行ってみたいな異世界へ

香月ミツほ

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行ってみたいな異世界へ

1 異世界転移

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迷った。

おかしい。

鞍馬駅まではちゃんと来られたし、ここからはハイキングコースだ。野宿するなら人目につかないところでないとマズかろう、と考えていたがまだその時ではない。明日以降の野宿のために下見として普通のコースを2~3時間で貴船口まで歩くはずだった。

なのに……、鞍馬駅からケーブルカーに乗る、のを止めて、ケーブルカーの下を歩いてみようと脇道に逸れてみた。
ケーブルカーだよ? 上を見れば見えるでしょ? それなのに少し回り道しただけで支柱すら見つけられないとか……。
自分が方向音痴だった記憶はない。

これはもしや! 早速の神隠しデスカ?

とか考えながら適当に歩く。
「遭難者はむやみに移動しない」と言う常識をスコーンと場外ホームランばりにすっ飛ばし、歩く。

しばらくして日が暮れて、寒くなって来た。仕方がない。予定より早いけど少し平らな所を見つけ、テントと寝袋、フローティングマットを用意し、お湯を沸かしてインスタント味噌汁を作り、おにぎりを食べて寝る。熊とか猪とかを呼び寄せないよう、ゴミはジップロックで密閉。もちろん、簡易コンロの火も確実に消して。

勝手に火を使うなど山火事を心配する方々からもの凄く怒られそうだが、非常事態としてご容赦願いたい。

そして早々にテントに籠った。




疲れていたけど馴れない野宿のせいか夜明け前に目が覚めた。

テントの外は霧が立ち込め、薄明に浮かぶ樹々のシルエットは感動的なまでに幻想的で、魂が震える。他界した両親にも会えちゃいそうなこの光景を見られただけで何でも良いから頑張ってみよう、と思う。

霧が晴れたらGPSを確認してみよう。
昨日、意地になって自力で帰ろうとしていたのがとてもバカバカしくなった。

霧が晴れるまでは動けないのでテントに戻る。寒いからお湯を沸かそうかとも思ったが1人用テントは狭いので中で火は使えない。取り敢えずペットボトルの飲み物をそのまま飲んだ。

激甘のコーヒー飲料で心と身体にカロリーを補充!


**********************


寝袋の中は暖かく、うとうとしていたら遠くから人の声が聞こえてきた。
捜索隊、早くない?

しかも良く聞いてみると
「おーい、日本の人ー!」って……。

何それ?
俺以外に外国人も迷子になっててそちらは見つかったから残りの俺を探してるって事?

脳内に「?」を大量生産しながら外に出て声のする方へ返事をしてみる。

「ここでーす! 日本人でーす!」

聞こえたかな?
間の抜けた返事をしてるな、と思うけどまぁ良いか。そうだ、救援要請は声より笛の音の方が良いと聞いた事がある。もちろん防災グッズとして持っている。

「こっちでーす!」

と叫んでから笛を吹く。

「フィーーー!」

ざわっ!と森の空気が変わる。

何この空気? 今まで感じた事もない緊張感が森を支配する。人の味を知った熊とかいたの?
最近、熊除けの鈴の音を聞いて襲って来る熊とかニュースで聞いたような……。

おれは慌ててテントを畳み、寝袋をリュックに詰めて背負う。マットは丸めてリュックに括り付けようとしたがままならず、両手で抱える。オロオロする俺の前に現れたのは……。


巨大な虎!!


トラ? 虎? とら!?

しかも牙が!
漫画に出てくるサーベルタイガー程ではないけど明らかに普通の虎じゃありえないサイズの牙!
うん、あれだ。スミロドン!
10万年前に絶滅したサーベルタイガー!!
って、いる訳ないし、やっぱりサーベルタイガーじゃん!
サイズもおかしいよ、頭からお尻まで4mは余裕であるよ!! 6畳間がいっぱいになるよ!
腰が抜けて動けないし、声も出ないし、血の気が引いて混乱してる。

声の人達、逃げてー!
あぁっ、ダメ! 逃げないで助けてーー!
うわぁぁぁ!! なんかメッチャ怒ってるよ~!

「癒しの風」

穏やかで凛とした声と共に爽やかな香りの風が煌めきを纏って吹き抜ける。目に見えて怒りを鎮める巨大な虎。声のした方から現れた2人は恭しく虎に語りかけた。

「安らかなる眠りを妨げた事をお詫び致します。この者は我らの客人まろうど。森の王への礼は今この時より指導いたしますので、今日のところはご寛容の程、お願い申し上げます」

2人が落ち着いた様子で語りかけているので、俺の身体の力も抜ける。
虎は2人をゆっくりと眺めた後、頷くような仕草を見せ、俺を睨みつけてから去って行った。


「あ、あの…………、ありがとうございました!」

まだ腰が抜けて立てず、情けない事この上ないがお礼を言わずにはいられない。
2人は優しく微笑んで手を差し伸べてくれた。

「私は魔術師のミーティスです」
「俺は剣士のストゥディウムだ。よろしくな」

魔術師と言った人は黒に近いダークブラウンの長い髪を編んでフード付きマントを着て短い杖を持っている。彫りはあまり深くなく、日本人なのだろうか? 整った優しそうな顔をしている。
剣士の人の方は少しだけ茶髪っぽいクセのある短髪。服の下に鎖帷子、腰に片手剣、ひざ下のブーツ。こっちは日本人としては濃いけど、ローマの風呂職人の映画に出てた顔の濃い俳優さん達よりは日本人ぽい。
こちらも文句なしのイケメン。

「あ、芦原あしはら たけるです。
魔術師に、剣士? やっぱりここは……、日本ではないんですね」
「ああ、そうだ。ここは日本からしたら異世界だな」
「詳しい話をしたいのでまずは森の研究所へおいで下さい。歩けますか?」

「はい! 歩けます」

もう立てるようになっていた。

本当に来られた!
いや、夢かも知れない。
けど夢でも構わない!!

マットと期待を抱きしめながら2人に挟まれて歩く。いつの間にか霧が晴れ、濃密な空気に朝日が差し込み、清々しい朝の森の風景になっていた。

2人に挟まれて歩きながらどんな世界なんだろうかと妄想を膨らませる。魔術師も剣士もいるし、魔物もいるんだろう。さっきの巨大な虎は魔物と言うより精霊とか守り神っぽかったけど。冒険者ギルドもあるかな? 俺も魔術を使えるかな? エルフや獣人や魔族はいるのかな?

何もかもが都合良く行くほど、俺の運は良くないと思う。でも幸せと不幸せは同量だとも言われているんだから、そこそこの幸せも待っていてくれると思いたい。

ああ……、期待に胸が膨らむ!


***********************


30分ほどで着いた建物は軽井沢あたりのペンションのように見える。異世界テイスト……、微妙。

部屋に案内する前に、と食堂で朝食を勧められた。ありがたくいただく事にした。
サラダ、白米、スープ、ベーコンエッグ。そして緑茶。
なぜ味噌汁でなく味噌風味のクラムチャウダーなのか。味噌があるなら味噌汁で良いのに、とは思ったが美味しかったのでありがたく完食した。

「食事の量は足りましたか?」

俺の倍の量を平らげたミーティスさんが気遣ってくれる。
全ての食器が普段使っている食器より大きめで、朝から満腹だ。

「美味しかったし、お腹いっぱいです」

にっこり笑ってごちそうさまを言うと、俺の3倍くらい食べたストゥディウムさんが

「やっぱり客人まろうどてのは、少食なんだな」

と言った。

異世界人として期待通り背の高い2人。
目測ではミーティスさんが183cmくらいでストゥディウムさんが205cmくらいかな?

みんな背が高いのか聞こうと思ったら他にも朝食を食べに4人ほどやって来た。
うん、ミーティスさんが1番小さいみたい。

ちなみに俺は160cm。‥‥‥だいたいだけどね。
かつてクラスメイトに「ミニーちゃん」とあだ名を付けられ弄られた時はけっこう傷ついた。



4人に挨拶をして、そのままここでこの世界の説明を聞く。

「まず、ここが異世界であるという事はご理解いただけていますね」
「はい」

真面目に答える俺に優しく頷く。

「こちらの世界は地球と複数の場所で繋がっています。日本はこの森と繋がっていて、クラマヤマは春分の日の前後1週間。他にもフジノジュカイやオソレザンなどが他の時期にこの森と繋がります。
それぞれの時期、霧が立ち込め、瞬間的に空が眩しく輝く時に客人はまろうどやって来ますので、この建物で森の研究をしながら客人まろうどをお待ちしているのです」
「そして、日本に戻る事は可能です。
地球の方々は魔力が強いので、転移の術を習得すれば日本に帰れます。ただ、その後こちらに戻って来た方は過去にただ1人、エンノ様だけです。エンノ様の魔力は桁外れで、あちらとこちらを自在に行き来できたようです。エンノ=オヅヌ、またはエンノ=ギョウジャと呼ばれていました」

まさかの役小角。修験道の開祖と言われ神出鬼没で神通力で様々な奇跡を起こしたとかだっけ。凄い! 伝説が歴史としてリンクしてる! なんか感動した。

やっぱり神隠しって異世界に来る事だったんだ! 夢じゃない?

「あの! それは俺にも魔術が使えるって事ですか!?」

思わず質問してしまった。

ミーティスさんは嬉しそうに頷く。

「手順や制御を学ばなければなりませんが、日本から来てやる気があって出来なかった方はおりません。タケル様もかなりの魔力をお持ちのようですし。それにしても、初日からこんなに楽しそうな客人まろうどは記録にありません。誰もが、かのエンノ様でさえ戸惑い、警戒を解くまで数日は掛かったらしいのに」

嬉しい誤算、とでも言うように目を細めて言う。少し恥ずかしくなって、日本で異世界に行く物語が大人気である事、魔術や異世界があると信じるのは子供くらいなのに、淡い期待を持って鞍馬山に行った事を語る。
他にも理由があるのだが、それはまぁ、おいおいで。

他に、怪我がなければ明日にはここを出て王都に向かい、王に謁見する事、ミーティスさんとストゥディウムさんが一緒に行ってくれる事、希望すれば魔術学校にもタダで入れる事を教えてくれた。地球の常識はこの世界の文化の発展に大きな恩恵を与えてくれるから、当面の生活費も保証してくれる。バイトくらいはしたけど、就職した事もない俺でも役に立てるのかな?そうだと、嬉しいな。

「何か質問はありますか?」
「あの、さっきの虎? は……?」
「森の王、ですね。この森を守護する聖獣です。気性は穏やかで慈愛に満ちています」
「…………めちゃくちゃ怒ってましたよね」
「あぁ、それは呼ぶ子のせいです。
あの笛の音は命令を下す音でしたから、早朝の清浄な気を浴びている最中に、会った事もない人間に強制的に呼び出されたら機嫌も悪くなるでしょう」
「命令を下す音? 聖獣なのに音だけで誰でも命令できるのですか?」
「誰でも、と言う訳ではありません。
聖獣も魔物も命令、使役するには捩伏せるだけの魔力が必要になります。ですからタケル様にそれだけの魔力があったと言う事になります。呼ぶ子は使わない方が良さそうですね」

俺は青ざめて大きく頷く。
ホント、チビらなくて良かった(涙)
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