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細密画本
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ーー デーメル side ーー
夜勤明けに緊急事態が発生した。
隣町への街道がラビュリントハーゼのせいで通れなくなった。
地中に迷宮のような巣穴を作るこのウサギがどのような条件で巣穴の場所を決めるのかはまだ分かっていないが、今回は街道の石畳の下に穴を掘られたため道が陥没してしまったのだ。人は穴を避けて畑の中の細道を通る事ができるが、馬車では通る事ができない。
商人や大会に集まった者達が立ち往生している。
ちょうど良いので大会に集まった腕自慢たちに協力を依頼し、動ける者を総動員してハーゼの嫌いな匂いの煙を巣穴に送り込み、出てきたハーゼを討伐する。肉も毛皮も上質なので利用価値があるが何しろ繁殖力が強く俊敏なので厄介なのだ。
数日は帰れそうにない。
チサトに伝言をして討伐部隊の取りまとめに専念した。
今までにないほどの大きな巣で討伐を終えるのに2日もかかってしまった。陥没部分の復旧は専門職に任せて帰路につく。
協力してくれた者達への謝礼はうちの領主とツィーゲ伯で折半と言う事になっている。
「よう、お疲れ!」
「エーギンハルトか。協力に感謝する」
「なぁ、大会でアンタの応援してたドレスの子ずいぶん若かったが恋人か?」
「そうだ」
「ふーん……なかなか良い趣味してんな。でな、あの子に会いたいんだが……」
「断る」
どんな理由であれ、会わせる義理はない。
「……フィッツェンハーゲンの町で謝礼を受け取ることにする。頼む! あの子に合わせてくれ」
「断る」
「まぁそう言わず。手を出したい訳じゃないんだ」
断ってもしつこく会いたがる。
何か理由があるのか?
「実は……これを見て欲しいんだ」
「これは……?」
荷物の中から防水性の革に丁寧に包まれた本を取り出した。
本の形になっているが文字は少なく、その字は読むこともできない。それに絵にしてはずいぶんと細密で紙も艶やかで光沢があり、まるで見た事がない。そして描かれた人物は体の線は細く、だが胸に筋肉ではない膨らみがある。
これはいったい……?
「俺が若い頃、森で拾ったんだがこのおかしな体つきの人間が妙に気になってな」
肌も露わな人物は……チサトに似ている。
「これを借りる事はできるか?」
「ダメだ」
「……なぜかチサトに見せなくてはならない気がするんだ」
「なら俺も行く。良いだろう?」
おかしな使命感に駆られてこの男をチサトに会わせる事を了承してしまった。この絵のモデルはチサトと関係があるのだろうか。
「フィール、お帰りなさい! お疲れさま」
「ただいま、チサト。その……客がいるんだ」
「副隊長さん?」
「いや……」
「よう! エーギンハルトだ。うーん、やはり似ているな」
「あ! 優勝した人!!」
「おうよ。アンタに会いたくてこいつに無理を言ったんだ。邪魔して良いか?」
「えと……あの……はい」
チサトは戸惑いつつも許可を出した。
絶対に守るから大丈夫だ。
家に案内するとチサトが気を使って酒と食事を出した。
「お、かわいい上に優しいな」
「ありがとうございます? ……ところで似てるって誰にですか?」
「これだ」
エーギンハルトは例の絵本を取り出してチサトに見せた。
「これ…… お母さん……」
「「お母さん!?」」
「おかあさん……」
チサトは祖父母に育てられたと言った。
だが父母の話は聞いたことがなかった。これが……母親?
「なぁ、この胸の丸いのは何なんだ?」
「……これは、えぇと……おっ……、いえ、乳房と言って……」
チサトの説明を聞いた事があったが理解できていなかった「ジョセイ」と言う人間。それがこの母親らしい。胸も不思議だが去勢されたように股間に膨らみがないのも……不安になる。
「向こうの世界では20歳で成人なのにお母さんは17歳でおれを産んだんです。結婚はできる年だったけどやりたい仕事の妨げになるから周りに反対されたんだって。でも産んでくれて。すぐに施設に預けられて……5歳の時にじーちゃんが引き取ってくれたの。お父さんがどこにいるかは知らない。この写真集もじーちゃんとばーちゃんが持ってた」
「偶像」になりたかった、と言うのは理解できないがチサトを産んでくれた事に感謝する。
「あ! この本のシャシン写して良いですか?」
「写す?」
「写し取りたいんです」
チサトが部屋から以前見たツルツルの黒い板を持ってきた。それを撫でると突然何かの絵が浮かび上がり、エーギンハルトに本を開いて持たせて何かをした。
「ほら、これです」
見せられたものはツルツルの板にそっくり写し取られた本の絵。本を持つエーギンハルトの手まで写し取られている。これは一体どんな魔道具なのか。
「エネルギーが切れたら見られなくなるので使わないようにしてたんですけど、お母さんの写真は保存しておかないと!」
ページをめくらせ、すべての絵を写し取ったチサトはエーギンハルトに深々と頭を下げた。
「お母さんの姿はもう2度と見られないと思っていましたが、あなたのおかげで見て、保存する事ができました。ありがとうございます! なにかお礼がしたいのですが」
「なら嫁に来い」
「ダメだ!!」
「すみませんがおれはいつかフィールと結婚するので、あなたの嫁にはなれません」
「ダメか。なら次にまた闘技大会があったら応援に来てくれ」
「……おれ、試合を見るのが怖いんです」
「そうか…… じゃ、今夜泊めてくれ。この絵がなんなのか、病気じゃないのかが分かってスッキリした! 礼を言う」
客間はないのだが。
夜勤明けに緊急事態が発生した。
隣町への街道がラビュリントハーゼのせいで通れなくなった。
地中に迷宮のような巣穴を作るこのウサギがどのような条件で巣穴の場所を決めるのかはまだ分かっていないが、今回は街道の石畳の下に穴を掘られたため道が陥没してしまったのだ。人は穴を避けて畑の中の細道を通る事ができるが、馬車では通る事ができない。
商人や大会に集まった者達が立ち往生している。
ちょうど良いので大会に集まった腕自慢たちに協力を依頼し、動ける者を総動員してハーゼの嫌いな匂いの煙を巣穴に送り込み、出てきたハーゼを討伐する。肉も毛皮も上質なので利用価値があるが何しろ繁殖力が強く俊敏なので厄介なのだ。
数日は帰れそうにない。
チサトに伝言をして討伐部隊の取りまとめに専念した。
今までにないほどの大きな巣で討伐を終えるのに2日もかかってしまった。陥没部分の復旧は専門職に任せて帰路につく。
協力してくれた者達への謝礼はうちの領主とツィーゲ伯で折半と言う事になっている。
「よう、お疲れ!」
「エーギンハルトか。協力に感謝する」
「なぁ、大会でアンタの応援してたドレスの子ずいぶん若かったが恋人か?」
「そうだ」
「ふーん……なかなか良い趣味してんな。でな、あの子に会いたいんだが……」
「断る」
どんな理由であれ、会わせる義理はない。
「……フィッツェンハーゲンの町で謝礼を受け取ることにする。頼む! あの子に合わせてくれ」
「断る」
「まぁそう言わず。手を出したい訳じゃないんだ」
断ってもしつこく会いたがる。
何か理由があるのか?
「実は……これを見て欲しいんだ」
「これは……?」
荷物の中から防水性の革に丁寧に包まれた本を取り出した。
本の形になっているが文字は少なく、その字は読むこともできない。それに絵にしてはずいぶんと細密で紙も艶やかで光沢があり、まるで見た事がない。そして描かれた人物は体の線は細く、だが胸に筋肉ではない膨らみがある。
これはいったい……?
「俺が若い頃、森で拾ったんだがこのおかしな体つきの人間が妙に気になってな」
肌も露わな人物は……チサトに似ている。
「これを借りる事はできるか?」
「ダメだ」
「……なぜかチサトに見せなくてはならない気がするんだ」
「なら俺も行く。良いだろう?」
おかしな使命感に駆られてこの男をチサトに会わせる事を了承してしまった。この絵のモデルはチサトと関係があるのだろうか。
「フィール、お帰りなさい! お疲れさま」
「ただいま、チサト。その……客がいるんだ」
「副隊長さん?」
「いや……」
「よう! エーギンハルトだ。うーん、やはり似ているな」
「あ! 優勝した人!!」
「おうよ。アンタに会いたくてこいつに無理を言ったんだ。邪魔して良いか?」
「えと……あの……はい」
チサトは戸惑いつつも許可を出した。
絶対に守るから大丈夫だ。
家に案内するとチサトが気を使って酒と食事を出した。
「お、かわいい上に優しいな」
「ありがとうございます? ……ところで似てるって誰にですか?」
「これだ」
エーギンハルトは例の絵本を取り出してチサトに見せた。
「これ…… お母さん……」
「「お母さん!?」」
「おかあさん……」
チサトは祖父母に育てられたと言った。
だが父母の話は聞いたことがなかった。これが……母親?
「なぁ、この胸の丸いのは何なんだ?」
「……これは、えぇと……おっ……、いえ、乳房と言って……」
チサトの説明を聞いた事があったが理解できていなかった「ジョセイ」と言う人間。それがこの母親らしい。胸も不思議だが去勢されたように股間に膨らみがないのも……不安になる。
「向こうの世界では20歳で成人なのにお母さんは17歳でおれを産んだんです。結婚はできる年だったけどやりたい仕事の妨げになるから周りに反対されたんだって。でも産んでくれて。すぐに施設に預けられて……5歳の時にじーちゃんが引き取ってくれたの。お父さんがどこにいるかは知らない。この写真集もじーちゃんとばーちゃんが持ってた」
「偶像」になりたかった、と言うのは理解できないがチサトを産んでくれた事に感謝する。
「あ! この本のシャシン写して良いですか?」
「写す?」
「写し取りたいんです」
チサトが部屋から以前見たツルツルの黒い板を持ってきた。それを撫でると突然何かの絵が浮かび上がり、エーギンハルトに本を開いて持たせて何かをした。
「ほら、これです」
見せられたものはツルツルの板にそっくり写し取られた本の絵。本を持つエーギンハルトの手まで写し取られている。これは一体どんな魔道具なのか。
「エネルギーが切れたら見られなくなるので使わないようにしてたんですけど、お母さんの写真は保存しておかないと!」
ページをめくらせ、すべての絵を写し取ったチサトはエーギンハルトに深々と頭を下げた。
「お母さんの姿はもう2度と見られないと思っていましたが、あなたのおかげで見て、保存する事ができました。ありがとうございます! なにかお礼がしたいのですが」
「なら嫁に来い」
「ダメだ!!」
「すみませんがおれはいつかフィールと結婚するので、あなたの嫁にはなれません」
「ダメか。なら次にまた闘技大会があったら応援に来てくれ」
「……おれ、試合を見るのが怖いんです」
「そうか…… じゃ、今夜泊めてくれ。この絵がなんなのか、病気じゃないのかが分かってスッキリした! 礼を言う」
客間はないのだが。
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