行ってみたいな異世界へ

香月ミツほ

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行ってみたいな異世界へ

17 初めての討伐

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朝食はグラウィスさんが作ってくれた。

そしていつでもキッチンを使って良いと合鍵も渡され、一緒に家を出る。
今日はティスさんが1人で依頼を受けて、俺とストゥさんで指導用討伐依頼を受ける。

昨日のストゥさんの仕事は貴族の坊ちゃんの鍛錬の代理教官。今日のティスさんの仕事は裕福な商人の長男の「はじめてのおつかい」の護衛。見つからないように陰からこっそりフォローするらしい。便利屋みたいだな。しかもどっちも日帰りで報酬が良い上級冒険者限定の依頼だそうだ。

そう、今日は指導用討伐依頼。
つまり魔獣を倒して捌かなければならない。
それらしい事は生物の授業でフナの解剖を見たくらいで自分でやった事はない。魚を捌いた事もない。それなのに動物(魔獣)を捌く‥‥ うぅ、ハードルが高い。

そう言えばこの指導用依頼、受けなくても良いらしい。通常だと指導者に依頼料を支払う形になるので金銭的に余裕のある人しか受けないし、何せ内容が基本過ぎて独学でも充分だからだ。ただ、好みの新人に面倒見の良いとこを見せるのに都合が良いので無料で引き受ける冒険者もいる。

良いのかどうかよく分からない‥‥

俺は屠殺とかできないから受けておかないとな。今日は爪ウサギ1匹の討伐と鬼角蛙3匹の捕獲です。

行き先は南の林。小さな池と川がデートスポットになりそうなのに春先は鬼角蛙が大量発生するし夏は虫が多い。秋と冬なら良いらしい。

爪ウサギは林を抜ける手前辺りに穴を掘って巣を作る。縄張り意識が強く、あちこちに穴を開けモグラ叩きのように出てきては縄張りに入った生き物を襲う。しかも縄張りをどんどん広げたがる習性があるので困る。

鬼角蛙は角に弱い麻痺毒があり抗麻痺薬の素材になる。余分に捕獲できれば買い取ってもらえるが生きてないと毒が抽出できないので捕獲になる。

そうか、捕獲依頼なら捌かなくて良いんだ!!

できるに越した事はないけど。

基本として一通りできないといけないとは思うのだけど、ウサギ可愛い日本人としては自信がない。でも肉、美味しかった‥‥。

街を出て2時間程歩くと目的地の林に着く。
爪ウサギは林の奥なので鬼角蛙のいる小川添いに進んで先に鬼角蛙を3匹だけ捕獲する。うん、たくさんいる。ギルドで捕獲網を借りてあるので簡単!

‥‥と思ったんだけど、意外に素早くてしかも木の根や草がジャマして下から逃げられてしまう。トノサマガエルくらいの大きさなので可愛いげがあるんだけど動きが俺をバカにしてる様な気がして悔しい。

「鬼角蛙は跳んだ所をすくうんだ。」

上から被せるのじゃダメなのか。道の真ん中に跳び出して来たやつの着地地点に網を滑り込ませる感じにして、漸く1匹捉まえる事ができた。縦長の麻袋に入れて採集カゴに入れる。袋が縦長なのは先に捕まえたやつが次のやつを入れる時に逃げないよう、2段階に絞める部分があるから。

コツを掴めたので残りの2匹はそれほど時間はかからなかった。

奥に進み、爪ウサギの巣を探す。道の真ん中に穴を開ける事もあるので周りはもちろん、道も近くに穴がないか注意深く慎重に見回す。罠を仕掛けるとかエサでおびき出すとかできないのかな?
‥‥残念ながら罠は音で設置場所がバレるし、エサは雑食だし特に好むエサもない。
地道に草の下や木の根元を見て行くしかないらしい。

「腹減ったしメシを食べてからまた探すか?」

ストゥさんの提案に乗る。
池のほとりに良い場所があると言うので移動すると、透明度の高い小さな池は時折銀色に光る魚影をちらつかせる。側に大きな平たくて細い石が置かれ腰を下ろすのにちょうど良い。誰かが休憩用のベンチとして置いたらしい。俺とストゥさんの間に弁当を出す。生姜焼きと野菜炒めと菜の花の辛子和えと、蕗と油揚げの味噌汁。あとは塩むすび。頑張って品数増やしてるけど、レパートリーがすぐ限界になりそう。引っ越せば揚げ物もできるし、少しずつがんばろう。

春は恋の季節。爪ウサギが縄張りを広げるのもメスを誘うため。
小鳥達の求愛の歌声や、見えないけど森の中で睦み合う動物や魔獣達もいるのだろう。ふとそんな考えが頭をよぎり、自分の事を考えてしまう。こちらに来て異世界のお約束と言うかなんと言うかモテている。あとお酒飲んで失敗もしている‥‥

ダメだ!!考えちゃダメだ!!思い出しちゃダメだ!!!!

爪ウサギに集中しよう!

顔から火が出そうな挙動不審な俺に不思議そうな顔を向けるストゥさんに爪ウサギ探し再開を告げ、片付けて来た道を戻る。すると先ほど気づかなかった木の根元の穴に気づいた。

煙玉を受け取って魔力を流し、巣穴に放り込む。するとあちらこちらから煙が上がり、6~7カ所の穴がある事が分かった。ストゥさんが奥の方の穴を回り込み大きな足音で出口を塞ぐ。追い立てられた爪ウサギが俺に向かって飛び出して来た。

とっさに片手でウサギを受け止め、地面に叩きつけた。
ごめん、強いパスを受けてそのままドリブルするみたいに体が動いちゃったんだ。ウサギは弾まなかったけど。脳しんとうを起こしたようにふらつく爪ウサギの喉に短剣を突き立てる。

溢れ出す鮮血。

生き物の命の手応え。

俺は‥‥生き物を殺した。

釣りをした事もなく、魚でさえスーパーで買って来ていた俺が初めて命を奪った瞬間。息が詰まる。胸に重しが乗っているような息苦しさ。今まで食べていた物に対する記憶によく解らない匂いが加わる。

楽しいばかりだった異世界生活が現実世界であると実感した瞬間。

ちがう、産まれて初めての現実世界の実感だ。

ストゥさんに教えてもらいながら解体して行く。討伐部位は名前の通り爪が特徴的な前足。関節部分に刃を入れて腱を切って外す。前足は毛皮もそのままだ。大ウサギと同じで春の毛皮は質が良くないけど脱毛処理してなめすと皮はそこそこ使える、らしい。脱毛しちゃうからラビットファーにはならないし、何に使えるんだろう?

内蔵を取り出し、血抜きは浄化魔法でOK。皮を剥いで骨を外し部位ごとに肉を解体して終了。

これだけの事をやって嘔吐しなかった自分を褒めたい。心がもの凄く消耗している。顔にも出ているようでストゥさんが心配してくれる。作り笑いしかできないけど、カラ元気も元気のうち!と自分に言い聞かせながらギルドへ戻る。

「おつかれさま。」

先に依頼が終わっていたティスさんが受け付け前で待っていてくれた。
納品して依頼終了。爪ウサギの肉は納品しない。

命を最後まで使い切る。無駄にしない。

どこかで聞いた言葉を思い出しながら自分で食べると決めた。
骨と内臓は置いて来たけどね。

俺がぼんやりしてるのでストゥさんがグラウィスさんのお店で夕飯を買って来てくれた。引っ越し準備で明日はもうお店に出ないから、今日じゃないとグラウィスさんの料理が食べられないからだって。元々食べに行くつもりだったそうだ。

夕飯を買いに行ってる間にシャワーを浴びた。ぼーっとしてて危ないからとティスさんが世話を焼いてくれた。

たくさんの料理が並んでたけど‥‥でも‥‥申し訳ないけ俺はど味が分からなかった。

「そうだ。アラケルが持って来たお菓子、忘れてたでしょう?疲れた時には甘いもの!さぁ、食べましょう。」

そう言えばシーグラスの様な可愛いお菓子を貰ってたっけ。
どう言う流れで貰ったんだっけ?思い出せないまま3粒ほどまとめて口に入れた。

スッキリとした優しい甘さが口の中に広がる。ころころと舌で転がしているとカシャンと砕けた。粒の中には強い酒。いわゆるウィスキーボンボンだった。中身がウィスキーかどうかは分からないが、それなりに強い酒だと思う。でも甘くて美味しい。もう1つ、もう1つと口に入れた頃、味見をしたティスさんに止められた。

「これ!お酒じゃないですか!?」」

「お酒だけど美味しいよ?」

さらに手を伸ばす俺に

「また脱ぐのか?」

ストゥさんがからかう。もう脱ぎません!
ちゃんと思い出したし。それに今日は‥‥今日は‥‥

ポロリと涙がこぼれる。
ウサギを飼った事はないけど、殺した事のある生き物なんて蚊や蝿くらいで‥‥動物を殺した事なんてなかった。血の匂いと肉を切る感触、取り出した内蔵。菜食主義者を植物だって生き物なのに、とバカにしていたけど動物の命がこんなにも重いなんて想像できていなかった。

ここは異世界だけど夢じゃない。この世界に存在する全ての物の現実。魔術が使えても地球と違うことわりの中に存在していてもこの世界に身を置く者の現実。

討伐なんてきっともうできない。
ゲームや物語のような冒険者にはなれない。

ぼろぼろと溢れる涙を止めもせず、ぐすぐすと泣く俺の頭を撫でてくれるストゥさん。

優しく抱き上げてベッドに運んでくれて、縮こまって泣き続ける俺を何も言わずにずっと撫で続けてくれた。
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