この状況には、訳がある

兎田りん

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始まりは断罪の目撃から

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 メルネ嬢の言う「全面的に支える」とは前世でいうとスポンサー契約に等しい。キュレム衣料商会の最先端技術を身につけることが出来るということと引き換えに自身を広告塔にする為、キュレム衣料商会の許可なく他のブランドを纏って人前に出ることは許されない。貴族や商売を生業にする家系の子なら知っていて当然のことだ。
 王都住みの平民でもうっすら知っているレベルなので、「そんなの知らないもん!」とか言えるのは召喚されて即囲われたアリナ嬢か地方の平民くらいだろう。
 メルネ嬢がアリナ嬢の装いを見て「うちのじゃない」と言い切ったのは、周囲に向けて「支援してるのはこいつじゃないよ」と明言しているのと同義だ。
 そこが解ってしまったからこその沈黙なのだと思いたい。愉快な仲間たちがそこを知らないとかありえないからな。

 お貴族様には「知らないなんて非常識ですわ!」という事項が多すぎると思うんだよね。
 まあ、人の上に立ったり流行を生み出したりするにはある程度の知識が要るから仕方がないことだとは思うけど。俺も幼少期より家庭教師や聖協会の役職持ち(貴族出身が多い)から無理のないペースで教わりました。
 前世で勉強の大切さを思い知らされたからこそ、今の俺がいるのだ。
 まあ、この状況は管轄外なんですが。

 キュレム衣料商会のオーダードレスは針子の技術の高さから「1年待ちは覚悟すべき」と言われる人気商品であり、貴族子女の憧れでもある。そしてお値段もいい。
 俺は価格帯を聞いてしまってから、御子装備中は森とかに突っ込まないようにしようと心に決めた。いや、モンスターに追われたアレがイレギュラーなだけだって!
 破れたから弁償、とか言われたら詰む。好奇心に束縛された気分だ。
 この茶番が終わったらお役御免だから、着る機会なんてもうない………はずだ!

 今している話とは関係ないが、浄化遠征の際に身につけていたドレスや装飾を既製品化したものが滞在地域のご令嬢方に売れているらしい。
 ヒーロースーツや魔女っ子ドレスが少年少女にウケるようなものなのだろう。幼少の頃から培われた変身願望をコスプレへと昇華させた文化は誇るべきである。
 流石に衣装の完全複製は大変なので、布地や装飾を変えてバリエーション展開しているそうだ。カタログを見せられた時、豊富すぎるバリエーションとカタログの厚みに軽くめまいがした。
 幅を広げて値を下げ、販路を拡大するとは商魂たくましくて実に素晴らしい。
 俺が関わっていないところでやって欲しかった。

 俺が今着せられているドレスも当然キュレム衣料商会の作品だ。今回のは透け感のあるレースに刺繍を更に盛り、しなやかなフリルで風を演出したと思われる。女性の発想は前世も今世もよくわからない。

「断ったのはそちらではないか!」
「ええ、式典の日程が事前に通達されているにも関わらず、3日前に店頭で「フルオーダーだ!」と言われましたら断らざるを得ませんわよねぇ」
 そんな無茶通そうとしたのか!針子を死なす気か?
 貴重な職人を使い潰すブラック納期は爆発しろ!
「この日のために入学が決まった時点から予約を入れてくださっている方々を優先するのは当然ですわ」
 高らかに権力に屈しません宣言を放つメルネ嬢の姿に、見つめる周囲の女性陣の瞳が喜びに輝いた。これでまた予約が殺到するのだろうな。

 メルネ嬢的には最早やり込めるよりも商売の方に気持ちが傾いている気がする。
 いや、メルネ嬢だけじゃないな。愉快な仲間たちの婚約者の殆どが相手に見切りをつけているだろう。挽回は…余程のことがない限り無理だろうな。

 王家の基盤を更に固めるため、国政をよりよく行なうため、優秀な魔法使いの血を貴族に加えるため、国防の要でもある辺境を強固に保つため、商会の力を高め新たな販路を見出すため。
 令嬢方から聞いた話が全てではないのだろうが、この一件でふいになる縁談が国に与えるであろうダメージのデカさよ。
 聖女ガチャ、まじやばい。

 さて。いじめの事実もない、功績も上げられてないアリナ嬢はどう出ますかね?
 視線を向けると、ギッ!とガンを飛ばされたのでさわやかに微笑んでやった。

 視界の隅で口元を押さえた兄上がまた小刻みに震えている。あれこれ考えたけど、兄上の心境は判らない。
 ただ、茶番が終わったら突撃されそうな予感だけはする。

「酷いわ!そんなに私を悪者にしたいのね!」
 愉快な仲間たちが当てにならない事に気づいたのか、アリナ嬢がついに口を開いた。
 やっと絡んできたな。
 そういえば、アリナ嬢の声をちゃんと聞くのは初めてじゃないかな?召喚時のは偶然聞こえただけだったし。
 鈴のような声…ではないな。ぶりっ子とか媚びを売るような声に聞こえる。状況がそうさせているのかもしれないが。
「悪者扱い?いつわたくしたちがそんなことを?」
 お前が悪い!って一言も言っておりませんが?

「私が聖女だからって、そんな、酷い…」
 あー、泣いちゃったよ。何処でスイッチ入ったんだ?
「貴様!アリナを泣かすとはどういう事だ!」
 知らん。勝手に泣いたんだぞ、そいつ。
「アリナ、泣かないでおくれ。この者達は処分しておくから」
 愉快な仲間たちが急に泣き出したアリナ嬢をなだめながら、こちらにギャンギャン喚いてくる。
 俺たちは「なんだこれ?」状態ですが?

 義姉上たちが、「え?何がきっかけの涙ですの?」「理解出来ませんわ…」と困惑している。
 そして、ギャラリーの皆さんも「一体何が起きているんだ」とザワザワしている。
 どうにかしろよ、この空気。
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