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1章 始まりの物語
第16話 僕は一緒に寝たくない
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やがてダンジョンの出口が見えてきた。
外はすっかり日が落ちて暗くなり、露天商たちが店じまいをしている。
ボロボロになった二人が姿を現すと、商人の男が驚いて飛び上がった。
「おいおい、初心者のダンジョンでどうやったらあんなにボロボロになれるんだ?」
「まさか、俺たちが仕掛けた壺から、ドラゴン級のやつが飛び出したとか――」
「え、まさか!」
トラップを仕掛けた商人たちはコソコソと陰で囁き、その怪しい態度にオージンが目を光らせると、慌てて高額ポーションを差し出した。
「よかったら、これを使ってください。ええ、もちろんお代は結構ですよ。なんせここは初心者に優しい集落ですから――」
「ほほぉ、それなら『曙の印』も譲ってくれないか? 激しいバトルの中で、飛んで行っちまったみたいなんだ」
ボキボキと指を鳴らして威嚇するオージンに、商人は真っ青な顔をして鞄から『曙の証』も取り出した。そしてポーションと一緒に押し付けると、大急ぎで荷物をまとめて逃げ出す。
その逃げっぷりに、オージンは追いかける気も失せた。
「どうやら、あの壺はただの悪戯ってところだな。まさか魔人が出てくるとは思わなかったみたいだ」
「ええ……ひょっとしたら僕の魔法が狙われたのかと思ったけど……そうじゃないならよかった」
とにかくこれでクエストは完了だが、夜になってしまったため冒険者ギルドに報告に行くのは明日がいいだろう。
フィアットが疲れ切っていることもあり、オージンは宿屋のクーポン券のことを思い出して周囲を見渡した。
すぐそばに宿屋の看板がある。
「よし、今夜はあそこに泊ろう」
「わかりました」
「そこで相談なんだが、金は持ってるか? どうもあの魔人との戦いで、防具も金もぜんぶ消えちまったみたいなんだ」
「……ごめんなさい」
「なんでお前が謝るんだ?」
魔人のせいであってフィアットは悪くないのだが、背中に担いでいる彼は気まずそうにしている。
「お金なら僕が持ってますから、ご心配なく」
子供に金をせびるのは心苦しいが、背に腹は代えられない。冒険者になれば、すぐに返済できるだろう。
二人が宿屋を訪ねると、一階部分に併設している酒場は冒険者と一仕事終えた商人たちで賑わっていた。
舞台では踊り子が舞い、酒とカードゲームに興じる汗臭い男たち。
「お邪魔するぜ」
受付にいる女将さんに挨拶しながら近づくと、愛想よく出迎えてくれる。
「いらっしゃい。おや、子連れの冒険者なんて珍しい」
「俺の子供じゃないんだが――いや、子供だ」
子供じゃないのに連れ歩いているのは誘拐だと思い、変に勘ぐられると困るため「子供」という設定にしておくことにした。
すると、背中のフィアットがビクンと肩をすくめて驚いている。
「泊るのかい?」
「ああ。こいつはチビだから同じベッドで寝るから、安くならない?」
「い、一緒に!?」
素頓狂な声が背後で上がる。
そして、肩を強く掴まれて「イタタ」とオージンは大げさに体を傾けた。
「い、一緒なんてダメっ! そ、そんなの、ふ、不潔だっ」
「何言ってんだ?」
「お、お金なら十分あるので、二部屋にしてくださいっ!」
「子供を一人で寝かせるわけにはいかないだろう」
「僕は子供じゃありませんっ!」
仲良くなったと思ったのに、この嫌われっぷりにオージンは正直ショックだった。
漂うおじさん臭が嫌なのか、それともオナラが臭かったのか。足の匂いかもしれない。
年頃の娘に嫌われる父親の気分とは、こんなものなのだろうか。
「生憎、今日は一人部屋が一つしか空いていないんだよ。それでもいいかい?」
「ああ、それでいい。ないものは仕方ない、フィアットもそれでいいな?」
不服そうなフィアットだが、オージンの言う通りである。これこれ以上ワガママを言えば野宿するしかない。それは嫌だ。
「この宿には傷を癒す温泉があるから、ゆっくり浸かるといいよ。随分と無理したみたいだからね」
「おお、温泉か! よし、一緒に入ろう、フィアット」
その言葉に、フィアットが背筋を伸ばして硬直した。
みるみるうちに顔が赤くなり、視点の定まらない目が泳ぐ。
「あ、うぅ……」
そんな異変に気付くことなく、オージンは鍵を受取りながら女将さんに尋ねた。
「防具がダメになっちまったんだが、この時間でも空いてる店はないか?」
「それなら、酒場で飲んだくれてる商人に声をかけて直接買えばいいよ。あたしからも声をかけておくからさ」
「それは助かる」
どうやったら初心者ダンジョンでここまでボロボロになれるのかと、女将さんは首を傾げつつ二人が二階にある客室に移動するのを見送るのだった。
外はすっかり日が落ちて暗くなり、露天商たちが店じまいをしている。
ボロボロになった二人が姿を現すと、商人の男が驚いて飛び上がった。
「おいおい、初心者のダンジョンでどうやったらあんなにボロボロになれるんだ?」
「まさか、俺たちが仕掛けた壺から、ドラゴン級のやつが飛び出したとか――」
「え、まさか!」
トラップを仕掛けた商人たちはコソコソと陰で囁き、その怪しい態度にオージンが目を光らせると、慌てて高額ポーションを差し出した。
「よかったら、これを使ってください。ええ、もちろんお代は結構ですよ。なんせここは初心者に優しい集落ですから――」
「ほほぉ、それなら『曙の印』も譲ってくれないか? 激しいバトルの中で、飛んで行っちまったみたいなんだ」
ボキボキと指を鳴らして威嚇するオージンに、商人は真っ青な顔をして鞄から『曙の証』も取り出した。そしてポーションと一緒に押し付けると、大急ぎで荷物をまとめて逃げ出す。
その逃げっぷりに、オージンは追いかける気も失せた。
「どうやら、あの壺はただの悪戯ってところだな。まさか魔人が出てくるとは思わなかったみたいだ」
「ええ……ひょっとしたら僕の魔法が狙われたのかと思ったけど……そうじゃないならよかった」
とにかくこれでクエストは完了だが、夜になってしまったため冒険者ギルドに報告に行くのは明日がいいだろう。
フィアットが疲れ切っていることもあり、オージンは宿屋のクーポン券のことを思い出して周囲を見渡した。
すぐそばに宿屋の看板がある。
「よし、今夜はあそこに泊ろう」
「わかりました」
「そこで相談なんだが、金は持ってるか? どうもあの魔人との戦いで、防具も金もぜんぶ消えちまったみたいなんだ」
「……ごめんなさい」
「なんでお前が謝るんだ?」
魔人のせいであってフィアットは悪くないのだが、背中に担いでいる彼は気まずそうにしている。
「お金なら僕が持ってますから、ご心配なく」
子供に金をせびるのは心苦しいが、背に腹は代えられない。冒険者になれば、すぐに返済できるだろう。
二人が宿屋を訪ねると、一階部分に併設している酒場は冒険者と一仕事終えた商人たちで賑わっていた。
舞台では踊り子が舞い、酒とカードゲームに興じる汗臭い男たち。
「お邪魔するぜ」
受付にいる女将さんに挨拶しながら近づくと、愛想よく出迎えてくれる。
「いらっしゃい。おや、子連れの冒険者なんて珍しい」
「俺の子供じゃないんだが――いや、子供だ」
子供じゃないのに連れ歩いているのは誘拐だと思い、変に勘ぐられると困るため「子供」という設定にしておくことにした。
すると、背中のフィアットがビクンと肩をすくめて驚いている。
「泊るのかい?」
「ああ。こいつはチビだから同じベッドで寝るから、安くならない?」
「い、一緒に!?」
素頓狂な声が背後で上がる。
そして、肩を強く掴まれて「イタタ」とオージンは大げさに体を傾けた。
「い、一緒なんてダメっ! そ、そんなの、ふ、不潔だっ」
「何言ってんだ?」
「お、お金なら十分あるので、二部屋にしてくださいっ!」
「子供を一人で寝かせるわけにはいかないだろう」
「僕は子供じゃありませんっ!」
仲良くなったと思ったのに、この嫌われっぷりにオージンは正直ショックだった。
漂うおじさん臭が嫌なのか、それともオナラが臭かったのか。足の匂いかもしれない。
年頃の娘に嫌われる父親の気分とは、こんなものなのだろうか。
「生憎、今日は一人部屋が一つしか空いていないんだよ。それでもいいかい?」
「ああ、それでいい。ないものは仕方ない、フィアットもそれでいいな?」
不服そうなフィアットだが、オージンの言う通りである。これこれ以上ワガママを言えば野宿するしかない。それは嫌だ。
「この宿には傷を癒す温泉があるから、ゆっくり浸かるといいよ。随分と無理したみたいだからね」
「おお、温泉か! よし、一緒に入ろう、フィアット」
その言葉に、フィアットが背筋を伸ばして硬直した。
みるみるうちに顔が赤くなり、視点の定まらない目が泳ぐ。
「あ、うぅ……」
そんな異変に気付くことなく、オージンは鍵を受取りながら女将さんに尋ねた。
「防具がダメになっちまったんだが、この時間でも空いてる店はないか?」
「それなら、酒場で飲んだくれてる商人に声をかけて直接買えばいいよ。あたしからも声をかけておくからさ」
「それは助かる」
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