんだかどうかは知らねぇけど、お前が大将やるならお前の支持者を集めないと始まらないんだ。例えば、今お前が他の候補者、ルーシーにでもぶち当たってみろ。総当たり戦なんざ目も当てられないことになるぞ」
 こう返されるなり、舞子は頬を大きく膨らませる。
 そこに閉口していた英梨が絡んできた。
「缶蹴り合戦はマンネリ化が先行した従来のやり方よりは斬新で目を引く。けど、これを実行するには相当数の中立生徒も必要となる。第一に文化部が勝てる見込みは薄い」
 鉄也は指をパチンと鳴らして答えた。
「そこが候補者の人望と手腕にかかってくる。問題はリアルタイムでの合戦参加者の安否、観戦者の支持率の変化をどう算出するかだ。メディア部と選挙管理委員会を動員したとしても限度があるんだよな」
 こう鉄也が唸っていると、英梨が思い出したようにぴしゃんと手を叩いた。
「今度の選挙から安価な端末を用いた集計方式を導入しようとしていたのを忘れていたわ。確か受注先は町内の入江工業」
 英梨は机の引き出しから現存する候補者リストを確認すると大きく頷いた。
「ええ。彼女もクラス推薦を受けているわね。打診する価値はあるはずよ。あとは候補者との交渉次第ね」
「日取りはどうする。公示を意識して来週辺りにするか」
 ここまで舞子を差し置いてトントン拍子でやり取りは進んでいたのであるが、突如その返答が止まった。
「おい、どうした」
「嘘……なんで直接あの子が…………」
 英梨は候補者リストを凝視すると何かを反芻しているようだった。
 そこに平常心があるとは到底言い難い素振りである。
 ようやく返された文言は、あまりにも現実軽視したものであった。
「明日の放課後にしましょう」
「ふぇ?」と舞子は腑抜けた声を漏らす。
 開いた口を強引に戻すと、鉄也は首を横に振り反対した。
「ちょっと待て。ここまでイレギュラーだらけだったことは認める。けど、こっちにはこっちの準備ってのが」
 しかし、英梨は鉄也の要求に応じる風がない。
「小勢をこれ以上擁護できる保証はない」
「なっ」
 鉄也とて狼狽を隠せなかった。
 物腰柔らかであった英梨は先ほどまでとは違う強めの語調で切り返してきたのだ。
 理不尽は通り越していた。
「明日の正午。二学年の全クラスに速達が届くように用意を進めるわ。未定のクラスは放課後に私のもとへ届出を持って来てくれれば、それを受理する運びにもする」
「おいおい、めちゃくちゃ過ぎだろ」
 だが、腹を決めた統領の判断を覆すことは素人のなせる業ではない。鉄也の異議も例外なく無視されてしまった。
「時に、舞ちゃん。貴女、二年五組の候補者になるのよね?」
「え、あ、はいっ!」
「明日まで待ってあげるから、届出を持って来て頂戴。マニュフェストもその時に、せっかくだから各候補者に宣言し合ってもらおうかしら」
「あんた、自分のわがままに気づいて」
 こう鉄也が指摘すると、英梨は切羽詰まった表情を露呈させた。
「時間がないの。言うことを聞いて頂戴!」
 その要求は敬愛する英梨からではなく、現職の統領としてのもの。
 自ずと畏怖が付随するのは言うまでもない。
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