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6章 明らかになる真実

第84話 父さんは認めたくない

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 夜になり晩餐に呼ばれて、気まずい思いをしながらオージンはフィアット共に食堂に顔を出した。

 上座にいるミールの顔から先日のような憂いは消えたものの、怒りと嫉妬の炎がその目にちらついていた。

 フィーナの姿はなかった。
 彼女はつわりがあり、部屋で安静にしているらしい。

 二人が席に着くと、やはりメイドたちを人払いさせる。

「二人で話はしたのか?」
「ええ、まぁ……」
「父さん、僕は本気です」
「フィアっ!」

 また血の晩餐はごめんだ。
 今夜こそご馳走を堪能したいのに、もう胃がキリキリと痛くなる。

 フィアットはセクハラをしないとは言ったが、主張をやめるつもりはないようだ。

「オージンさんがいなければ、僕はここに辿り着くこともできなかった。本当に大切な人です。父さんだって、オージンさんのことを信頼していたじゃないですか」

 「父さん」と言われるたびにミールの頬がピクピク動いて、ニヤつきたいのを我慢しているのがわかる。だが笑顔になるのは場違いであり、必死に耐えているようだ。

「フィアットが選んだ人を否定したいわけではない。オージン殿が信頼に足る人物であることもわかる。だが――」

 もう一度ちらりとミールは視線を横に移動させ、どう見てもゴリラマッチョのおじさんだよなと自分の目が狂っていないことを確認する。

 なぜ息子は、こんなゴリラで、しかも父親と同じくらいのおっさんを好きになってしまったのか。

「百歩譲って、男というところには目を瞑ろう。だが、常識的に考えて私と同い年くらいのおっさ……いや、男性をそういう目で見るのは異常としか言えない。よりによってというか、なんというか……なぜ彼なのだ……」

 言われたい放題でハッキリ言って失礼であるが、オージンも全く同じ気持ちだった。

「僕が異常だと言うのならば、異常な家族に生まれたからでしょうか? 父親に殺されかけ、母親には物として扱われ、妹の中身は狂人で、そんな僕がまともな性格になると思いますか?」
「うっ……」

 一番弱いところを責められて、ミールはくぐもった声を上げる。
 あまりにも正論だ、これには言い返す言葉もない。

「オージン殿の方はどうなのだ? よもやフィアットに邪な思いを抱いてはおりますまいな?」
「もちろん。フィアのことは子供のように大切に思っているだけだ」
「子供のように? フィアットはうちの子だが?」

 ミールは良い人だが、この瞬間「めんどくせぇ」と心の底からオージンは思った。

「フィアット、結婚するということはただ好きになるということとは違うんだぞ? お前は8年間も土の下にいたから、きっと世間のことをよく知らないのだろう」

 ミールはフィアットを傷つけないよう、丁寧に言葉を選んで優しく声をかけた。嫌われたくないという思惑が見え見えである。

「知っています。セックスも含めて、僕はオージンさんと愛し合いたいと思っています」

 フィアットが言い終わらないうちに、ミールは椅子を蹴り飛ばして傍らに立てかけてあった剣に手を伸ばした。

 血の晩餐、再びである。

「純粋無垢なうちの子に、一体何を吹き込んだのだ!? まさか、もう手籠めに――あんなこと、こんなこと……」
「お、落ち着け。待て、むしろケツを狙われているのは俺なんだが!?」
「は? そんなデタラメが通じるとでも!? 誰がおっさんのケツなぞ――」
「僕はどっちでもいいですよ。シバタさんから色々と教わりましたので、任せてください♡」

 フィアットの語尾にハートが見えた気がした。

(柴田め、なに余計なこと教えてんのよ!)

 やはり柴田の存在は子供に有害であった。

 ますますミールの顔は怒りに満ち、赤くなっていく。
 剣の柄にかけた手が震えて今にも抜き放ちそうだったが、やがてミールは脱力して椅子にドカリと腰を落とした。

 片手で顔を覆い、悲壮感たっぷりに声を絞り出す。

「フィアット、お前にはつらい思いばかりさせてきた。恋人のことでとやかく私が言うのは筋違いだろう。お前がそれで幸せならば、私は血の涙を飲んで認めるしかない。こんなことで家族の絆が壊れることだけは避けたいのだ」
「父さん……」
「打ち明けてくれてありがとう、フィアット。父さんもできるだけ二人を応援しよう。式はいつにする?」

 この親にしてこの子ありという言葉が頭を過る。

 二人ともオージンの話をまったく聞かず、いきなり結婚式の話を始めた。このゴリラにウェディングドレスを着せようと言い出したので、乾いた笑いがこぼれる。

「申し訳ないが、俺は一言も結婚についても、まして恋人についても認めていないのだが?」
「なんだと、うちのフィアットでは不満とでも言うのか!?」

 舌の根も乾かぬうちに、ミールまでフィアットを押し売りにきた。今度は、この縁談を断れば切り刻んでやるといわんばかりの顔をしている。

(誰か助けて! なんでこんなことに!?)

 その祈りが通じたのかわからないが、食堂にノックの音が響いた。
 ミールが背筋を正して座り直し、入るよう声をかける。

「旦那様、お客様が到着いたしました」
「うむ、通せ」

 こんな夜更けに客人なんて珍しい思っていると、廊下の方から足早に近づくヒールの音が響いてきた。

 扉から顔を覗かせたのは、不機嫌面の柴田だ。

「あたしが牢屋でくさい飯を食べてる間に、あんたたちは豪華な晩餐をしていたわけね。あら優雅だこと」
「柴田、無事でよかった」

 かつては同じ会社のフロアで敵対していた関係だったが、今ではこうして自然と口から労いの言葉が出てくるようになったから不思議だ。

 だが、柴田はずっと牢に閉じ込められていたため、そんな言葉で機嫌は直らない。

「固い床で寝かされて、体中が痛いわ~ああ、痛い~」
「こっちだって大変だったんだ。聞いてくれ、大賢者をフィアットが倒したんだ」

 この場合若干の語弊があるが、神について説明するとなると一言では言い切れないため、この場はこれで終わらせておく。

「え、うそ、あたしの見てないところで、ドラマのクライマックスシーンが終わったってこと!? ちょっとは空気読んでよ」

 苦労を知らないからそんなことが言えるのだと内心思うも、面倒なので聞き流しておく。

「レディ、よろしければ貴女も食事を」

 ミールが合図すると、メイドが柴田の分の食事も準備して、晩餐の席に着くことになった。

 柴田がここにいるということは、ミールが約束通り釈放の手続きを取ってくれたのだろう。だが、咲良カイトとゼナの姿が見えない。

「咲良カイトは?」
「あの子なら自力で逃げたわよ。さすが脱獄のプロね」

 こうなる予感はしていたが、残念だ。彼とはもっと話がしたかった。特に、この件の首謀者について。

「ゼナさんは?」

 この質問にはミールが答えた。

「すまない……部下からの連絡によると、彼女は里の者であると判明したため、魔術師団の管理下に置かれてしまったそうだ。件の魔女裁判の時に、聖女と一緒に罰せられる」

 ミールは言いづらそうに口を開いた。
 彼は隠していたわけではなく、晩餐の席でこの話を避けていただけだ。

「そんな! もう大賢者の脅威はなくなったはずだ、彼女を殺しても意味などない」
「食事が終わったら直接私が城に出向いて状況を確認し、大賢者について陛下にご報告すると同時に、ゼナの身柄も引き取るつもりだが……正直なところ、どうなるかわからない」

 魔法使いの里の者は洗脳されており、全員が危険因子だと騎士団と魔術師団内では認識されている。
 そして大賢者が消滅したという確たる証拠もなく、どこまでミールが彼らを説得できるか実のところ不安しかなかった。

「騎士団と魔術師団の関係は複雑で、彼らは騎士団と共に行動することもあるが、根幹の指揮系統は別なのだ。私の意見も通りにくい」
「無駄な血はできるなら流したくない。ゼナさんを連れてきたのは俺たちだから、見殺しにはできない」

 それはミールも同じ気持ちだが、彼は責任ある立場でもあるため全てが思い通りにならないことも多々ある。

「もちろんわかっている。私が里で暮らしていた時も、ゼナは親切にしてくれた。助けたいのはやまやまだが……これまで我々は里の者を絶対悪として排除してきた。ここにきて方針を変えることは容易いことではない」

 騎士たちは正義を信じて、里の人々を抹殺してきた。
 その土台が揺らぐことは危険なことであると重々承知であるからこそ、ずっとフィーナの存在を隠して、フィアットと心中しようとしたのだ。

「……いや、こんなことを言っている場合ではないな。食事の途中で申し訳ないが、私は城に向かう。オージン殿もそのお仲間もゆっくり寛いでくれ」
「久保田とその愉快な仲間たち扱いってわけ~?」

 高級ワインを遠慮なくあおるように飲みながら、柴田が皮肉気味に言う。
 行儀が悪いとテーブルの下で彼女の脚を蹴ると、その5倍の力で蹴り返された。

 去り際にミールはフィアットの横で立ち止まり、恐る恐る手を差し出す。その頭に触れようとしたが、勇気が出なくて手を下ろした。

「フィアット、お前は大きくなったのだから、その意思を尊重しよう。だから一つだけ約束して欲しい。私に黙って旅立つようなことだけはしないでくれ。ここはお前の家だ、いつまでも好きなように部屋を使うといい」
「ありがとうございます、父さん。あと、頭なら撫でてもいいですよ? 僕は噛みついたりしませんから」
「っ……じゃあ、少しだけ」

 ミールは緊張しつつおもむろに手をかざすと、そっとフィアットの頭を撫でた。

(わぁ、こういうのいいわぁ~こうして少しずつ親子の絆が深まっていくのね)

 照れくさそうにしているのはミールだけでなく、フィアットも撫でられながら身動きできないほどぎこちなくなっていた。

 母親から得られなかった愛情を、父親に求めているのだろう。クールに振舞っていても、まだまだフィアットは甘えたい年頃なのだ。

「そ、そうだ、フィアット、小遣いをやろうか。何かと必要だろう?」

 まるで孫にお小遣いを配る祖父のように、ミールはいそいそと内ポケットから財嚢を取り出した。
 本当にフィアットを可愛がりたくて仕方ないようだ。

「それなら大丈夫です。まだ旅の資金はあるので」
「どうやってその金を?」
「僕が閉じ込められていたのは宝物庫で、そこにあるものを売り払いました。みんなの宝を売るのは少し気が引けましたが、あんな村なら罪悪感を覚える必要はないですね」

 フィアットの切り替えの早さは見習いたいものだが、やけっぱちになっていないかだけは心配だ。
 この対応力は若さゆえなのだろうか。

「里の宝……まさかフィアット、そこにあった壺を売らなかったか? 古びた壺で、縁が青くて、金色で紋様が描かれた……」
「うーん、そういうのもあったかもしれないです。でも、僕が子供だったせいで、けっこう安く買い叩かれちゃって」

 ミールの顔色がサッと変わった。

「なるほど……最近、闇の競売で魔法使いの隠れ里の遺品と銘打った品々が流通しているという噂があったが、出所はお前か……」

 彼の様子から、何かまずいことがあるのだろうと察する。
 やがてミールはため息をついて、苦笑いした。

「どうやら魔人ネルロが封印された壺を売ったのは、お前のようだな。まぁいい。いつか封印は解かれるもので、子供の尻拭いは親がするものだ、父さんに任せておけ」

 軽く頭をポンポンと叩いてから、ミールは重い足取りで出口に向かった。数々の重責を背負う彼の後ろ姿は凛々しくて頼もしい。

 オージンも「ああ、それであんな場所に魔人の壺が……」と納得すると同時に、これも運命かと天井を仰ぎ見るのだった。

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