この状況には、訳がある

兎田りん

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愛だけで生きていけると思うなよ

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「嫌です」
「どうしても、ですか?」
「どうしても!です!」
 王城の一室。ドレスを着たトルソーがズラリと並べられたその中で、俺はメルネ嬢と押し問答していた。
 理由は言わずもがな。「ドレスを着るか否か」である。
「張り切って新作を用意したのよ!」
「新作云々ではないです。何故紳士服ではないのですか?」
「似合うからに決まってるでしょう!」
 ドヤ!と「言ってやったぜ」的な顔をされてますが、着ませんからね?
「俺が着るの確定みたいなの止めてください」
「ファルム様の負担をなるべく減らそうと、パニエ(スカート膨らませるやつ)を外付けではなくスカートに……」
 メルネ嬢が並べられたドレスの新機能や、俺に合わせるための苦労話を驚きの早口で捲し立てるのだが、全く頭に入ってきません。だって、興味無いですもん!

「ファルム様聞いてます?」
「聞こえてはいますが、理解できません」
「もう、体に覚えて貰うしかないですね」
「ひぅ!」
 嫌だ!何その笑顔!じわじわ近付くの怖いから止めて下さい!
「暗唱出来るまで、何度でも語りましょうね。所作の確認もしましょうか」
「やめ…!俺はドレス着たくないんですよ!淑女教育の再来は無しでお願いします!」
 聖女の代わりに、と受けた御子の役割。「果たされるにはそれなりの学びが必要ですわよね」というアイローチェ様の一声で、かなりキツめの淑女教育(短期猛集中講座)が俺に施された。
 立ち振る舞いと言葉使いが中心ではあったが、あれはマジ辛かった。特に立ち振る舞い。正直男でよかったと痛感したレベル。アレを日常としている社交場のレディ達には尊敬の念しかない。
「さあ、ファルム様。フィッティングしましょう」
「メルネ嬢、俺の話聞いてないですよね?」
 着たくないって言ってるでしょー!

 この押し問答には訳がある。
 レニフェル様達とのお茶会を疲労困憊で乗りきった俺は「話は聞きました。暫く学業優先です」という旨をアーデルハイド殿下(ウィー君返却時)に念押しし、聖協会生活拠点メロディアス家実家にも「学業に専念するので各種お誘いはお断りしてください」と伝えた。
 これで学園生活に集中できるぞと安堵したのもつかの間。
 「お迎えに上がりました」と王城からの馬車に拉致られる放課後の俺。
 「こちらでお待ち下さい」と入れられた部屋で「お待ちしておりました!」と俺を迎えるメルネ嬢。
 そして現在に戻る…
 アーデルハイド殿下ェ…舌の根も乾かぬうちに何してくれてんの?ウィー君連れて帰るよ?
 
「ファルム君急に呼んですまなかっ…え…なに、このクローゼット」
 メルネ嬢との押し問答の最中、アーデルハイド殿下がすまなそうに室内に入ろうとして硬直した。その様子では、メルネ嬢のコレは聞いてなかったようですね。
「アーデルハイド殿下、助けて頂きたいのですが?」
「ああ、うん。この状況は何かな?」
 メルネ嬢の姿を見た瞬間に察しては貰えたようだがその返し…理由次第では差し出す気だな?
「王太子殿下にお目もじかないました事、嬉しく思います。この度は、レニフェル王女殿下より依頼を受け、参りました」
 メルネ嬢が綺麗な淑女の礼カーテシーでアーデルハイド殿下に挨拶をする。そうか、アイローチェ様とは友達でもアーデルハイド殿下とはそこまでの交流はなかったんだな。
 自分を基準にすると色々ズレるから気をつけよう。
「そうか。レニフェルの差し金…入れ知恵はアイローチェか」
 挨拶でそこまで見抜くのは、慣れ親しんだ間柄だからこそだろうな。ちょっとゲンナリしてるのは、嬉しくはない見抜きだからと思いたい。
「キュレム嬢、先の式典ではウィー君の衣装をありがとう。素晴らしい姿で、私も誇らしかったよ」
「有り難きお言葉、痛み入ります」
 立太子の式典で俺の視線を釘付けにしたウィー君の王太子とペアルックな衣装は、キュレム衣料商会作だった。
 あの後、ペットとお揃いの服を着るのが貴族の間で流行りだしている。キュレム衣料商会、どこまで規模拡大する気なの…

「この惨状はご存知なかった様ですが、学業に専念したいと言った俺を引きずり出した訳をお聞かせくださいますよね」
 にっこり笑顔でアーデルハイド殿下の前に出る。
 入室時に「すまない」という言葉が出たということは、今回の呼び出しはアーデルハイド殿下の本意ではないということ。
 メルネ嬢からレニフェル様の名前が出てるから、ハロルド様がアーデルハイド殿下に対して派手にごねたのだろう。
 その部分を聞こうじゃないか。

 クローゼットと化した部屋の一角、トルソーを少し寄せたスペースに簡易ティーエリア(俺から見ると簡易どころかかなり豪華)が生えた。
 アーデルハイド殿下と俺とメルネ嬢。謎の三者面談が今、始まる。

 侍女さんが入れた紅茶を一口。アーデルハイド殿下が語り出した。
「公務を放棄した叔父上が私の執務室に来て、延々とレニフェル語りをするんだ…」
 最初からアーデルハイド殿下の口調が重い…そして、何やってんの王弟殿下…
「昼食後にやってきて日が傾き始めた頃、叔父上の側近が涙目で連れ戻しに来るのを3日繰り返したよ」
 酷い話ですね。
「私の執務室の扉を封鎖したら窓から「こんにちは」されて、目が合った瞬間は笑うしかなかった」
 それは、うん。そうなりますね。
「もう、君を呼ばないと私が遊びに出れないんだよ」
「着地点をそこに持ってこないでください」
 そこは「仕事が積まれる」でいいじゃないですか!
「私だってウィー君連れてアイローチェとデートしたい!」
「デートはウィー君置いていくべきです」
 ウィー君連れていったら「二人でデート」じゃなくて、いつもの「ウィー君を愛でる時間」が城の外になるだけですよ?
「アイローチェ様の新しいドレス、カタログをお送りしておきますね」
「ああ、ありがとう。生地の質感や色も確認したいから、候補を持ってきてくれると嬉しい」
「承知致しました」
 メルネ嬢、商魂逞しいな。
 もう少し空気を読んでくれると助かる。いや、読んだからコレなの?
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