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6章 明らかになる真実

第73話 私は真実を打ち明ける

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 大賢者と呼ばれる誰よりも強い魔力をもった男が、魔法使いのための隠れ里を作った。

 そこは強固な魔法障壁に囲まれており、森の中に存在するが許可のない者は入ることも、外から街を目にすることもできない。

 世界には古代魔法を継承する一族が各地に点在していたが、時に命を脅かされる彼らを里に招き、安寧を与えた。

 魔法使いたちは日夜、魔法の研究に勤しむ。

 開発された新たな魔法は数知れず。

 侵略の危機もなく、大賢者に守られて魔法使いたちは幸せに暮らしていた。




「フィーナは私の幼馴染で、山間にある平凡な村で暮らしていた。あとから知ったのだが、彼女の家系は古代魔法を継承する一族で、今まであちこちを流浪し、その静かな村に辿り着いたそうだ」

「私は16歳の時、冒険者として旅に出ることにした。早く一人前になり、フィーナの父親に認めてもらいたくて。必ず戻ると約束したが、私が冒険の旅から戻った数年後、フィーナの一家は村から姿を消していた」

「私は世界中を歩き回り、フィーナを探した。どんな危険な場所であっても可能性がある限り探したが――何年もフィーナを見つけることはできなかった」

「探し続けて、私が25歳になった時にやっと魔法使いの隠れ里に辿り着くことができた。近くを通りかかった私をフィーナが見つけてくれて、中に招いてくれたのだ」

「他の魔法使いたちも皆親切で、よそ者の私を歓迎して受け入れてくれた。とてもいい街だと思ったよ、最初は……」

「それから一年ほど俺はそこで暮らし、フィアットが生まれた。小さくて可愛いあの手を忘れはしない。だが――その直後にフィーナは俺にこう言ったんだ」


『喜んで、この子は大賢者様の次の器に選ばれたのよ。とても名誉なことだわ』


「魔法使いのための幸せな里だって? それは大きな間違いだ。その里では大賢者による人体実験が行われ、魔法使いたちは死ぬまで魔力を彼に捧げる、恐ろしい場所だと気付いた」

「フィーナを説得しようとしたが、無理だった。すっかり彼女は洗脳されていた。彼女だけじゃない、里の者は皆大賢者に心酔し、喜んで身を捧げていた」

「私はフィアットだけでも連れて逃げようと、夜に里を抜け出したが見つかってしまい……フィーナに半殺しにされて、谷に突き落とされてしまった」

「命からがら生還した私は、それからフィアットを取り戻すためにあらゆる手段を考えた。だが、私一人でどうにかなる問題でもなく、帝国騎士団に入隊し力をつけることにした」

「長く時間はかかったが大隊長まで出世し、魔法使いの里の襲撃について陛下からお許しをもらうことができた。ただ、条件が……里の者を全て殺すように、と。特に大賢者の器であるフィアットは確実に殺せと……そうでなければ、この襲撃が私の私利私欲によるただの復讐になってしまうとも言われ……」

「だが、私は仲間の目を盗んでフィーナとフィアットを助けようとした……結果、保護できたのはフィーナだけだった……」

「フィーナは頑なにフィアットについて話してくれなかった。そのうちに里は全て破壊し尽くされて……」

「あれからずっと、フィーナは屋敷の地下に隠している。いまだに洗脳は解けず、彼女に合わせることはできない。何を吹き込まれるかわかったものじゃない」

「里から逃げ出した魔法使いたちも、見つけ次第処分されている。例外は許されない。だから、船で里の者らしき力が感知されたと報告を受けても、騎士たちの手前、本心を語ることはできなかった」

「ひと目でわかったよ。あの小さな手は私の可愛いフィアットだと。どんなにかあの場で抱きしめたかったか――」

「あの黒髪の女性と同時にオージン殿も姿を消したので、貴殿ならば任せても大丈夫だろうと、遠くにフィアットを逃がしてくれと祈った」

「こうしてまた、私の目の前に現れてくれるなんて……私は、私は……」




 オージンたちが秘密裏に連れて来られたのは、ミールの邸宅だった。広々として立派だが、決して華美すぎない内装はセンスがある。

 その応接間に通されて人払いしたあと、ミールは切々と語った。
 やがて涙で声が詰まってしまい、もはや話ができる状態ではなくなる。

 その話の間、ずっとフィアットはオージンの手を握っていた。顔いっぱいに不安と恐怖を浮かべて、何度も首を振って真実の受け入れを拒絶する。

 フィアットが知っているのは優しい母親の姿だけ。
 それは偽りではなかったが、その笑顔の裏には恐ろしい存在が潜んでいた。

「違う、僕は……ママは……違う……」
「落ち着け、フィア。深呼吸しろ。すぐに受け入れなくていい。この話は一方的で、証拠がないのだから簡単に信じるな」

 とは言ったものの、騎士団長という立派な肩書きの男が、恥ずかしげもなく嗚咽を上げて泣いているのを目前にして、オージンはこれが作り話だとは思えなかった。

 振り返れば、あっさりと船から脱出できたことや、指名手配がかかっていなかったことを考えると、やはりミールが裏で上手く誤魔化してくれていたのだろう。

 ミールが少し落ち着くのを待ってから、オージンは声をかけた。

「フィーナさんに会うことはできないのか?」
「あれはもう……狂っている。今でも大賢者のことを崇め、フィアットが器としていい頃合いに育っているだろうなどと言うのだ。会わせるわけにはいかない」
「だが、フィアの実の母親だ、会わせないのはフィアの権利を奪っている」

 フィアットの意見を求めて顔を覗き込むが、固まってしまって目が泳いでいた。
 今はまだまともに話せそうにない。

「大賢者は自分が永遠に生きるため、他者を犠牲にする恐ろしい狂人だ。たとえ世界が彼を崇めようとも、私と陛下はこの狂人を全力で叩き潰すことにした。だから、フィーナが生きていることすら陛下への背徳行為なのだ……」

 ミールもつらい立場なのだろう。
 あまり彼を責めることはできず、かといってまだ事実を受け入れられないフィアットに「理解しろ」なんて言えない。

「その大賢者とやらは今はどうしているんだ? 8年前に殺ったのか?」
「ああ、この手で始末した。奴は魔人ネルロと戦ってからかなり衰弱していたようだ。だが、陛下は大賢者が簡単に消滅したとは信じておらず、器になる可能性がある里の魔法使いを警戒していらっしゃるのだ」

 ふとオージンは、フィアットに聞こえた『声』が大賢者なのではないかと思った。
 危惧されているように生き延び、この帝都でフィアットを待ち構えているとしたら、自分はそんな危険な場所にまんまと連れてきたことになる。

「実は、不思議な声がフィアに語りかけ、帝都に向かうよう言ったらしいんだ」
「大賢者なのか?」

 ミールの顔が険しくなる。

「男か女か、若者か年寄りかもわからないそうだ」
「大賢者は元々男だが、器を次々と乗り換えてるため特定することは難しいが――やはり陛下のご心配が当たってしまったか……魔人だけでも手一杯だというのに、なんてことだ」

 騎士団長という役職上、ミールはこの国の平和も背負っている。厄介な相手が増えのは、頭の痛いことだ。

「色々と考えなければならないことが多い……今夜、君たちはここに泊まっていくといい。ゆっくり休んでくれ。腹が減っているだろう? すぐに晩餐の用意をさせよう」

 できればすぐにでも帝都を出た方がいいのだろうが、一晩くらい親子を同じ空間に居させてやりたいとオージンは思った。
 この様子なら、ミールもフィアットのことを全力で守ってくれるだろう。

「一旦、私は席を外そう。君たちは私の友人とその息子という立場でここに招いているから、安心して寛いでほしい」

 ミールはまだ名残惜しそうにしていたが、ずっとフィアットが目も合わせず俯いていたため、気を遣って離れるようだ。

 フィアットを抱きしめるオージンを、彼は羨ましそうな目で見ている。

「随分と息子がお世話になったようだ。オージン殿には感謝してもし尽せない。聖女以外のお仲間も疑われない頃合いを見計らって牢から出すので、どうかご安心を」
「俺への気遣いは結構だが、早めに柴田たちを出してやってくれ」
「わかった」

 静かにミールは退室し、パタンと音を立てて扉が閉まる。
 それでもまだフィアットは震えてオージンに抱きついたままだった。

「フィア、ゆっくり考えよう。俺がついているから大丈夫だ」
「……うん……」
「それから、ミールの話を全て信じているわけじゃないが、『声』が聞こえたら絶対に反応しちゃいけない。いいな?」

 オージンはきつくフィアットを抱きしめ、己の心にある不安を必死に押し込めた。

(誰にもフィアットくんを渡しはしないわ!)

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