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レイファスの見解
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園遊会の招待を受けたその日、レイファスは紫のレースがいっぱい付いたふりふりの衣服を着て、自室の椅子にかけていた。
扉が開いて乳母が顔を出し、その場で首を横に数度振って部屋へは入らず、戸を、静かに閉めた。
レイファスは俯き、大きな溜息を吐き出した。
椅子からお尻を滑り落とし、衣装戸棚へ駆け寄る。
そしてふりふり紫レースの衣装を脱ぐと、とても質素な服を、隠していた衣装戸棚の奥から引っ張り出して着替え、そっ…と窓を開けて乗り出し、窓の下の通路を伝って一番端迄来る。
その少し下に伺い見える鶏小屋の屋根へと降り、段々になってる屋根を降りて、一番低い肥料置き場の屋根の上から地上に、飛び降りた。
そのまま…領地囲む塀を伝い、茂みの後ろの塀の裂け目を潜り抜け、草がびっしり生える坂を下ってると、背後から愛犬ローダーが駆けて来る。
レイファスは笑って振り向くと、自分より大きなその優しい黄金の毛皮の犬の背をなぜ、一緒にその下の小さな小川へと駆ける。
両手で水掬い、顔にかけて土を顔になすりつけて汚し、先を歩き振り向くローダーに続いて小川を駆け抜け、草生える坂をずっと下り続けて村の近く迄走ると、草原で集ってる村の子供達見つけ、叫んだ。
「ぼくも入れて!」
余所の村の子が遊びに来たと、その村の子達は笑ったけど、ローダーを見つけて目を見開く。
「お屋敷の犬?」
即座にレイファスが叫ぶ。
「僕、仲良しなんだ!」
皆が珍しげに寄って来て、取り囲む。
ローダーは一人の子に頭をなぜられて、尻尾振ってた。
一人がそっと告げる。
「丁度、鬼ごっこしてた」
別の快活な子が、笑ってレイファスに叫ぶ。
「お前が鬼だ!」
それを合図に一斉に散って行く子供達を、レイファスはローダーと一緒に、笑って追いかけ始めた………。
日が暮れた夕方、小川で顔の泥落とし、塀を潜り鶏小屋の横の肥料小屋に辿り着くと、ローダーに別れを言う。
ローダーは解っていて、下働きの土間に通じる犬用の出入り口の方へ、夕暮れのオレンジの陽の中、尻尾をふりふり歩き行く。
ローダーはうんとレイファスより年上。
今日も、危なっかしいチビの安全を守れた。
と…満足しての帰還に違いない。
レイファスは心の中でその犬の姿をした、勇ましくて優しい騎士に
『(お疲れ様)』を告げて、低い肥料小屋の屋根によじ登る。
段々に高い屋根を登り、窓の下の細い通路によじ登って、自室の開け放たれた窓の下に辿り着く。
窓から室内に入ると、汚れて質素な服脱ぎ捨て、丸めて衣装戸棚の奥に隠す。
いつも内緒で洗濯してくれる、女中のリンネに手渡す為に。
鏡台に寄って顔の残ってる汚れを、鏡台前に置かれた手洗い用の陶器から水を掬って落とし、横に置かれてる布で拭く。
…そして紫レースのふりふりの衣服を再び着けると、走り回ってすっかり減った、鳴る腹をなだめながら扉を開けた。
夕飯の食卓に、アリシャが着いていた。
とても…しょげきって。
室内に入ってくるレイファスを見つめ、泣き濡れた青紫の瞳向け、囁く。
「…まだ………着ていたの?」
レイファスは泣き腫らしたアリシャの赤い瞳と、気遣うように並んで横の椅子にかけ、アリシャを見つめるカレアスを、交互に眺める。
カレアスが、慰めるようにアリシャにそっと囁く。
「…次はきっと…熱を出さずに行けるさ」
アリシャが、首を横に振る。
「もう…三度目なのよ?
ラフライン婦人ももう呆れて…きっと、招待状をくれないわ!」
レイファスが、その後取り乱し切るアリシャと、おろおろするカレアスの予想が付いたから、口開く。
「熱は、下がったの?」
「だってそれ程、高い熱じゃないんですもの!」
カレアスが心配げに囁く。
「けど、無理したらその後が…。
寝込むのは、嫌だろう?」
「やっとレイファスと一緒に…出かけられると思ったのに!!!」
カレアスとレイファスは咄嗟目を、見交わせた。
アリシャは可愛らしいレイファスが大層自慢で、皆にレイファスを見せびらかしたいんだ。
と二人共が、分かっていたので。
毎度の事だけど、招待に出かけられないアリシャに、カレアスが囁く。
「じゃここで園遊会を開いて、皆を招こう」
やっぱり、アリシャは一辺に頬をりんご色に、染めて目を輝かせる。
「まあ…!
じゃ…たくさん珍しい料理を用意していい?
腕のいい出張コックが居るって、リフレン婦人にお聞きしたの!
園遊会でひっぱりだこだそうよ!
レイファスの衣装も…もっとたくさん、用意しなくちゃ!!!」
レイファスはカレアスを、見た。
カレアスは滅多な事で贅沢はしない。
けどアリシャに送る宝石やドレスや、珍しい料理には、うんとお金を使う。
自分自身は殆ど衣服すら新調せず、うんと古い着古した服を毎日着てるのに。
以前、カレアスに聞いたことがある。
「カレアスは、お金が無いの?」
カレアスは俯いて言った。
「お金は…それなりにはある。
けど…君やアリシャの先の為にうんと…必要だし、作物が不作の時に備えて蓄えておかないと、領民がひもじい思いをする。
お金は、使ったら無くなるんだ。レイファス。
でも作り出すには、大変苦労する」
後にレイファスは、アイリス伯父さんから聞いた。
カレアスは実は、うんとお金持ちだって。
けど…アイリス伯父さんは、優しい声でこうも言った。
「カレアスの領地はとても広いし、領民もたくさん居る。
もし作物が全部駄目になったら、領民の食事を用意するのにとてもたくさんお金が必要なんだ。
きっとその時の為に自分の贅沢には使わないで、取ってあるんだろう?
…カレアスはとても、立派な領主だ」
アイリス伯父さんは濃紺の煌めく夜空のような瞳をしていて、穏やかで優しい口調で、濃い栗毛のくねる髪を長く伸ばしていて背がとても高くて立派で、“気品”とかがあって美男で大好きだったけど、重体だったアリシャが元気になった途端
「レイファスに良くない影響を与えるから」
と言われ…あまり、来なくなった。
来たとしても、乳母に部屋に居るよう言われて、会わせて貰えなくなった。
カレアスに不満を漏らしたら、アイリス伯父さんが帰る時、領地の門の脇の小屋でこっそり、引き合わせてくれた。
カレアスに
「どうしてこんなに、こそこそするの?」
と聞いたけれど………。
カレアスは口ごもり、当のアイリス伯父さんは、やっぱり素晴らしい微笑を零し、穏やかに言った。
「君の母君のアリシャの、体に障るから。
彼女が熱を出して寝込むのは…君だって嫌だろう?」
レイファスの頭の中は疑問符だらけだったけれど、とても綺麗な顔傾けられてアイリス伯父さんにそう言われたら…。
『解った』
と答えるしか無い。
その後レイファスは、アイリス伯父さんの言った事が解った。
アリシャに直接
「アイリス伯父さんに会いたい」
と言ったら、アリシャは一辺に顔を真っ赤にして怒り出し、きーきー理解不能な言葉を喚き、終いに熱を出して、本当に寝込んでしまったからだ………。
カレアスに、寝台に横たわるアリシャがやっと穏やかな寝息立てて眠る様子を見て安堵の吐息吐かれ、レイファスは俯いた。
カレアスは、言わなかった。
『もう二度と、アリシャの前でアイリス伯父さんに会いたいって言うな』とは。
けれどレイファスは実際もう二度と“会いたい”と、アリシャに言わなかった。
でもレイファスはどうして“会いたい”って言うとアリシャが怒り出すのか、解らなかったから…大叔父様(アリシャの母の弟で大公)の、凄く立派なエルベスが珍しく訪問した時、アリシャに内緒でこっそり尋ねた。
エルベスはアイリス伯父様にとても良く似ていて、やっぱり濃紺の瞳で濃い栗毛の長い髪をしていたけれど、アイリス伯父様より男らしくて近寄りがたかった。
けれど話しかけると、長身の背をうんと屈め、優しい表情で聞いてくれる。
最も聞いた途端、とても困った表情になって言った。
「…つまり…アリシャはアイリスが恋人に、女性だけで無く男性も居ると思っているから」
レイファスは、びっくりした。
「アイリス伯父さんは、僕も恋人にすると思ってるの?
アリシャって」
エルベス大叔父さんは、肩を竦めた。
「我々男にとっては凄く理解不能な事も、女性は軽々想像するものだから…。
男にとってはその、著しく現実からかけ離れた彼女達の妄想に毎度大層振り回されて苦労するけれど、その苦労が“楽しい”と思える女性は妻に迎えることが出来る。と判断材料に出来るし、女性達に
『そんな非常識な妄想はしないように』
と告げても、治るものじゃないから」
レイファスはそれを聞いて、眉が変な風に寄った。
「…だから…“我々男”は、言いたい事やしたい事を我慢するの?」
エルベスは困ったように、肩傾けて囁く。
「だって…結局アリシャは熱を出して、カレアスは心配でおろおろして…とても、困っただろう?」
レイファスは顔を上げる。
大層立派な大公の大叔父、エルベスもとても困っていて、レイファスも項垂れて頷いた。
「………そうだね」
そこ迄思い出し、カレアスがアリシャの機嫌を取るように、園遊会に招く客の名を次々上げたり、仕立て屋や宝石商を呼ぶ話を盛大にしてアリシャをうんと楽しい妄想の中へと追い立てるのを見て、レイファスは食卓へ、フォークを置いた。
正直、自宅で開く園遊会は最悪だった。
一点鐘が鳴る毎に、服を着替えさせられる。
どの衣装もレースやフリルでいっぱいで、少し動き回るだけで汚れたり破けたりする。
袖のレースが一度、小枝に引っかかって派手に大きく裂けて、まあいいか。
とアリシャの前に出た途端、アリシャに金切り声で叫ばれて以来…レイファスはレースとフリルに、それは気を遣うようになった。
色とりどりのその、道化のような服。
誕生会に一度道化が呼ばれてその、派手でごてごてした衣装を見て以来、レイファスは自分が園遊会で、“招待主の息子”だから道化をしてるんだ。
と我慢し続けた。
けど、忙しく服を着替え、思い切り動き回れず、お客に女の子と毎度間違われ
“愛らしいわ”
“何て可愛らしい!”
と女の子を褒める形容詞を聞かせられ続けてるにも関わらず、ずっと大人しくお行儀良く、にこにこし続けてると気が狂いそうになったから、カレアスに不満をぶつけた。
以来、カレアスは園遊会の翌日、遠い領地に遊びに連れて行ってくれて、どれだけ汚してもいい服で一日中農家の子達と暴れ回り、農家の女将さんの美味しい手作り料理を、好きなだけ食べさせてくれるようになった。
だから…アリシャが
「レイファスの服にはいっぱい宝石を縫い付けるわ!
レイファスももう、四つになったんだから!
フリルやレースは抑えて、少し大人っぽくしなくちゃね!」
と叫んだ時レイファスの脳裏には、縫い込まれた宝石が一個外れて落ちて無くしただけで卒倒する、アリシャが思い浮かび、いつもよりもっと慎重に、衣服に気をつけなきゃならない。
と気を引き締めた。
そのレイファスに気づいたカレアスは頻りに
『次の日には領地で思い切り、遊べる』
と目くばせしていて、ようやくキレそうになる気持ちを、レイファスは抑え込んだ。
扉が開いて乳母が顔を出し、その場で首を横に数度振って部屋へは入らず、戸を、静かに閉めた。
レイファスは俯き、大きな溜息を吐き出した。
椅子からお尻を滑り落とし、衣装戸棚へ駆け寄る。
そしてふりふり紫レースの衣装を脱ぐと、とても質素な服を、隠していた衣装戸棚の奥から引っ張り出して着替え、そっ…と窓を開けて乗り出し、窓の下の通路を伝って一番端迄来る。
その少し下に伺い見える鶏小屋の屋根へと降り、段々になってる屋根を降りて、一番低い肥料置き場の屋根の上から地上に、飛び降りた。
そのまま…領地囲む塀を伝い、茂みの後ろの塀の裂け目を潜り抜け、草がびっしり生える坂を下ってると、背後から愛犬ローダーが駆けて来る。
レイファスは笑って振り向くと、自分より大きなその優しい黄金の毛皮の犬の背をなぜ、一緒にその下の小さな小川へと駆ける。
両手で水掬い、顔にかけて土を顔になすりつけて汚し、先を歩き振り向くローダーに続いて小川を駆け抜け、草生える坂をずっと下り続けて村の近く迄走ると、草原で集ってる村の子供達見つけ、叫んだ。
「ぼくも入れて!」
余所の村の子が遊びに来たと、その村の子達は笑ったけど、ローダーを見つけて目を見開く。
「お屋敷の犬?」
即座にレイファスが叫ぶ。
「僕、仲良しなんだ!」
皆が珍しげに寄って来て、取り囲む。
ローダーは一人の子に頭をなぜられて、尻尾振ってた。
一人がそっと告げる。
「丁度、鬼ごっこしてた」
別の快活な子が、笑ってレイファスに叫ぶ。
「お前が鬼だ!」
それを合図に一斉に散って行く子供達を、レイファスはローダーと一緒に、笑って追いかけ始めた………。
日が暮れた夕方、小川で顔の泥落とし、塀を潜り鶏小屋の横の肥料小屋に辿り着くと、ローダーに別れを言う。
ローダーは解っていて、下働きの土間に通じる犬用の出入り口の方へ、夕暮れのオレンジの陽の中、尻尾をふりふり歩き行く。
ローダーはうんとレイファスより年上。
今日も、危なっかしいチビの安全を守れた。
と…満足しての帰還に違いない。
レイファスは心の中でその犬の姿をした、勇ましくて優しい騎士に
『(お疲れ様)』を告げて、低い肥料小屋の屋根によじ登る。
段々に高い屋根を登り、窓の下の細い通路によじ登って、自室の開け放たれた窓の下に辿り着く。
窓から室内に入ると、汚れて質素な服脱ぎ捨て、丸めて衣装戸棚の奥に隠す。
いつも内緒で洗濯してくれる、女中のリンネに手渡す為に。
鏡台に寄って顔の残ってる汚れを、鏡台前に置かれた手洗い用の陶器から水を掬って落とし、横に置かれてる布で拭く。
…そして紫レースのふりふりの衣服を再び着けると、走り回ってすっかり減った、鳴る腹をなだめながら扉を開けた。
夕飯の食卓に、アリシャが着いていた。
とても…しょげきって。
室内に入ってくるレイファスを見つめ、泣き濡れた青紫の瞳向け、囁く。
「…まだ………着ていたの?」
レイファスは泣き腫らしたアリシャの赤い瞳と、気遣うように並んで横の椅子にかけ、アリシャを見つめるカレアスを、交互に眺める。
カレアスが、慰めるようにアリシャにそっと囁く。
「…次はきっと…熱を出さずに行けるさ」
アリシャが、首を横に振る。
「もう…三度目なのよ?
ラフライン婦人ももう呆れて…きっと、招待状をくれないわ!」
レイファスが、その後取り乱し切るアリシャと、おろおろするカレアスの予想が付いたから、口開く。
「熱は、下がったの?」
「だってそれ程、高い熱じゃないんですもの!」
カレアスが心配げに囁く。
「けど、無理したらその後が…。
寝込むのは、嫌だろう?」
「やっとレイファスと一緒に…出かけられると思ったのに!!!」
カレアスとレイファスは咄嗟目を、見交わせた。
アリシャは可愛らしいレイファスが大層自慢で、皆にレイファスを見せびらかしたいんだ。
と二人共が、分かっていたので。
毎度の事だけど、招待に出かけられないアリシャに、カレアスが囁く。
「じゃここで園遊会を開いて、皆を招こう」
やっぱり、アリシャは一辺に頬をりんご色に、染めて目を輝かせる。
「まあ…!
じゃ…たくさん珍しい料理を用意していい?
腕のいい出張コックが居るって、リフレン婦人にお聞きしたの!
園遊会でひっぱりだこだそうよ!
レイファスの衣装も…もっとたくさん、用意しなくちゃ!!!」
レイファスはカレアスを、見た。
カレアスは滅多な事で贅沢はしない。
けどアリシャに送る宝石やドレスや、珍しい料理には、うんとお金を使う。
自分自身は殆ど衣服すら新調せず、うんと古い着古した服を毎日着てるのに。
以前、カレアスに聞いたことがある。
「カレアスは、お金が無いの?」
カレアスは俯いて言った。
「お金は…それなりにはある。
けど…君やアリシャの先の為にうんと…必要だし、作物が不作の時に備えて蓄えておかないと、領民がひもじい思いをする。
お金は、使ったら無くなるんだ。レイファス。
でも作り出すには、大変苦労する」
後にレイファスは、アイリス伯父さんから聞いた。
カレアスは実は、うんとお金持ちだって。
けど…アイリス伯父さんは、優しい声でこうも言った。
「カレアスの領地はとても広いし、領民もたくさん居る。
もし作物が全部駄目になったら、領民の食事を用意するのにとてもたくさんお金が必要なんだ。
きっとその時の為に自分の贅沢には使わないで、取ってあるんだろう?
…カレアスはとても、立派な領主だ」
アイリス伯父さんは濃紺の煌めく夜空のような瞳をしていて、穏やかで優しい口調で、濃い栗毛のくねる髪を長く伸ばしていて背がとても高くて立派で、“気品”とかがあって美男で大好きだったけど、重体だったアリシャが元気になった途端
「レイファスに良くない影響を与えるから」
と言われ…あまり、来なくなった。
来たとしても、乳母に部屋に居るよう言われて、会わせて貰えなくなった。
カレアスに不満を漏らしたら、アイリス伯父さんが帰る時、領地の門の脇の小屋でこっそり、引き合わせてくれた。
カレアスに
「どうしてこんなに、こそこそするの?」
と聞いたけれど………。
カレアスは口ごもり、当のアイリス伯父さんは、やっぱり素晴らしい微笑を零し、穏やかに言った。
「君の母君のアリシャの、体に障るから。
彼女が熱を出して寝込むのは…君だって嫌だろう?」
レイファスの頭の中は疑問符だらけだったけれど、とても綺麗な顔傾けられてアイリス伯父さんにそう言われたら…。
『解った』
と答えるしか無い。
その後レイファスは、アイリス伯父さんの言った事が解った。
アリシャに直接
「アイリス伯父さんに会いたい」
と言ったら、アリシャは一辺に顔を真っ赤にして怒り出し、きーきー理解不能な言葉を喚き、終いに熱を出して、本当に寝込んでしまったからだ………。
カレアスに、寝台に横たわるアリシャがやっと穏やかな寝息立てて眠る様子を見て安堵の吐息吐かれ、レイファスは俯いた。
カレアスは、言わなかった。
『もう二度と、アリシャの前でアイリス伯父さんに会いたいって言うな』とは。
けれどレイファスは実際もう二度と“会いたい”と、アリシャに言わなかった。
でもレイファスはどうして“会いたい”って言うとアリシャが怒り出すのか、解らなかったから…大叔父様(アリシャの母の弟で大公)の、凄く立派なエルベスが珍しく訪問した時、アリシャに内緒でこっそり尋ねた。
エルベスはアイリス伯父様にとても良く似ていて、やっぱり濃紺の瞳で濃い栗毛の長い髪をしていたけれど、アイリス伯父様より男らしくて近寄りがたかった。
けれど話しかけると、長身の背をうんと屈め、優しい表情で聞いてくれる。
最も聞いた途端、とても困った表情になって言った。
「…つまり…アリシャはアイリスが恋人に、女性だけで無く男性も居ると思っているから」
レイファスは、びっくりした。
「アイリス伯父さんは、僕も恋人にすると思ってるの?
アリシャって」
エルベス大叔父さんは、肩を竦めた。
「我々男にとっては凄く理解不能な事も、女性は軽々想像するものだから…。
男にとってはその、著しく現実からかけ離れた彼女達の妄想に毎度大層振り回されて苦労するけれど、その苦労が“楽しい”と思える女性は妻に迎えることが出来る。と判断材料に出来るし、女性達に
『そんな非常識な妄想はしないように』
と告げても、治るものじゃないから」
レイファスはそれを聞いて、眉が変な風に寄った。
「…だから…“我々男”は、言いたい事やしたい事を我慢するの?」
エルベスは困ったように、肩傾けて囁く。
「だって…結局アリシャは熱を出して、カレアスは心配でおろおろして…とても、困っただろう?」
レイファスは顔を上げる。
大層立派な大公の大叔父、エルベスもとても困っていて、レイファスも項垂れて頷いた。
「………そうだね」
そこ迄思い出し、カレアスがアリシャの機嫌を取るように、園遊会に招く客の名を次々上げたり、仕立て屋や宝石商を呼ぶ話を盛大にしてアリシャをうんと楽しい妄想の中へと追い立てるのを見て、レイファスは食卓へ、フォークを置いた。
正直、自宅で開く園遊会は最悪だった。
一点鐘が鳴る毎に、服を着替えさせられる。
どの衣装もレースやフリルでいっぱいで、少し動き回るだけで汚れたり破けたりする。
袖のレースが一度、小枝に引っかかって派手に大きく裂けて、まあいいか。
とアリシャの前に出た途端、アリシャに金切り声で叫ばれて以来…レイファスはレースとフリルに、それは気を遣うようになった。
色とりどりのその、道化のような服。
誕生会に一度道化が呼ばれてその、派手でごてごてした衣装を見て以来、レイファスは自分が園遊会で、“招待主の息子”だから道化をしてるんだ。
と我慢し続けた。
けど、忙しく服を着替え、思い切り動き回れず、お客に女の子と毎度間違われ
“愛らしいわ”
“何て可愛らしい!”
と女の子を褒める形容詞を聞かせられ続けてるにも関わらず、ずっと大人しくお行儀良く、にこにこし続けてると気が狂いそうになったから、カレアスに不満をぶつけた。
以来、カレアスは園遊会の翌日、遠い領地に遊びに連れて行ってくれて、どれだけ汚してもいい服で一日中農家の子達と暴れ回り、農家の女将さんの美味しい手作り料理を、好きなだけ食べさせてくれるようになった。
だから…アリシャが
「レイファスの服にはいっぱい宝石を縫い付けるわ!
レイファスももう、四つになったんだから!
フリルやレースは抑えて、少し大人っぽくしなくちゃね!」
と叫んだ時レイファスの脳裏には、縫い込まれた宝石が一個外れて落ちて無くしただけで卒倒する、アリシャが思い浮かび、いつもよりもっと慎重に、衣服に気をつけなきゃならない。
と気を引き締めた。
そのレイファスに気づいたカレアスは頻りに
『次の日には領地で思い切り、遊べる』
と目くばせしていて、ようやくキレそうになる気持ちを、レイファスは抑え込んだ。
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