この状況には、訳がある

兎田りん

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真実は一つとは限らない

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「戻りました」
「うむ。待っておったぞ」
 アスベル君を医務室に預け、渋々ではあるが渦中に戻ってきた。戻りたくなかったけど、戻らざるを得なかった。
 迎えてくれたメイナース先生の視線はゴルラフ隊長の持つバスケットに固定されている。中身はもちろん、ご依頼のたまごサンドだ。
 これを渡して「俺たちはここで失礼します」とかできないものか…あ、ダメですか。

「頼む時「メイナース先生でしょ?」って言われたんですが」
 俺の昼食と同時にテイクアウトのたまごサンドを頼んだ時、受付係に「メイナース先生のお使い?」と即看破された事を報告。
「たまごサンドは天啓である」
 …ハマったんですね。先日のアスベル君からの差し入れ以来、学食で頼みまくっている様だ。
「…ええ、まあ、たまごとマヨネーズは合いますからね」
 マヨネーズの味を知ってしまったら、無かった頃の生活には戻れない。メイナース先生もそうなのだろう。タルタルソースとか教えたら大変なことになりそうだな…
「この時でなければ出会いが叶わなかった奇跡よ」
 あ、もう食べてる。早いな。
「量は大丈夫ですか?」
 そのバスケット、グループサイズなんですけど。受け取った時「キョーシン先生の分も入ってるのかな?」とも思ったけど「そういえば量の指定してないな」というのを思い出した。
 そして持とうとしてふらつき、ゴルラフ隊長が「俺が持とう」と片手でヒョイと…鍛えている人はやはり違いますね。
「適量である」
 そうなんですね。言わなくてもそのサイズが出てくる程リピートしたんだ…短期間に同じものばかり食べ続けるのは、体に良くないですよ?
「なぜ俺を見る?」
「…あの量、どこに消えたんですか?」
 ゴルラフ隊長も肉だけ食べてたもんな…周囲が引くほどの量を。
「走り込んだらすぐ消えるぞ。ファルム君もどうだ?」
「謹んでお断りさせていただきます」
 これ、アレでしょ?うっかり「やります」って言ったら隊長のペースでプログラム組まれるんでしょ?
 運動習慣のないもやしが騎士科の走り込みについていける訳ないじゃないですか。ヤダー!ぬるま湯に浸かったまま生きたーい。

「そういえば、一人足りぬな」
「アスベル君は医務室で療養中です」
 移動中、学食近くのトイレからは呻き声が絶えず聞こえてくるという異常事態。お察しの通り、医務室も患者がいっぱいだった。
 その様子を見たゴルラフ隊長が「ポイズントード討伐の救護テントを思い出すなぁ…」と呟く。毒霧発生レベルという事ですか?学園ですよね?
 医務室では次々と運ばれてくる学生の処置で先生達がバタついていたのだが、アスベル君を快く引き受けてくれた。ありがとうございます。
 別室の2名に速やかに戻るように言っておきますね。

「……という事なので、医務室にお戻り下さい」
「ふむ…最近見なくなった「シェフの劇物」が復活したと。そのまま無くなっておればよかったものの…」
 劇物…確かに…って、え?アレ頻発してたの?厨房にいるの、本当にシェフ?
「ラスフェルム君が卒業して監視が取れたからな。今日替わりを頼むのは初等部の学生と刺激を求める奴らだけだ」
 知っていたのか!?隊長!
「それ早く言って下さいよ!」
 学食に入る前に聞きたかった!アスベル君やられちゃったじゃないか!
「ファルム君は聞いてると思ってたんだ」
 聞いてませんが?兄上が学食を煽ってる話も後から聞いたんですよ?
 聞いてたら学食利用しないもん!
「告げておったら足を向けなくなると思われたのであろう」
 おっしゃる通りです!

「……学食、レニフェル様も食べてるんですよね?」
 ここで俺の中に王族の味覚がおかしい疑惑が発生した。
 アーデルハイド殿下にはそのうち聞こうと思う。管理責任をついでに問わねば(王立だもの)。
「殿下の主食は砂糖とバターだと聞いておる」
 まさかの素材!この国(世界)大丈夫なの?
「………メイナース先生、せめて甘味と言ってくれないか?」
 肉食(物理)がフォローらしきものを入れてくる。
 うん。学食スイーツは俺の範疇外だったな。アンドロインが素晴らしすぎて学食でスイーツの選択肢を消してた。
「ちなみに…出来栄えは…?」
「砂糖とバター。ミルクも入るであろう」
「素材」
 ……そうか。そのレベルか。家から弁当持ってくる選択肢が見えた。
 たしかスキル一覧に無限収納インベントリがあったはず。なかったら追加してもらおう。時間止まるやつがいいな。
 ルーベンス殿下は…と言いかけて止めた。兄上が傍につくという恵まれた環境下で、あの人がシェフの怠慢に気づくはずない(確信)。
 気づく聡さを持ってたら聖女騒動を起こすこともなかったし、ロメオロス王子と意気投合なんかしないもの。

「……と、言う事だキョーシン女史。救いを求める童らに、手を添えに参ろうぞ」
 会話をしながらたまごサンドを平らげた(速いな!)メイナース先生が、キョーシン先生に声を掛ける。「という事」で伝わるの?バルロ君とやり合ってるから、聞いてないのでは?ペース落ちてないの凄いな。
「解毒処理は粗方済んでいるでしょうが、久々の劇物散布で心を痛めている学生も多い事でしょう。仕方ありませんわ。バルロさん、貴方との決着は後日に致しましょう」
 聞いてた。そしてあれだけやり合って決着ついてないのか。
「苦しむ民を救うのは正義の務め。コナードも同じ選択をする事でしょう。行って下さい。次こそコナードの素晴らしさを伝え切ってみせる!」
 うわぁ…バルロ君もやる気…ん?もしかしなくても延長戦確定した?
 俺から意識が逸れるのなら、非常にありがたい事だ。
「わたくしもバルロさんには膝裏の素晴らしさを実感していただきたいですわ」
 ちょっと何言ってるのか解らないですね。

「さあ、これからは見張りの時間だ!」
 二人の先生を見送った後、バルロ君が意気揚々と俺を指差しながら言い放つ。
 指を指すのはやめろ。
「これ以上見るところがあると?」
「悪事の証拠を見なければならないのだ!安心して見張られろ!」
 無理では?
「悪事…働くのか?」
「しませんよ?」
 ゴルラフ隊長、バルロ君のドリームワールドを簡単に信じないように。
「それにしても、キョーシン先生と俺とでは随分態度が違いますねバルロ君」
 初手で敵認識するとか、普通の人はしないからね?
「信念を持つ者に敬意を示すのは当然だろう?」
 俺も「平穏に生きたい」という信念を持っているのだが?
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