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一触即発の隊長会議

会議後

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 会議の後、アイリスはディングレーと共にローフィスに呼び出された。
ローフィスは議場から続々と退出を始める隊長らを横目に、そっとまだ呆けたように椅子に座るギュンターに視線をくべて、二人に告げる。

「この後、アモーレス婦人宅で舞踏会がある。
ギュンターを連れ出してくれないか?」
ディングレーが目を丸くして唸る。
「憂さ晴らしさせようって腹か?」

ローフィスは一つ、頷くと
「いくら煮詰まってる奴でも、ご婦人に拳は振るえないし…」
ローフィスの心づもりが解って、アイリスは頷く。
「舞踏会にギュンターが顔を出せば必ずどこかの女性に掴まって、ついでにそっちの方も発散出来るから一石二鳥って事か?
でもローフィス。
私が出ると、やっぱりどこかの女性に掴まると思う」

ローフィスとディングレーが揃ってそう言ったアイリスに、振り向く。
どこの華やかな場でもギュンター。そしてアイリスが顔を出すとそこに居る女性の視線を一斉に集め、彼女らにあっと言う間に二人が取り囲まれる光景を、ローフィスは一瞬にして思い出す。

忘れていた。とばかりローフィスは俯き、前髪に手をやり、そして振り向くと、言葉を待つアイリスにその真っ直ぐな青の瞳を向ける。
「…お前の事だ。どうせ、やり用があるんだろう?」
アイリスは肩をすくめる。
「まあね。でも君は、来ないのか?」
「辞職の事務手続きでちょっと野暮用があって、遅れる」

言った途端、ディングレーが胸を、撫で下ろす。
「来るんだな?」
ローフィスが咄嗟に怒鳴る。
「保護者付きじゃなきゃ、舞踏会にも気軽に顔も出せない癖をいい加減、何とかしろ!」

アイリスはつい、黒髪の王族を見つめた。
ディングレーがその視線に怒鳴る。
「何だ!」
「………だって………ローフィスが居ないとその………。
舞踏会も一人で、出られないのか?」

ローフィスが、ディングレーに顎をしゃくる。
「奴は王族だ。
玉の輿狙いのハゲタカ女の、上手い断り方もロクに実践出来ない」
アイリスはローフィスに一つ、頷くと言った。
「君が仕込んでも、駄目なのか?」
ディングレーは相変わらずのアイリスの言い回しに憮然。とした表情で耳を傾ける。

ローフィスは見上げる程自分より背の高い、年下の美男に内情を言い含める。
「教えたって、いざとなればかっか頭に来てロクにしゃべれやしない。毎度の事だ。
ご婦人相手じゃ殴れないから、怒鳴りそうになって自分を抑えてるだけで精一杯だ。
お陰で、二人でつるんでるとそれでなくとも近衛の男だからとあらぬ嫌疑をかけられ、不愉快なんだ!
でも付き添い無しで奴は舞踏会なんて、出ないし。
この先舞踏会に奴を引っ張り出さなきゃならない事態に成ったら、お前が俺に代わって付き添ってやれ!」

ディングレーは凄く、不満そうにローフィスを見たが、ローフィスは意見を引っ込める気は、無さそうだった。

アイリスはディングレーに睨まれ、困惑してローフィスにささやく。
「でも………。
舞踏会にディングレーと一緒に出たら、私に押し寄せて来る女性の半数は彼に、喰らい付くと思う」

ディングレーも目を剥いてローフィスに怒鳴る。
「アイリスの周囲がいつも女で埋まってるのを、忘れてるだろう?!」

ローフィスはとうとう折れた。
「…解った。この件はフィンスに頼もう」
アイリスはつい、ぼそり。と言った。
「ご婦人達は胸ときめく男前の王族が、以前は隊長と付き合ってたが今度は副隊長に乗り換えた。と扇の影でささやきを交わすんだろうな」

途端、ローフィスもディングレーもが揃って目を剥く。
アイリスはそっと言った。
「…今度は、睨んでるって解ってる」

ディングレーは途端に、激しく怒鳴る。
「当たり前だ!
お前はちゃんと婦人らに、俺達の間には何も無いと誤解を晴らせ!」

アイリスは不満そうに、その自分よりほんの少しだけ背の低い、頑健な肩の黒髪の男前を見つめる。
「でもいつも舞踏会でローフィスとひっついてるんなら…。
誤解を解くのは凄く、難しいんじゃないのか?」

ディングレーが咄嗟に怒鳴る。
「ひっついてない!」

だがローフィスが顔を下げて俯く。
「確かに、ディングレーは今迄一度も舞踏会で女の腕を取った事が無い」
だろ?とアイリスに同意を促すように見つめられ、ディングレーが怒鳴った。
「無いもんは、無いんだ!
誤解する方がおかしい!」

「君、世間の見解が解ってないだろう?
誤解しない方がおかしい。って状況なのにどうして、気づかないんだ?」
ディングレーはまだ、断固として異論を唱えた。
「だって奴と、寝て無いんだぞ!
どうしてそれで誤解する!!!」

ローフィスは項垂れきって顔に手を、当てていた。
「女には、理屈があって無いようなもんだって、解らないのか?」
アイリスがつい、二つ年上の男前の王族を見つめ、つぶやく。
「だって…君、凄くモテるだろう?
で、どうして全然女性と関係を持たないのか、理解出来ない」

ローフィスがぼそり。と言う。
「身分が高すぎて、迂闊に遊べないんだ」
アイリスが異論を唱える。
「私にだって、ハゲタカ女は寄って来るぞ?」

ローフィスは顔を上げると、ディングレーには劣るもののやはり身分の高い大貴族のアイリスを見つめ、つぶやく。
「訂正する。
不器用だから、遊びたくても出来ない」

ディングレーがとうとう、沸騰した。
「悪かったな!!!」

アイリスがつい、興味をそそられて尋ねる。
「戦闘の時は“夜付き人"が居るから解るけど、それ以外はどうしてるんだ?
まさか…………」

ローフィスもディングレーも揃ってアイリスを、見た。
二人が黙って言葉を待っているので、アイリスは仕方無しに声を潜めてつぶやく。

「…自分で、抜いてるのか?」
ローフィスは顔を思い切り背けると、怒りに顔が歪み言葉も出ずに拳を震わせるディングレーに代わって、言った。
「ちゃんと執事に安全な女を、宛がわれてる」

アイリスはたっぷり頷いた。
「…やっぱり保護者が、必要なんだな?」
ローフィスは咄嗟に振り上げようとしたディングレーの拳を握ると、アイリスに慌てて怒鳴った。

「口のきき方を考えろ!
それで無くともムストレス派の連中でさえもお前を殴りたがってるのに!
味方に迄、殴られたいのか?!」

そう言った途端ローフィスの背後をフォルデモルドが、アイリスにたっぷり
『仕返しはするぞ!』
と背筋の震える笑みを注ぎながら通り過ぎて行った。

ディングレーはそれに気づき、ローフィスの手を拳を振って払い退け唸る。
「奴の気持ちが、凄く解る!」
ローフィスは、頷くとディングレーに言った。
「だがアイリスは味方だ」
ディングレーは悔しそうに唇を、噛んだ。

「…アイリスを殴りたい気持ちは俺にも解る」
いきなりギュンターが、ローフィスの背後から顔を覗かせつぶやく。
ディングレーが途端、忌々しそうにアイリスに視線を送ったまま頷くと
「やっぱりか?」
と言い、ギュンターは同意して、首を大きく縦に振った。

ローフィスが疲れ切って呻く。
「意見が揃って、良かったな。
だが味方内で喧嘩は御法度だ。
もし二人共アイリスを殴ったら、ムストレス派を喜ばせるだけだと肝に銘じとけ!」

アイリスはだが、ぼそりとつぶやく。
「拳を握った瞬間、二人共忘れるに決まってる」

ディングレーとギュンターが途端、ぎっ!と目を剥き、ローフィスがアイリスの肩を揺れる程強く握り、言った。
「口を、開くな。頼むからもう、それ以上」

アイリスは疲れ切るローフィスの為に、仕方無しに頷いた。


     
 舞踏会へと向かう馬上で、三騎横一列に並ぶ中、右端のアイリスはやっぱり中央で手綱を繰るディングレーに視線を注ぎ、つぶやく。

「…君、執事に宛がわれた女性で本当に、満足してるのか?」
ディングレーはジロリ…!と話題を蒸し返すアイリスに、がなった。
「どうしてそんな事が聞きたい?」

アイリスは俯くと、そっとささやく。
「だって君、凄く…その、旺盛だろう?」

ディングレーは一つ、大きく吐息を吐くとぼやく。
「お前らみたいに取っ替えひっかえ女を渡り歩く神経が、理解出来ない。
その上お前ら、寄って来る美青年達迄相手してるじゃないか。
よくそれで身が持つな?数を口にしてみろ。
星の数ほど居るんだろう?どうせ。
そっちの方が、俺は信じられない」

アイリスはそっとディングレーの向こうのギュンターを見たが、ギュンターも自分の方を覗っていて、ついアイリスがささやく。

「向こうから差し出してくれるものは、毒で無い限りありがたく頂いてるだけだ。
あっちにとっては親切だろう?
君は相手の親切は、受け取らないのか?」

ディングレーは詭弁だな。とアイリスを見、つい左横のギュンターに振り向く。
「お前も同意見なのか?」

ギュンターは項垂れて顔を揺らすと、ぼそり。とつぶやく。
「ローランデが…俺の相手をしきれないから余所で発散しろと言うから、俺も自棄(やけ)に成って他の相手とする」

アイリスがつい、口を挟む。
「それは…相手にとって失礼だろう?」
ギュンターは項垂れたまま大きく吐息を吐くと
「…だから、恋人には成れないぞ。と毎回相手に念を押す。
それでもいい。と言うから、付き合ってるだけだ」

ディングレーとアイリスはつい、しおれきったギュンターの様子に顔を見合わす。
「…切れたんだろう?ローランデとは実質?」
アイリスが言うと、ギュンターはがっくり肩を落とすと、掠れた小声で答える。
「…北領地[シェンダー・ラーデン]に居るんだ。
滅多に会えないし、あっちに恋人を作られたら最後だ」

その、どの場でも一二を争う颯爽とした美貌のモテ男の、げっそりと青冷めた顔をディングレーはつい凝視したし、アイリスは吐息を吐く。
「でも君は山程相手が寄って来る。
きっとまたいい出会いがあるだろうし、ローランデの方もそれを望んでる」

それを聞いたギュンターがもう背中迄丸めて項垂れきっていて、ディングレーはアイリスにぼそり。とささやいた。
「傷口に、塩だぞ」
アイリスは頷くと

「だけどちゃんとその事を認識しといた方が。
派手に痛む傷ほど、治りが早いと言うし。
希望が無いのにいつ迄も諦めないのは、最悪だろう?だって。
彼程の美男だ。彼に惚れ込む相手は君が言った通り、星の数程居る。その中から直ぐ又、好きになる相手に出会えるに決まってる」

ギュンターが咄嗟に反撃した。
「惚れた腫れたに、顔が関係あるか。
相手が星の数程居ようが…ローランデはただ一人で、そのただ一人の相手に去られちゃ、どれ程名乗りを上げる相手が居ようが関係無い!」

「…奴の、言う通りだ」
思わず同意するディングレーに、アイリスは眉間を寄せて首を横に、振る。
そしてディングレーに馬を寄せると思い切り声を、潜めてささやく。

「いい機会なんだ。
ローランデだってもういい加減ギュンターから解き放たれて一人前の男として立派な家庭を築きたいだろうし。
彼がローランデに惚れ込んで一方的に押しまくっていたんだから、ギュンターさえローランデを思い切れば万事全てが上手く行く。
君も協力して、ギュンターが真っ当な相手と恋愛するよう持って行ってくれないと。
それで無くともローランデはギュンターに惚れ込まれるわ、ムストレス派からはギュンターを痛めつける恰好の材料としてちょっかいかけ続けられるわ。で大変な目に合ってる。
当のギュンターは奴らを相手に常に喧嘩のし通しで、果ては准将迄殴り倒して処罰を受け最前線に送られ続け、こっちはいつ彼が命を落とさないか、はらはらのし通しだったろう?
オーガスタスはギュンターを庇い続け、戦闘では常に助っ人に駆け付け、そのオーガスタスのフォローを、私やローフィスがどれだけ大変な思いでして来たか、知ってる…筈じゃないのか?
それとも…君はそれに気づかず、ローフィスに任せっきりでただ、戦闘では思い切り暴れ、じゃない時は王族としてふんぞり返っていただけなのか?
…違うだろう?」

ディングレーは憮然。と唸った。
「だが惚れちまったもんは仕方無いだろう?
あの、どの相手にも素っ気ない奴があんなに熱く成ってんだ。
ぼんくらな俺にさえ『マジで惚れてんだな』って、解る程だぞ?」

「…君はギュンター側か?
ローランデがどれ程困っていても知らんぷりか?」
ディングレーは突っ込まれて、思い切り言い淀む。
「まあそりゃ…。
体格はいいと言えなくとも、俺にすら勝つ程の凄腕の剣士だ。
ギュンターに惚れ込まれて女のように抱かれるのは、気の毒としか言い用は無いが」
言ってディングレーはだが、アイリスに思い切り顔を寄せるとささやく。
「…だがギュンターはあの通り、星の数を虜にするだけの魅力ある男だから、結局ローランデもその魅力に抗えなかったんだろう?
奴らの問題だ。違うか?」

アイリスは一つ頷くと、言った。
「君がローランデの立場なら?」

ディングレーの眉間が、思い切り寄った。
「…俺を女のように抱きたい。と思う男に、出会った事が無いのに、奴の気持ちなんか解る筈無いだろう?!」

アイリスは思わず突っ込んだ。
「でもギュンターが魅力的だと、解ってるんだな?」
「そりゃ、いつもどこでも女に取り囲まれてるからな」

アイリスの視線が思い切り疑惑に満ちる。
「でもギュンターが魅力的だと思ってるんだろう?
…君、もし自分がギュンターに抱かれたら。とかって秘かに想像してないよな?」

一瞬にしてディングレーの形相が凄まじく成り、アイリスはつい、ごくりと喉を鳴らす。
「…アイリス。言葉に気を付けないと命を落とすぞ!」
だがアイリスは尋ねた。
「どうして?」
「それは俺を侮辱した言葉だからだ」
「…想像してないか。と尋ねるのが?」

ディングレーは解らない相手に言い含める。
「もしギュンターが俺を口説いて来たら、その場で剣を抜いて奴を斬り殺すぞ!
俺なら!」

アイリスは、解った。と頷いた。
想像どころかチラと頭の片隅を掠っただけで、嫌悪の塊に成るらしい。

隣のギュンターが俯いたまま、ぼそり。とつぶやく。
「確かに俺も許容範囲は広いが、ディングレーを口説く程悪趣味じゃないから安心しろ」
ディングレーは思い切り頷き、手綱を繰った。
「それが利口だ。
…それより明日、久しぶりにディアヴォロスに報告する為、隊長らで集まるんだろう?」

アイリスがつい、聞きそうに成った。
ギュンターで無く、ディアヴォロスに口説かれたら乗るか。と。ディングレーに。
でもディングレーが真剣にぴりぴりしていて、止めた。

「ローフィスの辞職の事と…彼が抜けた後の、対策についてだと思う」
ディングレーはおもむろに頷いた。
ギュンターが途端、一つ大きなため息を付き、ディングレーとアイリスはつい、顔を見合わせた。

ディアヴォロス派隊長だけで集まるその場にギュンターはいつも、やはり隊長だったローランデと並んで出席していたし、そんな時彼はローランデを隣に迎え、幸せの絶頂のような微笑を湛えてローランデを見つめていたからだ。
だが今度の集まりに、そのローランデの姿は無い。

「…協力しよう」
生気が抜けたように俯くギュンターの姿を目に、思わずディングレーがぼそり。と言った。
アイリスが顔を、向ける。
「やっぱり君でも、ギュンターが気の毒に見えるのか?」
ディングレーがたっぷり頷くと
「いつも颯爽としてる奴の、あんな姿は見るに耐えない」

アイリスは、ようやく笑った。
「それに関しては全く、同意見だ!」

そして二騎は拍車と共に駆け出し、ギュンターは気乗りしない様子でその後を、追った。



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