しっぽのつけねが筋肉痛

香月ミツほ

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2話

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馬車で行ける所まで行ってあとは徒歩だ。
御者がついて来ようとしたがフレヤが頑として受け入れず、2人で行く事になった。大きな鞄を持って行くと言うのでいつもより時間がかかる。フレヤの足も遅い。

「きゃっ!」
「その服は森に行くには不向きではないのか?」
「すみません! こんなに歩きづらいとは知らなくて……」
「少し待ってくれ」

下草に足を取られて躓くフレヤを見ていられなくて、近くに生えていた蔓を切って鞄を背負い、抱き上げて運んだ。

「トーレ様!! そんな、その……」
「ん? 足を痛めたようだから運ぼうと思ったのだが、歩けるか?」
「い、いえ…… このままお願いいたします」



……失敗した。
今まで俺に嫌悪を抱くものしか運んだ事がなかったから考えが至らなかったが、こんな顔で見上げる者と触れ合うと……落ち着かない。

そわそわと尾が揺れる。



「着いたぞ」
「ここが…… なんてきれいなのでしょう」

木漏れ日の降り注ぐ森の中の泉に、小さな滝が光の粒を注ぎ込む。水面はきらめき、覗き込めば水底まで見通す事ができる。言われてみれば美しいな。

「トーレ様、お持ちいただいた鞄に食事が入っております。料理の腕はまだまだですが、召し上がりませんか?」
「あなたが作ったのか?」
「はい。料理人のようにはいきませんでしたが」
「……感謝する」

朝夕の2度しか食べないから昼の食事の事など全く考えていなかった。1日に3度も食事をするなんて効率が悪いような気もするが、あの軽さでは1度に食べられる量が少ないのだろう。

敷物を敷いて鞄を開けると食器もナイフもフォークも蓋つきの鍋も入っていて、さらに色とりどりの料理とパンがぎっしり入っていた。

「こちらはスープです。スープなのにカップで飲むんですよ!!」
「ほう。俺はこんな口だから皿だと飲みにくくて苦労していたが、これなら飲みやすいな」

小さなボウルに取っ手がついたようなカップにスープを注いで渡してくれた。

「美味い……」

なんだこれは。

「良かった! うちの料理長は特別鼻が効くので、複雑な味を作り出すんです。食材の切り方も味付けも1から教えてもらったんです。さぁ、こちらもお召し上がりください」

次は生野菜だ。これは……まぁ。

「サラダはお嫌いでした?」
「まぁ、狼だからそれほど好きではないな」
「そうですよね。でも色々食べていただきたくて……」
「不味くはない」
「ありがとうございます! こちらは鳥です」
「美味い!」

こんなに美味い鳥は食った事がない。脂が乗っていて噛むと肉汁が溢れる。塩加減も良い。

「喜んでいただけて嬉しいです。でも、森雷鳥ですからこの森でも獲れますよね」
「森雷鳥なのか? この季節の物は欲しがる者にやってしまって食べた事がなかった」
「全部ですか!?」
「あぁ、子供や年寄りに食べさせたいから、と言われて……」

言われるがままに渡していたがこんなに美味いなら少しは自分でも食べようか。

「いくらで売っていたのですか?」
「駆除対象ではないから報酬はない」
「………………」

なんだ? 何か言いたそうだが。

「それよりもあなたはそれだけしか食べないのか?」
「もうお腹いっぱいです。トーレ様はまだまだ食べられますよね」
「あぁ。こんなに食べたのは初めてだが、美味くていくらでも食べられそうだ」
「全部お召し上がりください!!」

食事を残すなどあり得ない事なので全てを平らげた。
空になった鞄を嬉しそうに見つめるフレヤ。

「また食べていただけますか?」
「ありがたいが、あなたはちゃんとした相手を見つけてそちらに腕をふるうべきではないのか?」
「求婚してくださる方はたくさんおりますが尾が揺れるほどの方にはついぞお会いした事がありませんでした。ぼくにはあなただけです」

ふと見れば尾がもじもじと動いている。
つまり嘘は言っていない。だが。

「あなたの好みが変わっているのはありがたい事だ。だが俺は自分1人が食べていくのがやっとだし、あなたの家をあてにするつもりもない」
「ぼくが支えます! こう見えてしっかり者なんです! この時期の森雷鳥をタダで人にあげるなんてさせません! トーレ様は物の価値に疎すぎます!」
「物の価値……」
「ここは安全だとおっしゃいましたね。この辺りにはどんな害獣がいたのですか?」
「氷柱蛇と種火鼠だ」
「氷柱蛇は1匹で金貨1枚、種火鼠は銅貨5枚ですが巣穴に溜め込むユシの実は清浄作用があって傷薬には欠かせない素材で1つ銀貨1枚です」

銅貨20枚で銀貨1枚、銀貨20枚で金貨1枚。食事が1回銅貨5枚、酒が1杯銅貨3枚。

「……種火鼠は銅貨1枚、氷柱蛇は銀貨1枚だと」
「とんでもない! トーレ様を騙すなんて許せません! 誰がそんな金額を!?」

まさかダンが俺を騙していた……?

「奴も騙されているのかも知れん。話し合ってみよう」
「そうして下さい。それから獲物はご自分で商業ギルドに持ち込んで下さい。相場で引き取ります」
「だが、あそこは俺を相手にしない」
「そんなはずありません! 盗品でさえきちんと鑑定して衛兵に通報する所です。相手の姿を見て査定さえしないなんてありえません!」

そうだっただろうか。かなり前の事で詳細は覚えていないが。

「トーレ様…… ぼくはあなたを幸せにできます! あなたもぼくを幸せにしてくれませんか?」
「いや、俺にあなたを幸せにする事など……」
「共にいて下さい! ぼくはあなたの姿を見ているだけで幸せになれるんです!」
「この姿を見て?」
「はい! 理由なんて分かりません。でも……運命を感じるんです!!」
「うんめい……」

「愛しています」
「!!!!」

のしかかられて口づけをされ、ふと見上げれば頭上には宿り木が。

「……愛しています」

そう呟いてもう1度口づけをしてから立ち上がり、荷物をまとめて帰り支度を始める。うっすらと香る発情フェロモンを全力で無視して来た道を帰った。





「おいっ! お前フレヤちゃんに何したんだよ!!」
「何の事だ?」
「寝込んでるって! 部屋から出てこないんだって!!」

心当たりはないが何かの毒?
いや、それはない。

「心当たりはないが。そう言えばこの時期の森雷鳥は美味いんだな」
「……え?」
「種火鼠は銅貨5枚で氷柱蛇は金貨1枚で引き取ってくれるそうだ」
「あー……っと…… おれ、用事思い出した!」

逃げるように去って行くダンの後ろ姿を見送る。そうか、分かっていたのか。
寂しさを感じつつフレヤの様子を見に行くことにした。

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