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10 逆転する明暗
決着
しおりを挟むカン…!
カンカン…!
エルベスとアドラフレンはもう、かかって来る男らと、派手に剣を交えていた。
母のエラインが飛び出すのを見て、アイリスも剣を抜く。
エルベスの横から、隙を見て斬りかかろうとした男に、剣を振り切る。
大公母ですら、剣を抜いて華麗に斬りかかっていく。
ニーシャは思わず、嬉々として剣を振る、妹エライン。
そしてやっぱり楽しそうな、母。
隙無く剣を使う、凄い使い手に育った、弟大公。
それに憎い程余裕な剣捌きの、アドラフレン。
更にエルベス、アドラフレンよりは小柄に見える、甥のアイリスの、華麗で見事な剣捌き。
を見つめ…襲い来る男らが倍の数いても、自分の出番が、あるかどうかを、腕組みして伺っていた。
ふいに…背後から殺気を感じ、振り向き真上から振り下ろされた剣を、手にした剣を振って、弾き返す。
カンっ!
剣を弾かれた相手は…短く髪を切った…ゼフィス!
「あら。
お出ましにならないかも。
と思ったけど…。
やっぱり、不意打ちに来たわね」
カン!
「…いい家の御姫様が!
剣なんて構えても、怪我するだけなんだよ!」
ゼフィスは剣を、思いっきり振って来る。
ニーシャは軽く弾くと、ついゼフィスに囁く。
「…つまり私に殺されても…文句は無い訳ね?」
「出来るもんか!
銀髪のウイッグなんて付けて!
護衛まで連れてくる、甘ちゃんが!
お前こそ、私に殺されるんだよ!」
しゃっ!
ざっ!
ゼフィスは叫んだ途端、腕を斬り裂かれ…白いシャツが切れて血が滲み、目を見開いてニーシャを見る。
ニーシャは落ち着いた口調で告げる。
「…振りが、大きいのよ…。
貴方の一振りで。
私は二度剣が振れる。
どっちが優れてる?
…私よ」
ざっっ!
ニーシャの、鋭い剣が脇に飛んで、ゼフィスは片目つぶって、後ろに飛んで逃げる。
が、決死で剣を振り切った。
「ぐっっっつ!」
振って開いた胸元に。
ニーシャの剣が、鋭く突き刺さった。
「…さようなら。
最後まで、卑怯だったわね」
ゼフィスは口の端から血を滴らせ…目を剥いて、そう囁くニーシャを睨み付け…。
吹き出す血の、胸を左手で押さえ、剣を振ろうとしてヨロめき………。
そして足を絡め、広場の石畳の上に、崩れ落ちて突っ伏した。
しばらくは肩を波打たせ…次第に鎮まりそして…動かなく成る。
ニーシャが、つま先で突っ伏すゼフィスの、顔を横に動かす。
目を見開いたまま…事切れていた。
「さて…と!」
ニーシャは剣先を石畳に付け、垂直に立たせ、柄の上に手を乗せて、戦う皆を見つめる。
エルベスが前後の敵に挟まれながら、後ろ。
前の順に、見事な剣捌きで斬り殺し、屈めた身を起こす。
アドラフレンは逃げ出す男の背に、脇差しを投げつけ、倒していた。
アイリスは横に剣を振り切って、最後の敵を倒し。
大公母とエラインは、向かい合って真ん中にいる男一人に、二人交互に剣を浴びせ、倒していて…………。
皆、戦い終えて、弾む息を吐きつつ、次第に立てた剣の柄に、手を乗せて見つめる、ニーシャに振り向く。
「後の死体の処理は、アドラフレン。
貴方に任せるわ。
首謀者は私が倒したから」
「あらその死体。
もしかして、ゼフィスなの?」
大公母は、近寄って覗き込む。
エラインも寄ると、囁く。
「髪を切り、変装して…逃げるつもりだったのね?
何でニーシャを呼び出したりしたのかしら」
その時、石畳に靴音が響く。
皆一斉に振り向く中、その男は両手を上げ、慌てて叫ぶ。
「武器は、持ってない!」
皆が見つめる中、その男はニーシャの前に倒れてる、ゼフィスの死体を見て、顔を歪めた。
「…やっぱり…。
だからロスフォール大公の、言葉は聞くなと…。
そう、言ったのに…!」
「ロスフォール大公の命令だったの?」
ニーシャの問いかけに…現れた男、ロッドナットは頷く。
「…俺の所に大公から、使者が来て…。
馴染みの酒場に出かけてみたら…たまたまゼフィスがいたから………。
だが俺は、使者の伝言を伝えなかった。
けど結局、俺の後を付けてきたロスフォール大公の使者は…ゼフィスに大公の言付けを告げ…。
“ニーシャを殺せば…匿い命を助けてやる”
その言葉を。
大勢のごろつきがゼフィスと合流し…けど俺は…………。
ごろつき共の、平気で人を殺せそうな雰囲気が怖くて………。
後を付けるのが、精一杯。
男らに囲まれたゼフィスに…“止めろ”とも“逃げろ”とも………。
………結局、言えなかった」
そこまで言って、その場に立ってる皆が全て…ロスフォール大公の、敵ばかりと気づき、ロッドナットは苦く、笑う。
「あんたらには…とんでも無い女だったろう…。
が俺と…貧乏を共にしてた時は割と…可愛い女だったよ。
…ロスフォール大公に近づいた時…あの時、ゼフィスは多分、終わってた。
エルベス大公家のニーシャと常に比較され続け…ゼフィスはむきになって、身分高いゲス男と、寝まくった…。
ロスフォール大公に、取り入るために。
取り憑かれたように。
大公が見せる、褒美の宝石に目が眩んで。
…俺も、言えたガラじゃ無い。
俺だって…宝石を褒美に見せられたら…かなり汚いことも、平気でやる」
「だが剣を使い、人は殺さない」
アドラフレンの言葉に、ロッドナットは顔を上げ…その端正な貴公子を見つめ、頷く。
「俺の出来るのは、せいぜい舞踏会で、こっそり盗む程度。
…頼まれて、嘘の噂を吹聴して回ったり…浮気現場の覗きくらい………。
それでも、何とかやっていけた。
ゼフィスだって…………。
そう出来た筈なのにな」
アドラフレンは一つ、吐息を吐く。
そして俯くと、小さな革袋を、ロッドナットの前に投げた。
かん!
見つめるロッドナットに囁く。
「それで…葬式を、出してやれ」
ロッドナットは…涙ぐんで頷き、そっと屈んで、金貨の入った革袋を拾う。
そして顔を上げ、アドラフレンに告げた。
「本当に…ロスフォール大公に会う前のゼフィスは…あんな…冷たい女なんかじゃ、無かった」
アドラフレンは、頷く。
けれどニーシャは、ロッドナットに囁く。
「それでも、選べたはずだわ。
ロスフォール大公では無く、貴方を」
ロッドナットは涙ぐんで頷き…そして、涙を頬に、滴らせて言った。
「だが俺も…小悪党………。
そんな程度の…男だからな…」
大公母は、しっかりとした口調で言い放った。
「自分を卑下するのは、おやめなさい。
その、程度なんでしょう?
生きるため。
でも人は殺さない…。
それはとても、大切な事よ」
ロッドナットはそう言った、エルベス大公母を見た。
エラインも告げる。
「私たちの為に働く気があれば。
私を頼って来ても、いいわ」
ニーシャは、鮮やかに笑った。
「けど、裏切りは許さなくてよ?」
ロッドナットは、目を見開く。
「だって…。
大公は…俺みたいな男、雇いたがらないだろう?」
そう言って、素晴らしい貴公子の、エルベス大公を見つめる。
エルベスは皆に見つめられ、俯くと囁く。
「姉が雇うと言った以上。
私は口を、挟まない」
けれどアイリスが、補足する。
「事実は口を、挟みたくても挟めない。
母や伯母達は…自分の雇う相手を、しっかり管理して、その能力を最大限に引き出し、使うのが得意だから」
エルベスは、頷く。
「雇われるなら、覚悟が要る。
ロスフォール大公のような…人でなしの命は出さない代わりに。
自分の能力を出し惜しみすると、容赦無く罵り倒されるから」
ニーシャは笑って、剣を持ち上げる。
「経験者だから。
切実よね?」
そう言って、馬車に向かって歩き出す。
「あら。
だって能力があるのに。
手抜きなんてしたら、罵られて当然じゃ無くて?」
エラインもそう呟いて、姉の後を追う。
「覗きや盗みが得意なら…幾らでも使い道はあるけど。
でもどれだけ長けてるかよね。
でも安心して。
我が家には、幾らでも教えられる、仲間がいるから」
大公母も、ロッドナットに微笑を向けた後、娘達の後を追って、馬車に乗り込む。
エルベス大公は、アドラフレンとアイリスに両横から促され、ロッドナットに振り向いて告げる。
「もう、雇う気でいる。
彼女達、人情モノに弱いから。
但し徹底的に、鍛えられるから。
覚悟した方が良い」
アイリスが、長身のエルベスを見上げる。
「けどウチで鍛えられれば。
ウチを離れても、他でこぞって雇いたいと言われる程…凄腕になれるでしょう?」
アドラフレンは、アイリスの言葉に微笑む。
「そんな相手を。
敵方に雇われたら、我々が困る」
アイリスは肩を竦めた。
「じゃ雇った後、逃げられないようにしないと」
エルベスも、笑う。
「まあご婦人達は。
大抵の男を抱き込む方法を、幾らでもご存じだからね」
ロッドナットはその言葉を聞き…そして、一台…また一台と、彼らが乗り込んだ馬車が、遠ざかって行く光景を見つめた。
そして、石畳に横たわるゼフィスを見る。
そっと横に屈むと、見開いた目を閉じさせ…そして、抱き上げて歩き出した。
間もなく、騎兵の制服を着た男達が十数人。
ごろつきの死体に駆け寄り、持ち上げて、荷馬車に乗せ始めた。
けれど、ゼフィスの遺体を抱いて歩く、ロッドナットは………。
呼び止められる、事は無かった。
数日後、エラインは侍従から“エライン様に職を貰えると言われた”と告げる男の来訪を告げられ、客間にその男を迎えた。
その男、ロッドナットは恐縮して、エラインの笑顔から顔を、下げて言った。
「罵り倒されても…無体な命令を頼まれなければ耐えられると…決心が付いたので」
エラインは、笑った。
「貴方に向いてる仕事をちゃんと、宛がうから。
精一杯、努めて頂くわ」
ロッドナットは頷いたものの、やっぱり顔が上げられず…エラインに、笑われた。
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