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入学式 3
しおりを挟む広場の端の、木陰まで来ると、ローフィスが足を止める。
途端、シェイルは再びローフィスの胸元に滑り込んで、きつくしがみついた…。
“会いたかった。
ずっと一緒に…いたかった!
子供の頃のように…”
無言のシェイルの叫びは、きつく喰い込む指が物語っていた。
端から見てローフィスは、暫く抱き返す事もせず、呆然とした様子で、呆けているように見えた。
オーガスタスはローフィスの横に立ち、少し離れた場所から物見高い視線を感じる度、振り向いて…。
長身の迫力ある体軀で、脅すように見つめ返す。
その都度、物見高い視線の主は、視線を下げて顔を背けた。
オーガスタスはそんな風に睨みを利かせながらも、友人ローフィスの様子を伺った。
心、ここにあらず。
“こんなこいつを、見た事が無い”
だが暫くして、オーガスタスはローフィスが、動揺しまくってるんだと気づく。
とてつもなく、この上無く、動揺しまくってる。と。
やっと…ローフィスが口を開いた時。
オーガスタスはほっとした。
けれど掠れた…まるで生気のない声。
「…帰れ…。
ここに入るのは…止めろ」
やっとの事、告げる言葉。
シェイルはローフィスの胸に顔を埋めたまま上げず、ローフィスは…腕を上げず、シェイルを抱き返さず。
だらん…と両手を下げて、放心した表情のまま。
それで…オーガスタスはそんなローフィスの様子が、とてつもなく心配になった。
見た事の無い表情。
普通の場でローフィスは、長身の部類なのに。
デカい男だらけで、体格の良さを誇る乱暴者集う『教練』の中でローフィスは、かなり小柄に見える。
けれど機転が利き利口で、そんな体格の不利をいつも頭を使って痛快に覆す。
(『教練』では)小柄ながらも頼もしい、そんなローフィスが、オーガスタスはとても気に入っていたから…。
こんな風に心を根こそぎもぎ取られたような、放心したローフィスの姿を初めて目にして、胸が痛んだ。
「…シェイル!!!
いいから帰れ!
二度とここに近づくな!!!」
ローフィスは怒鳴っていたけど…オーガスタスには分かった。
ローフィスは心配で気が狂いそうな程、動揺しきっていると。
それでもシェイルは顔を上げず、ローフィスは尚も怒鳴ろうとして…泣き出しそうな表情を見せた時。
オーガスタスは心底、ぎょっ!とした。
ローフィスはこの義弟に惚れてる。
惚れきってる。
だから…シェイルがここでどれ程危険か。
性欲に飢えた狼だらけの中、どれ程無残にシェイルが引き裂かれ、辱められるか。
考えただけで、気が狂いそうなんだと。
「…悪い!
俺も間に合わなくて。
けどディアヴォロスのが俺より、適役だったし…」
オーガスタスが振り向くと、一級下でディアヴォロスとはいとこ同士の、王族ディングレーが心許ない表情で、駆けつけて横に滑り込む。
オーガスタスはまた、目を見開いた。
王族然と、同級の身分高い取り巻きをいつも引き連れ、年下ながらも威厳と圧倒的な存在感を見せる高貴な男が…。
凄く、しゅんとしてる………。
「ああ良かった!
ここに居たんだ!
はぐれてしまって…探したんだけど」
まだ変声期前の、艶やかな少年の落ち着いた声がした時。
ようやくシェイルは、ローフィスの胸から顔を上げる。
ディングレーは横に滑り込む、彼らからしたらかなり小柄に見える、色白の貴公子を見つめ、年上の男達に紹介する。
「北領地の大公子息、ローランデ。
…シェイルと面識、あったのか?」
年上の王族にそう聞かれ、若き貴公子は微笑む。
「校門で。
ここで出来た初めての、友達です」
ローフィスもそう言った貴公子に振り向いたけれど…シェイルもそんな、ローランデを見つめた。
白い頬。
綺麗な鼻筋。
澄んだ湖のような青い瞳。
たおやかに胸を飾る、明るいしなやかな栗毛。
気品が溢れてるのに、とても親しみ易い、優しい微笑を浮かべてる。
オーガスタスは地方大公の、あまりに小柄で品の良い様に拍子抜けしていたけれど、ディングレーも同様。
見慣れぬ者を見るように、目を見開いて見つめていた。
地方大公子息とは、その土地では王子に匹敵する。
けれど大抵は蛮族の主のように、俺様でワガママで、桁外れに強い代わりに、無軌道な常識外れと相場が決まっていた。
「(…こんな上品な地方大公子息、見た事無い)」
オーガスタスが思ったように、ディングレーも思ってる様子だった。
「…大丈夫だった?」
ローランデにそう、優しく気遣われ、シェイルは嬉しそうだった。
「もう、みんな並び始めてる。
直式が始まるから…整列しないと」
シェイルがローランデにそう言われて、ローフィスの側から離れようとする。
その時、ローフィスはシェイルの手首を捕まえ、引き、自分に振り向かせて怒鳴った。
「いいから帰れ!
ディラフィスはまだ、そう遠くに行ってないんだろう?!」
オーガスタスとディングレーは普段、滅多に声を荒げないローフィスのその声の激しさに、ぎょっ!としたけど…。
怒鳴られたシェイルは、今にも泣きそうで…。
シェイルに泣かれそうになったローフィスは、困り切った表情に変わり、オーガスタスもディングレーでさえも。
…もしかしたらローフィスまで…泣くんじゃないか。
と、ハラハラした。
ローランデだけが、冷静な声で囁く。
「…これだけ容姿に恵まれていたら…ご心配、無理もありません。
けれど私が、多分一学年筆頭。
責任を持って、彼を保護いたします」
そんな誠実なローランデの言葉に、シェイルはぱっ!と表情を輝かせ、ローフィスは横やりを入れるローランデに顔を向けて、怒鳴りつけようとして…。
あまりに優しげで気品溢れる貴公子が目に入り、呆けた。
「(…ローフィスの負けだな)」
オーガスタスは顔を下げてため息を吐いた。
が、他からもため息が漏れて…見るとディングレーが、自分同様項垂れるのを見て、オーガスタスはつい、顔を下げた。
ローフィスが怒鳴り損ねた隙に、貴公子ローランデはやって来るシェイルと一緒に、新入生が並び始める広場の列へと、歩き去って行く。
放心状態で、二人を見送るローフィスの横に。
オーガスタスが並び、反対横にディングレーが並ぶ。
気品溢れる美しい若き貴公子と、妖精のように儚げな、とびきりの美少年…。
あまりに似合いの、絵姿のように美しい二人…。
「……………………………………」
いつまで経ってもローフィスが口を開かないので、オーガスタスは代わって言った。
「あの優しげな貴公子が。
守り切れると思うか?」
答えたのはディングレー。
「…シェイルは一般宿舎で、ローランデとは別だろうし。
…難しいよな?」
ローフィスは突然、シェイルの身に降りかかる危険を思い出したのか。
駆け出し、けれど突如止まり。
その後…どうすればシェイルをここから出せるか。
説得出来るかを、必死で思い巡らし…。
オーガスタスとディングレーは、そんなローフィスを見守りつつ、互いの顔を見合わせ。
そしてとうとう…説得出来る言葉の見つからない、狼狽えきったローフィスを見て、二人同時にため息を吐いた。
全校生徒は学年別に整列し始め…オーガスタスは固まったまま狼狽えまくるローフィスの背を、押して促さなくてはならなかった。
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