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3 妖女ゼフィス 復讐の始まり
ゼフィスに訪問を受けたローランデの戸惑いと怒り
しおりを挟むその日、王立騎士養成学校、最上級生のローランデは、突然の訪問を受けた。
講師の手伝いで、教務室の机に座り、下級生の課題の添削をしていた時。
面会担当の講師がやって来て、告げる。
「君に面会したいと申し出ているご婦人がいるんだが…」
羊皮紙に視線を落としていた、ローランデの隣に座る講師が、その言葉に顔を上げる。
そして横のローランデに視線を向けた。
見つめられて、ローランデは戸惑った。
「どなたなんでしょう?
もしや…デルアンネ…?」
そう尋ねながら、ローランデは告げに来た講師を、困惑の表情で見上げる。
デルアンネとは彼の故郷、北領地[シェンダー・ラーデン]にいる婚約者。
けれど現在は彼の子を身ごもっていたから、周囲が決してここ、中央領地[テールズキース]への旅など、許しはしないはず。
ましてやデルアンネが来るとあらば、必ず事前に連絡が来る手筈…。
デルアンネと寝たのは、故郷に帰省した際出席した舞踏会での、たったの一度。
酒で朦朧として突然欲情し、誘われるまま彼女と寝てそして…。
すっかり忘れていた。
…なのに突然“子が出来た”と連絡が来て、至急故郷へ戻り…。
デルアンネは名家の令嬢だったし、周囲にも
“大公子息が子を孕ませ、捨てたとあらば世間体が大変悪い”
と強行に勧められ…。
ギュンターにも相談したけど、彼にも
“子供がいるなら、避けられないな”
と言われ…。
けれどデルアンネに面と向かってはっきりと
“君を愛してないし、ギュンターと付き合ってるから結婚出来ない”
と告げたのに…。
“男の愛人がいても構わない”
と言われて、とうとう…婚約に至った。
とても派手な女王様気質の女性で、ローランデは彼女が苦手だったし、わざわざ故郷にまでやって来て、デルアンネと対決したギュンターに
“『玉の輿に乗りたい女が、男の酒に精力剤を盛って誘惑し、子共を孕んで強引に結婚を承諾させる』手管に、引っかかったな”
と言われ…。
でもこの一件で、ギュンターは自分に呆れ、とうとう離れていくと思ったのに…。
ギュンターはデルアンネを牽制し、二人が出会うとまるで天敵同士。
結局、今だギュンターとも、付き合っている…。
ギュンターと関係を持ったいきさつすら、自分の意思じゃ無い。
尊敬する先輩として彼を頼りにしていたのに、ある日突然口説かれ始め…。
あまりに人前でも平然と口説くので、怒りまくったらギュンターの方から
“剣の試合で決着を付けよう。
俺が負けたら、今後一切口説かない。
が、俺が勝ったら、たった一晩でいい。
お前を俺にくれ”
と申し入れられ…。
剣には自信があったから…試合を受けたけど…。
ギュンターは一度も剣を振らず避(さ)け続け、ふらふらになりながらも止(とど)めの剣を避(よ)け続け…。
最後、ギュンターは立ってるのもやっとだったから、もう勝ったも同然と、油断した時。
我慢に我慢を重ねたギュンターの、繰り出したたったの一刀を、喉元に突きつけられて…負けてしまった。
約束道理、彼と寝てそして…。
その後、ギュンターに抱かれたせいで、思わぬ反応が体に起きて困り続け…。
そんな時。
日頃ギュンターを目の敵にしていたグーデンが、自分をエサにギュンターを呼び出し、ギュンターを捕らえ目の前でギュンターを拷問し…。
痛めつけられるギュンターを目前で見てるのに耐えきれず、グーデンに、拷問を止める代わりに自分の身を差し出すことに、同意したら…。
傷だらけのギュンターは、更に傷を負いつつ自分を庇い、言ったのだ。
「俺を止めたきゃ、殺せ!」
凄い迫力で…。
結果グーデンは迫力負けし、自分を抱く根性も無く、逃げて行き。
ギュンターは血だらけなのに自分を宿舎まで送り届けた後、オーガスタスの登場で…ぶっ倒れた。
…死んでしまうんじゃ無いかと思う程、蒼白な顔色で寝台に横たわっていたし、これ程の傷を負ったのは、全部自分のせいだ。
そう思い…ギュンターが再び目覚め
“また…抱きたいな”
と言われた時、断れずに頷いてしまった………。
それが、いけなかった。
もう卒業した今でも時折やって来ては、皆がいる前で恋人のように振る舞う………。
確かに、世情に慣れたギュンターは、いい相談相手で頼りになったけど…。
男の…更に美貌で男女にモテまくるギュンターの、恋人になるのはどうしても…。
自分には無理があって、毎度つれなくすると言うのにギュンターの方は…変わらぬ愛情を捧げてくれる。
勿論、抱きたい目的が、多々あるけれど。
性的な事には凄く奥手で、更に男の自分をどうして…そこまでして欲するのか、毎度理解に苦しむけど。
ギュンターはいつも…熱い思いを込めた紫の瞳で真摯に見つめ、結果。
…拒絶しきれず、今に至ってる…。
ローランデが、デルアンネの名で引き出される一連の事の流れを、ぼんやり思い浮かべていた頃。
呼びに来た講師はデルアンネの名を聞いて、口ごもりながらも告げる。
「いや。
ゼフィスと言う…つまりその、君から見たら年上でその…」
アイリスはその時、級友の遅れた課題を提出しようと、告げに来た講師の背後にいて…その名前を聞いた。
そしてじっ…と、ローランデの様子を伺う。
が、明るい栗毛に交互に濃い栗毛の混じった、艶やかな真っ直ぐの髪を肩に垂らし、気品が全身から仄かににじみ出る、たおやかなる最上級生のローランデは。
俯いて、首をひねってる。
「…そんなお名前のご婦人と、面識は無かったはず…」
北国特有の真っ白な肌。
澄んだ青い瞳。
高貴さを思わせる整った顔立ち。
が、ひとたび剣を握れば、周囲を圧する澄んだ“気”を纏い、常人では不可能な足運びで、誰も寄せ付けないほどの強さを発揮する彼は、しかし。
…普段はとても気品あふれる、優しげな貴公子に見えた。
場は呼び出された本人、ローランデの困惑に包まれ、呼びに来た講師ですら、戸惑う始末。
気づくとアイリスは、口を開いていた。
「舞踏会でお話しされたのでは?
ゼフィス嬢は殿方の間では有名な、妖艶な美女です。
…但しあまり上品なご身分では無いので、上流の集まる舞踏会にはタマにしか呼ばれません。
彼女はその時、少しでも有力な紳士とコネを作ろうと、声をかけまくってるご様子ですから」
背後に居たアイリスにやっと気づいた講師は振り向き、ローランデも、アイリスを見た。
入学した一年当初は自分よりうんと、背が低かったのに。
たったの二年で、アイリスは自分より背を伸ばして180センチを超える長身に育ち、今だ身長が伸び続けていた。
まるで深窓の令嬢を思わせる、濃い艶やかな栗色の巻き毛に囲まれた、面長の綺麗で優しげな美少年だったのに…。
今では青年の、軽やかさとチャーミングさ、全開。
大公を叔父に持つだけあって学年一高い身分で、いつも気品に包まれていたけど、誰とも気さくに話すので、皆が彼を笑顔で迎え入れる。
アイリスがチャーミングに微笑み、促すのを見て、ローランデは記憶を手繰るが…。
…何も、浮かんで来ない。
「…やはり、お会いしたことが無いと思う…。
私はここ(中央[テールズキース])の舞踏会は、滅多に出ないし。
それ程珍しい名前の、忘れがたい美女なら…」
後の言葉を、ローランデの横に座る講師がかっさらった。
「…そうだな。
絶対覚えているはずだ。
君だって、年頃の青年なのだから」
呼びに来た講師が唸る。
「…素性は知れてるが、君にとって得体の知れない訪問客なら…。
口実作って断るか?」
アイリスが即座に口添えする。
「…タチの悪い女だ。
背後で大公家の手伝いをしている。
勿論、我が叔父である大公と、対立する大公家の縁の者。
…少しでも大公の役に立ち、もっと引き立ててもらえるよう、陰謀の片棒を担ってる。
…そんな女が自ら、わざわざ訪ねて来ると言う事は…。
断ったりしたらその後、しつこくつきまとわれる。
うざったいから一度お会いになって、相手の真意をお聞きしたらいかがです?」
呼びに来た講師が、今や自分よりもほんの少し、背が低いだけのアイリスに振り向く。
「ヘタに会って、大丈夫か?
妖艶な美女なんだろう?」
アイリスは講師に、にっこり笑った。
「私が同席すれば、大丈夫です」
面会室…と言っても、座り心地の良いソファがしつらえてある応接室。
ローランデが扉を開ける。
すると今にも胸がはだけそうで、肩もむき出しの露わな黄色のドレスを纏ったクセのある美女が、すっと立ち上がり、妖艶な微笑でローランデを見つめた。
あまりにも扇情的で、年頃の男なら皆、ヨダレ垂らしそうな露出度で。高潔で気品あふれるローランデには、すごく不似合い。
呼びに来た講師とアイリスは、ローランデの背後で思わず顔を、見合わせ合った。
「確か面識は、無かったと思いますが…」
戸惑いきってそう尋ねるローランデの横に、ゼフィスはすっと身を寄せ、ジロジロとそう、まるで値踏みするようにローランデの周囲を歩き回りながら言葉を返す。
「ええ有りませんわ。
あったら、訪問などしませんでしたもの。
…お訪ねしたのはそう…。
どんなお方か、この目で確かめたかったからでございますわ」
「…確かめる…何…を?」
ゼフィスは尋ねられて、すっ!とローランデの前に立つ。
女性にしては背が高い方なのだろうが、ローランデよりは10センチは低かった。
栗色の巻き毛を結い上げ、ダークブルーの瞳を真っ直ぐローランデに向けると、真っ赤な唇を開いて言い放つ。
「…ギュンター様を、虜にされているとか。
舞踏会で、誰もが彼を我が物にと狙う女性達に、彼ったら。
ことごとく“惚れた相手が既に居る”
とお断りされるんですわ。
けれどそれを承知で、遊びでなら付き合えると。
…そんな失礼なことを、平然と女性に告げて。
それでも彼は、引く手あまた。
そんな彼を虜にされたという御方に、大変興味がありまして」
ローランデはギュンターの名前を出され、途端真っ赤に頬を染めて、恥じ入るように俯く。
ゼフィスはそれを見て、低い声でぴしゃりと言う。
「…あら。
ギュンター様に言い寄られて、もしかしてご迷惑なご様子?」
ローランデはまだ頬が赤く、俯いていたけれど、はっきりと言った。
「…当然でしょう!
先輩として尊敬していた。
なのに急に…口説かれても、どう対処できます?!」
声に明らかに…動揺の他に、怒りが混じっていて…。
ゼフィスは顔を、背ける。
「…そういうご事情でしたの…。
それで…つまり、ギュンター様ったら。
あちらを思い切り発散出来ないから、遊びで女性と付き合っているのね?」
ローランデはとうとう、俯いて髪で顔を隠したまま、わなわな震って怒鳴った。
「ギュンター殿の事情など!
私のあずかり知らぬ事です!
本人にお聞きください!
私は忙しいので、用事がそれだけなら失礼する!」
俯いたまま一気に言い切って、ローランデはくるりと背を向け、スタスタと歩き出す。
ゼフィスをその場に残し…背後に居た講師とアイリスまでをもその場に取り残して、さっさと室内を出、扉を閉めた。
バタン!
その大きな音で、一気に我に返った講師とアイリス。
アイリスはローランデの後を大急ぎで追って、扉を開けて飛び出して行き、講師は面会人ゼフィスに告げる。
「ご用がお済みなら、一刻も早く退出を。
ここは男ばかりの、まだ未熟な者ばかり。
そんな格好でウロつかれると、我々も色々と困るのです」
ゼフィスは真顔でそう告げた講師に、妖艶に微笑んで囁く。
「あら…私を欲する殿方、だらけになっちゃうのかしら?」
講師は冷静さを無くさず、小声で囁く。
「…いかにも誘う風情を見せる女は、必ず下心がある。
と言い聞かせても、下半身の制御の効かない男が多い。
特にここは荒っぽい事が大好きな、男ばかり。
…多数に手荒に悲惨に。
弄ばれた後のあなたの、苦情を聞きたくない」
ゼフィスは少ーし、目を見開き講師の真顔を見つめた後。
つん!と顔を背け、扉に向かう。
「校門まで。
ご案内する」
護衛のように付き従う、講師に扉を開けられ、ゼフィスは無言で講師と共に校門に向かった。
…やがてゼフィスは窓に鈴なりの男達の視線を胸元に一身に浴び、その中で欲望たぎる獣のごとくの視線が多数、混じるのを察し、身の危険をひしひしと感じながら、足早歩くに講師の横に、ぴったりと張り付いた。
「ローランデ!」
アイリスが背後から叫んでようやく。
ローランデは歩を止め、振り向く。
滅多に怒る事の無い、穏やかな彼が今、とてつも無く取り乱していた。
「…どうして!
ギュンターの関係者が私にわざわざ会いに来る!
珍獣を眺めるかのごとく!」
アイリスは…今や自分よりほんの僅か背の低い、一つ年上の貴人を見つめる。
けれどあの、ゼフィスが。
ギュンターに目を付け…けれどおそらく、口説いたけどフラれ。
プライドが許さなくて、ローランデを値踏みしに来たと分かったから、言った。
「普通言い寄る相手にフラれたら、恋敵がどんな相手か気になるものです。
あなたを傷つける事が出来、更にあなたがギュンターに、それが理由ですげなく冷たい態度を取れば…。
彼女は自分をフッたギュンターに、復讐できてとても喜ぶ」
ローランデはそれを聞いた途端、怒りがぐっ!と押し止められるのに気づく。
そして、顔を上げて面長の…。
優しげで美麗な、整いきった美青年、アイリスを見上げた。
いつもはとても理知的に見える濃紺の瞳が。
今は優しく気遣うように、瞬いている。
ローランデは恥ずかしげに少し、頬を染めて囁いた。
「私が怒れば…彼女の狙い道理になる?」
…普段は剣聖として、聖人のように高貴な彼だけど。
色事に関し、彼はとてもおぼこくて…。
まるで世を知らぬ少年のような、初心な表情を見せる。
アイリスはそんな彼の、とても初々しい…。
人前で滅多に見せる事の無い“素”の表情を、包み守るように見つめながら、頷いて言った。
「怒ったら、負けです」
悪戯っぽく、チャーミングな笑顔でそう言われ…。
ローランデはバツの悪さを感じつつも、素直にアイリスの言葉に頷き返した。
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