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1章 始まりの物語
第9話 私には子供が八人いる
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「初心者が戦うのはスライムと相場が決まってるのに、ネズミだなんて話が違うだろ!」
「何ごちゃごちゃ言ってるんですか、かじられますよ!」
それは御免こうむりたい。
オージンたちの目前には、いかにも病原菌を保有していそうな丸々太った大きなネズミが3匹立ちふさがっていた。口から涎を垂れ流し、狂暴化したネズミは立派なモンスターだ。
変な病気を貰うのはイヤだと、オージンは剣を構えて突っ込む。
「どりゃぁぁっ!」
スカッ!
適当に剣を振り回しただけでは、もちろん素早い動きのネズミに当たるわけがない。
(うわっ、初手からいきなり強いじゃない! 確かにレベル1からってお願いしたのは私だけど、こういう転生ものなら基礎的な剣術技術くらいあってもいいでしょ~)
見事な大空振りを見て、後衛のフィアットが顔をしかめた。
「初心者っていうのは本当なんですね……」
「正真正銘のレベル1だ!」
「……」
その歳まで一体何をしていたのかと顔に書いてあるが、今はそれどころではない。
いきなりのピンチにオージンは焦りを感じた。
「おじさんは下がってください――悪しき魔物よ、地に還れ!」
フィアットが杖を振ると、不思議な力が周囲に解き放たれた。炎の呪文が使えるそうなので火柱が上がるのを期待したオージンだが、特に大きなエフェクトはなく目の前で急にネズミたちの姿がしぼむように消える。
あっけないバトルの幕引きである。
「え、今、何か魔法を使った?」
「炎魔法です」
「おいおい、冗談だろ。ちっとも炎なんてなかったじゃないか」
「レベル1のおじさんには見えない早さで燃え尽きただけです」
「こいつ~」
真面目で大人しそうな見た目とは裏腹な辛辣な言葉だ。
だがオージンは怒ることなく、「ガハハ」と笑い飛ばした。
(生意気な新入社員を見てるみたい~スカしちゃって可愛い~)
とりあえず目の前の脅威は去り、オージンはホッと息をついて剣を鞘に収めた。
ネズミの魔物がいた場所には、小さな魔晶石が転がっている。これを集めてギルドで換金すれば、この世界の通貨が手に入るという仕組みだ。
オージンが魔晶石の欠片を拾い集めていると、さっさとフィアットは始まりのダンジョンへと続く森の小道を急いだ。
すぐに立ち上がり、オージンは小走りに駆け寄る。
「おいおい、そう急ぐことはないだろう」
「僕は急いでいるんです」
「ああ、それは町でも言ってたな。何かあるのか? まさか家の門限でも? こわ~い母ちゃんでもいるのか?」
「……」
一瞬フィアットは立ち止まったが、すぐにまた足早に歩き出した。だが、大柄のオージンならば普通の歩調で並ぶことができる。
「なんか訳ありって感じだな」
「そっちこそ、訳ありの訳ありでしょう。その歳になるまで、何やってたんですか?」
それを言われると立つ瀬がない。
まさか神様に転生させてもらったなんて言えないため、オージンは口ごもった。
「ふんっ――自分だって言えないくせに。人の事情に首を突っ込まないでくれませんか」
「まぁ、それは正論だが、俺はただぼうずの手助けがしたいだけなんだ。それに、大した理由がないなら道を急ぐのは危険だ。本当に急ぐべきなのか考え直した方がいい」
これはオージンが久保田絵里として、新人作家に言い聞かせてきた言葉でもある。
新人はとにかく締切前になると焦る。
焦れば質が落ち、スランプに陥ることも。
担当編集として絵里は「締切を少し伸ばしても意外と大丈夫」「デッドラインが来てから本番」「印刷所に土下座すればねじこめる「休載しても死にはしない」と、状況に合わせて乗り気ってきたのである。
「……家でお腹を透かせた子供が待っているので、早く済ませたいだけです」
フィアットは小さくため息を洩らして、ほとんど棒読みで言った。
「子供か! そりゃ早く帰ってやらにゃいかんな。だが、父親の身の安全が一番だ。怪我したら元も子もないだろう」
「嘘ですよ。なに真面目に答えてるんですか」
「おいおい、おじさんをからかうんじゃないよ~こっちだって、妻が身重で八人目が生まれそうなんだ。養うために木こりから戦士に転職したんだよ。俺が稼いでやらにゃ、子供たちが飢え死にしちまう」
もちろん、口から出まかせである。
嘘には嘘でお返しだとばかりにカラカラ笑ったが、フィアットの目が大きく見開かれて、きゅっと唇が引き絞られた。
「お子さんがそんなにも……苦労されているとは知らず、生意気を言ってすみませんでした」
「え、あっ、いや――」
「わかりました。そういうことなら全力でいきましょう。僕が先陣切りますから、おじさんは後ろからついてきてください」
嘘だと言う前にフィアットは駆けだしてしまった。
「おい、お前は後衛だろう! 先に行くな! おーいっ」
フィアットは素早く森の小道を駆け抜けた。
オージンは大きな体でドタドタと追いかけるが、どうやらこの体はあまり素早くないようで、徐々に距離が開いてしまう。
(ひ~朝の駅ダッシュでも、こんなに全力で走ったことないわよ~まって~おいてかないで~)
追いかけっこしているうちに、やがて前方に目的地が見えてきた。
山肌にポッカリと口を開いた漆黒の横穴こそ、始まりのダンジョンである。
その先に待っているのは、栄光へ続く宝か、それとも己を研鑽する試練の道か――と、洞窟前の前には大げさな煽り文句が書かれた看板が掲げられていた。
「ダンジョンに潜るなら、パワー増進ジュースをどうぞ! 1杯10ゼルクだよ~」
「踏破記念のミサンガはいらんかね~」
「ちょっとお兄さん、大きな声では言えないけど『曙の印』を今なら500ゼルクで売ってあげるよ!」
ダンジョンの前には、ちょっとした集落が形成され、初心者相手のぼったくり商人が露店を広げていた。
まるで風情がない光景にオージンが苦笑いしていると、フィアットは商人たちを無視して独りで洞窟に入って行く。
「やれやれ、せっかちなぼうずだ」
オージンは露店で素早く粉砂糖たっぷりのドーナツを買ってから、フィアットを追いかけた。
(それにしても、ここまでの道のりは魔物も出なくてよかったけど、あんまりフィアットくんを先行させるのはまずいわ。一応、私が戦士として前衛なんだから、盾になってあげなきゃ)
強靭な体という神からのギフトがあるのだから、剣の腕はさっぱりでも盾になるくらいならできるだろう。
オージンは意気込みも新たにダンジョンへと踏み込み。
それから少し遅れて、この集落にやって来た商人が驚いた顔をしてこう言った。
「今日は珍しいことに、森の中でキラーネズミが一匹も出なかったよ。どうやらやけに気合いの入った冒険者見習いが全部駆逐したみたいだ」
「ああ、そういえば、さっき二人組が入って行ったよ。一人は若いにーちゃんで、もう一人はベテランの風格がある戦士だった。きっとその戦士がネズミたちを倒したんだろう」
露店の男が、商品を並びつつ答えた。
彼らはここによく出入りしている商人たちなので、お互いに顔見知りのようである。
「なるほど、大した手練れがいるってことか。それならこんな初心者ダンジョンじゃ物足りないだろう。ここは一つ、試練を与えてやらないと」
「高レベルの戦士に牽引してもらう見習いには、ちぃとばかしお灸を据えなきゃいけないね」
この初心者ダンジョンは冒険者に対するチュートリアルを兼ねているため、ほとんどの者はクリアできる仕組みになっている。
だが、たまに高レベルの冒険者におんぶにだっこ状態で来る者がいて、それを商人たちは快く思っていないのだ。
すると、ある商人が鞄の中からゴソゴソと古びた壺を取り出した。
「こいつは、擦ると魔物が飛び出す壺だ。何が出るかは擦ってみないとわからない! 噂じゃ、99レベルの魔人も飛び出すとか!」
「強い魔物が飛び出すのはかなーり低確率だろ。出てくるのは高くてせいぜいレベル20までで、ほとんどがレベル10以下の雑魚だ」
「へへっ、こいつを使えば、生意気なひよっこ冒険者をちびらせてやれるぜ」
「それで怪我でもして高額ポーションが売れりゃ、丸儲けってね」
商人たちは顔を見合わせてヒヒヒッと笑った。
「何ごちゃごちゃ言ってるんですか、かじられますよ!」
それは御免こうむりたい。
オージンたちの目前には、いかにも病原菌を保有していそうな丸々太った大きなネズミが3匹立ちふさがっていた。口から涎を垂れ流し、狂暴化したネズミは立派なモンスターだ。
変な病気を貰うのはイヤだと、オージンは剣を構えて突っ込む。
「どりゃぁぁっ!」
スカッ!
適当に剣を振り回しただけでは、もちろん素早い動きのネズミに当たるわけがない。
(うわっ、初手からいきなり強いじゃない! 確かにレベル1からってお願いしたのは私だけど、こういう転生ものなら基礎的な剣術技術くらいあってもいいでしょ~)
見事な大空振りを見て、後衛のフィアットが顔をしかめた。
「初心者っていうのは本当なんですね……」
「正真正銘のレベル1だ!」
「……」
その歳まで一体何をしていたのかと顔に書いてあるが、今はそれどころではない。
いきなりのピンチにオージンは焦りを感じた。
「おじさんは下がってください――悪しき魔物よ、地に還れ!」
フィアットが杖を振ると、不思議な力が周囲に解き放たれた。炎の呪文が使えるそうなので火柱が上がるのを期待したオージンだが、特に大きなエフェクトはなく目の前で急にネズミたちの姿がしぼむように消える。
あっけないバトルの幕引きである。
「え、今、何か魔法を使った?」
「炎魔法です」
「おいおい、冗談だろ。ちっとも炎なんてなかったじゃないか」
「レベル1のおじさんには見えない早さで燃え尽きただけです」
「こいつ~」
真面目で大人しそうな見た目とは裏腹な辛辣な言葉だ。
だがオージンは怒ることなく、「ガハハ」と笑い飛ばした。
(生意気な新入社員を見てるみたい~スカしちゃって可愛い~)
とりあえず目の前の脅威は去り、オージンはホッと息をついて剣を鞘に収めた。
ネズミの魔物がいた場所には、小さな魔晶石が転がっている。これを集めてギルドで換金すれば、この世界の通貨が手に入るという仕組みだ。
オージンが魔晶石の欠片を拾い集めていると、さっさとフィアットは始まりのダンジョンへと続く森の小道を急いだ。
すぐに立ち上がり、オージンは小走りに駆け寄る。
「おいおい、そう急ぐことはないだろう」
「僕は急いでいるんです」
「ああ、それは町でも言ってたな。何かあるのか? まさか家の門限でも? こわ~い母ちゃんでもいるのか?」
「……」
一瞬フィアットは立ち止まったが、すぐにまた足早に歩き出した。だが、大柄のオージンならば普通の歩調で並ぶことができる。
「なんか訳ありって感じだな」
「そっちこそ、訳ありの訳ありでしょう。その歳になるまで、何やってたんですか?」
それを言われると立つ瀬がない。
まさか神様に転生させてもらったなんて言えないため、オージンは口ごもった。
「ふんっ――自分だって言えないくせに。人の事情に首を突っ込まないでくれませんか」
「まぁ、それは正論だが、俺はただぼうずの手助けがしたいだけなんだ。それに、大した理由がないなら道を急ぐのは危険だ。本当に急ぐべきなのか考え直した方がいい」
これはオージンが久保田絵里として、新人作家に言い聞かせてきた言葉でもある。
新人はとにかく締切前になると焦る。
焦れば質が落ち、スランプに陥ることも。
担当編集として絵里は「締切を少し伸ばしても意外と大丈夫」「デッドラインが来てから本番」「印刷所に土下座すればねじこめる「休載しても死にはしない」と、状況に合わせて乗り気ってきたのである。
「……家でお腹を透かせた子供が待っているので、早く済ませたいだけです」
フィアットは小さくため息を洩らして、ほとんど棒読みで言った。
「子供か! そりゃ早く帰ってやらにゃいかんな。だが、父親の身の安全が一番だ。怪我したら元も子もないだろう」
「嘘ですよ。なに真面目に答えてるんですか」
「おいおい、おじさんをからかうんじゃないよ~こっちだって、妻が身重で八人目が生まれそうなんだ。養うために木こりから戦士に転職したんだよ。俺が稼いでやらにゃ、子供たちが飢え死にしちまう」
もちろん、口から出まかせである。
嘘には嘘でお返しだとばかりにカラカラ笑ったが、フィアットの目が大きく見開かれて、きゅっと唇が引き絞られた。
「お子さんがそんなにも……苦労されているとは知らず、生意気を言ってすみませんでした」
「え、あっ、いや――」
「わかりました。そういうことなら全力でいきましょう。僕が先陣切りますから、おじさんは後ろからついてきてください」
嘘だと言う前にフィアットは駆けだしてしまった。
「おい、お前は後衛だろう! 先に行くな! おーいっ」
フィアットは素早く森の小道を駆け抜けた。
オージンは大きな体でドタドタと追いかけるが、どうやらこの体はあまり素早くないようで、徐々に距離が開いてしまう。
(ひ~朝の駅ダッシュでも、こんなに全力で走ったことないわよ~まって~おいてかないで~)
追いかけっこしているうちに、やがて前方に目的地が見えてきた。
山肌にポッカリと口を開いた漆黒の横穴こそ、始まりのダンジョンである。
その先に待っているのは、栄光へ続く宝か、それとも己を研鑽する試練の道か――と、洞窟前の前には大げさな煽り文句が書かれた看板が掲げられていた。
「ダンジョンに潜るなら、パワー増進ジュースをどうぞ! 1杯10ゼルクだよ~」
「踏破記念のミサンガはいらんかね~」
「ちょっとお兄さん、大きな声では言えないけど『曙の印』を今なら500ゼルクで売ってあげるよ!」
ダンジョンの前には、ちょっとした集落が形成され、初心者相手のぼったくり商人が露店を広げていた。
まるで風情がない光景にオージンが苦笑いしていると、フィアットは商人たちを無視して独りで洞窟に入って行く。
「やれやれ、せっかちなぼうずだ」
オージンは露店で素早く粉砂糖たっぷりのドーナツを買ってから、フィアットを追いかけた。
(それにしても、ここまでの道のりは魔物も出なくてよかったけど、あんまりフィアットくんを先行させるのはまずいわ。一応、私が戦士として前衛なんだから、盾になってあげなきゃ)
強靭な体という神からのギフトがあるのだから、剣の腕はさっぱりでも盾になるくらいならできるだろう。
オージンは意気込みも新たにダンジョンへと踏み込み。
それから少し遅れて、この集落にやって来た商人が驚いた顔をしてこう言った。
「今日は珍しいことに、森の中でキラーネズミが一匹も出なかったよ。どうやらやけに気合いの入った冒険者見習いが全部駆逐したみたいだ」
「ああ、そういえば、さっき二人組が入って行ったよ。一人は若いにーちゃんで、もう一人はベテランの風格がある戦士だった。きっとその戦士がネズミたちを倒したんだろう」
露店の男が、商品を並びつつ答えた。
彼らはここによく出入りしている商人たちなので、お互いに顔見知りのようである。
「なるほど、大した手練れがいるってことか。それならこんな初心者ダンジョンじゃ物足りないだろう。ここは一つ、試練を与えてやらないと」
「高レベルの戦士に牽引してもらう見習いには、ちぃとばかしお灸を据えなきゃいけないね」
この初心者ダンジョンは冒険者に対するチュートリアルを兼ねているため、ほとんどの者はクリアできる仕組みになっている。
だが、たまに高レベルの冒険者におんぶにだっこ状態で来る者がいて、それを商人たちは快く思っていないのだ。
すると、ある商人が鞄の中からゴソゴソと古びた壺を取り出した。
「こいつは、擦ると魔物が飛び出す壺だ。何が出るかは擦ってみないとわからない! 噂じゃ、99レベルの魔人も飛び出すとか!」
「強い魔物が飛び出すのはかなーり低確率だろ。出てくるのは高くてせいぜいレベル20までで、ほとんどがレベル10以下の雑魚だ」
「へへっ、こいつを使えば、生意気なひよっこ冒険者をちびらせてやれるぜ」
「それで怪我でもして高額ポーションが売れりゃ、丸儲けってね」
商人たちは顔を見合わせてヒヒヒッと笑った。
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