上 下
52 / 101
7 逆転し始める優位

ラデュークの行方

しおりを挟む



 ラデュークは母親に、高価な薬草を飲ませ、馬車に乗せる。
自らが手綱を取り、女中の一人を母に付き添わせ、馬車を走らせた。

まるで、熱に浮かされてるみたいに。
現実感が薄い。

たった数刻前。
ロスフォール大公の為に影の一族の、アジトを探して走っていたのに。

今は母の為、西の聖地に向かってるなんて…!

空が白み、陽が昇り始め、夜が明けようとしていた。
街道に、ほぼ人気は無い。
ひた走ると背後から駒音。
単騎のようで、先を行かせようと、馬車を横に避ける。

横に並び付く馬をふと、見る。
騎乗した…乗り手がこちらを見、微笑んでいて…。

ラデュークは息を飲んだ。

縮れた背になびく、長い黒髪。
整いきった、高貴な顔立ち。

「(左将軍、ディアヴォロス…!)」



全身から醸し出す雰囲気は特別な感じがして、周囲を零れるような光が、彼をおおっているようにすら、見えた。

ラデュークは、問おうと思った。
が、先が二股に分かれた道を、左に行こうとして気づく。
ディアヴォロスが首を振り…右に誘う様子に。

誘われるように、ラデュークは馬車を。
気づくとディアヴォロスの後を追って、右の道へと走らせていた。

ディアヴォロスの背後を、導かれるまま走る。
不思議な…感覚だった。
言葉は無いのに、確かに。
誘われるまま馬車を走らせ…そして、聖地の横門…だろうか?

正式な正面門では無く、質素な通用門を潜る。

入る時、ビリ…!
と一瞬、体が痺れた。

ディアヴォロスが馬を止め、そして降りるから…。
ラデュークは御者席から降りて、そして…馬車の中へと乗り込む。

まだ若く…美しい母はけれど、とても青ざめていて…。
横の女中は、気遣うように寄り添い。
母は気が、朦朧としている様子に見えた。

好きな男がいたのに。
貧しくても…土地を耕す男の元に、嫁ぐはずだったのに…。

女中をしていた屋敷に遊びに来ていた「左の王家」の男に、無理矢理…!
手込めにされ、そして結婚は破談。

母は生まれたばかりの俺を抱え、どれ程の苦労をしたことか…!
幸い、たった一人の肉親の祖父が、母の面倒を見ていた。
けれど…病気にかかった母に、ロクに薬も与えられない、貧乏人………。

ラデュークはふと…顔を上げる。
母を抱きかかえ、馬車から降りた、その場所の先に。

ディアヴォロスとそして…真っ直ぐの銀髪で背のとても高い…神聖騎士が、そこに居た。

ディアヴォロスの周囲も、光で覆われてるように見えたのに。
神聖騎士の周囲は、白い光が取り巻いているように見えて…とても、おごそかに見える。

二人は微笑んでいて…。
背の高い、整いきった容姿の神聖騎士が、進んできて両手を差し出すから。
ラデュークはぐったりと青ざめた母を、神聖騎士に手渡した。

母は神聖騎士に抱きかかえられ、神聖騎士は母を抱いたまま、背を向ける。

ディアヴォロスが、横に来る。
「…心配要らない。
ここは光で満ちているから。
苦痛を感じている者は、苦痛から解き放たれて、安らかな眠りへと導かれる」

ディアヴォロスの手が、背に回る。
見上げるが、ディアヴォロスはとても、長身。
触れられた背に、不思議な…光のような…エネルギーが、自分に流れ込んできてる気がした。

ディアヴォロスは少し、悲しげな眼差しを向けた。

その時、ラデュークは感じた。

同じ…「左の王家」…。
同じ、黒髪。
同じ、青い瞳………。

「…母君は、君には言ってなかったろう。
が、君の父君は君の母親を、口説きはしたが、手込めにはしていない」

ラデュークは、がんっ!と頭を殴られたような衝撃を受けた。

「…君の父親は、私の叔父だ。
以前彼から、君の母君とのロマンスを聞いた。
私と…繋がってる光竜、ワーキュラスが教えてくれた。
その女性には子供が居ると。
けれど叔父はそれを、知らぬまま他界した。
君は、持ってるだろう?
叔父の指輪を。
彼は、誠意の証としてそれを君の母君に送った。
けれど君の母君には婚約者がいて、結婚の日取りも決まっていた。
叔父は君の母君が…自分を選んでくれるのを、待った。
『けれど彼女は、来なかった』
叔父がそう…悲しげに呟くのを私が聞いた時。
切なさに、涙が出る程だった」

ラデュークは顔を俯け…低く響き渡る、不思議なディアヴォロスの言葉を聞いていた。

「…結婚前、様子がおかしい君の母君に婚約者は問いただし…。
彼女は君がお腹にいることを告げた。
君は母君に直接、君の父親に『手込めにされ、強引に奪われた』と聞いたか?
君の住んでいる、村人らの言葉だろう?」

ラデュークは尚も顔を、下げたまま。

「…婚約者が、自分の体面の為に、言いふらした。
「左の王家」の男に、自分の妻となる女が無理矢理…奪われ。
妻となる女はその男の子供を産むつもりだから…婚約は、破談したのだと。
村人はそれを信じ…君は、王家の傲慢な男に弄ばれ捨てられた、哀れな女の子供として、蔑まれた」

ラデュークは咄嗟、顔を上げて叫んだ。
「どうして母は、あんたの叔父のところに行かなかったんだ?!
彼は母を…待ってたんだろう?!」

ディアヴォロスは心から悲しげに、ラデュークを見つめた。
「君の母君は心から、婚約者を愛していた。
だから叔父に一時、心を奪われ関係を持ったことを、恥じていた。
けれど自分に宿った…君を。
彼女は見捨てることが出来なかった」

ラデュークは泣いた。
自分さえ…生まれなかったら、母は愛する男と結婚し、幸せだったのだと知って。

「ラデューク、彼女は君を、愛おしんでいる。
誰が父親とかは関係無く。
君の存在が愛おしかったから…叔父も婚約者も捨てて、君を取った。
それは…分かってあげて欲しい」

ラデュークは項垂れたまま、泣いた。
このかた、泣いたことなど、ほぼ無いのに。
周囲に満ちる光のせいか、感情が、制御できなかった。

ただ、泣き続けて…背に触れる、ディアヴォロスの温かい手の平の感触を、感じていた…。


間もなく神聖騎士の宿舎に通され、椅子にかけると頭の中で声が響く。
“君の母君は体を休めてる。
治療は、体力が回復してから始める。
君も少し休んでくれ"

声が消えた途端。
ラデュークは意識を手放した。
光に包まれ、懐かしい土地の森の中。
母と笑顔で、花を摘んだ楽しかった思い出に包まれながら…。

ディアヴォロスは気絶したように椅子にぐったり身を預け、目を閉じ眠るラデュークを見つめ、立ち上がる。

発つと、誰にも告げていないのに、察したように頭の中で声が鳴り響く。

“後は、引き受ける”

ディアヴォロスは一つ、頷くと扉に足早に歩み寄り、庭に出ると馬に跨がる。
手綱を引いた時。
再び荘厳な声が。
頭の中で響いた。

“通じているとは思うが。
ワーキュラス殿に、お役に立てて光栄だと告げてくれると、ありがたい”

ディアヴォロスは心の中で頷く。
“私の方こそ改めて。
神聖騎士である貴方に傅かれるワーキュラスが、とても偉大だと。
思い知っているところです”

頭の中で神聖騎士の、にっこり微笑む笑顔が浮かぶ。
その瞬間、ディアヴォロスは拍車かけ、馬を一気に駆けさせた。




 アドラフレンは、官舎の庭に駆け込んで来るその一騎を見て、驚いた。
「ディアヴォロス!
君の訪問は珍しいな…!」

ディアヴォロスは微笑んで馬を下り、年上のいとこ、アドラフレンの前に進み出る。
「君に、礼が言いたくて。
君の友人を苦しめてる、ロスフォール大公の懐刀が「左の王家」の血を引く男だと。
教えてくれたろう?」

アドラフレンは先日の会見で、彼に話した言葉を思い返す。

「…価値のある情報だった?」

ディアヴォロスは笑う。
「とてもね…。
先日亡くなった、ラダデューク叔父さんを知ってるだろう?」

アドラフレンは俯く。
「ああ…一族でも、変わった人だったな…。
一途に、振られた恋人を思い続けていた」

ディアヴォロスは呆れる。
「彼は一族の男、そのものさ…。
他の男ら程気性は荒くなく、強引な手段を使わないだけで。
一族の男は、愛した相手に大抵、一途で忠実だ。
君が、特殊だと。
私は思うんだけど」

アドラフレンはそう言った、同族の年下のいとこの顔を、じっ…と見た。
すっかり成長した彼は、自分よりも長身。

「…その議論は、またにしよう。
それでどうしてわざわざ、ここに来てまで礼を言いたくなったのか。
聞かせてくれるかい?」

ディアヴォロスは歩き出すアドラフレンの横について、笑う。
「ロスフォール大公の懐刀、ラデュークが。
ラダデューク叔父さんの子供だと。
ワーキュラスが教えてくれたんだ。
一度こっそり、物陰から彼を眺めたけど。
面影があるから、確信した」

「…それで…ラデュークが不在の原因は、君が作った?
…もしかして」

アドラフレンについて、護衛連隊官舎の中へと、ディアヴォロスは足を踏み入れながら、囁く。
「ワーキュラスが。
君の仕事も楽に進んで、一石二鳥だからと、勧めてくれたんだ」

「…そうか。
一族の男の数人は。
ワーキュラスの声を聞ける者が、君の他にもいたらしいが。
私には霊的な声を感知する能力が、まるっきり欠けてるから。
ワーキュラスがどれだけ私に語りかけても、まるで聞こえなかったと思うけど…。
で?
ラデュークは今、どこにいるんだい?」

ディアヴォロスは、くすくすと笑った。
「けれどワーキュラスは幼い君に一度、出会ってると言った。
子供の頃、姿は見えてたそうだよ?
けれど何を言っても、まるで通じなかったそうだ」

アドラフレンは肩を竦めた。
「そうか。
暇な時に一度ゆっくり、思い返してみるよ」

ディアヴォロスは微笑んで、告げる。

「ラデュークは病気の母親と共に、西の聖地にいる」
アドラフレンは頷く。
「それで君はそのまま、宙に浮いてるラダデューク叔父さんの、城と領地を。
ラデュークに渡すつもりなんだな?」

ディアヴォロスは頷く。
「霊的な言葉は聞こえないけど。
君は誰より、察しの良い男だって。
ワーキュラスが、いつも褒めてる」

アドラフレンは項垂れる。
「そう。霊的なことはまるっきりでも。
人間の機微が。
私には分かりすぎるからね。
だが、良かった。
叔父さんの母親の…ロンドルおばあさんも、孫が出来て、たいそう喜ぶね?」

「で、私の元で暫く、働いて貰おうと思うんだ。
一族や環境に慣れるまで。
多分君の所との兼ね合いも、かなり出てくると思う」

「ああそれで。
私にも面倒見ろと言いたくて、わざわざ出向いてきたんだな?」

ディアヴォロスは笑って頷き…アドラフレンも、笑い返した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

【BL】僕(18歳)、イケメン吸血鬼に飼い慣らされる。

猫足02
BL
地下室に閉じ込められていた吸血鬼の封印が解け、王族は絶体絶命。このままでは国も危ないため、王は交換条件を持ちかけた。 「願いをひとつなんでも聞こう。それでこの城と国を見逃してはくれないか」 「よかろう。では王よ、お前の子供をひとり、私の嫁に寄越せ」 「……!」 姉が吸血鬼のもとにやられてしまう、と絶望したのも束の間。  指名されたのは、なんと弟の僕で……!?

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

処理中です...