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6章 明らかになる真実

第70話 僕には伝えたいことがある

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「うぉぉ、エルフだ! エルフがいる!」

 しばらく落ち込んでいたオージンを一気に目覚めさせたのは、帝都シェルゼバートの街を歩く真っ白い肌のエルフ族の女性だった。

 長い耳と、雪のような肌、ミントグリーンの髪色をした美しい女性は冒険者のようで、背中には大きな弓を背負っている。

「なぁ、柴田、柴田、本物のエルフだ!」
「あたしも初めてみるわ。でも、あたしの方が美しいけどね」

 オージンは感動して大喜びだが、柴田はそこまでテンション高くはならなかった。

 目の前に広がるのは首都のメインストリートで、中央にそびえる皇城までまっすぐ伸びている。馬車が走っているが中には魔晶石で走る自動車もあり、かなり文明が発展していようだ。

 大きな道の両側には水路が張り巡らされ、その澄んだ水色と街路樹の緑、そして真っ白な石畳のコントラストは夢のように美麗である。

 オージンたちは夜中にこの帝都に到着したが、ゼナが目覚めるのをしばらく船内で待っていた。それでも目覚めないため、仕方なく次の行動に移ることにしたのだった。

「想像以上にでかい街だ!」
「ちょっと、あんまり目立たないでよね。ミールに見つかっちゃまずいんでしょ?」

 注意されて、オージンは背中を丸くして少しでも小さくなろうとした。ただでさえ彼は大きくて目立つので、大声を出せば騎士に目を付けられてしまう。

「フィア、何か変わったことは? 『声』は聞こえるのか?」

 少し緊張した面持ちだったフィアットは、ゆるく首を横に振る。

「いいえ、何も……」
「そうか、まぁ、焦ることはない。何かあったら俺に言うんだぞ?」
「はい」

 帝都に着けば全てがわかると思っていたフィアットには残念なことだが、オージンは少し安堵した。

「とりあえず、岡部先輩の所に行きましょ。帝都に大きな邸宅を持ってるって言ってたから、そこを宿代わりにすればいいわ」
「そうだな。下手に宿に泊まるとゼナさんのことを勘ぐられそうだ」

 オージンの背では、ゼナという女性が泥のように眠りについている。まずは彼女を安全な場所に寝かせなければならない。

「いいか、柴田。俺のことは絶対に久保田って言うなよ。井上部長だからな」
「はいはい、わかってるわよ、井上部長」
「いのーえぶちょー」
「フィアは『おじさん』のままでいいぞ」

 フィアットも一緒に特別な名前を呼びたかったようで、残念そうな顔をする。

 柴田が軽く手を上げ、ロータリにいるタクシーの御者に合図した。タクシー代わりの乗り物のようで、乗り込むと「マサヤ・オカベの邸宅まで」と伝える。

 馬に引かれて車輪が回りだすと、独特の振動とカポカポという蹄の音に風情を感じた。遊びに来ているわけではないが、観光地のアトラクションを彷彿とさせる。

「おお、いいな、この乗り物。道も整備されているから乗り心地も最高だ!」

 そんなご機嫌なオージンを見て、元気になってよかったとフィアットも嬉しそうだ。

 馬車は広々としていて、体が大きなオージンでも余裕で座ることができ、座席が四列あるためゼナを横にすることもできる。
 運賃は岡部に支払わせる気満々で、柴田は一番豪華な馬車を選んだようだ。

「さすが帝都ね、いろんな種族のイケメンがいっぱいいるわ」

 窓から柴田は街の様子を眺めていた。
 オージンも今までとは違う人々の様子に思わず前のめりになる。
 エルフの他にも耳を生やした獣人の姿もあり、大興奮だ。

 だが、街のいたるところに甲冑に身を包んだ騎士の姿を見かけて、オージンは慌てて首を引っ込めた。さすがは騎士団のおひざ元である。

 軽快に馬車は進んでいたが、急に停止した。
 そして、周囲がざわざわと騒がしくなる。

「すみません、お客さん。この先の道が一時的に通行止めになってしまいました。しばらく待てば通れるようになると思うので、お待ちいただけますか?」

 外の御者席から、御者の男が声をかけてきた。
 まさか騎士に呼び止められたのではないかと焦り、オージンと柴田は顔を見合わせる。

「通行止めって、どういうこと?」
「今から、聖女が市中引き回しでこの道を通るんです。でも、見物するならいい場所ですよ」

 御者席のある前方の小窓から外を覗くと、いつの間にか沿道には人だかりができて、まるでパレードでも待ちわびているかのように人々が興奮していた。

「市中引き回し……」
「穏やかじゃないわね」

 みせしめのために罪人を馬に乗せて巡回するのが市中引き回しだ。刑の一つだが周囲の雰囲気はお祭り騒ぎのようで、彼らにとってはエンタメの一つなのである。

 やけにあちこちに騎士がいたのも、この警備のためだろうか。

「お、見えてきましたよ。いやぁ、噂通りの美少女だ」

 御者が交差する道の左手を示した。道の向こうから、騎馬隊に囲まれ、裸馬にまたがった聖女の姿が見えてくる。

 服は着ているものの、ずっと着替えをしていないのかボロボロだ。
 髪もかつての輝きを失ってはいるが、それでも彼女は美しく凛と背筋を伸ばしている。こんな状況でも、自分の正義を疑っていない様子だ。

「あんなに可愛いのに、人を殺しまくってるっていうんだから、世の中わかりませんねぇ」

 沿道からは「魔女に罰を!」「人殺し!」「魔女エリを火あぶりに!」「もっと屈辱を与えろ! 服を脱がせ!」「こっちは裸を見に来てんだよ!」などの野次が飛んできた。
 いくら街並みがハイソでも、民度は低いようだ。

「ねぇ、どうして聖女はおじさんの名前を使っているの?」

 周囲から飛んでくる「魔女エリ」の罵声に対して、フィアットが不快感を示した。

「わからない。自分の正体を隠したいんだろうか?」
「それなら、僕の魔法であの人を前世の姿にして、正体を暴いてやりましょうか?」
「いやいや待て。ここでお前の魔法をぶっぱなしたら、騎士に見つかってしまう。大人しくしていてくれ」

 確かにそれは名案だが、リスクが大きすぎる。
 この民衆に囲まれた中に出て行って「あなたの本名は?」など尋ねることも不可能だ。
 ここはただ見送るしかないだろう。

「ねぇ、魔女裁判はいつ行われるの?」

 柴田が御者に尋ねると、ちょうど彼の座席からだとドレスの胸の谷間が良く見えたようで、鼻の下を伸ばしつつ答えた。

「公開裁判は3日後です。でも、すでに立見席も完売ですよ。少し観光に来るのが遅かったですね」

 どうやら柴田たちを観光客だと思っているようだ。
 御者の言うように、帝都には各地から観光客が押し寄せているため、逆によそ者のオージンたちが街を歩いていても目立たないだろう。

「裁判はまだ先なのに市中引き回しなんて、騎士団はやることがエグいわね?」
「それが、聖女の件で神聖ソラリアに書状を送ったところ、好きにして構わないと返事があったそうなんですよ。なので、裁判といってもパフォーマンスみたいなもので、みんなそのあとの処刑を楽しみにしています。火あぶりなのか、水責めなのか――全身の穴という穴に火かき棒を突っ込むのも悪くないですね」

 あまり気持ちのいい話ではないため、柴田も顔をしかめた。

 やがて聖女の一行は目の前を横切っていったが、沿道の野次馬たちが多くてまだ馬車は身動きできないままだ。人々は一行を追いかけて、集団で移動している。

「本国にも見捨てられたってことね、憐れな末路だわ」
「あれだけ護衛がついているんじゃ、聖女と話をするのは難しいか……」

 接触するのは難しいが、あの状況なら咲良カイトも聖女に近づくことはできないのではないだろうか。
 いや、あの脱獄のプロならばやってのけるか?

「うーん、聖女の監禁場所がわかれば、あたしの『女の武器』でなんとか面会をもぎ取れるかもしれないけど……」
「提案はありがたいが、あまり柴田にばかり無茶はさせたくない」
「あら、別にあたしは楽しんでやってるからいいのよ? あたしの魅力がどこまで通じるのか試したいわ」

 チラチラとこちらを窓越しに見てくる御者に、柴田は投げキッスした。

「道が空きましたので参りましょうか、レディ」

 御者は馬に鞭を入れ、再びカポカポと進み始める。

 これからのことについて頭を悩ませていたその時、遠くで大きな爆発音が鳴り響いた。それは聖女一行が向かった先から聞こえたようである。

「なんだ!?」

 オージンは中腰になり、窓の外を覗いた。

 人混みの向こうで、もくもくと白い煙が上がっている。悲鳴や騎士の怒鳴り声が聞こえ、街は騒然となった。

「どうなってるの?」
「わからないが、聖女の一行に何かあったみたいだ」

 煙幕でよく見えないため、オージンは馬車の扉を開けて身を乗り出した。
 その視界に、こちらに向かって猛然と走ってくる黒い外套の少年が映った。彼は聖女を腕に抱えて、必死に逃げている。

「咲良カイト!? あいつ、強行しやがったのか!」

 オージンの声に気付いて咲良カイトがこちらを向き、そしてサイドステップを踏むと馬車に向かって突っ込んできた。

「って、こっちに来る!?」
「うぉぉぉぉっ!」

 何がなんだかわからないまま、飛び込んできた二人をオージンはたくましい胸で受け止める。背中を座席の背もたれにぶつけるが、この程度ならば痛くはない。

「馬車、もっと早く走って!」

 とっさに柴田は扉を閉めると、御者を急かした。
 美女の頼みとあらばと、背後の衝撃に驚きつつも御者は鞭を強く入れる。

「いてて……ハッ、久保田さん、大丈夫ですか?」

 咲良カイトはオージンを下敷きにしたままで、腕に抱えた聖女を心配した。
 衝撃により、彼女は気絶している。

「しっかりしてください、久保田さん! 起きてください! 今すぐ伝えなくちゃいけないことがあるんです! 久保田さんっ!」

 その様子は、聖女の命を狙っているようには見えなかった。


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