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7 逆転し始める優位
時間を稼ぐアドラフレン
しおりを挟むアドラフレンは必死に気を引こうと色目使い、チラチラと視線送るゼフィスを眺め、内心笑った。
「(ずっと無視し続けていたから。
やっと…私と、こんな薄暗がりの別室で。
二人きりの、滅多に無い機会と。
全力で誘惑しにかかってるな…)」
既にエルベス大公から。
出荷馬車への襲撃が止んだとの、報告を受けていた。
だからロスフォール大公から、ゼフィスへ。
“至急、サスベスの元へ戻り、命令を再開させよ”
という指令が伝わるのを、少しでも遅らせるのが使命。
それで…アドラフレンはやっぱり、ゼフィスにつれない態度を取った。
夜も更けた、屋敷とは庭を隔てた離れの一室。
ゼフィスを寝椅子に横たえ、その横に腰掛け。
伺いながら、囁く。
「ご気分が、良くなられたご様子です。
母屋に戻りませんか?」
案の定、しなを作りまくり、すっかり情事へと雪崩れ込むものと、思い込んでいたゼフィスは、目を大きく見開く。
「(一筋縄ではいかない…!
こんな…しどけない格好なのに、その気を誘えないなんて…!)」
だが。
アドラフレンを落とせば。
ロスフォール大公と、連絡が取れなかった言い訳も、出来るというもの。
「もう少し…休ませて頂けません?
あなたのような…素敵なお方の側に…もう少し…」
ゼフィスはアドラフレンの手を両手で握り込み、自分の自慢の巨乳に押しつける。
柔らかで豊かな胸の感触を、手の甲に感じるはず。
ゼフィスはアドラフレンの手を自分の胸に押し当てたまま。
反応を伺った。
我慢出来ず…いえ、貴公子だから。
品良くソフトに…のし掛かられるのかしら。
けれどアドラフレンは、とても感じ良く微笑み
「ご気分が良くなられるのでしたら。
もう少し、このままでいましょうか?」
と告げる。
ゼフィスの脳裏は、疑問符で満ちた。
「(…え?
つまり…この、まんま…って事?
押し倒されも、しないって事?)」
端正で気品あふれる貴公子、アドラフレンの表情を伺うが、アドラフレンは微笑んだまま。
倒れ込んで来る、気配も無い。
その時、侍従が開け放たれた、はきだし窓にやって来る。
そっ…とアドラフレンを伺い…。
アドラフレンは即座に気づいて、ゼフィスの手を解き、立ち上がり窓辺へと足早に駆け寄る。
ひそひそと何事かを耳打ちし、使者は戻って行く。
アドラフレンは俯き、そしてゼフィスに向き直る。
「王宮で…少し、騒ぎがありまして。
一旦、戻らなければ。
でも明日の朝には、戻って参ります。
もし…まだここにいらっしゃるのなら…」
「当然、居ますわ!」
ゼフィスはアドラフレンの言葉の途中なのに、思い切り叫んだ。
後、気づく。
アドラフレンをも手に入れ、ロスフォール大公にも、連絡を取れる方法。
「あの…今のは、外からの使者なんでございますよね?
でもここでは…」
アドラフレンは、ゼフィスのその問いに、にっこり微笑んで答える。
「王宮警備に関わっておりますので…。
私には、特例が適用されます」
「あの…私、病気の知り合いがおりまして。
ここに出かけて来る前は、大丈夫と送り出して頂けたんでございます。
けれどご高齢なので…様子を、知りたいと思いましたが…」
「使者を、出す事ができないのですね?
どなたでしょう?」
ゼフィスは、アドラフレンのその言葉に飛びついた。
しかし、はっ!と気づく。
アドラフレンは王宮内の、スパイの元締め。
しかもニーシャと、繋がりが深い。
ロスフォール大公などに直接使者を送れば…。
直ぐ、繋がりがバレて、エルベス大公の出荷馬車を襲う司令を出してるのが自分と、知れてしまうに違いない。
「あの…ディドロ男爵の元へ。
私はもう暫く、ブログナから戻れませんと」
アドラフレンは感じ良く微笑み、言った。
「男爵に、伝えましょう。
けれど、ブログナの事は申せません。
この会は、秘密厳守で成り立っています。
外では一切、この会合のことを口外してはならない。
そう…招待状に書かれていたことを、お忘れですか?」
ゼフィスは、はっ!とした。
この会は、カンファッテの入会審査も同然。
もしアドラフレンがこの事を主催者に漏らせば…。
今後一切、カンファッテに呼ばれることは、無いだろう…。
ゼフィスは真っ青になって、俯いた。
「(失言した!
こんな事で…上流の仲間入り、カンファッテから、閉め出される訳にはいかない…!)」
しかしアドラフレンは、優しく微笑む。
「勿論、私も特権を使い、目的外の使者を出すのですから。
これはあなたと私の、秘密です」
悪戯っぽく、人差し指を唇に当てたアドラフレンを、ゼフィスは歓喜の表情で見つめた。
「では、残念ながら早々に失礼いたします。
明日の朝。
必ずまた、お会いできるのですね?」
アドラフレンの念押しに、ゼフィスは大きく、頷いた。
「きっと、ですわ!」
アドラフレンは微笑んだまま、背を向けてはきだし窓へ。
しかし身を翻して寝椅子のゼフィスの元へ、風のように舞い戻り、軽く唇を唇に押し当て、すっ…と身を引くと、微笑と共に再び窓辺から、今度こそ外へと、その姿を消した。
ゼフィスは呆然と…唇に残る、熱い感触を味わった。
まだ…温かい…。
ああ…!
あの高貴な貴公子を!
絶対、ニーシャよりも私へ!
引き込んでみせる!
ゼフィスは唇を指で押し当て、アドラフレンの軽いキスを思い返して、歓喜で震えながら、そう固く決意した。
アドラフレンは当然、王宮には戻らず。
屋敷の隠し部屋へと、歩を運ぶ。
中には、まだ給仕の格好をしたニーシャと、去った筈の、冴えない表情の三人の貴公子達。
そして、サランフォール公爵がいた。
「…サランフォール公爵はともかく…。
どうしてみんな、揃ってるのかな?」
アドラフレンが尋ねると、三人の貴公子達は、色気の無い格好の、ニーシャを見る。
「口直し、させてくれない…」
レストール伯爵が、美麗な顔を歪め、ニーシャを見る。
「あら。
ゼフィスって、情事に大層自信があるみたいだから。
それなりにヨかったんじゃなくて?」
ニーシャが呟くと、ナンタステ公とシャルロネ公爵が、顔を見合わせ、肩をすくめる。
「…まあ…かなりヨくは、締め付けてくれるね」
ナンタステ公が言うと、シャルロネ公爵も。
「が、それ以外は下品で下賤…」
レストール伯爵が、ため息交じりに告げる。
「たしなみと言うものがまるで無くて。
あれじゃ、上流の粋人とは一度も寝た事が無いと、暴露したも同然」
ニーシャは三人を、ジロリ…と見る。
ナンタステ公が、苦笑いして囁く。
「下町の娼婦と、思い切り行儀を忘れて楽しみたい時は。
いいかもしれないがね」
シャルロネ公爵もレストール伯爵もが、それを聞いて肩を思い切り、竦めた。
ニーシャは軽くため息吐いて、アドラフレンに告げる。
「上流の遊びを知らないから、ムリ無いかもね。
レスルからまた、連絡が来てるわ。
アイリスがそろそろ、仕上げにかかってるそうよ。
サスベスはアイリスを片時も離さず、常にべったりで。
お陰で、他の誰も呼ばれず。
アイリスったら、影の一族の女と少年達の、救世主になってるって」
「…どうして、救世主?」
サランフォール公爵の素朴な質問に、三人の貴公子は、揃ってため息を吐く。
自分だけ訳が分からず、サランフォール公爵が狼狽えた。
が、アドラフレンが優しく説明する。
「きっと、ゼフィスが彼を色情狂に変えたので。
ゼフィスの不在で、サスベスは欲求不満で。
代わりに城下の女と少年を手当たり次第、犯してたからじゃないのかな?」
サランフォール公爵が、絶句した。
「頭領って、幾つなんです?」
「…確か…15?
やりたい盛りよね?」
ニーシャに聞かれ、三人の貴公子は、曖昧に頷いた。
「ゼフィスから、多分緊急用だが。
連絡先を聞き出した。
その周辺を直ぐ探らせ、ロスフォール大公の、隠密に動く部下らの行動を、探る手がかりにする。
…それで、明日。
ゼフィスを頭領の元に戻して、大丈夫かな?」
ニーシャはアドラフレンに、にっこり笑った。
「ええ。
レスルは大丈夫と、太鼓判押してきたわ。
アイリスは流石、私の甥だけあるわ」
「君の、男版か…」
シャルロネ公爵が、気のない様子で囁き
「私は絶対、近づくのを止めよう…。
この年で、男に走りたくない」
と、ナンタステ公も続き、レストール伯爵だけが。
「…受け身もしてくれるんなら、君の甥なら歓迎だが…」
と興味を示した。
が、ニーシャが念押しする。
「まだ背の低かった頃には、受け身もしてたみたいだけど。
もうすっかり青年になったから、押し倒す方が楽しくて。
受け身はお見限りになったと、はっきり言われたわ」
レストール伯爵は、がっかりしたように、顔を下げた。
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