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ムストレス派の糾弾と直接攻撃
超高級酒シュランゴン酒のふるまわれた場
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厩に駆け込むなりギュンターは痛む右肩に手をやり、ディングレーはギュンターの支えを無くして膝を折り崩れ落ちるアイリスの肩を、慌てて抱き支える。
ローフィスとオーガスタスは右肩に手を当てて顔をしかめる、それ以上アイリスを支えられないギュンターを見、吐息を吐き顔を、見合わせた。
がディアヴォロスがディングレーを柔らかく押し退け、アイリスにそっと屈み、その腹に手を、添える。
アイリスは激しく痛むその激痛が、ディアヴォロスが手を当てた途端、柔らかに引いていくのに気づく。
顔を上げると、ディアヴォロスの整った男らしい顔がそこにあって、そっと告げる。
「すみません…」
ディアヴォロスは苦痛の中謝罪を告げるその見事な若者に急いで、つぶやく。
「謝罪はいい…。
痛みを全部は取れない。馬の、振動に耐えられる程度だ」
アイリスは額に脂汗を滴らせながら、頷く。
「十分です」
ディアヴォロスが顔を上げ、ディングレーに頷き、ディングレーは再びアイリスの肩を支え、今度ディアヴォロスは背を向けるギュンターの右肩に手を、伸ばす。
ギュンターはその手に気づいて咄嗟に振り払ったものの、痛みに顔をしかめつぶやく。
「俺はいい…!
その分、アイリスを看てやってくれ…!
使う“力”は限られてるんだろう?」
ディアヴォロスがオーガスタスに振り向く。
オーガスタスは肩をすくめ、ディアヴォロスに頷く。
「奴は俺がお守りする」
ギュンターは咄嗟につぶやく。
「左で手綱は取れる」
オーガスタスは吐息混じりで教練からの一つ年下の悪友の、横に寄ると痛む様子の右肩を見つめ、つぶやく。
「いいから、いい子で俺の前に乗っていろ」
ギュンターは当然目を、剥いたが。
ディアヴォロスは少し心配げに眉を寄せ、ローフィスを見つめてささやく。
「どこも、痛めてないな?」
ローフィスは笑って肩をすくめた。
「オーガスタスは素早い」
ディアヴォロスも、微笑んで頷いた。
「本当に…すみません!」
アイリスを前に乗せ、腹に手を当てて馬をそっと駆るディアヴォロスはまだ謝罪するアイリスの耳元に、そっとささやく。
「君の謝罪の理由が私に思い当たらない。
もしかしてそれは、ギュンターに言うべき言葉では?」
アイリスはディアヴォロスの手から流れて来る、人外の“気"が激痛を和らげ、少し生気を取り戻したようにしゃんとし、だが小声でつぶやく。
「…未熟でした…。
ギュンターに殴りかかる等、奴らを喜ばせるだけなのに…!」
ディアヴォロスは敵に隙を見せた自分を猛烈に後悔し、歯噛みして悔しがるアイリスに気づき、微笑った。
「君はとても誇り高い」
アイリスはそう告げたディアヴォロスに、振り向きたかったが、腹が痛んで出来なかった。
ローフィスがアイリスの馬を引きながら、隣の馬上でぼそり。と告げる。
「お前まさかギュンターがあの時点でもう殴りかかると、思わなかったんだろう?
つまり…ギュンターは俺達が思ってるよりもっと、煮詰まってるって事だ」
アイリスは思い当たって、つい顔を、揺らす。
そして小声で口早につぶやく。
「…それでもだ…。
咄嗟に…殴られてつい、腹が立つ自覚さえなく怒りにかられて反射的に拳を振ってしまった。
止めに入ったのに。
あんまり無様で、貴方の顔すら潰してしまった!」
アイリスはそう言って背後のディアヴォロスに振り向きたかったが、やっぱり出来なかった。
が、ディアヴォロスはくすくす笑う。
「君は自分が幾つか、忘れているだろう?
年相応の君の失態は皆がほっとする」
だがアイリスは俯いて言った。
「敵の前なのに?
戦いでそれは死を意味する」
ディアヴォロスはでもその手から、やはり「左の王家」が代々受け継ぐ人外の友、『光の国』の光竜の力を注ぎ彼の痛みを和らげながら、優しくささやいた。
「だが一人では無い。
味方が君の近くに居る。
何でも自分一人で出来てしまう程君は有能で頭がいいが、その分孤独に陥りやすい」
アイリスはだが、不満げに言った。
「でもとっくに『可愛げが無い』とみんなに思われているのに」
ローフィスはその通りだ。と吐息を漏らしたし、ディアヴォロスはますますくすくす笑った。
「今更?」
アイリスは彼の前で、大きく頭を揺らし、頷いた。
「そう思われてるなら意地でも貫き通すつもりだったのに」
ローフィスが、呆れて言った。
「十分意固地だ。
これ以上意地を張りたいのか?」
アイリスは横に馬を並べるローフィスに顔だけ向けてつぶやく。
「意地は張り通さないと、価値が無い」
ローフィスはやれやれ。とその三つ年下のまだ十代の若者の気構えに、呆れを通り越して馬鹿だ。と思って肩をすくめる。
ディアヴォロスはローフィスに、まだ笑いながらささやいた。
「誇り高い。と言ったろう?」
ローフィスは吐息混じりに、一つ年上のカリスマに告げた。
「…紙一重だがな」
ディアヴォロスはもっと笑い、アイリスは背後のディアヴォロスのその笑い声を聞いて俯くと、大きな溜息を、一つ吐(つ)いた。
横に並ぶディングレーが視界に入る。
彼が自分の馬を引いているのを見つめ、ギュンターはオーガスタスの前に騎乗し、吐息を吐く。
「お前、俺なんか前に乗せて、気色悪く無いか?」
背後でオーガスタスが笑った。
「まあ…前に乗せてる黄金(きん)の豹に喰い付かれないかだけは、ちょっと心配だ。
とても獰猛だからな」
ギュンターは悪友の言い様に苦虫噛んだ。
「…いつ暴れ出すか解らない野生の豹を護送してるつもりか」
「つもりじゃない。護送してる。
手負いの獣は、とびきり危険だしな!」
ギュンターが歯を剥き、ディングレーが横からそれを見てぼやく。
「解ってたら挑発するな。
だが…アイリスが避ける隙さえなくもう拳が突き刺さってる。
ってどれだけ腹にため込んでたんだ?」
ギュンターが、痛めた右肩毎横に向き、ディングレーに怒鳴る。
「アイリスだと知って、殴って無いぞ!」
ディングレーは肩をすくめ、オーガスタスが背後で言った。
「それを誰が信じる?」
ギュンターが激しく金の髪を振る。
「ララッツだと思ったから思い切り振ったんだ!」
オーガスタスがディングレーに言う。
「奴が腕を引くのを、見たか?」
ディングレーは首を横に振り、吐息を漏らす。
「引きもせず突き出して、あの鍛えた腹のアイリスをあれ程痛ませるんだ。
どれだけの威力なんだか」
ギュンターが、嗤った。
「安心しろ。
俺だってお前の拳は半端無いと思ってるから、お前に拳を向ける真似はしないさ!」
ディングレーは疑惑の瞳を、向けた。
「俺より喧嘩の強いオーガスタスに、しょっ中拳を向ける奴の言葉なんか、信用出来るか!」
ギュンターが咄嗟に怒鳴る。
「奴が!俺の喧嘩の仲裁に入るからだ!」
ディングレーもオーガスタスも、やれやれと首を横に振った。
「止めるしか、ないじゃないか…。
誰も仲裁出来る奴が居ない場で、ノルンディルを瀕死に成る程殴り付けて、最前線に送られたのを忘れたのか?」
ディングレーが言うと、オーガスタスの落ち着き払った声がした。
「…ローランデに振られて別れ別れだってのに、どうしてララッツの挑発に乗る?」
ギュンターは背後の悪友に振り向きたかったが右肩が軋むように痛み、髪を振っただけで諦め、がその分怒鳴りつけた。
「ローランデが北領地[シェンダー・ラーデン]で!
男を作ってるとか抜かしやがって彼を、侮辱した!」
オーガスタスの真面目な声がした。
「奴が言うから侮辱に聞こえるが、もし事実ローランデが作ってたら。とお前実は四六時中心配してないか?」
ギュンターの顔が思い切り揺れ、ディングレーもオーガスタスも、やれやれ。と吐息を吐く。
ディングレーがぼそり。とつぶやく。
「幾らお前に慣らされてたって、あいつはまっとうな男だから女を作られたら。と心配するのが筋だろう?
ローランデは妻とは上手く行ってないんだろう?
仮にも大公子息だ。愛人なんか山程作れる身分だ。
まあ…誠実な男だから、もし作ったとしたら、多分遊びじゃなく本気だろうが」
ギュンターが俯き、拗ねたようにつぶやく。
「本気で惚れた女が奴に出来たら、身を引くさ!」
背後でオーガスタスがぼそり。と言った。
「本気で惚れた男が出来たら、どうする?」
ギュンターが即答した。
「あの誇り高い男が男相手に本気で惚れるか!」
これにはディングレーも同意し、頷く。
「まず、有り得ない」
だがオーガスタスは言った。
「仮にだ」
ギュンターは俯くと、顔を揺らす。
ディングレーはつい、まるで考えるのも怖い。と言うかのように心臓をばくばくさせる様子のギュンターの青冷めた表情を、喰い入るように眺めた。
「…………成る程。
床上手。と評判を取るお前だもんな。
確かにお前が側に居なきゃローランデも、単に生理現象で男が、欲しくならないとも限らない。
例えお前程良く無くっても」
ギュンターの首ががっくり垂れ、オーガスタスがぼそり。とつぶやく。
「結局お前、いつでも自分のした事で自分を、追い込んでるじゃないか」
ギュンターはとうとう我慢出来ず、思い切り肩を捻って振り向き、一瞬右肩に駆け抜ける激痛に顔を思い切り揺らし歪めた。
オーガスタスは痛みに声も出ない様子のギュンターを見つめ、吐息混じりにささやく。
「アイリスの拳を舐めるな。
奴の優雅で品のいい様は、はったりだぞ?」
ディングレーも頷く。
「中身は俺達と変わらぬ程獰猛なのにな!
隠してる所が姑息で気にくわない」
ギュンターは痛みに息が詰まって暫く歯を喰い縛ったが、呻く。
「そう…思ったら俺を挑発するな!
怪我人だと忘れてるだろう?
もっと労れ!」
「自業自得だ」
ディングレーが言い、オーガスタスも背後で唸った。
「挑発に乗る、お前が馬鹿なんだ」
ギュンターはメチャクチャ悔しくて歯ぎしりしたが、二人の言う通りだった。
のでそのまま、歯を擦り合わせて怒りを晴らした。
ディアヴォロスの私邸に戻る頃、アイリスは激痛が去り、鈍い痛みに変わっているのに気づく。
先に見事な黒毛馬から降りて、両手を差し出すディアヴォロスに顔を向ける。
アイリスは暫く、躊躇った。
が、滅多に無い機会だったので、甘える事にした。
ディアヴォロスの胸に飛び込むように馬上から降り、その首に両腕を巻き付けてしがみつき、彼に背に腕を回されて抱きしめられ、それを支えに足を地に着ける。
やはり、屋敷から出た時の息が止まりそうな激痛は起こらず、代わりにずきずきずきと、鈍い痛みがギュンターの拳が突き刺さった箇所を疼かせた。
「大丈夫そうだ」
アイリスはそう言う彼の肩から顔を上げると、もう最近オーガスタス以外では滅多に味わえない『自分より背の高い男』を顔を上げ、傾けて見つめ返し、微笑んだ。
「貴方のお陰です」
ディ アス(ディアヴォロスの愛称)は良く鍛え抜かれた鋼のような体をしていたから、彼の肩も胸もとても硬く逞しく、そして秘やかな感じがした。だがその顔立ち は、整いきった美しい顔をしていて、鼻も顎も頬も完璧なラインを描き、だがその中の神秘的な透けた瞳は強い意志が籠もりその癖…とても頼もしくて優しい印 象を醸し出していた。
彼の全身から漂う人外の者の“気"が、彼を包み込んで護り、そして周囲の者へ庇護するように時に、流れる。
特別な男。カリスマ。
どれも彼を言い表すには、不十分な気がした。
その黒く細かで艶やかな巻き毛はだが、「左の王家」の男が持つ特有の激しい気性を感じさせ、けれど剥き出しのレッツァディンと違い、良く洗練され抑えられて内に秘められ、だが時に表面に吹き出し、それが彼の穏やかさを突き破る時、どきどきする程の男らしさを爆発させる。
アイリスは間近に彼を見つめつくづく、自分が女に産まれなくて良かった。と思った。
きっと惹きつけられ、彼を自分一人の物に出来はしないと、悲嘆の涙に暮れた事だろう。
だがこんな感想を持つ事も、彼の中に居る『光の国』の『光竜』はお見通しだろうけれど。
肩を支えるように抱かれて、室内へと促される。
「かなり、痛みは引いたようだ」
その、良く通る低い、耳をくすぐるような男らしい声音。
アイリスは吐息を吐いた。
「アンリッシュは勿論貴方の取り巻きが出来れば、私を決して取り巻いたりはしなかったでしょうね?」
そう言ったのは彼の声が耳元で響いた途端、それをずっとうんと近くで聞き続けて彼を独り占めしたい。と思った幾人もの男女の気持ちが、理解出来たから。
隣でローフィスが肩をすくめた。
「フテる気持ちも解るが、アンリッシュの気持ちが少しでも理解出来るなら、お前を取り巻く女達の気の毒さにも少しは気を、配ってやる事だ」
ディアスはローフィスの言う通りだ。と言うように、隣でくすくす笑う。
アイリスはバツが悪そうに、俯いた。
オーガスタスは馬から飛び降りるギュンターに視線を振り、背後に立つと背に手を添える。
ギュンターはとうとう一つ年上の悪友を見上げて首を振る。
「まだ護送中か?」
オーガスタスが笑い、ギュンターは顔をしかめた。
ディングレーが呆然。と立っているのに二人は気づき、ついその視線の先を見る。
アイリスがディアヴォロスに抱きつくようにして馬から降り、甘えるように顔を傾けて微笑を浮かべる様がそこにあって、二人は固まるディングレーの背を見てやれやれ。と顔を見合わせ、首を横に振り合った。
居間に通され、その手のこんだ高価な建具にさすが王族。
とギュンターが内心の吐息を隠し、そっと首を回し覗う。
義弟シェイルを挟んでディアヴォロスと付き合いのあるローフィスは初めてでは無いようで、どっか!と金糸の縫い込まれた布張りの豪奢な長椅子に腰を降ろして腕を背もたれに乗せる。
ディアス(※ディアヴォロスの愛称)はまだ、アイリスに気遣う視線を振り、肩を支えた手を解きアイリスを一人がけの椅子に座らせた。
つい、オーガスタスもギュンターも揃ってディングレーの様子を伺うが、ディングレーは一つ吐息を吐くと、近くの椅子に静かに腰掛けた。
「アイリス。君は暫く休んでいきなさい」
ディアヴォロスが椅子に掛けるなりの発言につい、ディングレー、オーガスタス、ギュンターは揃ってアイリスの様子を伺うが、アイリスはディアスを見つめて素直に一つ、頷いた。
ローフィスがつい、三人の様子に呆けて視線を送る。
ディアス(ディアヴォロスの愛称)は顔を上げるとギュンターを見つめる。
「君もそうすべきだが…聞かないだろうな?」
オーガスタスとディングレーに見つめられ、ギュンターは吐息混じりにぼそり。と言う。
「大した事は無いからな」
ディアスはやせ我慢だと知ってはいたが、アイリスに気遣いを見せ、平気なふりをするギュンターに付き合った。
「…だがシュランゴン酒がある。
たっぷり振る舞うから、皆で飲んで行くといい」
オーガスタスとローフィスは滅多に名前すら聞かないその超高級酒の名に、驚愕に目を見開いたが、ギュンターはディアヴォロスの微笑に『お見通しだな』と吐息を吐くと、ぶっきら棒に言った。
「…そう言われちゃ、残って賞味するしか無いだろう?」
ディアスはくすくすと愉快そうに笑った。
「配属の件だが…アイリス。
君の隊は、ラーゼンホークを。
ディングレー。君はドッドルシュテンを。
ギュンター。君の所はキムディクと、アーベルシュテンだ」
アイリスもローフィスも…そしてギュンターでさえ、人の心を読んだようなその采配に、目を見開きディアスを見つめる。
そして…改めて彼の中の『光竜』の偉大さを知った。
「…何だ?」
ディングレーが長椅子のローフィスに顔を傾ける。
「ドッドルシュテンは無口な、実直な男だ。
キレると半端なく暴れるが。
多分お前とは上手くやれるだろう」
ローフィスに言われ、シャーネンクの隊員達の横を通り過ぎた時見た、一人の男を思い出した。
野戦のテントで奴は隊服の上半身はだけ、無法者らしく櫛の通ってない黒髪を背で無造作に束ね、その筋肉で盛り上がった肩と胸を剥き出し、胸を張って通り過ぎる自分にジロリ…!と視線をくべた。
がその黒に透けた瞳は荒くれ者の外見に反し、思っていたよりずっと誠実そうに感じてつい、その男を見つめ返した。
ディングレーはディアヴォロスの不思議を良く知っていたから、一つ了承した。と頷くと、ギュンターを見つめる。
「お前の所も、そうか?」
ギュンターは俯くと
「キムディクは小柄だがはしっこい。
アーベルシュテンは目端の利く頭の回る男で、こっちの目線だけで察する。
どっちも比較的言葉が通じ、拳を振る必要の無い男達だ」
アイリスもつぶやく。
「ラーゼンホークは戦闘でただ一人、略奪をしなかった男で…仲間に嫌われている」
オーガスタスがつぶやく。
「お前、略奪を止めようとして仲間に殴られてた奴を、庇ったろう?」
ギュンターも思い出して吐息混じりに言った。
「あの時も奴が殴られてる真っ最中に飛び込んでたな!
お前、飛び込み癖を何とかしろ!」
アイリスはギュンターに向くと、真っ直ぐな濃紺の瞳を向け静かに怒鳴る。
「君の時は拳が降って来るとは思わなかった!」
ローフィスがジロリ。とギュンターを見る。
「なだめる間がある。と奴は思ってたから、飛び込んだ途端腹に突き刺さってて、さぞかしびっくりしたろうな」
アイリスは唇を噛むと顔を怒りにしかめ、低く唸る。
「腹に喰らった瞬間、かっと腹が立った。
君の拳同様、自分でも止める間も無く思い切り」
ギュンターは、頷く。
「遠慮無しに俺を殴ったな」
アイリスも頷くと言った。
「君は私だと思わず殴ったが私は拳を振る相手が誰かを、知っていた」
それ故自分の方が罪が重い。と言わんばかりの口調で、オーガスタスがじっと聞いているディアヴォロスをチラリと見たがつぶやく。
「知っていても、知らないも同然だ。
だって殴られた怒りで理性どころか意識が一瞬、飛んでたんだろう?」
アイリスはオーガスタスを見、ためらうように呻く。
「まあ………そうだけど」
ギュンターは思いきり顔を下げた。
「…つまり、キレたのか?」
アイリスも顔を下げる。
「…認めたくないけれど、そうだ」
オーガスタスもローフィスも顔を、見合わせた。
ディングレーがそっと聞く。
「…初めてキレたのか?」
ローフィスが顎をアイリスにしゃくってぶっきら棒につぶやく。
「な訳無いだろう?
お前ら同様負けん気が強くて手が早いのを、理性でこの年で抑えてる」
オーガスタスもくすくす笑う。
「誰かさん達は抑えるなんて頭の隅にも無く、やりたい放題だがな!」
ディングレーとギュンターが同時に顔を上げて異論を唱えた。
「俺にだって分別くらいはある!」
ディングレーが低く怒鳴ると、ギュンターも。
「ちゃんとノルンディルに挑発されても我慢してただろう?!」
オーガスタスがやれやれ。と首を横に振り
「話し合いの席で拳を振ろうなんて、思うだけでも問題外だ。我慢に入るか」
ローフィスも言った。
「お前、常識をまず覚えろ」
ディアヴォロスが二人にそう言われて悔しそうに唇を噛むギュンターについくすくすくすと笑い、皆は見つめて呆けた。
がディアヴォロスはそっとオーガスタスとローフィスにつぶやく。
「よく、慣れている方だ。野生の豹にしては」
オーガスタス同様ディアスにも人間扱いされず、ギュンターはつい笑っている彼を睨むが、ディアスは気づくとますますくすくす笑う。
「皆その野生の豹があんまりしなやかで美しく、孤高の生き物で手が届かないので、彼に懐かれただけで光栄に感じる。
そしてその豹が戦って敵に喰らい付いても皆、豹の習性を知っているから許してしまう。
いい加減、それが自分だと自覚を持つ事だ」
「…つまりみんな俺の事を人間だと思って無いのか?!」
ローフィスが怒鳴った。
「人間だと思った途端猛烈に腹が立つしな!」
ギュンターがローフィスを睨み返して怒鳴り返す。
「だって人間だろう!俺は!」
がローフィスは言い返す。
「まだ幼年なら修正が可能だがその年じゃ、頭の中身を人間に戻すのは並大抵じゃない。
安心しろ。人間の皮を被った野獣はこの近衛に、五万と居るから」
ギュンターはだが、まだそう言ったローフィスを睨んでいた。
がローフィスはディアスに視線を向ける。
「アッサリアス准将婦人はどうして来て居たんだ?」
ディアヴォロスは笑いを止めると、ローフィスに視線を向けた。
「会合が開かれると知って私の元に彼女から使いが届いた。
だからその使いをそのままデーデダルデスの元へ走らせた。
彼の許可があれば会合に出席してギュンターの弁護をして欲しいと」
ギュンターは途端、ディアスに殊勝な表情を向ける。
「彼女は何て?」
「自分が誘ったせいで君を危険な目に合わせたく無いと。
でも…………」
「でも?」
ローフィスが尋ねる。
「もし君にお咎めが下るともう彼女の誘いに乗る馬鹿な男は居なくなるから。
君の為だけで無く自分の為でも、あるようだ」
そう言ってアイリスをそっと見つめる。
ギュンターもつい、アイリスに視線を振って言った。
「あいつをもしかして、婦人は諦めて無いのか?」
「利口なアイリスはムストレス派准将婦人の自分と関わると、面倒に巻き込まれるから避けるに決まってる。とお考えのようだ」
アイリスはつい、顔を思い切り下げ、ディアスはやっぱりくすくすくす。と笑い、ギュンターを見た。
「随分君で満足したから、もう一人の評判も確かめたかったんだろう?」
ディングレーもローフィスも同時に呆れた溜息を漏らし、ギュンターを更にバツを悪くさせた。
項垂れるギュンターについ、アイリスはそっと言った。
「でも満足したからわざわざその君を庇いに、出向いて来たんじゃないのか?」
ギュンターは更に深い、吐息を吐いて項垂れる。
「二人切りに成った時かなりの時間一緒に酒を煽っていたし…その、彼女の瞳が青かったから…。
違うとは知っていたがつい…ローランデを思い出していた。
つまり…つまりローランデは自分から俺に抱きついたりしないしその…彼の方から口づけたりもしない。だから…」
アイリスはつい目を丸くしてギュンターの表情を覗き込む。
「ローランデが婦人のようだったら。と叶わぬ夢を追っていたのか?」
ギュンターは手を振り上げ…つぶやく。
「酒をしこたま飲んで、酔ってたしな」
ディングレーはとうとう、顎に手をやり、その哀れなギュンターから思い切り顔を背けたし、ローフィスは顔を深く下げて、やっぱり深い吐息を長く、吐き出した。
だがディアヴォロスがそっと言った。
「彼は君が、自分が原因でムストレス派の挑発にむきに成って乗り、危険な目に合い続けて常に心配で胸が張り裂け、心に大きな負担を負っている。
故郷で休ませてやるべきだ。
それ位の気遣いは、彼を本当に愛しているなら出来る筈だ。
違うか?」
ディアヴォロスにそう言われ、その神秘的な瞳に見つめられたもののギュンターはやっぱり項垂れた。
「そう…解ってても…………。
とても辛い」
ディングレーはついディアヴォロスに注進した。
「こいつは北領地[シェンダー・ラーデン]地方護衛連隊に空きが無いか、真剣に考えている」
ディアヴォロスは一つ、頷くが彼は低い声ではっきりと言った。
「近衛では特別には思われない。
戦闘中は皆、男の“夜付き人"と夜を過ごすので。
が、北領地[シェンダー・ラーデン]で抱かれる男は最早“男”では無い。
北領地[シェンダー・ラーデン]の最高身分である大公子息のローランデを、侮蔑に塗れさせ、地に落としたいのか?」
ギュンターは深く項垂れ、髪を両手で掻きむしった。
そして落胆した声でつぶやく。
「例え北領地[シェンダー・ラーデン]の地方護衛連隊に空きがあっても俺に、行くな。と?」
ディアヴォロスは頷くとささやく。
「私用で行くのとでは訳が違う。
護衛連隊となればローランデはその長だ。
長が“男”で無ければその地位を、味方の筈の男達に毟り取られる」
ギュンターはローランデが、教練を卒業した18の時北領地[シェンダー・ラーデン]地方護衛連隊へ進む事を怖がっていたのを思い出した。
きっと…それを恐れていたのだ。
ローランデはまだ若く、自分を十分制御出来ず…ましてや自分ですらそうだったから…地方護衛連隊の男達に“男”だと認めて貰えず父の期待に応える事が出来ずに、失墜するのを。
アイリスがそっと言った。
「…始めから叶わぬ相手だと…思い切れないのか?」
だがディアヴォロスはアイリスに言った。
「君は人の事は言えない。
重い病で明日をも知れぬ身だと、君から身を引こうとしたご婦人と、結婚迄押し切っただろう?」
皆が驚愕に顔を、上げた。
結婚は彼の口から聞き、皆知っていた。
がアイリスは婦人を一度も公の席に伴わず、その真偽はいつも取り沙汰されていた。
「相手の家は君の将来を思い、あまり公にすまいと式を断った筈だ」
アイリスは悲しそうにディアスを見た。
「彼女もその父母も!
私を信用していない。私が年若く…重い病の彼女を引き受けるだけの責任が無いと…今でもそう思ってる!」
「それは違う。アイリス。
輝く未来ある君を陰らせたく無い。とご婦人もその御両親も心を痛めている。
君の情が深いから」
「でも彼女は私と居ると幸せそうに微笑む。
頬に赤味が戻り、瞳が生気に輝く!」
「彼らが心配しているのは、その生気が彼女の瞳から消えるのはもう、間もなくだと知っているからだ。
そしてその時の君の落胆を、見たく無い。
君が若く、輝くばかりに美しい若者だから」
アイリスの首が垂れ、ついディングレーもギュンターも、ローフィスでさえもつい、そんなアイリスを驚愕の内に見つめた。
「君が自分の行動に、とても厳しいのはそのせいだし…若い自分を未熟と切って捨てるのもそのせいだ。が…彼女も彼女の御両親もとても君の事が好きだ。
輝くばかりの若さを持ち、明るい笑顔で彼女を包む君の事が、本当に好きだからこそ気遣ってる。
とても…残念なんだ。アイリス。彼女達は。
そんな君が自分達のせいで…暗く沈むのを見るのは」
アイリスは暫く、顔を上げなかった。ずっと…その濃い手入れの良く行き届いた艶やかな栗毛に顔を、埋もれさせていた。
が…顔を上げた時、皆がはっ!とする程の決意の表情を見せた。
「…お分かりでしょう?
私は最後迄演じられる。
大丈夫な自分を。
そして心配はいらないと、彼女に微笑み続ける事が出来る。
必ず」
その声は静かで、見事だった。
その濃紺の瞳は固い意志が溢れていたし、何者にも怯まず動じない、戦場で見せる時の瞳だった。
だがディアスは警告した。
「…逃げ道を一つくらいは用意すべきだ。
煮詰まったら私の元に来なさい」
ディアヴォロスに悲しげな瞳で見つめられ、『千里眼』と呼ばれるその男の言葉にアイリスは一瞬、唇を震わせたが言った。
「どうかお願いです。
私が貴方を訪ねるような事態を迎えなくて済むよう、祈っててはくれませんか?」
ディアヴォロスはゆっくり頷き、微笑を浮かべて言った。
「勿論、そうしよう」
ローフィスとオーガスタスは右肩に手を当てて顔をしかめる、それ以上アイリスを支えられないギュンターを見、吐息を吐き顔を、見合わせた。
がディアヴォロスがディングレーを柔らかく押し退け、アイリスにそっと屈み、その腹に手を、添える。
アイリスは激しく痛むその激痛が、ディアヴォロスが手を当てた途端、柔らかに引いていくのに気づく。
顔を上げると、ディアヴォロスの整った男らしい顔がそこにあって、そっと告げる。
「すみません…」
ディアヴォロスは苦痛の中謝罪を告げるその見事な若者に急いで、つぶやく。
「謝罪はいい…。
痛みを全部は取れない。馬の、振動に耐えられる程度だ」
アイリスは額に脂汗を滴らせながら、頷く。
「十分です」
ディアヴォロスが顔を上げ、ディングレーに頷き、ディングレーは再びアイリスの肩を支え、今度ディアヴォロスは背を向けるギュンターの右肩に手を、伸ばす。
ギュンターはその手に気づいて咄嗟に振り払ったものの、痛みに顔をしかめつぶやく。
「俺はいい…!
その分、アイリスを看てやってくれ…!
使う“力”は限られてるんだろう?」
ディアヴォロスがオーガスタスに振り向く。
オーガスタスは肩をすくめ、ディアヴォロスに頷く。
「奴は俺がお守りする」
ギュンターは咄嗟につぶやく。
「左で手綱は取れる」
オーガスタスは吐息混じりで教練からの一つ年下の悪友の、横に寄ると痛む様子の右肩を見つめ、つぶやく。
「いいから、いい子で俺の前に乗っていろ」
ギュンターは当然目を、剥いたが。
ディアヴォロスは少し心配げに眉を寄せ、ローフィスを見つめてささやく。
「どこも、痛めてないな?」
ローフィスは笑って肩をすくめた。
「オーガスタスは素早い」
ディアヴォロスも、微笑んで頷いた。
「本当に…すみません!」
アイリスを前に乗せ、腹に手を当てて馬をそっと駆るディアヴォロスはまだ謝罪するアイリスの耳元に、そっとささやく。
「君の謝罪の理由が私に思い当たらない。
もしかしてそれは、ギュンターに言うべき言葉では?」
アイリスはディアヴォロスの手から流れて来る、人外の“気"が激痛を和らげ、少し生気を取り戻したようにしゃんとし、だが小声でつぶやく。
「…未熟でした…。
ギュンターに殴りかかる等、奴らを喜ばせるだけなのに…!」
ディアヴォロスは敵に隙を見せた自分を猛烈に後悔し、歯噛みして悔しがるアイリスに気づき、微笑った。
「君はとても誇り高い」
アイリスはそう告げたディアヴォロスに、振り向きたかったが、腹が痛んで出来なかった。
ローフィスがアイリスの馬を引きながら、隣の馬上でぼそり。と告げる。
「お前まさかギュンターがあの時点でもう殴りかかると、思わなかったんだろう?
つまり…ギュンターは俺達が思ってるよりもっと、煮詰まってるって事だ」
アイリスは思い当たって、つい顔を、揺らす。
そして小声で口早につぶやく。
「…それでもだ…。
咄嗟に…殴られてつい、腹が立つ自覚さえなく怒りにかられて反射的に拳を振ってしまった。
止めに入ったのに。
あんまり無様で、貴方の顔すら潰してしまった!」
アイリスはそう言って背後のディアヴォロスに振り向きたかったが、やっぱり出来なかった。
が、ディアヴォロスはくすくす笑う。
「君は自分が幾つか、忘れているだろう?
年相応の君の失態は皆がほっとする」
だがアイリスは俯いて言った。
「敵の前なのに?
戦いでそれは死を意味する」
ディアヴォロスはでもその手から、やはり「左の王家」が代々受け継ぐ人外の友、『光の国』の光竜の力を注ぎ彼の痛みを和らげながら、優しくささやいた。
「だが一人では無い。
味方が君の近くに居る。
何でも自分一人で出来てしまう程君は有能で頭がいいが、その分孤独に陥りやすい」
アイリスはだが、不満げに言った。
「でもとっくに『可愛げが無い』とみんなに思われているのに」
ローフィスはその通りだ。と吐息を漏らしたし、ディアヴォロスはますますくすくす笑った。
「今更?」
アイリスは彼の前で、大きく頭を揺らし、頷いた。
「そう思われてるなら意地でも貫き通すつもりだったのに」
ローフィスが、呆れて言った。
「十分意固地だ。
これ以上意地を張りたいのか?」
アイリスは横に馬を並べるローフィスに顔だけ向けてつぶやく。
「意地は張り通さないと、価値が無い」
ローフィスはやれやれ。とその三つ年下のまだ十代の若者の気構えに、呆れを通り越して馬鹿だ。と思って肩をすくめる。
ディアヴォロスはローフィスに、まだ笑いながらささやいた。
「誇り高い。と言ったろう?」
ローフィスは吐息混じりに、一つ年上のカリスマに告げた。
「…紙一重だがな」
ディアヴォロスはもっと笑い、アイリスは背後のディアヴォロスのその笑い声を聞いて俯くと、大きな溜息を、一つ吐(つ)いた。
横に並ぶディングレーが視界に入る。
彼が自分の馬を引いているのを見つめ、ギュンターはオーガスタスの前に騎乗し、吐息を吐く。
「お前、俺なんか前に乗せて、気色悪く無いか?」
背後でオーガスタスが笑った。
「まあ…前に乗せてる黄金(きん)の豹に喰い付かれないかだけは、ちょっと心配だ。
とても獰猛だからな」
ギュンターは悪友の言い様に苦虫噛んだ。
「…いつ暴れ出すか解らない野生の豹を護送してるつもりか」
「つもりじゃない。護送してる。
手負いの獣は、とびきり危険だしな!」
ギュンターが歯を剥き、ディングレーが横からそれを見てぼやく。
「解ってたら挑発するな。
だが…アイリスが避ける隙さえなくもう拳が突き刺さってる。
ってどれだけ腹にため込んでたんだ?」
ギュンターが、痛めた右肩毎横に向き、ディングレーに怒鳴る。
「アイリスだと知って、殴って無いぞ!」
ディングレーは肩をすくめ、オーガスタスが背後で言った。
「それを誰が信じる?」
ギュンターが激しく金の髪を振る。
「ララッツだと思ったから思い切り振ったんだ!」
オーガスタスがディングレーに言う。
「奴が腕を引くのを、見たか?」
ディングレーは首を横に振り、吐息を漏らす。
「引きもせず突き出して、あの鍛えた腹のアイリスをあれ程痛ませるんだ。
どれだけの威力なんだか」
ギュンターが、嗤った。
「安心しろ。
俺だってお前の拳は半端無いと思ってるから、お前に拳を向ける真似はしないさ!」
ディングレーは疑惑の瞳を、向けた。
「俺より喧嘩の強いオーガスタスに、しょっ中拳を向ける奴の言葉なんか、信用出来るか!」
ギュンターが咄嗟に怒鳴る。
「奴が!俺の喧嘩の仲裁に入るからだ!」
ディングレーもオーガスタスも、やれやれと首を横に振った。
「止めるしか、ないじゃないか…。
誰も仲裁出来る奴が居ない場で、ノルンディルを瀕死に成る程殴り付けて、最前線に送られたのを忘れたのか?」
ディングレーが言うと、オーガスタスの落ち着き払った声がした。
「…ローランデに振られて別れ別れだってのに、どうしてララッツの挑発に乗る?」
ギュンターは背後の悪友に振り向きたかったが右肩が軋むように痛み、髪を振っただけで諦め、がその分怒鳴りつけた。
「ローランデが北領地[シェンダー・ラーデン]で!
男を作ってるとか抜かしやがって彼を、侮辱した!」
オーガスタスの真面目な声がした。
「奴が言うから侮辱に聞こえるが、もし事実ローランデが作ってたら。とお前実は四六時中心配してないか?」
ギュンターの顔が思い切り揺れ、ディングレーもオーガスタスも、やれやれ。と吐息を吐く。
ディングレーがぼそり。とつぶやく。
「幾らお前に慣らされてたって、あいつはまっとうな男だから女を作られたら。と心配するのが筋だろう?
ローランデは妻とは上手く行ってないんだろう?
仮にも大公子息だ。愛人なんか山程作れる身分だ。
まあ…誠実な男だから、もし作ったとしたら、多分遊びじゃなく本気だろうが」
ギュンターが俯き、拗ねたようにつぶやく。
「本気で惚れた女が奴に出来たら、身を引くさ!」
背後でオーガスタスがぼそり。と言った。
「本気で惚れた男が出来たら、どうする?」
ギュンターが即答した。
「あの誇り高い男が男相手に本気で惚れるか!」
これにはディングレーも同意し、頷く。
「まず、有り得ない」
だがオーガスタスは言った。
「仮にだ」
ギュンターは俯くと、顔を揺らす。
ディングレーはつい、まるで考えるのも怖い。と言うかのように心臓をばくばくさせる様子のギュンターの青冷めた表情を、喰い入るように眺めた。
「…………成る程。
床上手。と評判を取るお前だもんな。
確かにお前が側に居なきゃローランデも、単に生理現象で男が、欲しくならないとも限らない。
例えお前程良く無くっても」
ギュンターの首ががっくり垂れ、オーガスタスがぼそり。とつぶやく。
「結局お前、いつでも自分のした事で自分を、追い込んでるじゃないか」
ギュンターはとうとう我慢出来ず、思い切り肩を捻って振り向き、一瞬右肩に駆け抜ける激痛に顔を思い切り揺らし歪めた。
オーガスタスは痛みに声も出ない様子のギュンターを見つめ、吐息混じりにささやく。
「アイリスの拳を舐めるな。
奴の優雅で品のいい様は、はったりだぞ?」
ディングレーも頷く。
「中身は俺達と変わらぬ程獰猛なのにな!
隠してる所が姑息で気にくわない」
ギュンターは痛みに息が詰まって暫く歯を喰い縛ったが、呻く。
「そう…思ったら俺を挑発するな!
怪我人だと忘れてるだろう?
もっと労れ!」
「自業自得だ」
ディングレーが言い、オーガスタスも背後で唸った。
「挑発に乗る、お前が馬鹿なんだ」
ギュンターはメチャクチャ悔しくて歯ぎしりしたが、二人の言う通りだった。
のでそのまま、歯を擦り合わせて怒りを晴らした。
ディアヴォロスの私邸に戻る頃、アイリスは激痛が去り、鈍い痛みに変わっているのに気づく。
先に見事な黒毛馬から降りて、両手を差し出すディアヴォロスに顔を向ける。
アイリスは暫く、躊躇った。
が、滅多に無い機会だったので、甘える事にした。
ディアヴォロスの胸に飛び込むように馬上から降り、その首に両腕を巻き付けてしがみつき、彼に背に腕を回されて抱きしめられ、それを支えに足を地に着ける。
やはり、屋敷から出た時の息が止まりそうな激痛は起こらず、代わりにずきずきずきと、鈍い痛みがギュンターの拳が突き刺さった箇所を疼かせた。
「大丈夫そうだ」
アイリスはそう言う彼の肩から顔を上げると、もう最近オーガスタス以外では滅多に味わえない『自分より背の高い男』を顔を上げ、傾けて見つめ返し、微笑んだ。
「貴方のお陰です」
ディ アス(ディアヴォロスの愛称)は良く鍛え抜かれた鋼のような体をしていたから、彼の肩も胸もとても硬く逞しく、そして秘やかな感じがした。だがその顔立ち は、整いきった美しい顔をしていて、鼻も顎も頬も完璧なラインを描き、だがその中の神秘的な透けた瞳は強い意志が籠もりその癖…とても頼もしくて優しい印 象を醸し出していた。
彼の全身から漂う人外の者の“気"が、彼を包み込んで護り、そして周囲の者へ庇護するように時に、流れる。
特別な男。カリスマ。
どれも彼を言い表すには、不十分な気がした。
その黒く細かで艶やかな巻き毛はだが、「左の王家」の男が持つ特有の激しい気性を感じさせ、けれど剥き出しのレッツァディンと違い、良く洗練され抑えられて内に秘められ、だが時に表面に吹き出し、それが彼の穏やかさを突き破る時、どきどきする程の男らしさを爆発させる。
アイリスは間近に彼を見つめつくづく、自分が女に産まれなくて良かった。と思った。
きっと惹きつけられ、彼を自分一人の物に出来はしないと、悲嘆の涙に暮れた事だろう。
だがこんな感想を持つ事も、彼の中に居る『光の国』の『光竜』はお見通しだろうけれど。
肩を支えるように抱かれて、室内へと促される。
「かなり、痛みは引いたようだ」
その、良く通る低い、耳をくすぐるような男らしい声音。
アイリスは吐息を吐いた。
「アンリッシュは勿論貴方の取り巻きが出来れば、私を決して取り巻いたりはしなかったでしょうね?」
そう言ったのは彼の声が耳元で響いた途端、それをずっとうんと近くで聞き続けて彼を独り占めしたい。と思った幾人もの男女の気持ちが、理解出来たから。
隣でローフィスが肩をすくめた。
「フテる気持ちも解るが、アンリッシュの気持ちが少しでも理解出来るなら、お前を取り巻く女達の気の毒さにも少しは気を、配ってやる事だ」
ディアスはローフィスの言う通りだ。と言うように、隣でくすくす笑う。
アイリスはバツが悪そうに、俯いた。
オーガスタスは馬から飛び降りるギュンターに視線を振り、背後に立つと背に手を添える。
ギュンターはとうとう一つ年上の悪友を見上げて首を振る。
「まだ護送中か?」
オーガスタスが笑い、ギュンターは顔をしかめた。
ディングレーが呆然。と立っているのに二人は気づき、ついその視線の先を見る。
アイリスがディアヴォロスに抱きつくようにして馬から降り、甘えるように顔を傾けて微笑を浮かべる様がそこにあって、二人は固まるディングレーの背を見てやれやれ。と顔を見合わせ、首を横に振り合った。
居間に通され、その手のこんだ高価な建具にさすが王族。
とギュンターが内心の吐息を隠し、そっと首を回し覗う。
義弟シェイルを挟んでディアヴォロスと付き合いのあるローフィスは初めてでは無いようで、どっか!と金糸の縫い込まれた布張りの豪奢な長椅子に腰を降ろして腕を背もたれに乗せる。
ディアス(※ディアヴォロスの愛称)はまだ、アイリスに気遣う視線を振り、肩を支えた手を解きアイリスを一人がけの椅子に座らせた。
つい、オーガスタスもギュンターも揃ってディングレーの様子を伺うが、ディングレーは一つ吐息を吐くと、近くの椅子に静かに腰掛けた。
「アイリス。君は暫く休んでいきなさい」
ディアヴォロスが椅子に掛けるなりの発言につい、ディングレー、オーガスタス、ギュンターは揃ってアイリスの様子を伺うが、アイリスはディアスを見つめて素直に一つ、頷いた。
ローフィスがつい、三人の様子に呆けて視線を送る。
ディアス(ディアヴォロスの愛称)は顔を上げるとギュンターを見つめる。
「君もそうすべきだが…聞かないだろうな?」
オーガスタスとディングレーに見つめられ、ギュンターは吐息混じりにぼそり。と言う。
「大した事は無いからな」
ディアスはやせ我慢だと知ってはいたが、アイリスに気遣いを見せ、平気なふりをするギュンターに付き合った。
「…だがシュランゴン酒がある。
たっぷり振る舞うから、皆で飲んで行くといい」
オーガスタスとローフィスは滅多に名前すら聞かないその超高級酒の名に、驚愕に目を見開いたが、ギュンターはディアヴォロスの微笑に『お見通しだな』と吐息を吐くと、ぶっきら棒に言った。
「…そう言われちゃ、残って賞味するしか無いだろう?」
ディアスはくすくすと愉快そうに笑った。
「配属の件だが…アイリス。
君の隊は、ラーゼンホークを。
ディングレー。君はドッドルシュテンを。
ギュンター。君の所はキムディクと、アーベルシュテンだ」
アイリスもローフィスも…そしてギュンターでさえ、人の心を読んだようなその采配に、目を見開きディアスを見つめる。
そして…改めて彼の中の『光竜』の偉大さを知った。
「…何だ?」
ディングレーが長椅子のローフィスに顔を傾ける。
「ドッドルシュテンは無口な、実直な男だ。
キレると半端なく暴れるが。
多分お前とは上手くやれるだろう」
ローフィスに言われ、シャーネンクの隊員達の横を通り過ぎた時見た、一人の男を思い出した。
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ディングレーはディアヴォロスの不思議を良く知っていたから、一つ了承した。と頷くと、ギュンターを見つめる。
「お前の所も、そうか?」
ギュンターは俯くと
「キムディクは小柄だがはしっこい。
アーベルシュテンは目端の利く頭の回る男で、こっちの目線だけで察する。
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アイリスもつぶやく。
「ラーゼンホークは戦闘でただ一人、略奪をしなかった男で…仲間に嫌われている」
オーガスタスがつぶやく。
「お前、略奪を止めようとして仲間に殴られてた奴を、庇ったろう?」
ギュンターも思い出して吐息混じりに言った。
「あの時も奴が殴られてる真っ最中に飛び込んでたな!
お前、飛び込み癖を何とかしろ!」
アイリスはギュンターに向くと、真っ直ぐな濃紺の瞳を向け静かに怒鳴る。
「君の時は拳が降って来るとは思わなかった!」
ローフィスがジロリ。とギュンターを見る。
「なだめる間がある。と奴は思ってたから、飛び込んだ途端腹に突き刺さってて、さぞかしびっくりしたろうな」
アイリスは唇を噛むと顔を怒りにしかめ、低く唸る。
「腹に喰らった瞬間、かっと腹が立った。
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ギュンターは、頷く。
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アイリスも頷くと言った。
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それ故自分の方が罪が重い。と言わんばかりの口調で、オーガスタスがじっと聞いているディアヴォロスをチラリと見たがつぶやく。
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だって殴られた怒りで理性どころか意識が一瞬、飛んでたんだろう?」
アイリスはオーガスタスを見、ためらうように呻く。
「まあ………そうだけど」
ギュンターは思いきり顔を下げた。
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アイリスも顔を下げる。
「…認めたくないけれど、そうだ」
オーガスタスもローフィスも顔を、見合わせた。
ディングレーがそっと聞く。
「…初めてキレたのか?」
ローフィスが顎をアイリスにしゃくってぶっきら棒につぶやく。
「な訳無いだろう?
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オーガスタスもくすくす笑う。
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ディングレーとギュンターが同時に顔を上げて異論を唱えた。
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ディングレーが低く怒鳴ると、ギュンターも。
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つまり…つまりローランデは自分から俺に抱きついたりしないしその…彼の方から口づけたりもしない。だから…」
アイリスはつい目を丸くしてギュンターの表情を覗き込む。
「ローランデが婦人のようだったら。と叶わぬ夢を追っていたのか?」
ギュンターは手を振り上げ…つぶやく。
「酒をしこたま飲んで、酔ってたしな」
ディングレーはとうとう、顎に手をやり、その哀れなギュンターから思い切り顔を背けたし、ローフィスは顔を深く下げて、やっぱり深い吐息を長く、吐き出した。
だがディアヴォロスがそっと言った。
「彼は君が、自分が原因でムストレス派の挑発にむきに成って乗り、危険な目に合い続けて常に心配で胸が張り裂け、心に大きな負担を負っている。
故郷で休ませてやるべきだ。
それ位の気遣いは、彼を本当に愛しているなら出来る筈だ。
違うか?」
ディアヴォロスにそう言われ、その神秘的な瞳に見つめられたもののギュンターはやっぱり項垂れた。
「そう…解ってても…………。
とても辛い」
ディングレーはついディアヴォロスに注進した。
「こいつは北領地[シェンダー・ラーデン]地方護衛連隊に空きが無いか、真剣に考えている」
ディアヴォロスは一つ、頷くが彼は低い声ではっきりと言った。
「近衛では特別には思われない。
戦闘中は皆、男の“夜付き人"と夜を過ごすので。
が、北領地[シェンダー・ラーデン]で抱かれる男は最早“男”では無い。
北領地[シェンダー・ラーデン]の最高身分である大公子息のローランデを、侮蔑に塗れさせ、地に落としたいのか?」
ギュンターは深く項垂れ、髪を両手で掻きむしった。
そして落胆した声でつぶやく。
「例え北領地[シェンダー・ラーデン]の地方護衛連隊に空きがあっても俺に、行くな。と?」
ディアヴォロスは頷くとささやく。
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護衛連隊となればローランデはその長だ。
長が“男”で無ければその地位を、味方の筈の男達に毟り取られる」
ギュンターはローランデが、教練を卒業した18の時北領地[シェンダー・ラーデン]地方護衛連隊へ進む事を怖がっていたのを思い出した。
きっと…それを恐れていたのだ。
ローランデはまだ若く、自分を十分制御出来ず…ましてや自分ですらそうだったから…地方護衛連隊の男達に“男”だと認めて貰えず父の期待に応える事が出来ずに、失墜するのを。
アイリスがそっと言った。
「…始めから叶わぬ相手だと…思い切れないのか?」
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「でも彼女は私と居ると幸せそうに微笑む。
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「彼らが心配しているのは、その生気が彼女の瞳から消えるのはもう、間もなくだと知っているからだ。
そしてその時の君の落胆を、見たく無い。
君が若く、輝くばかりに美しい若者だから」
アイリスの首が垂れ、ついディングレーもギュンターも、ローフィスでさえもつい、そんなアイリスを驚愕の内に見つめた。
「君が自分の行動に、とても厳しいのはそのせいだし…若い自分を未熟と切って捨てるのもそのせいだ。が…彼女も彼女の御両親もとても君の事が好きだ。
輝くばかりの若さを持ち、明るい笑顔で彼女を包む君の事が、本当に好きだからこそ気遣ってる。
とても…残念なんだ。アイリス。彼女達は。
そんな君が自分達のせいで…暗く沈むのを見るのは」
アイリスは暫く、顔を上げなかった。ずっと…その濃い手入れの良く行き届いた艶やかな栗毛に顔を、埋もれさせていた。
が…顔を上げた時、皆がはっ!とする程の決意の表情を見せた。
「…お分かりでしょう?
私は最後迄演じられる。
大丈夫な自分を。
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必ず」
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だがディアスは警告した。
「…逃げ道を一つくらいは用意すべきだ。
煮詰まったら私の元に来なさい」
ディアヴォロスに悲しげな瞳で見つめられ、『千里眼』と呼ばれるその男の言葉にアイリスは一瞬、唇を震わせたが言った。
「どうかお願いです。
私が貴方を訪ねるような事態を迎えなくて済むよう、祈っててはくれませんか?」
ディアヴォロスはゆっくり頷き、微笑を浮かべて言った。
「勿論、そうしよう」
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