上 下
16 / 88
1章 始まりの物語

第16話 僕は一緒に寝たくない

しおりを挟む
 やがてダンジョンの出口が見えてきた。
 外はすっかり日が落ちて暗くなり、露天商たちが店じまいをしている。

 ボロボロになった二人が姿を現すと、商人の男が驚いて飛び上がった。

「おいおい、初心者のダンジョンでどうやったらあんなにボロボロになれるんだ?」
「まさか、俺たちが仕掛けた壺から、ドラゴン級のやつが飛び出したとか――」
「え、まさか!」

 トラップを仕掛けた商人たちはコソコソと陰で囁き、その怪しい態度にオージンが目を光らせると、慌てて高額ポーションを差し出した。

「よかったら、これを使ってください。ええ、もちろんお代は結構ですよ。なんせここは初心者に優しい集落ですから――」
「ほほぉ、それなら『曙の印』も譲ってくれないか? 激しいバトルの中で、飛んで行っちまったみたいなんだ」

 ボキボキと指を鳴らして威嚇するオージンに、商人は真っ青な顔をして鞄から『曙の証』も取り出した。そしてポーションと一緒に押し付けると、大急ぎで荷物をまとめて逃げ出す。

 その逃げっぷりに、オージンは追いかける気も失せた。

「どうやら、あの壺はただの悪戯ってところだな。まさか魔人が出てくるとは思わなかったみたいだ」
「ええ……ひょっとしたら僕の魔法が狙われたのかと思ったけど……そうじゃないならよかった」

 とにかくこれでクエストは完了だが、夜になってしまったため冒険者ギルドに報告に行くのは明日がいいだろう。

 フィアットが疲れ切っていることもあり、オージンは宿屋のクーポン券のことを思い出して周囲を見渡した。
 すぐそばに宿屋の看板がある。

「よし、今夜はあそこに泊ろう」
「わかりました」
「そこで相談なんだが、金は持ってるか? どうもあの魔人との戦いで、防具も金もぜんぶ消えちまったみたいなんだ」
「……ごめんなさい」
「なんでお前が謝るんだ?」

 魔人のせいであってフィアットは悪くないのだが、背中に担いでいる彼は気まずそうにしている。

「お金なら僕が持ってますから、ご心配なく」

 子供に金をせびるのは心苦しいが、背に腹は代えられない。冒険者になれば、すぐに返済できるだろう。

 二人が宿屋を訪ねると、一階部分に併設している酒場は冒険者と一仕事終えた商人たちで賑わっていた。
 舞台では踊り子が舞い、酒とカードゲームに興じる汗臭い男たち。

「お邪魔するぜ」

 受付にいる女将さんに挨拶しながら近づくと、愛想よく出迎えてくれる。

「いらっしゃい。おや、子連れの冒険者なんて珍しい」
「俺の子供じゃないんだが――いや、子供だ」

 子供じゃないのに連れ歩いているのは誘拐だと思い、変に勘ぐられると困るため「子供」という設定にしておくことにした。
 すると、背中のフィアットがビクンと肩をすくめて驚いている。

「泊るのかい?」
「ああ。こいつはチビだから同じベッドで寝るから、安くならない?」
「い、一緒に!?」

 素頓狂な声が背後で上がる。
 そして、肩を強く掴まれて「イタタ」とオージンは大げさに体を傾けた。

「い、一緒なんてダメっ! そ、そんなの、ふ、不潔だっ」
「何言ってんだ?」
「お、お金なら十分あるので、二部屋にしてくださいっ!」
「子供を一人で寝かせるわけにはいかないだろう」
「僕は子供じゃありませんっ!」

 仲良くなったと思ったのに、この嫌われっぷりにオージンは正直ショックだった。
 漂うおじさん臭が嫌なのか、それともオナラが臭かったのか。足の匂いかもしれない。

 年頃の娘に嫌われる父親の気分とは、こんなものなのだろうか。

「生憎、今日は一人部屋が一つしか空いていないんだよ。それでもいいかい?」
「ああ、それでいい。ないものは仕方ない、フィアットもそれでいいな?」

 不服そうなフィアットだが、オージンの言う通りである。これこれ以上ワガママを言えば野宿するしかない。それは嫌だ。

「この宿には傷を癒す温泉があるから、ゆっくり浸かるといいよ。随分と無理したみたいだからね」
「おお、温泉か! よし、一緒に入ろう、フィアット」

 その言葉に、フィアットが背筋を伸ばして硬直した。
 みるみるうちに顔が赤くなり、視点の定まらない目が泳ぐ。

「あ、うぅ……」

 そんな異変に気付くことなく、オージンは鍵を受取りながら女将さんに尋ねた。

「防具がダメになっちまったんだが、この時間でも空いてる店はないか?」
「それなら、酒場で飲んだくれてる商人に声をかけて直接買えばいいよ。あたしからも声をかけておくからさ」
「それは助かる」

 どうやったら初心者ダンジョンでここまでボロボロになれるのかと、女将さんは首を傾げつつ二人が二階にある客室に移動するのを見送るのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

美咲の初体験

廣瀬純一
ファンタジー
男女の体が入れ替わってしまった美咲と拓也のお話です。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

処理中です...