上 下
9 / 88
1章 始まりの物語

第9話 私には子供が八人いる

しおりを挟む
「初心者が戦うのはスライムと相場が決まってるのに、ネズミだなんて話が違うだろ!」
「何ごちゃごちゃ言ってるんですか、かじられますよ!」

 それは御免こうむりたい。

 オージンたちの目前には、いかにも病原菌を保有していそうな丸々太った大きなネズミが3匹立ちふさがっていた。口から涎を垂れ流し、狂暴化したネズミは立派なモンスターだ。

 変な病気を貰うのはイヤだと、オージンは剣を構えて突っ込む。

「どりゃぁぁっ!」

 スカッ!

 適当に剣を振り回しただけでは、もちろん素早い動きのネズミに当たるわけがない。

(うわっ、初手からいきなり強いじゃない! 確かにレベル1からってお願いしたのは私だけど、こういう転生ものなら基礎的な剣術技術くらいあってもいいでしょ~)

 見事な大空振りを見て、後衛のフィアットが顔をしかめた。

「初心者っていうのは本当なんですね……」
「正真正銘のレベル1だ!」
「……」

 その歳まで一体何をしていたのかと顔に書いてあるが、今はそれどころではない。
 いきなりのピンチにオージンは焦りを感じた。

「おじさんは下がってください――悪しき魔物よ、地に還れ!」

 フィアットが杖を振ると、不思議な力が周囲に解き放たれた。炎の呪文が使えるそうなので火柱が上がるのを期待したオージンだが、特に大きなエフェクトはなく目の前で急にネズミたちの姿がしぼむように消える。

 あっけないバトルの幕引きである。

「え、今、何か魔法を使った?」
「炎魔法です」
「おいおい、冗談だろ。ちっとも炎なんてなかったじゃないか」
「レベル1のおじさんには見えない早さで燃え尽きただけです」
「こいつ~」

 真面目で大人しそうな見た目とは裏腹な辛辣な言葉だ。
 だがオージンは怒ることなく、「ガハハ」と笑い飛ばした。

(生意気な新入社員を見てるみたい~スカしちゃって可愛い~)


 とりあえず目の前の脅威は去り、オージンはホッと息をついて剣を鞘に収めた。

 ネズミの魔物がいた場所には、小さな魔晶石が転がっている。これを集めてギルドで換金すれば、この世界の通貨が手に入るという仕組みだ。

 オージンが魔晶石の欠片を拾い集めていると、さっさとフィアットは始まりのダンジョンへと続く森の小道を急いだ。

 すぐに立ち上がり、オージンは小走りに駆け寄る。

「おいおい、そう急ぐことはないだろう」
「僕は急いでいるんです」
「ああ、それは町でも言ってたな。何かあるのか? まさか家の門限でも? こわ~い母ちゃんでもいるのか?」
「……」

 一瞬フィアットは立ち止まったが、すぐにまた足早に歩き出した。だが、大柄のオージンならば普通の歩調で並ぶことができる。

「なんか訳ありって感じだな」
「そっちこそ、訳ありの訳ありでしょう。その歳になるまで、何やってたんですか?」

 それを言われると立つ瀬がない。
 まさか神様に転生させてもらったなんて言えないため、オージンは口ごもった。

「ふんっ――自分だって言えないくせに。人の事情に首を突っ込まないでくれませんか」
「まぁ、それは正論だが、俺はただぼうずの手助けがしたいだけなんだ。それに、大した理由がないなら道を急ぐのは危険だ。本当に急ぐべきなのか考え直した方がいい」

 これはオージンが久保田絵里として、新人作家に言い聞かせてきた言葉でもある。

 新人はとにかく締切前になると焦る。
 焦れば質が落ち、スランプに陥ることも。
 担当編集として絵里は「締切を少し伸ばしても意外と大丈夫」「デッドラインが来てから本番」「印刷所に土下座すればねじこめる「休載しても死にはしない」と、状況に合わせて乗り気ってきたのである。

「……家でお腹を透かせた子供が待っているので、早く済ませたいだけです」

 フィアットは小さくため息を洩らして、ほとんど棒読みで言った。

「子供か! そりゃ早く帰ってやらにゃいかんな。だが、父親の身の安全が一番だ。怪我したら元も子もないだろう」
「嘘ですよ。なに真面目に答えてるんですか」
「おいおい、おじさんをからかうんじゃないよ~こっちだって、妻が身重で八人目が生まれそうなんだ。養うために木こりから戦士に転職したんだよ。俺が稼いでやらにゃ、子供たちが飢え死にしちまう」

 もちろん、口から出まかせである。

 嘘には嘘でお返しだとばかりにカラカラ笑ったが、フィアットの目が大きく見開かれて、きゅっと唇が引き絞られた。

「お子さんがそんなにも……苦労されているとは知らず、生意気を言ってすみませんでした」
「え、あっ、いや――」
「わかりました。そういうことなら全力でいきましょう。僕が先陣切りますから、おじさんは後ろからついてきてください」

 嘘だと言う前にフィアットは駆けだしてしまった。

「おい、お前は後衛だろう! 先に行くな! おーいっ」

 フィアットは素早く森の小道を駆け抜けた。
 オージンは大きな体でドタドタと追いかけるが、どうやらこの体はあまり素早くないようで、徐々に距離が開いてしまう。

(ひ~朝の駅ダッシュでも、こんなに全力で走ったことないわよ~まって~おいてかないで~)



 追いかけっこしているうちに、やがて前方に目的地が見えてきた。

 山肌にポッカリと口を開いた漆黒の横穴こそ、始まりのダンジョンである。
 その先に待っているのは、栄光へ続く宝か、それとも己を研鑽する試練の道か――と、洞窟前の前には大げさな煽り文句が書かれた看板が掲げられていた。

「ダンジョンに潜るなら、パワー増進ジュースをどうぞ! 1杯10ゼルクだよ~」

「踏破記念のミサンガはいらんかね~」

「ちょっとお兄さん、大きな声では言えないけど『曙の印』を今なら500ゼルクで売ってあげるよ!」

 ダンジョンの前には、ちょっとした集落が形成され、初心者相手のぼったくり商人が露店を広げていた。

 まるで風情がない光景にオージンが苦笑いしていると、フィアットは商人たちを無視して独りで洞窟に入って行く。

「やれやれ、せっかちなぼうずだ」

 オージンは露店で素早く粉砂糖たっぷりのドーナツを買ってから、フィアットを追いかけた。

(それにしても、ここまでの道のりは魔物も出なくてよかったけど、あんまりフィアットくんを先行させるのはまずいわ。一応、私が戦士として前衛なんだから、盾になってあげなきゃ)

 強靭な体という神からのギフトがあるのだから、剣の腕はさっぱりでも盾になるくらいならできるだろう。
 オージンは意気込みも新たにダンジョンへと踏み込み。



 それから少し遅れて、この集落にやって来た商人が驚いた顔をしてこう言った。

「今日は珍しいことに、森の中でキラーネズミが一匹も出なかったよ。どうやらやけに気合いの入った冒険者見習いが全部駆逐したみたいだ」
「ああ、そういえば、さっき二人組が入って行ったよ。一人は若いにーちゃんで、もう一人はベテランの風格がある戦士だった。きっとその戦士がネズミたちを倒したんだろう」

 露店の男が、商品を並びつつ答えた。
 彼らはここによく出入りしている商人たちなので、お互いに顔見知りのようである。

「なるほど、大した手練れがいるってことか。それならこんな初心者ダンジョンじゃ物足りないだろう。ここは一つ、試練を与えてやらないと」
「高レベルの戦士に牽引してもらう見習いには、ちぃとばかしお灸を据えなきゃいけないね」

 この初心者ダンジョンは冒険者に対するチュートリアルを兼ねているため、ほとんどの者はクリアできる仕組みになっている。
 だが、たまに高レベルの冒険者におんぶにだっこ状態で来る者がいて、それを商人たちは快く思っていないのだ。

 すると、ある商人が鞄の中からゴソゴソと古びた壺を取り出した。

「こいつは、擦ると魔物が飛び出す壺だ。何が出るかは擦ってみないとわからない! 噂じゃ、99レベルの魔人も飛び出すとか!」
「強い魔物が飛び出すのはかなーり低確率だろ。出てくるのは高くてせいぜいレベル20までで、ほとんどがレベル10以下の雑魚だ」
「へへっ、こいつを使えば、生意気なひよっこ冒険者をちびらせてやれるぜ」
「それで怪我でもして高額ポーションが売れりゃ、丸儲けってね」

 商人たちは顔を見合わせてヒヒヒッと笑った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

処理中です...