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光竜ワーキュラスの忠告
しおりを挟むローズベルタが宿舎に入っていくのを見送り、ディアヴォロスは一年宿舎の前で、知らせてくれたワーキュラスに心の中で礼を告げる。
けれどワーキュラスは囁いた。
“肝心の…君の守った相手には…会わなくていいのか?”
頭の中で響く声にそう尋ねられて、ディアヴォロスは5年程前…森のコテージで出会った、はぐれた小鳥のようなシェイルの事を思い出した。
綺麗で儚くて…けれど心の中はズタズタ…。
絶望で満ちていた。
手を差し伸べ、コテージへと招き入れる。
当時コテージには、三人の少年が出入りしていた。
三人は互いに競い合い、自分を振り向かせようとし…。
けれど特に一人に絞って付き合う気が、ディアヴォロスには無かった。
求められるまま三人と関係を持ったから…彼らはいつも訪れる時をずらし、けれど誰が自分を射止めるかを、常に競ってた。
丁度その内の一人が帰る所で、シェイルとすれ違う。
少年はシェイルをジロリと見て、帰って行った。
シェイルはたったそれだけで…怖じけてしまう程、心許なく弱かった…。
室内へと招き入れる間、ワーキュラスは彼の事情を見せてくれていた。
この世でたった一人の…愛する義兄と、女性との情事。
彼はそれを見て、心引き千切られていた。
自分の命には価値がないと…そう思う程。
“ローフィスに振り向いて貰えなかったら…僕なんて…生きてる意味すら無い…”
ディアヴォロスはか弱い小鳥のその体から…生命力がすり抜けて行くのを感じた。
“ディアス…彼は、ずっと子供のまま、義兄と居たいと願ってる。
だが人は成長する。
彼の義兄は女性と付き合う自分の姿を、手本として弟に見せて…弟がこの先進む道を示そうとしてる。
だが弟は望んでない…。
大人になることを。
彼の世界には義兄しか存在せず、その義兄に去られる恐怖で身が竦み、そして…”
ワーキュラスの言いたい事は分かった。
この儚げな美しい小鳥には…生きようとする意思が無い。
今にも折れそうな弱い翼。
傷ついた小鳥は最早この世にすら存在することを…望んではいず、自分を守ることを捨て…命を断ってしまう…。
そんな危うさが、ワーキュラスをもってディアヴォロスに警告を与えた。
“彼をこの世に繋ぎ止めるには…”
ワーキュラスのその声に、ディアヴォロスは頷いた。
絆が必要だった。
彼をこの世界に繋ぎ止める、強い絆が。
彼を支えた義兄が、例え彼を欲せず愛する女性を選んだとしても…。
“受け止める腕”は別にあるのだと。
存在してるのだという事を、シェイルに鮮烈に、刻み込むために。
その為に、ディアヴォロスはシェイルを抱いた。
ワーキュラスに光で包み込んで貰い、出来るだけ生々しくないように。
優しく気持ち良く…。
けれど情熱を持って。
それは、この世から消えて行く命を、救う行為のはずだった。
人助けのつもりで。
けれど………。
ディアヴォロスは入学式の時を思い起こす。
助けた後、シェイルの背後に義兄が駆けつけていると教えた。
小鳥は自分に一片の感情も残さず、一直線に…彼の愛する義兄の胸に、飛び込んで行った。
それを思い返す度、チリ…と胸が痛んだ。
あの一時は、欲望では無くシェイルの命を抱き止める行為のはず。
けれどディアヴォロスは自分が思いのほか…シェイルの望む相手が自分で無い事に、がっかりしてると気づく。
“君は…自分の感情に…驚いてる?”
ワーキュラスに聞かれ、ディアヴォロスは苦笑した。
全身で、魂で欲し…義兄の名を呼ぶ小鳥。
それは自分にとって、激しい拒絶に聞こえたことに、愕然とした。
そして…弱く儚く、だからこそ純粋な…夢のように美しいシェイルに、自分が思ってるよりもうんと…惹かれ、囚われてると、認めざるを得なかった。
“君の都合では無く、彼の為に。
警告を与えるべきでは?”
ワーキュラスに言われてディアヴォロスは一つ、ため息をつく。
…去ろうとした一年宿舎へ再び、足を向けざるを得なかった。
ノックして扉を開ける。
そこにはフィンスとヤッケルがいてそして…寝台に腰掛ける、シェイルの横のローランデまでもが、目を見開き自分を見つめていた。
けれど視界にくっきり映るのは…幼い小鳥では無く、今では存在感を感じさせる成長した小鳥…。
彼が怯えていることが、手に取るように分かる。
けれど同時に絶望も。
ディアヴォロスは小声で室内の者に警告する。
「私と同学年の…グーデンの護衛らがここに来ようとしていた。
私が止めたから、今夜はもう来ない。
だが彼らはとても乱暴だから…出来るだけ大勢で固まり、一人はいつでも…オーガスタスか私を、呼びに行けるようにしておくと良い」
フィンスとヤッケルは頷き、ローランデはまだ見つめ…けれど二人に遅れて頷いた。
ディアヴォロスはシェイルに見つめられ…その心の中が義兄ローフィスで占められている事に、また胸が痛んだ。
けれどふいに。
シェイルが頬を染めて顔を下げる。
たった一瞬。
その心の中に自分との情事が浮かび意識され…ディアヴォロスは思いのほかそれが嬉しくて、シェイルに微笑んだ。
けれど直ぐ…シェイルの心の中に浮かぶ言葉…。
“相手がローフィスだったら…”
そしてそれが実現しない絶望に再び、傷ついた心は痛みに叫ぶ。
ディアヴォロスは気づいたら背を向けていた。
ローランデの声が響く。
「あの…貴方に救いを求めても…応えて頂けるんですか?」
ディアヴォロスは扉を開けようとして振り向く。
「あの四人はとても危険で凶暴だから。
対峙出来るのは、私かオーガスタスくらい。
他にも一人、同学年にいるにはいるが…。
彼は…正しいことに自分の力を使う事に、興味が無い」
ローランデが頷くのを見て、視線をその横のシェイルに向けようし…ディアヴォロスは止めた。
ワーキュラスから…シェイルの義兄ローフィスが、自分の欲望を解放しろと迫るシェイルから、シェイル自身を守るためにもう逃げ場が無くて、我を無くしていると聞いた。
“そして彼は直、すべきことをするしか無いと、悟るだろう”
ワーキュラスの予言。
つまり…シェイルはこんな危険な場所に飛び込んだだけの価値があったと、直知る。
長年の切望…ローフィスが自分を欲し、抱き合う事が出来るという、叶わぬ夢の実現。
そうなったらもうシェイルに自分は、必要無くなる。
ディアヴォロスはシェイルを見ないまま扉を閉め、そして…ワーキュラスに囁いた。
“失恋とはこんなに…胸が痛む物なのか?”
ワーキュラスからは…言葉の代わりに、慰めるように美しい光がさざめき、送られて来て…。
それでディアヴォロスは自分がこの先失恋すると。
確実に分かって、苦笑した。
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