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8 失墜するゼフィスとロスフォール大公

敗北するゼフィス

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 ゼフィスはつかつかと靴音を鳴らして廊下を歩きながら、周囲に居る影の一族の臣下達に、文句を言い続ける。

「サスベスは今日、どうして門まで私を迎えに来ないの?
来訪を告げる使者は昨日、ここを訪問したはずでしょ?

…それにエルベス大公の領地の出荷馬車の!
襲撃停止を命じたのは、一体誰?!
ロスフォール大公と約束した、私の顔を潰す気なの?!

誰からも返答が無ければ、どういう事なのかはサスベスに直接、説明して貰いますからね!!!
彼に怒られるのは、あんた達なのよ!!!」

臣下の一人が、まるで女王然と振る舞う、挑発的なドレスを着た余所者の美女を苦く見つめ…けれど丁寧な言葉で告げる。

「新しい侍従見習いに、現在サスベス様は夢中で…。
ロスフォール大公の使者は、一切取り次ぐなと。
ですから当然、襲撃命令も、出ていない訳で…」

ゼフィスは、きっ!と、そう告げるゴツくて体格の良い臣下を、その美しい顔で睨み付ける。

「…誰なの!
その侍従見習いとやらは!」
「…アリスと言う名の…。
侍従の、知り合いで。
サスベス様が、少しでも見目麗しい少年を。
とのご所望に、我々の方も外界とのツテが無く…。
誘拐計画を立てていたところ、その男が気を利かせて申し出てくれまして…」

ゼフィスがその説明に、臣下の顔を睨めつけ、低い声で尋ねる。
「…サスベスが夢中になる…そんなに美しい、少年なの?」

ゼフィスはこの閉ざされた城の中で、美しさは金や宝石の如くに価値がある。
と知っていた。
が。

「…けれどどれだけ美しくても、所詮は少年。
本物の、女には敵わない。
私がそれを、思い出させてあげなくてはね。
サスベスは寝室?」

深く頭を垂れる臣下を見て、ゼフィスは廊下を、サスベスの寝室のある右に曲がった。

ノックもせずに扉を開ける。
室内では寝台の上で、薄衣を付けたサスベスが、乞うように向かいに座る青年を見つめていた。

青年はゼフィスから背を向けていて…ゼフィスは内心、思った。
「(…美少年と言うから、どれだけ可憐な容姿かと思えば…。
結構、デカいじゃないの)」

ゼフィスはフン。と鼻を鳴らし、背を向けてる青年に命ずる。
「…もう、下がって良いわ。
私が来たから、あなたは用無し」

青年が振り向いた時。
ゼフィスの頭に警告が鳴り響く。



「(…似てる…!
面立ちが、エルベス大公に…。
まさか…血縁の者?)」

けれど、動かない美青年に、ゼフィスは尚も冷たい言葉を投げかける。
「聞こえなかったの?!さっさと行きなさい!」

その時、青年が困った表情をし…。
サスベスが懇願した。
「止めるな…頼むから………」

ゼフィスは膝が震うのを感じた。
「(…まさか…まさかまさか…まさか………。
サスベスが、挿入されてるの?!)」

暫く事態が飲み込めなくて、頭の中でがんがん割れ鐘が鳴ってるように、ゼフィスは感じた。

「…続けたくとも…出来ません。
あの女性が、退出せよと私に命じていらっしゃるので………」

アイリスの、困惑した声音でサスベスは正気を僅かに取り戻し…アイリスが来る以前、自分が至上の女神とまで思った、ゼフィスがそこにいるのを見つけた。

「あの女には、何の権限も無い。
いい…から…。
ここで止めるな…」

切ない…喘ぎ混じりのサスベスの声。

ゼフィスは、何か言いかけた。
けれど、言葉は何も、出てこない。

「…出来ません…。
きっと私は、あの女性に酷い目に遭わされます」
「あの女にそんな事は、させはしない。
だがどうしても…女がいると続けられないと言うのなら………」

サスベスは寝台横のテーブルに乗った、ベルを持ち上げて鳴らす。

りんりんりん…。

その音色は、以前ゼフィスに取って勝利の音だった。
意のままに年若いサスベスを操り、自分の思い道理の命令を下す。

それが今、敗北の音色に変わろうとしていた。

扉が開き、臣下が頭を垂れてそこに居る。
「その女を摘まみ出せ」

サスベスの命令に、臣下は顔を上げる。
ゼフィスを見つめ、にやり。と笑いながら。
「喜んで」


ゼフィスは両脇を、ゴツい男達に掴まれ、さっき来た廊下を引きずられながら叫ぶ。
「嫌ぁぁぁぁっ!!!
嫌ーーーーーーっ!!!」

右腕を掴む男が、怒鳴りつける。
「喚くな。顔が綺麗でいい体のべっぴんさんよ!
あんたとことん、往生際が悪いな?!」

左側の男はにやにやして、細腕を思い切り引っ張りながら、ゼフィスに言葉を叩きつける。
「…教えてやるよ。
あのアリスって侍従見習いはな。
城下の女と少年らの、救いの神だ。
あいつが来てから一回も。
皆、無理矢理サスベス様に犯される心配が無い!」

「…あんたが来る以前。
サスベス様は、そんな無理強いは命じなかった!
だがあんたが、吹き込んだんだろう?!
自分が不在の際は、代理で楽しめって!!!」

「我らのサスベス様を、色情狂に変えちまいやがって!
この、魔女め!!!」

部下らに次々と言葉を投げつけられながら、強引に引きずられて。
とうとう、城の玄関までやって来る。
城中の臣下らが、周囲からその様子を見つめてた。

巨大な鉄の玄関扉を開けながら、男はゼフィスを扉の外に放り投げて怒鳴る。
「…その上長年守られてた、外界勢力との提携はしないって掟も、継続出来るようになった!!!
片方を担ぐと、片方が敵に回る!!!
俺達はな、余計な都の陰謀に巻き込まれないことで、長年一族を守ってきたんだ!!!」

他の臣下達も玄関扉から、投げ出されて転がるゼフィスをなじる。
「二度と来るな!!!」
「妖女め!!!」
「どれだけの臣下が、酷い目に遭ったと思うんだ!
この、腐れ外道!!!」

ゼフィスは石畳の上で身を起こし、けれど最後の、呪いの言葉を吐いた。
「覚えておきな!!!
サスベスが再び私を恋しがって!!!
城に戻るよう、私の元へ使者が来た時!!!
私はサスベスに、あんたら一人残らず処刑するよう、耳打ちしてやる!!!
処刑される寸前で、私への暴言を悔いても、遅いんだよ!!!」

けれどその時。
女中の一人が城から出てきて石を拾い、呪いの言葉を吐き続ける、ゼフィスに投げつける。

ひゅっ!
かんっ!
「なにするの!!!
この…私に!
薄汚い女中ふぜいが!!!」

けれど次々と…ゼフィスの命令で、無理矢理サスベスの相手をさせられた女達は、城から出てくると、石を拾う。
…同様の、少年達も。

「出て行け!!!」
「二度と来るな!!!」
「魔女め!!!」
「おぞましい妖女!!!」

ひゅんっ!
ひゅんっ!!!
ひゅんひゅん!!!

石は次々と飛んで来て、ゼフィスは目を瞑り体のあちこちに石を浴び、痛さに顔をしかめ、慌てて這いつくばりながら、門へと進む。

門の前まで来ると立ち上がり、一気に門の外へと、駆け出した。

けれど石を投げる女と少年達は、後を追うように近づきながらも、石つぶてをゼフィスめがけ、投げ続ける…。

ゼフィスは転がるようにして…靴が脱げても裸足で、ドレスをたくしあげ、必死に逃げ出した。

ようやく、重い、鉄の門が背後で閉まる。
その向こうで逃げ出すゼフィスに、勝利の嘲笑が湧く。

「やったよ!!!魔女を追い払った!!!」
「あのみっともない姿を、見た?!」
「あたし、胸がすーーーってしたよ!!!」

きゃはははははははっ!!!

ゼフィスは強く膝と腰を打ち付け、体中に受けた、石つぶての痛みに喚きながら…。
嘲笑を聞き、内心呪いの言葉を吐き続け…。

何とか、痛む体を引きずりながら、決死で…揺れる吊り橋を渡りきって、崖の上で待つ、馬車に命からがら、辿り着いた。
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