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6 好転し始める被害状況
外出する半死人、ギュンター
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「まだ、寝てるのか?」
オーガスタスの訪問に、ローフィスはギュンターのいる寝室に通して、囁く。
「どうしても食べたいと言うんで、仕方無く食わせるが…。
直ぐ、全部吐く。
それの繰り返しだから…。
今は睡眠薬盛って、もう食わせてない」
「…つまり腹ペコで、動けないのか?」
「あいつ、神経どっかイカれてないか?
普通、あんな状態なら。
食おうという気にも、ならない筈なのに」
「…食えば動ける。
と、刷り込まれてるのかもな」
ローフィスは大きく、両手を横に開いて呆れた。
「ギュンター」
ギュンターは、背もたれに背をもたせかけ、何とか…起き上がろうとしていた。
「…元気そうだ」
オーガスタスが言うと。
ギュンターが呻く。
「寝てると気分が、最悪に悪い。
動き出せば、気分も戻る………はず」
オーガスタスは、大きく頷く。
「俺もそれは、経験がある。
が、結局無理して動けば、その後体を休めた時。
今の倍以上、気分が悪くなる」
ギュンターは、げっそりして顔を下げた。
頬は削げ、顔が細く、鋭く見える。
オーガスタスは、そんなギュンターに小声で告げる。
「…安心させようと思って。
お前に依頼された…さらわれて南領地ノンアクタルに奴隷として売られた少年。
探し出して、保護した。
少し落ち着かせてから、家に送り返す」
ギュンターは感謝の眼差しを、オーガスタスに向ける。
が、問うた。
「直ぐ…返せないのか?」
「追っ手がいるからな。
直ぐ返すと、ヘタをすれば家をつきとめられ、家族まで襲われかねない」
ギュンターは、顔を下げる。
「…なんかかなりの、美少年だそうだ」
オーガスタスが、頷く。
「らしいな。
指名した南領地ノンアクタルの第16王子は、自分の王宮から連れ去られて、怒り狂ってるそうだ」
「…何とか出来るのか?」
「ディアヴォロス(左将軍)に知恵を借りて…工作してる最中で。
成功したら、もう追っ手は来ない」
ギュンターは頷く。
「ディアヴォロスにも、ありがとうと伝えといてくれ」
オーガスタスは、頷いて囁く。
「ディアヴォロスが。
呆れていたぞ?
ローフィスの薬草は、神聖神殿隊の処方した魔法薬。
普段なら、安らかに休めるはずだと」
ローフィスも、俯く。
「…無理に食って吐くから。
薬の効き目が、出ないのかもな」
「もう、頼まれても食わせるな」
オーガスタスに言われ、ローフィスは頷いた。
「コック達に。
ギュンターがふらふらで厨房に来ても、食事を隠して絶対食わせるなと、改めて厳命しとく」
オーガスタスが、目を見開く。
「お前が…ほだされて。
仕方無く食事、出してたんじゃ無くて?」
ローフィスは、俯いたまま、頷く。
「…寝台から姿が消えてるな。
と思ったら、大抵厨房を襲って、食料調達してる」
「…襲って…無理矢理食って………。
そして、吐いてるのか?」
ローフィスは無言で頷く。
「…………………………………」
オーガスタスが、絶句して顔を下げる。
そして、ギュンターに言い含めた。
「看護人(ローフィス)の言う事をちゃんと聞かないと!!!
逆に、長引くぞ!!!」
ギュンターが、青ざめた顔で、それでもオーガスタスを、睨み付ける。
「病人みたいに休んでると。
本物の病人になる」
「だから!!!
今現在お前は!!!
本物の、病人なんだ!!!
ちゃんと、自覚しろ!!!」
ローフィスは、珍しく本気で怒鳴る親友、オーガスタスを、無力感に包まれて見上げた。
それでもきっとギュンターは、気づくと抜け出して、厨房を襲うと、分かっていたので。
それで魔法薬の効き目を阻害しない睡眠薬を、こっそり水に混ぜ、そっとギュンターのテーブルの、上に置いた。
気づいたギュンターは一気にグラスを煽り、喉に流し込み…。
間もなく、眠りについて、意識を無くした。
ローフィスはほっとして、そっと寝室の、扉を閉めた。
「馬鹿じゃないのか?」
ディンダーデンに言われても、ギュンターは寝台から起き上がり、上着を羽織る。
ディングレーも戸口で腕組みし、ローフィスは横に来て囁く。
「食べて吐いて。
ロクに栄養が、入ってない。
食っても吐かなくなるまでは。
もう少し、休んでおけ」
が、ギュンターはローフィスを手でやんわり払い退けて上着を着込み、立ち上がる。
フラフラで、ローフィスが慌てて支える程。
真っ青な顔色で、それでも言う。
「食ってないからで。
平気だ」
ディンダーデンが、ため息交じりに告げる。
「内臓が毒でやられてて、食事を受け付けないんだろう?」
ローフィスは、動き出すギュンターを見ながら、そっ…と手を放しつつ、頷く。
「薬草を飲ませてるが。
もう一日は食えないだろうな」
ギュンターはフラつきながらも、しっかりした一歩を踏み出し、囁く。
「ガキの頃で、飢えてた時。
ロクに食って無くて、どれだけフラつこうが。
敵が襲撃して来たら、走るしか無かった。
あの頃よりは、うんと鍛えて筋肉も付いてる。
だから、大丈夫だ」
「単に、飢えてるだけと。
毒で内臓が炎症起こしてるのとでは。
まるっきり、違うぞ?」
ディンダーデンの言葉に、ローフィスも頷く。
ディングレーが、戸口で腕組んだまま、低い声で問う。
「密偵が張り付いてるそうだが。
出して、いいのか?」
ローフィスは、肩を竦めた。
「色艶も良く、颯爽と歩いてたらマズいだろうが…」
ディンダーデンも頷く。
「今にも死にそうな風体だから。
見られても平気といや、平気かもな。
で、何の用事で、どこに行くんだ?」
「…オーガスタスからの伝言、伝えないと」
ディングレーが、腹立てて怒鳴った。
「そんなの、オーガスタスが自分で行くさ!!!」
ギュンターは、紫のギラリとした瞳でディングレーを見据え、小声で呻く。
「俺の、知り合いで、俺の、口利きでオーガスタスが動いてくれたんだ…。
俺が行って伝えないと…納得しない」
皆、無言で黙り込み…。
ディングレーとローフィスは顔を見合わせあって、大きなため息を吐いた。
結局、ディンダーデンが護衛を買って出る。
「…また、襲ってくれると暴れられて楽しいが…。
お前、庇って戦うのは、ちょっと面倒だな」
ディンダーデンが、馬車の横に乗るギュンターを見やる。
ギュンターは、揺れる馬車に気分悪さ全開で、俯いていた。
「…ローフィスの薬、効いてないのか?」
「空腹のせいだ」
ディンダーデンは、肩を竦めた。
が、出先は近衛宿舎から、少し行った先の、あまり馴染みの無いこぢんまりした酒場。
ギュンターがふらふらで、ディンダーデンは支えながら、中へと入る。
ディンダーデンは移動中、襲撃を待ち構え、周囲の気配に気を配った。
が、殺気はどこからも、襲ってこない。
狭い店内に入ると、ギュンターはカウンターへと促す。
カウンターに着くと、注文を聞きに来る、栗毛の地味な若い女に、ギュンターが囁く。
「…いとこは、俺の知り合いが保護した」
ギュンターが、告げた途端。
女はみるみる、涙ぐむ。
「直ぐに返せないのは…追っ手をまくためだ。
今は安全な所に居るから。
安心しろ」
女は二度、頷き…。
そして俯いて…涙を頬に、滴らせた。
「…伝えるわ。家族に。
凄く…心配してたから」
ギュンターが、頷く。
そして、横のディンダーデンに“出よう”と首を振る。
ディンダーデンはふらふらのギュンターを支えながら、酒場を出る。
肩を担いで、馬車に乗り込ませるが…。
やはり周囲に、襲って来る気配は無い。
馬車が動き出し、ディンダーデンは問う。
「で?
まさか、これだけか?」
ギュンターは背もたれに、ぐったりともたれかかって、頷く。
「………………………………………………………」
ディンダーデンは、馬車が襲撃されるかも。
と、待った。
が、結局何事も無く、馬車は近衛官舎の、門を潜る………。
そして、隊長宿舎の馬留で止まり…。
ディンダーデンは、ぐったりするギュンターを、馬車内から、担ぎ出す。
面倒だったので、ギュンターの肩を担いで強引に引きずって、二階のローフィスの部屋まで、運んだ。
ローフィスに扉を開けられ、寝室まで担いで、寝台に寝かす。
「………………………………………………………。
結局、これでお終い?」
ディンダーデンが問うと。
ディングレーが戸口で
「無事で良かった。
流石、ディンダーデンだな」
と笑顔で言った。
が。
ディンダーデンは無言。
凄く不機嫌そうに、ディングレーの横を通り過ぎ様。
ぼそり。と囁く。
「俺はナニもなくて、もの凄く、退屈だった」
そして、扉は閉まる。
「………………………………………………………」
今度、俯いて絶句したのは、ディングレーの方だった。
ローフィスは、顔色が真っ青で気分が最悪そうなギュンターに、そっ…と近づいて、コップを差し出す。
ギュンターは受け取ると、直ぐ飲み干し…。
そして、口元を押さえて黙り込む。
「…………………薬草…変えたのか?」
やっと、それだけ言う。
ローフィスが、頷く。
「オーガスタスから聞いて。
ディアヴォロス(左将軍)が用意してくれた、お前専用の薬草だ」
「……………………最悪に、苦い」
「で、気分は?」
ローフィスに聞かれ…ギュンターは目を見開いて、黙り込む。
そして…首を捻る。
「苦さショックで…気分の悪いのが、紛れてる?」
「…じゃなくて。薬草が効いて、気分の悪いのが、消えてるんだ」
「…………………………………まだ少し、気分は悪い。
が、さっきの1/10くらいな感じだ」
「もっと飲め」
けれどギュンターは。
渡されたコップを、暫く眺めてる。
ローフィスが、顎をしゃくって促す。
「苦さを耐えるか。
気分の悪さを耐えるか。
だ」
ギュンターはコップを握りしめ、暫く沈黙して中の液体を睨み付ける。
が。
とうとう一気に煽った。
その後。
顔を思い切り、崩す。
「…死ぬほど、苦い………」
「眠れそうか?」
「苦さのショックで、くっきり物が、見えてるのに?」
けれど数分後。
いつの間にかギュンターは枕に頭を乗せて、眠り込んでいた。
ローフィスは笑うと、寝てるギュンターに告げる。
「明日…まだ食べられなくても。
これで内臓の炎症は消えて、空腹でふらふらなだけに、なってるさ」
心なしか、ギュンターの真っ青な顔色に、色味が戻ってる。
ローフィスは肩を竦め、一人呟く。
「さて。
ディアヴォロスに、感謝の書状でも、書くか。
やっと手の焼ける病人が、無事快方に向かったと」
「……………………」
目覚めて、ギュンターは重苦しかった内臓が、軽くなった気がして、呆ける。
ローフィスが、また、薬草のコップを手に部屋に入って来て、ギュンターは黙してそれを見る。
「顔色が、戻ってる」
ローフィスはそう言って、コップを差し出す。
ギュンターはしぶしぶ、それを受け取る。
ローフィスは、手にしたものの飲むのを躊躇うギュンターに、告げる。
「いいコでそれ飲んで、もう少し眠れ」
「いつの間に、俺寝たんだ?」
「さあな。
ディアヴォロスが言うには、元気なヤツは、眠くならないそうだ」
「…ディアヴォロスが寄越した薬なのか?」
ローフィスが頷く。
「俺が手を焼いてると。
気遣ってくれてな」
ギュンターは一気に焼け糞で飲み干し、苦さに涙まで出して、声を絞り出す。
「ディアヴォロスに礼、言っといてくれ」
「ディアヴォロスはお前じゃ無く。
俺の為に、送ってくれたんだから、俺が礼を言う」
ギュンターは少し、項垂れた。
「俺、そんなに世話焼かせたのか?」
ローフィスは、頷く。
「俺もそうだが。
コック達が怯えきってたぞ?
お前、凄い怖い形相で。
脅したんだろう?」
「…………………覚えてない」
ローフィスは呆れて、頷いた。
「コック達も、ディアヴォロスに揃って心の中で、礼を言ってる」
「……………………………そうだ、ろうな」
「もう寝ろ」
ギュンターは、ローフィスに言われて、大人しく寝台に横になる。
間もなく、ギュンターの寝息を聞いて、ローフィスは空のコップを持ち上げる。
「(内臓にも効いて、同時に睡眠薬にもなる。
ありがたい薬草だ)」
ローフィスは、心の中でディアヴォロスを思い浮かべ、礼を言った。
『光の国』の光竜を身の内に宿すディアヴォロスには、直ぐ伝わって、彼の笑顔が頭の中に浮かぶ。
ディングレーが戸口に姿を見せたので、ローフィスは言った。
「明日には、また出かけると。
ギュンターに、ゴリ押しされる覚悟が要るな」
ディングレーはため息吐いて、呟いた。
「完治するまで、ぶっ倒れて起きない薬って。
無いのか?」
ローフィスはディングレーの横を、通り過ぎながら言った。
「そんなもの。
あったらとっくに、使ってるさ」
ディングレーはそれを聞いて、思いっきり、項垂れた。
オーガスタスの訪問に、ローフィスはギュンターのいる寝室に通して、囁く。
「どうしても食べたいと言うんで、仕方無く食わせるが…。
直ぐ、全部吐く。
それの繰り返しだから…。
今は睡眠薬盛って、もう食わせてない」
「…つまり腹ペコで、動けないのか?」
「あいつ、神経どっかイカれてないか?
普通、あんな状態なら。
食おうという気にも、ならない筈なのに」
「…食えば動ける。
と、刷り込まれてるのかもな」
ローフィスは大きく、両手を横に開いて呆れた。
「ギュンター」
ギュンターは、背もたれに背をもたせかけ、何とか…起き上がろうとしていた。
「…元気そうだ」
オーガスタスが言うと。
ギュンターが呻く。
「寝てると気分が、最悪に悪い。
動き出せば、気分も戻る………はず」
オーガスタスは、大きく頷く。
「俺もそれは、経験がある。
が、結局無理して動けば、その後体を休めた時。
今の倍以上、気分が悪くなる」
ギュンターは、げっそりして顔を下げた。
頬は削げ、顔が細く、鋭く見える。
オーガスタスは、そんなギュンターに小声で告げる。
「…安心させようと思って。
お前に依頼された…さらわれて南領地ノンアクタルに奴隷として売られた少年。
探し出して、保護した。
少し落ち着かせてから、家に送り返す」
ギュンターは感謝の眼差しを、オーガスタスに向ける。
が、問うた。
「直ぐ…返せないのか?」
「追っ手がいるからな。
直ぐ返すと、ヘタをすれば家をつきとめられ、家族まで襲われかねない」
ギュンターは、顔を下げる。
「…なんかかなりの、美少年だそうだ」
オーガスタスが、頷く。
「らしいな。
指名した南領地ノンアクタルの第16王子は、自分の王宮から連れ去られて、怒り狂ってるそうだ」
「…何とか出来るのか?」
「ディアヴォロス(左将軍)に知恵を借りて…工作してる最中で。
成功したら、もう追っ手は来ない」
ギュンターは頷く。
「ディアヴォロスにも、ありがとうと伝えといてくれ」
オーガスタスは、頷いて囁く。
「ディアヴォロスが。
呆れていたぞ?
ローフィスの薬草は、神聖神殿隊の処方した魔法薬。
普段なら、安らかに休めるはずだと」
ローフィスも、俯く。
「…無理に食って吐くから。
薬の効き目が、出ないのかもな」
「もう、頼まれても食わせるな」
オーガスタスに言われ、ローフィスは頷いた。
「コック達に。
ギュンターがふらふらで厨房に来ても、食事を隠して絶対食わせるなと、改めて厳命しとく」
オーガスタスが、目を見開く。
「お前が…ほだされて。
仕方無く食事、出してたんじゃ無くて?」
ローフィスは、俯いたまま、頷く。
「…寝台から姿が消えてるな。
と思ったら、大抵厨房を襲って、食料調達してる」
「…襲って…無理矢理食って………。
そして、吐いてるのか?」
ローフィスは無言で頷く。
「…………………………………」
オーガスタスが、絶句して顔を下げる。
そして、ギュンターに言い含めた。
「看護人(ローフィス)の言う事をちゃんと聞かないと!!!
逆に、長引くぞ!!!」
ギュンターが、青ざめた顔で、それでもオーガスタスを、睨み付ける。
「病人みたいに休んでると。
本物の病人になる」
「だから!!!
今現在お前は!!!
本物の、病人なんだ!!!
ちゃんと、自覚しろ!!!」
ローフィスは、珍しく本気で怒鳴る親友、オーガスタスを、無力感に包まれて見上げた。
それでもきっとギュンターは、気づくと抜け出して、厨房を襲うと、分かっていたので。
それで魔法薬の効き目を阻害しない睡眠薬を、こっそり水に混ぜ、そっとギュンターのテーブルの、上に置いた。
気づいたギュンターは一気にグラスを煽り、喉に流し込み…。
間もなく、眠りについて、意識を無くした。
ローフィスはほっとして、そっと寝室の、扉を閉めた。
「馬鹿じゃないのか?」
ディンダーデンに言われても、ギュンターは寝台から起き上がり、上着を羽織る。
ディングレーも戸口で腕組みし、ローフィスは横に来て囁く。
「食べて吐いて。
ロクに栄養が、入ってない。
食っても吐かなくなるまでは。
もう少し、休んでおけ」
が、ギュンターはローフィスを手でやんわり払い退けて上着を着込み、立ち上がる。
フラフラで、ローフィスが慌てて支える程。
真っ青な顔色で、それでも言う。
「食ってないからで。
平気だ」
ディンダーデンが、ため息交じりに告げる。
「内臓が毒でやられてて、食事を受け付けないんだろう?」
ローフィスは、動き出すギュンターを見ながら、そっ…と手を放しつつ、頷く。
「薬草を飲ませてるが。
もう一日は食えないだろうな」
ギュンターはフラつきながらも、しっかりした一歩を踏み出し、囁く。
「ガキの頃で、飢えてた時。
ロクに食って無くて、どれだけフラつこうが。
敵が襲撃して来たら、走るしか無かった。
あの頃よりは、うんと鍛えて筋肉も付いてる。
だから、大丈夫だ」
「単に、飢えてるだけと。
毒で内臓が炎症起こしてるのとでは。
まるっきり、違うぞ?」
ディンダーデンの言葉に、ローフィスも頷く。
ディングレーが、戸口で腕組んだまま、低い声で問う。
「密偵が張り付いてるそうだが。
出して、いいのか?」
ローフィスは、肩を竦めた。
「色艶も良く、颯爽と歩いてたらマズいだろうが…」
ディンダーデンも頷く。
「今にも死にそうな風体だから。
見られても平気といや、平気かもな。
で、何の用事で、どこに行くんだ?」
「…オーガスタスからの伝言、伝えないと」
ディングレーが、腹立てて怒鳴った。
「そんなの、オーガスタスが自分で行くさ!!!」
ギュンターは、紫のギラリとした瞳でディングレーを見据え、小声で呻く。
「俺の、知り合いで、俺の、口利きでオーガスタスが動いてくれたんだ…。
俺が行って伝えないと…納得しない」
皆、無言で黙り込み…。
ディングレーとローフィスは顔を見合わせあって、大きなため息を吐いた。
結局、ディンダーデンが護衛を買って出る。
「…また、襲ってくれると暴れられて楽しいが…。
お前、庇って戦うのは、ちょっと面倒だな」
ディンダーデンが、馬車の横に乗るギュンターを見やる。
ギュンターは、揺れる馬車に気分悪さ全開で、俯いていた。
「…ローフィスの薬、効いてないのか?」
「空腹のせいだ」
ディンダーデンは、肩を竦めた。
が、出先は近衛宿舎から、少し行った先の、あまり馴染みの無いこぢんまりした酒場。
ギュンターがふらふらで、ディンダーデンは支えながら、中へと入る。
ディンダーデンは移動中、襲撃を待ち構え、周囲の気配に気を配った。
が、殺気はどこからも、襲ってこない。
狭い店内に入ると、ギュンターはカウンターへと促す。
カウンターに着くと、注文を聞きに来る、栗毛の地味な若い女に、ギュンターが囁く。
「…いとこは、俺の知り合いが保護した」
ギュンターが、告げた途端。
女はみるみる、涙ぐむ。
「直ぐに返せないのは…追っ手をまくためだ。
今は安全な所に居るから。
安心しろ」
女は二度、頷き…。
そして俯いて…涙を頬に、滴らせた。
「…伝えるわ。家族に。
凄く…心配してたから」
ギュンターが、頷く。
そして、横のディンダーデンに“出よう”と首を振る。
ディンダーデンはふらふらのギュンターを支えながら、酒場を出る。
肩を担いで、馬車に乗り込ませるが…。
やはり周囲に、襲って来る気配は無い。
馬車が動き出し、ディンダーデンは問う。
「で?
まさか、これだけか?」
ギュンターは背もたれに、ぐったりともたれかかって、頷く。
「………………………………………………………」
ディンダーデンは、馬車が襲撃されるかも。
と、待った。
が、結局何事も無く、馬車は近衛官舎の、門を潜る………。
そして、隊長宿舎の馬留で止まり…。
ディンダーデンは、ぐったりするギュンターを、馬車内から、担ぎ出す。
面倒だったので、ギュンターの肩を担いで強引に引きずって、二階のローフィスの部屋まで、運んだ。
ローフィスに扉を開けられ、寝室まで担いで、寝台に寝かす。
「………………………………………………………。
結局、これでお終い?」
ディンダーデンが問うと。
ディングレーが戸口で
「無事で良かった。
流石、ディンダーデンだな」
と笑顔で言った。
が。
ディンダーデンは無言。
凄く不機嫌そうに、ディングレーの横を通り過ぎ様。
ぼそり。と囁く。
「俺はナニもなくて、もの凄く、退屈だった」
そして、扉は閉まる。
「………………………………………………………」
今度、俯いて絶句したのは、ディングレーの方だった。
ローフィスは、顔色が真っ青で気分が最悪そうなギュンターに、そっ…と近づいて、コップを差し出す。
ギュンターは受け取ると、直ぐ飲み干し…。
そして、口元を押さえて黙り込む。
「…………………薬草…変えたのか?」
やっと、それだけ言う。
ローフィスが、頷く。
「オーガスタスから聞いて。
ディアヴォロス(左将軍)が用意してくれた、お前専用の薬草だ」
「……………………最悪に、苦い」
「で、気分は?」
ローフィスに聞かれ…ギュンターは目を見開いて、黙り込む。
そして…首を捻る。
「苦さショックで…気分の悪いのが、紛れてる?」
「…じゃなくて。薬草が効いて、気分の悪いのが、消えてるんだ」
「…………………………………まだ少し、気分は悪い。
が、さっきの1/10くらいな感じだ」
「もっと飲め」
けれどギュンターは。
渡されたコップを、暫く眺めてる。
ローフィスが、顎をしゃくって促す。
「苦さを耐えるか。
気分の悪さを耐えるか。
だ」
ギュンターはコップを握りしめ、暫く沈黙して中の液体を睨み付ける。
が。
とうとう一気に煽った。
その後。
顔を思い切り、崩す。
「…死ぬほど、苦い………」
「眠れそうか?」
「苦さのショックで、くっきり物が、見えてるのに?」
けれど数分後。
いつの間にかギュンターは枕に頭を乗せて、眠り込んでいた。
ローフィスは笑うと、寝てるギュンターに告げる。
「明日…まだ食べられなくても。
これで内臓の炎症は消えて、空腹でふらふらなだけに、なってるさ」
心なしか、ギュンターの真っ青な顔色に、色味が戻ってる。
ローフィスは肩を竦め、一人呟く。
「さて。
ディアヴォロスに、感謝の書状でも、書くか。
やっと手の焼ける病人が、無事快方に向かったと」
「……………………」
目覚めて、ギュンターは重苦しかった内臓が、軽くなった気がして、呆ける。
ローフィスが、また、薬草のコップを手に部屋に入って来て、ギュンターは黙してそれを見る。
「顔色が、戻ってる」
ローフィスはそう言って、コップを差し出す。
ギュンターはしぶしぶ、それを受け取る。
ローフィスは、手にしたものの飲むのを躊躇うギュンターに、告げる。
「いいコでそれ飲んで、もう少し眠れ」
「いつの間に、俺寝たんだ?」
「さあな。
ディアヴォロスが言うには、元気なヤツは、眠くならないそうだ」
「…ディアヴォロスが寄越した薬なのか?」
ローフィスが頷く。
「俺が手を焼いてると。
気遣ってくれてな」
ギュンターは一気に焼け糞で飲み干し、苦さに涙まで出して、声を絞り出す。
「ディアヴォロスに礼、言っといてくれ」
「ディアヴォロスはお前じゃ無く。
俺の為に、送ってくれたんだから、俺が礼を言う」
ギュンターは少し、項垂れた。
「俺、そんなに世話焼かせたのか?」
ローフィスは、頷く。
「俺もそうだが。
コック達が怯えきってたぞ?
お前、凄い怖い形相で。
脅したんだろう?」
「…………………覚えてない」
ローフィスは呆れて、頷いた。
「コック達も、ディアヴォロスに揃って心の中で、礼を言ってる」
「……………………………そうだ、ろうな」
「もう寝ろ」
ギュンターは、ローフィスに言われて、大人しく寝台に横になる。
間もなく、ギュンターの寝息を聞いて、ローフィスは空のコップを持ち上げる。
「(内臓にも効いて、同時に睡眠薬にもなる。
ありがたい薬草だ)」
ローフィスは、心の中でディアヴォロスを思い浮かべ、礼を言った。
『光の国』の光竜を身の内に宿すディアヴォロスには、直ぐ伝わって、彼の笑顔が頭の中に浮かぶ。
ディングレーが戸口に姿を見せたので、ローフィスは言った。
「明日には、また出かけると。
ギュンターに、ゴリ押しされる覚悟が要るな」
ディングレーはため息吐いて、呟いた。
「完治するまで、ぶっ倒れて起きない薬って。
無いのか?」
ローフィスはディングレーの横を、通り過ぎながら言った。
「そんなもの。
あったらとっくに、使ってるさ」
ディングレーはそれを聞いて、思いっきり、項垂れた。
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BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…?
タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。
歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
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