行ってみたいな異世界へ

香月ミツほ

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行ってみたいな!あちこちへ

5 帰り道

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起きたら身体が起こせない。治癒もできない。どうしたんだろう?

ぼんやりと考えながら横を見ればティスの寝顔。反対側にストゥはいない。ストゥを呼ぼうとしたけど声が出ない。困った。水が飲みたい…

“水辺の王よ、潤いを齎したまえ”

心の中でそう祈りを捧げると、ピンポン球サイズの水の玉が目の前に姿を現した。少し口を開けると水球は近づいて吸う事ができた。なんだか面白い。

「ストゥ、いる?」

何とか出せるようになった声はあまり大きくは出せず、これでは外に聞こえないのではないか?まさか遮音結界は解けてるよね?

不安になって来た所にストゥが来てくれた。

「タケル?目が覚めたか?」

ストゥの顔を見た途端、なぜか涙が出て来た。
重い身体をどうにか動かして手を伸ばし、抱っこをせがむ。どうした?と聞きながら優しく抱きしめてくれる。しばらくぐすぐす泣きながら縋り付いていた。

漸く落ち着き、少しだけ治癒ができたけどまだ足下も覚束ないので支えてもらってトイレに行く。テントの裏に個室用テントが置いてあって、排泄したら浄化する。戻るときはまた抱き上げられた。

朝食が作れるだろうか?
戻るとティスが起きていた。今度はティスに抱っこを要求。俺、何やってんだろう?
とにかく気持が不安定で2人の側を離れたくない。涙目でティスを見上げてたら優しくでこちゅーされて頷かれた。

「あれだな。」
「幼児退行ですね。」

2人は分かってるみたいだけど、俺は自分を持て余している。良い歳してなにやってんだ、と突っ込む自分と不安を持て余して泣きそうな自分。すり、とティスの胸に顔を埋めた。

「おーす!」

アルクスさんが起きて来て声を掛けられる。挨拶を返さなければ、と思うのに顔も見られない。しがみ付いたまま無言。

「…タケル?」

名前を呼ばれて恐る恐る振り返るも、アルクスさんの顔を見たら涙がぼろぼろ溢れて止まらなくなった。

「昨日やり過ぎたから…」
「やり過ぎたのはお前らだろ!?俺はちょっとからかっただけでお仕置きでひどい事したのはお前らだろ!」

「ちょっとテントで落ち着かせてきます。朝食の用意はお願いしますね。」

ティスがアルクスさんを無視してテントに連れて行ってくれる。
ひっくひっくとしゃくり上げながら運ばれる俺は一体何歳児だよ…

すぐにファケレさんが追いかけて来て、外からテントの中に声をかける。

「タケル、朝食で考えてた料理を教えてくれないか?なるべく近いものを作るから。」

むかごの炊き込みご飯とスパニッシュオムレツとコルの味噌汁と、魔獣の肉の味噌焼き。
鶏肉は味付けして煮て薄切りにしてサンドイッチにするつもりだった、と伝える。献立を考えていたら元気が出て来た。

「…アルクスさんが側にいなければ朝食作れる…」

ファケレさんが先に行ってみんなに伝え、文句を言うアルクスさんをタートリクスさんとパティエンスさんが引きずって行ったそうだ。

炊き込みご飯の準備をして、スパニッシュオムレツはジャガイモとタマネギと乾燥トマトを入れて味付けは塩コショウ。ファケレさんに焼いてもらう。柔らかくした魔獣の肉を薄切りにしてキトと鷹の爪入りの味噌に漬ける。コルの味噌汁を作ってから味噌漬けを焼く。

お昼用にパン生地を練って寝かせる。無発酵パンなのでナンみたいな感じになる予定だ。野生のネギとキチシャと人参の千切りと、最後の1つの卵と魔獣の脂肪で作ったマヨネーズを添える。

…魔獣肉の味噌漬けも余分に作ってお昼の具材にしようかな。
と思ったけど味噌が足りないかも。まぁ、ありったけ作れば良いや。

朝食はアルクスさんだけ別で食べる事になった。
俺がテントで食べようとしたらファケレさんが止めたから。向こうの木に縛り付けて武器を取り上げたから朝食が終わる頃までは時間が稼げるらしい。

「食べられるように、ちゃんと手は自由ですよ。縛った縄が素手ではなかなか切れないのと結び目を手が届かない所にしただけです。」

そこまで…

「ありがとうございます。」

ふふっと困り笑顔でお礼を言う。

「でも、何で俺こんな風になっちゃったんだろう?」

ストゥとティスが顔を見合わせてから

「タケルは、前にウサギを捌いた時もそうだったが、心の許容量を超えると幼児退行するようだな。」
「昨日は私たちがやり過ぎた訳ですが、信頼度の関係で原因を作ったアルクスに不安が向かったのでしょう。」

「そりゃ八つ当たりじゃねぇか!!」

あ、アルクスさん脱出したんだ。冷静にそう思っただけのはずなのにティスに名前を呼ばれた。

あれ?

頬が濡れている。また涙が溢れてた。
それを見て何も言えなくなったアルクスさんから守るようにティスに抱かれて 運ばれた。

「情けないね…」

テントの中で呟けばティスが優しく背中を撫でながら

「私たちこそ、嫉妬と…少し悪のりしてやり過ぎました。すみません。タケルは悪くないし、あんなに酷くしたのに嫌わないでくれて嬉しいです。」

「うん、本当にアルクスさんには八つ当たりだと思うけど、この不安定さは自分じゃどうにもできないし…っふ、うぅ…」

また泣けて来た。もう帰るだけなので泣きながら荷造りをする。ティスに休んでいるよう言われたけどやれる事はやりたい。身体を動かしていた方が気も紛れると思うし。

食材が減らなかったのは誤算だけど、コルは面白いからがんばって持ち帰りたい。ファケレさんも俺の料理に興味持ってくれてたけど、アラケルと一緒に料理する方が楽しいからアラケルにもおみやげに持って行こう。ストゥの荷造りはほぼ終わっていたから、テントから出てテントを畳む。調理関係のものはストゥがまとめてくれていた。

「大丈夫か?」

困り顔で頷く。心配かけてごめん。
俺が泣くのはアルクスさんが近づいた時だけらしいので距離を取って帰る事になった。来た時と同じで近くの町までは歩いてそこから馬。

別行動にしてお昼にうまく合流できるか分からないのでお弁当は分けて出発した。町では合流できるだろう。

アルクスさんは八つ当たりされるのはごめんだ、と先に出発した。


昨日かなりの量を採って来たコルは思いの外減っていた。持ち帰るにはちょうどいいかな?後々のために立ち寄る町で栽培とか販売とかしていないか聞いてみよう。

山を下りているとサルイチゴが見えた。立ち止まって祈りを捧げ、分けてもらった恵みを堪能する。3人で食べさせっこしながら下る道は足取りも軽い。そう言えば森の王の加護で歩き易くなってるんだっけ。こんなありがたい加護をくれる聖獣になにかお礼がしたいな。よし!今度、好きなお供えとか調べて届けよう。

そこに突然鹿が現れた。サイズは多分、エゾシカとかと同じくらいだと思う。動物園でしか見てないから自信はないけど、奈良の鹿よりはだいぶ大きい。

そいつはとても気が立っていて、目は赤く輝いている。ふうふうと荒く息を吐きながら肌を刺すような殺気をまき散らしている。怖い。

ストゥが投げナイフを使うがひらりと躱され、鹿の攻撃。鋭く頭を振ると鹿らしい形の角が少し歪み、しなる。バシィィィ!!と音を立てて、側にあった大木の幹が抉られる。角は見た目よりは柔らかく弾力に富み、破壊力があるらしい。ティスもナイフを投げて風魔術で誘導する。今度は掠った。狭い山道で荷物を背負った俺達は動きが鈍るので、鹿から目を離さずにまずは荷物を降ろし、武器を構える。

鹿が三角跳びの要領で木々の間を跳躍し角を叩き付けて攻撃して来る。後ろに隠れるようにしながら着地ポイントを予測して地面を柔らかくした。鹿が足を取られた隙にストゥが切り掛かり、のど笛を掻き切る。ティスが浄化をして一瞬で血を抜き、苦しみを終わらせた。

「コイツの縄張りに入っちまったみたいだな。」

ストゥのそんな言葉を聞きながら俺は鹿に手を合わせた。
2人が手早く捌いて骨や内蔵を土に埋める。肉と皮と角は持ち帰る。角は硬質ゴムのような弾力で表面はベルベットの様だった。

その辺で真っ直ぐで良くしなる若木を2本切って繋いで簡単なソリを作って括り付ける。怪我人を運ぶ時にも有用な簡易ソリだって。

襲われたのはそれくらいで、後は何事もなく山を降りて町に着いた。町は山の麓近くの斜面にあって階段が多い。スペインとかイタリアの観光地を彷彿とさせる白い密集した建物が夕陽に赤く染まる様子は、胸が締め付けられるような感動をもたらす。

2人の手をぎゅっと握ってしばし見とれてしまった。

「綺麗ですね。」

ティスがそう呟いて溢れるままだった涙を唇で拭ってくれた。俺はいつから泣いてたんだろう?反対側もストゥが同じようにしてくれて恥ずかしくなった。

「じゃ、行くか。」

促されて町に入り、宿を取る。
荷物を見た宿の人が途中で狩った鹿の角を見て驚いている。

「その角はもしや、麝香角鹿の角ですか?」

「あぁ、そうだ。買い取ってくれる店はあるか?」

「もちろんお教えいたします。それで、肉がありましたら少し譲っていただけませんか?」

ストゥが交渉して2割ほどを譲る事になった。それでかなり良い風呂付きの部屋に朝夕の食事が付いて無料になった。

「この鹿、そんなに美味しいの?」

「味はもちろんですが…かなり上質な精力剤になります。」

「えぇっ!?」

あ、そう言えば麝香ってフェロモンの香りだっけ。薬膳みたいな物か。

「お若い方には不要ですからね。」

と宿の人が澄ました顔で言った。顔が熱い…

部屋に案内され、荷物を置いた後に麝香角鹿の角と肉を持って売りに行く。面白そうなので付いて行く事にした。

持ち込んだ麝香角鹿の肉は72kgあった。宿で2割譲ったから、ストゥは90kg持って平然としてたの?荷物も武器も持ってたよ?あ、角もあるから100kg以上!?

ソリで運んでたとは言え、宿に持ち込む時は持ってたよ。凄過ぎる。

1kgで\5,000を提示されストゥが\15,000にしろと言い、交渉の末に72kgで\750,000になった。角は大きさで値段が決まり、これはすんなりと1対で\300,000、最後に小さな皮袋が\1,000,000!!

麝香線と言う、フェロモンを出す器官でこれは多分前の世界と同じ物。こんなに高いんだ…俺としてはすべすべして手触りの良い角の方が楽しいけど目的が全然違うからね。

このすべすべの手触りが繁殖期の証で、麝香の香りで誘った雌をこの角で愛撫して排卵を促す。…って、聞いたら角を触ってるのが何だか恥ずかしくなって来た。

店のおっちゃんが見習いが練習で作った半端物の角をおまけでくれたけど、使い途が分からない。
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