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9 復活を果たすエルベス大公家とギュンター

レスルの鮮やかな奪還、そしてエルベス大公の約束

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 大公家の書斎で。
エルベスはレスルからの使者を背後に迎え、奪われた荷を納める予定の、倉の記された地図を、机の上から取り上げて振り向く。

「襲撃地から、左程遠くない所に4カ所。
…でももし、本当に返って来るなら。
返って来た後、荷の振り分けも考えないといけないな…」

エルベス大公の、独り言のような呟きを聞いて。
使者は、ジロッと大公を睨み
「本当に!
戻って来ます!」
と小声で怒鳴ると、大公の手から、地図を半ばひったくった。

戸口で帽子をちょいと上げて挨拶に代え、背を向け消えるレスルの使者を見送ると、エルベス大公は椅子に座り、ベルを鳴らす。

侍従が顔を出す。
エルベスは顔を上げて、尋ねた。
「母とエライン姉様は?」
「御公母は念のためと、護衛を出荷予定の領地に割り振っています。
エライン様は領地周りで。
まだお帰りになりません」

エルベスは、顔を下げた。

「ま。
本当に倉に荷が、戻ったと知らせが届いてからでも。
連絡は遅くは無いか…」

侍従はそれを聞いて、こっそり顔を下げた。
「(どうやらご主人様は、ご自身の雇った者を信用してない御様子だ…)
下がっても、よろしいですか?」

エルベスに頷かれ、侍従は部屋を、後にした。




 レスルの部下らは、総勢40名。
木陰に身を隠し、奪われた荷が隠されているロスフォール大公隠し屋敷の、倉の門を伺う。

やがて、門が開く。
その門を開けた…既に先に潜り込んでいた仲間が、手招きする。
レスルの部下らはそれを合図に。
一斉に飛び出し、中へと駆け込んだ。

素早く二人が、倉の大きな木製の扉の、両側から。
重い扉を上に持ち上げ、開け放つと。
他は一斉に倉の中へ、駆け込んだ。

一人が体の大きな農耕馬に、荷車の木製連結を取り付け。
馬に乗って、倉の前に荷馬車を置く。

次々に荷を担ぐ男らが、荷馬車に荷を運び込み、また倉へと、駆け戻って行く。

「おっ…と!」

足元の、酒瓶を片手に床に伸びてる、睡眠薬の入った酒をかっくらって、だらしなく寝入ってる見張りに、部下の一人は足を引っかけそうになって。
慌てて足を、引き上げた。

「…踏んで、起こすな」
隣の男に言われ、頷くと。
見張りを避けて、奥の樽を持ち上げ、肩に担ぎ。
再び荷馬車へと走る。

次々に荷を積み、満杯になると。
馬車は移動し、次の一台が倉の前に止まる。

一台にかかる時間は、せいぜい10分程度。
6台の荷馬車は満杯の荷を乗せて、エルベス大公に渡された地図の、一番近い場所に向けて、駆け出した。

残る男らは、馬に飛び乗る。
数名は、荷馬車に乗り込む男らの、乗り手を無くした馬の手綱を引き、後に続かせ。
土煙を蹴立てて一斉に駆け出すと、空になった倉を、後にした。

荷馬車の乗り手以外の男らは、直ぐ次のロスフォール大公、隠し倉へと向かう。
そこでも既に、酒に睡眠薬を山程盛って、見張りを全て眠らせた密偵が。
仲間を迎え入れるために、門を開ける。

彼らは一斉に馬で駆け込むと。
倉の扉を開ける者。
馬に荷馬車を繋ぐ者。
荷馬車を倉の前に移動させる者。

そして、倉に駆け込み、荷を一斉に、運び出す者らが連携し。
1カ所で一点鐘もかからぬ早業で。

倉の中身を空にした。

二組で4カ所を回る予定で、1カ所を空にすると直ぐ次の隠し倉へと駆け出す。

それぞれの倉は、かなり離れていたので。
倉を空にするより、移動に時間がかかった。

第一組が、最後の倉へ駆け込む前。
倉からやって来る、大公の使者と護衛に鉢合わせする。

護衛は背後の門が開くのを、振り向き見て、叫ぶ。
「謀ったな!
お前、敵の手先だったのか!」

ざっっっ!
叫んだ途端、投げ縄が飛んで来て。
輪になった縄は、両手を脇にして、一括りで胴に喰い込む。
引っ張られて落馬し、どすん!と大きな音を立てて、落ちた。

使者はその横を通り過ぎようとして、前をレスル部下に阻まれる。

「ひっ!
抵抗しません!絶対、しない!
だから助けて!」

両手を挙げて降参する使者に、近くの男は馬から下りて使者の馬に乗り込むと。
両手を下げさせ、後ろ手で、縛り上げた。

縄でぐるぐる巻きにされ、道の端に転がされた護衛と使者は。
半点鐘程度そのままで放置され。
間もなく、荷馬車が横を、凄まじい勢いで、一台。二台…と走り抜け。
轢かれまいと、慌てて芋虫のように。
這って道の、うんと端へと逃げた。

やっと。
荷馬車が途切れたと思ったら、その後凄まじい早さで。
彼らを縛り上げた男達の、乗った馬が駆け抜ける。

「ひっ!」
使者は更に道の端へと、身をいざらせる。
が、護衛は怒鳴った。
「このまま!捨て置く気か?!」

最後尾の男が、その返答のように。
カン!
と、短剣を。
縛られた護衛らの居る、道の反対側の木に。
突き刺して走り去る。

「こら!
どうやってあれを取れという気だ!!!」

護衛は怒り狂ってそう叫ぶ。
が、通り去った最後尾の男は、振り向き、ちょいと帽子を持ち上げ、笑顔を向ける。

「ふざけやがって!!!」

怒鳴るが…。
こんなへんぴな田舎道は、誰も通らない。

使者は後ろ手で縛られたまま、座り込んで呻く。
「…誰も、来ませんね…」
「だから、隠れ家なんだ!」

護衛の男は、短剣の刺さった木の前で、ぴょんぴょん飛んで。
短剣の柄に、身をブツけ。
何とか、落とそうとして…。
更に短剣を木に、喰い込ませながらも怒鳴り返した。

それを見た使者は、絶望的な気分で。
俯ききって、顔を下げた。



 エルベス大公指定の4カ所の隠し屋敷に。
荷が、山と積まれた荷馬車を運び込み。
エルベス大公に、報告に走る男に、別の男が忠告する。

「絶対値切らないと、約束を取り付けるのを、忘れるな」
彼は馬に乗りかけて、問う。
「ニーシャが、確約したんじゃ無いのか?」
「…大公からの言葉で、やっと確約だ」

男は帽子を下げて、顔を俯けた。


 
 レスルの部下…使者を務める男が、エルベス大公家に着くと。
広大で美しい大公邸庭園は、ごった返していた。

前後に、騎乗した護衛らが門の前で名乗り。
使者も彼らと一緒に中に入る。

けれど入れ替わりに、馬を蹴立てて門から出て行く男ら。
騎乗して庭園を駆け抜け、大公邸へ向かって走る男らが雑多に入り乱れ。
使者は何事かと、いぶかった。

が、玄関階段を上がり
「レスルからの伝言です」
と伝えると、直ぐ侍従に、他の者らとは別の場所…エルベス大公、書斎へと通された。

「…荷の奪還に…」
戸口で言いかけると、エルベス大公はくるりと使者に振り向き、即座に言った。
「知ってる。
倉から既に、連絡が入ってるから。
で、君たち荷馬車は運んでくれたけど、荷おろしはしてくれないから。
今、母が大量に雇った、仕事にあぶれてる護衛らを、荷おろしに派遣してるんだ。
流石、レスル。
君たちの働きには大変、感謝してる」

使者は言葉を全て奪われ、口を開いたまま大公の言葉が、途切れるのを待った。
が、やっと言った。

「…ニーシャ様から…」
「ああ、“値切るな”?
聞いてる。
エスレッタ地域の倉に、半分の賃金を置いてある。
きっと今頃君の仲間が、受け取って運んでる最中だと思う。
残り半分は…最初の約束道理。
レスルから
“これで仕事は全て終わりです”
その言葉を聞いたら、残りの全額を支払う。
次にウチが滅びかける、大事が起こった際、また手助けして欲しいから。
ビタ一文、値切らない。
…これで…安心して、仲間の元に、帰れるかな?」

エルベス大公の笑顔に、使者はにっこり微笑むと、帽子を軽く持ち上げて、挨拶に代えた。
「帽子を取って報告する間も、ありませんでしたね」

「横の部屋で、飲み物でも飲んで行ってくれ。
ここにいきなり呼び出され、今から倉に出向く護衛らも、混じってるから。
落ち着かないかもしれないが」

大公の言葉に、使者は笑った。
「いえ。
報告を、待たれてるので。
このまま帰って、仲間と飲みます」

エルベス大公は、横にいた侍従に頷く。

「何人いるか、分からないけど。
あまり多くても、単騎じゃ運べないだろう?」

侍従は、小ぶりの樽を手で指して、頷く。
「お運びいたします」

「お気遣い、どうも」

エルベス大公は使者の返事に、少し、言い淀む。
「母は君らを全員招待して、食事をご馳走したいと思ってるんだが…」

使者は、笑った。
「値切られない。
それが最高の朗報で、どんなご馳走にも勝る褒美だと。
御公母に、伝言願えますか?」

エルベス大公は、にっこり笑った。
「勿論」
「では」

使者は、さっ…と部屋を後にし。
侍従は樽を担ぎ上げて、後に続いた。



 ロスフォール大公の倉の、睡眠薬を盛られた男らは、丸一日眠りこけ。
縛られた使者と護衛は。
その夜、遅くまで。

木に刺さった短剣を落とすことが出来ず…。

結局、ロスフォール大公が荷を、全て奪い返されたと知ったのは。

…その、翌日のことだった。

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