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父の告白
しおりを挟むシェイルはシェリアンに縋り付いたまま、離れなかった。
「…シェイル…」
シェリアンはシェイルを抱きしめ、そして囁く。
「あの時、俺はお前のことだけ、考えてた…。
気が狂ってるガーナデットが俺を攻める行為を、幼いお前に見せてた時」
シェイルは咄嗟、顔を上げる。
「覚え…て?」
シェリアンは頷く。
「思い出した。
まだ…靄がかかったように遠く朧だが…。
俺はお前のことだけが、心配だった。
あの行為の間だけ。
あんな酷い俺の姿を、お前に刻みつける為だろうが。
あの時しか、俺はお前の姿を見られなかった。
けど…やっと目にしたお前は笑わず…陶器の人形のようで。
俺はどれ程、胸掻きむしられたことか。
だが戒められていたし、体力を削ぎ取られていたから…抗うことも出来ない。
俺は…あいつに、屈服したと思わせ、お前の待遇を良くしてくれと頼み、あの時やっと、バルコニーで普通にお前に会えると…。
喜んで、行った先でお前は…。
バルコニーの端から、飛び降りようとする姿を見て、気が狂いそうに駆けた」
シェイルは弾かれたように、父親の顔を見た。
以前の…生気溢れる顔と違い、とても弱々しく見えた。
けれど碧緑の瞳はどんどん、輝きを取り戻してる。
「ガーナデットは…『教練』時代の同級生だ。
俺はディラフィスらと連み、近衛で一年過ごした後、合わないと感じてディラフィスと共に神聖神殿隊付き連隊へと移った。
ガーナデットは結局、卒業後軍には進まず…家に引きこもってた。
ヤツが言うには…俺のせいだそうだ。
俺がずっとあいつを…虐めてたからだと。
だがディラフィスに聞くと、違う。
ガーナデットはずっと俺のように成りたくて…だが俺は、あいつをうっとうしがった。
すげなく、あしらったんだ。
あいつはいつも、俺達を…特に俺を見ていて、行く先々に現れたと。
ディラフィスは、それを覚えてた。
だが俺は…まるで気にしてなかった。
あいつなんてまるで視界に、入ってなかったから。
それが…気に入らなかったんだろうな。
あいつの妹、ライラアンに俺が心惹かれ、結婚を決意した時。
それがあいつの好機だった。
妹と結婚したかったら、自分の城に同居が条件だと。
そう言われた時、ディラフィスは強固に反対した。
絶対何か、企んでると。
だがライラアンは…両親が馬車の事故で亡くなってから、家長の兄が親代わり。
逆らう事なんて、念頭に無い。
だから…彼女と結婚するには、条件を飲むしか無かった。
その時もう、お前がライラアンの、お腹にいたから。
ライラアンは言った。
同居したくないなら、それでもいい。
結婚しなくても…愛しているし、お腹の子は大切に育てるから。
そこまで言われて…どうして断れる?
あいつの条件を、飲むしか無かった。
俺はディラフィスに『結婚して同居する』
そう告げた時の事を、今でも思い出す。
『気をつけろ』
ディラフィスに言われ、俺もそうする気だった。
俺は…けどガーナデットを舐めきっていたから、大した嫌がらせはされないと思ってた。
だがまさかガーナデットが…あそこまでするとは…。
食事に薬を盛られ、東の塔に閉じ込められ、両手両足は鉄の枷を嵌められちゃ…。
逃げようが無い。
更に食事も制限され、常に薬で朦朧とし…。
お前ともライラアンとも、会えなくなるなんて、考えたことも無かった。
…ただ、ライラアンの手元にお前がいる事だけが、救いだった。
幾らガーナデットだろうが、実の妹にそれ程酷い事をするとは…思えなかった。
ずっと、お前達二人の事が心配だった。
逃げ出す為にはどれ程でも知恵と体力を使ったが…全て無駄だった。
ディラフィスらと、連絡も取れない。
だがまさか俺の葬式がきっかけで、お前達が助かるなんて。
ライラアンはきっと、幼いお前を守りたくて、必死だったんだろうな…。
ライラアンは俺と同じ東の聖地にいたから…今朝、彼女に会ってきた」
シェイルはずっと会ってない母親の話が出て、シェリアンを喰い入るように見つめる。
シェリアンは愛らしいシェイルを見つめた後、また口を開いた。
「彼女は俺よりもっと…兄の放つ、『闇の第二』の“障気”に晒されていて…とても、心が弱ってた。
お前をディラフィスに託した後、東の聖地から出られなくなったのも、その為だ。
彼女も俺同様、昨日までほぼ正気を無くしていた。
記憶どころか…自分がどこに居て、何をしてるかも…分かってない。
今でも…俺を見て、ただ泣くだけで…俺が本当は誰か。
はっきりとは認識出来てない。
けど俺も記憶が戻り始めてる。
ライラアンも…正気に戻る日が、来るかもしれない。
『闇の第二』の“障気”は深く人の心を傷つける。
『影』に傷つけられた痕が完全に消えない限り、結界の外に出れば、別の小物の『影』にすら、簡単に身を乗っ取られ…『影』の思うまま操られてしまうから…。
俺もライラアンも、迂闊に東の聖地から出られない」
シェイルはシェリアンの腕を掴み叫ぶ。
「僕…僕も東の聖地に行く!」
シェリアンは笑う。
「もちろん、いつ来てもいい。
けれどシェイル、せっかく『教練』に入学出来た。
それは…とても凄いことだ。
分かるか?
大抵の者は…余程強く無い限り、望んでも入学は許されない」
シェイルはそれでも、懐かしい父を潤んだ瞳で見つめた。
「…週末は遊びに来てくれていい。
歓迎する。
けれど…まだ一年。
最初の一年は、とても大事だ。
分かるか?」
シェイルはローランデや…ヤッケルやフィンス。
そしてディアヴォロスを思い出した。
体を張って守ってくれた、ローフィスの事も。
「しゅう…末?」
シェリアンは頷く。
「家が近い者は、週末実家に帰るだろう?
お前は…東の聖地に来ればいい。
通行証を貰うから」
シェイルは頷く。
「ライラアンの治療法は、ずっと分からなかったそうだ。
けれど捕らえてた『影』の正体が分かったから。
治癒も出来るようになったと、東の聖地の癒やす者が告げた。
時間はかかるだろうが…お前が『教練』を卒業する頃には、俺もすっかり元気になれる」
シェイルはまた、頷いた。
そして囁く。
「とも…だちが出来た…。
最初に友達に成ってくれたのは、シェンダー・ラーデンの大公子息の、ローランデって…凄く素敵な貴公子で…」
シェイルは夢中で、友達の話をした。
彼の父親は嬉しそうに…。
そして成長した息子を、眩しそうに。
見つめながら微笑を浮かべ、息子の話に頷き続けた。
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