若き騎士達の危険な日常

あーす。

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台の上の顔見せ

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 広場の真ん中に横一列に整列する新入生らを、上級生達はコの字型に囲んで並ぶ。

新入生の、かなり離れた背後には三年が。
右横に四年。
左横に去年新入生だった、二年らが並ぶ。

離れてるとはいえ、周囲を上級生らに囲まれた新入生は皆、学年が上がる毎にデカくなる逞しい男達に怖じ気づいて、落ちつかなげ。

けれどデカい男らにジロジロ見られてると言うのに、ローランデは少しも緊張を見せなかった。
朗らかにシェイルに笑いかけて、楽しげに話しかける。

「じゃあさっきの…ローフィスって、お義兄にいさんなんだ?」
そう尋ねられてる間中、シェイルはローランデの、とても上品な笑顔に見惚れ、頬を染めて頷く。
「うんずっと…一緒で。
ここに入学しちゃってからは、離れてて滅多に会えない」
「きっと凄く、大切にされてたんだね?
困ったら、何でも言って?
私に出来ることなら、何でもするから」

シェイルは、びっくりした。
ほぼ初対面の相手に『何でもする』なんて、軽々しく口にする人なんていない。
口だけの詐欺師か、それともとても誠実で思いやりのある…。

そこまで考えて…シェイルはなぜか、確信した。
ローランデはきっと、後者だ。
僕の事を本当に思って、言ってくれてる。
軽口でも何でも無く、心からの言葉で誠実に。

けれどローランデと一緒に居ると、あちこちから視線がチラチラと送られて来て、同級生のみならず、上級生にさえも、見つめられてると気づく。
ローランデは他の同級生と比べてみても、気品溢れ、素晴らしく美しい貴公子に見えるから…。
きっととても、目立つんだ。

「…視線…気になる?」
ローランデに聞かれて、シェイルはほんの少し背の高い、ローランデを見上げる。
「君、本当に王子様みたいに品が良いから。
きっと凄く、目立つんだよ」

そう頬を染めて言うシェイルのセリフに、ローランデは大きく目を見開く。
「…私は北領地シェンダー・ラーデンの大公子息だから、子供の頃から見られるのには慣れてるけど。
でもきっとみんな、君を見てると思う」

シェイルはそう言った、ローランデを見つめた。

高貴な雰囲気は侵しがたくて…彼を特別に見せている。
「…君と比べたら僕なんて、下品な田舎者にしか見えないと思う」

ローランデはシェイルのその言葉に、また目を見開いて…。
そしてとうとう、クスクスと笑い出した。

笑われてるというのにシェイルは、ローランデの笑顔が嬉しくって、彼の顔に見惚れ続けた。
ローランデに『初めて出来た友達』と言われた言葉が耳に残り続け、更に隣に彼がいて、こんなに親しく話してる。
シェイルは気持ちが宙に舞い上がって、足元がふわふわ浮いてる気がした。

さっきの…見知らぬ下卑た上級生に、抱きしめられた恐怖も忘れて。

やがて新入生の前の段上に校長が立ち、立派な白い髭と、年配ながらも気骨ある風情を披露し、国王のために自分を磨けと焚きつけて、段上を去る。

その後…新入生、一人一人の名が呼ばれて、壇上に上がって行く。

シェイルはまるで…見せ物のように段に上がることに、恐怖を感じた。

「ヤッケル!…シェイル!!!」

…自分の名を呼ばれ、シェイルはおずおずと、ローランデの横を離れて…先を歩く新入生の、背に続いた。

振り向くと、新入生の列の後ろの、三年の列にローフィスの姿。
けれど…こちらを見ない。

シェイルは脳裏にローフィスの怒鳴り声が木霊するのを意識した。

“帰れ!
ここから去れ!!!”

けれど…前を歩く新入生が自分と同じ位小柄で…シェイルはなんだかほっとして、彼と一緒に段の上に上がり…そして、後悔した。

全校生徒の視線が自分に集まる。
まるで珍しい物を見るように。
無遠慮に。
値踏みするように…。

途端、体が強ばり、喉がカラカラになった。

「…まるで晒し者だよな」
ぼそり…と。
緊張を解きほぐす声が、横からする。
自分と同じ位の身長の、新入生だった。



シェイルは言った彼に振り向く。
明るい栗色の、肩迄の短髪巻き毛で、よく見ると鼻筋の通った綺麗な顔立ちをしてるけど…。
タフでラフな感じがして、ローフィスに雰囲気が…少し似ていた。
少しおどけた表情で、自分たちを…いや、ほぼシェイルだけを見てる全校生徒らに、首を振る。

「ヤんなるよな。
デカい男ばっかで」

シェイルは…全校生徒に見つめられているというのに、思わずくすっ。と、笑ってしまった。

すると。
全校生徒の視線がシェイルの笑顔に吸い付く。

横の新入生が、気づく。
「お前が笑っただけで、あれだぜ。
きっとみんな、女に飢えてるから。
顔が綺麗なだけでお前のこと、女が紛れ込んだみたいに喜んでるんだぜ?」

馬鹿にした言い方が…自分を庇ってるみたいで。
シェイルは彼の事が、大好きになった。

「ええと…」
「?ああ、俺の名?
ヤッケル」

シェイルは頷く。
横の子が動き出して、シェイルはヤッケルと一緒に、段を降りた。

降りる時、ローフィスを見たけど…。
やっぱり俯いたまま。

シェイルはがっかりして、顔を下げる。

ローフィスに会うために来たのに。
会いに行く度“帰れ”と言われたら……。
…一体、どうすればいいんだろう?

シェイルはすっかり落ち込んで、顔を下げた。

背後では名を呼ばれた新入生が次々に段上に上がる。
背の高い、真っ直ぐの栗毛の気品ある大貴族の子が段上に登った時。

上級生からため息が漏れる。

ヤッケルはシェイルの肩の衣服を引っ張り、元の場所へと並んで耳打ちする。
「後に名を呼ばれる程、身分が高い」
シェイルは、頷く。
「でもって上級生らは、腕の立ちそうな新入生を、物色してる」
「…なんで?」
「…近く、学年無差別、剣の試合があって。
新入生になんて負けたら、上級のメンツが丸潰れだからさ」

シェイルは剣の試合のことは、ローフィスから聞いて、知っていた。
ローフィスの学年では彼の友人、オーガスタスがトップだと…。

けれど剣は柄が脆く、力づくで振り回せば直ぐ折れるから、力自慢には不利に出来ていて、本物の剣技が試される。
なので剣の技が優れていたら、下級生でも勝ち上がるチャンスがある。

そう聞いたけど…。

「君、うんと…剣の練習、してきた?」
不安になって、そう尋ねる。
ヤッケルはシェイルに振り向くと…じっ…とシェイルの顔を見つめた。
くっきりと意志の強そうな、空色の瞳。
真面目な顔をすると、凄く整って見えた。

「大貴族らは、特別宿舎で召し使い付きのお坊ちゃん。
けど奴らは、名家の名誉にかけて、訓練積みまくって来てる。
そんな奴らに、そうそう勝てるか?」

「…え…と…」
「…それに脆い剣だぜ?
直ぐ折れるか、柄からすっぽ抜ける。
余程の腕が無いと、試合数はこなせない。
だから…」
「だから?」
「こいつにだけは、負けたくない。
ってヤツにだけ、勝てればいい」

シェイルはそう告げた、ヤッケルをまじっ…と見て。
またクスクス、笑い出した。

“ローフィスに、そっくりだ!”

ローフィスも、同じ事を言ってた。

「…お前、さっきも笑ったな?
俺、そんなに笑える事、言ったっけ?」

そう俯いて、頭を掻いてる。

シェイルはとうとう、口に手を当ててクスクスと笑い続けた。

けどその時。
場の雰囲気が変わる。

見るとローランデが、段上に上がっていた。

「おい…!
あれが…北領地シェンダー・ラーデン大公子息か?!」
「エライ小柄だぜ…」
「間違いなく、学年筆頭だろうが…あんな優しげで、一年まとめて行けるのか?!」

上級生らの、ひそひそ声があちこちから聞こえた。

けれど段上のローランデは、気にする風も無い。
微笑んで、段上から去る。

「…無理無い。
四年は…王族のディアヴォロス。
三年は…オーガスタスだろ?
二年はやっぱり王族のディングレー。
ディアヴォロスもオーガスタスも、凄く背が高くて逞しい。
ディングレーだって、今は上級よりは小さくても、体格いいし…。
見劣りするよな、どうしても」

シェイルは大好きなローランデが、馬鹿にされたように感じて、ヤッケルに喰ってかかろうとした。
けれど…言ったヤッケルが、気落ちしたように顔を下げている。

シェイルはそんなヤッケルを見て、一緒に気落ちして、囁いた。
「…やっぱり…逞しくないと不利…かな?」

ヤッケルは顔を下げたまま、頷く。
「体力余程無いと。
デカいヤツの振り下ろす剣なんて、受け続けられない。
腕が痺れて」
「うん…」

ヤッケルと一緒にシェイルも落ち込んで、顔を下げていると。
ローランデが戻って来て、隣に並んで尋ねる。

「…どうか、した?」

ローランデに顔を覗き込まれて、シェイルは顔を上げる。
上級生に、見世物のように値踏みされたと言うのに。
ローランデの笑顔は少しも曇らない。

ほっとしたようにシェイルは、反対横のヤッケルに振り向く。
けれどヤッケルはもう、そこには居なくて…。

三人向こうに場所を移し、横のコと、話してた…。

ローランデに振り向くと、ローランデはまだ…尋ね顔で見つめてる。
シェイルは首を横に振る。
「ううん…。
何でも無い」
「そう」
まるで、花がほころぶように、ローランデに微笑まれて…。
シェイルはやっぱりローランデの事が大好きで、微笑み返した。

けれどシェイルが笑うと…皆、振り向いて見つめる。

シェイルは視線が集まると途端、笑顔を崩し…不安げな表情を見せる。
するとローランデは、微笑んで告げた。

「君、笑ってると素晴らしく可愛いから」
シェイルはむくれたように、口を尖らせた。
「それ、男には褒め言葉じゃ無い」

ローランデは気づいて…思わず、ぷっ。と吹き出す。
シェイルはつい、ムキになって尋ねる。
「おかしい?!」
「…ううん…。
ううん。
君、姿が凄く綺麗なだけじゃなくて…。
君の笑顔を見たらきっと誰でも、君のこと、好きになるよ」

それを聞いた時。
“それは君だ”
シェイルはローランデに、そう言いたかった。

穏やかで優しくて、高貴なのに親しみ易くて…。
そして親切で、誠実そう…。

その後、解散を告げられ一年宿舎に行くまでずっとローランデと並んで夢中で話し、シェイルは…入学式の不安を、すっかり忘れた。


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