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3 念願の美女

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 人気の無い木立に囲まれた茂みの手前で、二人は立ち止まる。
ランプの灯は遠く、二人は暗い森の中、ほぼシルエットに見える。
が、ゼイブンは目前の美女に、顔、傾け、寄せようとするのを見。
ローフィスは、ぎょっ!とした。

『妖艶の王女ミラディス』だったとしたら…口づけなんてしたら、生気を吸い取られ『影』の配下に成り下がる。

が、顔寄せたゼイブンの口元が動いていて、呪文唱えてる様子で。
木の陰から伺ってたローフィスは、ほっと胸撫で下ろす。
「(魚の骨取って身を食べるように…『影』を払ってから美女を食う気だな…)」

が、呪文唱え出した途端、美女は突然炎を吹き出す。
ローフィスは咄嗟、茂みの後ろから駆け出し、手に持つペンダント握りしめ、呼び出す相手を思い巡らした。

『逃げろゼイブン!!!』
怒鳴りたかった。
が召喚呪文唱えてて、無理だった。

気づくと、あっ…と言う間に美女の足元から炎が広がり行く。

ゼイブンがすっ飛んで逃げ出した時、ローフィスの呪文に応え、神聖騎士ドロレスが、空間に突如その発光したまばゆいい姿現し、笑う。



「炎の女王サランディラ」
炎に包まれた美女はそう自分の名を呼ぶ、空に浮かぶ神聖騎士の姿を見つけ、うそぶく。
「あら…!
ずいぶん厄介な相手を寄越してくれるじゃない?」

ゼイブンは地を這う炎から逃げてたが、美女の姿に目を戻し、ぎょっ!とした。
確かに胸はせり出し、盛り上がってた。

がその肌は真っ黒で黒い鱗に覆われ、髪は真っ赤に変わり炎の中うねり、更にその目は蜥蜴のような黄色…。

ローフィスは怒鳴り付けようか。とも思った。
が、地を這う炎の範囲から、ゼイブンはちゃんと距離を取って美女の変わり様を見ている。

「(流石に、生存本能は健在か)」
ほっ…として、召喚された神聖騎士の戦い様を見届けようと、横の木に手を付く。

正直、本来神聖神殿隊のペンダントで、格上の神聖騎士を呼び出すなんて無茶で無謀で。
一気に“気”を消耗し、フラついた。
が、くらくらする頭を振り、空(くう)に白の隊服はためかす、『光の王』の末裔で素晴らしい能力者の、神聖騎士を見つめる。

炎に包まれた美女…炎の女王サランディラの攻撃対象は。
一気に、ゼイブンから神聖騎士ドロレスに移る。

宙に浮く彼の足元に炎の溶岩が広がり行き、その場だけ別次元の場所のよう。
が、浮いたドロレスは、自分の足元だけその灼熱の溶岩を許すものの。
範囲が広がる事を、超常力で防ぐ。

サランディラとドロレスの、二人の居る辺りだけが。
ドロドロと溶ける溶岩と炎が吹き出し、別世界がそこには在って。
ローフィスはドロレスが、焼かれはしないか。
と凝視する。

『影』の中でも炎の女王サランディラは、大物中の大物。
確かに呼び出しはしんどかったが、本来彼らが呼び出せる神聖神殿隊騎士らの、戦える相手なんかじゃない。

神聖神殿隊騎士らは『光の国』より光臨する『光の王』従者の、末裔。
一方、神聖騎士らは『光の王』の末裔。

その能力も人格も、神聖騎士らが上回る。

ゼイブンは空(くう)飛び襲う炎が、すっかり消えて視線を上げる。
目前上空に白い隊服はためかせ立つ、神聖騎士。
がその敵、炎の女王サランディラの、不気味な微笑は消えない。

ゼイブンは心から神聖騎士を呼び出した同僚ローフィスが、頼もしくて。
感謝の視線を、投げようとした。
が木陰に居るのか、その姿は暗い木立の中に埋もれ、見つけられなかった。

ローフィスはじりじりと範囲を広げようとする溶岩を、ぐっ!と阻みさせない神聖騎士を見守る。
何と言っても人間の彼らは、炎の女王に迂闊に出会ったりすると。
一瞬であの灼熱の炎で焼かれ、激痛の内に炭と成り、魂は女王の下僕となって囚われる。

足元に口開ける灼熱の溶岩にも微笑を崩さぬ、頼もしい神聖騎士の姿に。
ローフィスはそれでも、手に汗握り決死で見つめた。

サランディラが今回なんでこんなややこしい手を使ったのか、とも思えた。
が、派手にやれば直ぐ神聖騎士らが駆けつけて、蓄えた力を放出し。
元居た場所へ追い返される。

『影』らの住む、封印された別次元へ。

「無駄だったな」
ドロレスに言われ、炎の女王サランディラは妖艶にわらう。
「…神聖騎士と言っても、ひよっこね?
まだ大して経験も無い。
そうでしょ?
そんな奴に私が、払えるのかしら?」

ドロレスは白金で覆われた、光の中で笑う。
「年齢を経てるのがご自慢のようだ。
だが…老齢で力在る若者の私に、勝てるのか?」

女王は侮辱されたように力任せに範囲を広げようと力み、ドロレスはさせまい。
と拳を握り、御してる。

まるで力比べをしてるように…彼らの足元の溶岩の範囲は…広がりかけては範囲を縮める。
を繰り返していた。

ドロレスは灼熱の炎の中に居て、その『光の王』の血を継ぐ端正な顔は厳しく引き締まり、汗を…かいてるように見えた。

無理も無い…。

あの中に人間が入ったら、一瞬で焼けて溶ける。
そんな中に居ながら…ドロレスは女王が更にその場を広げるのを、防いでるのだ。

「(神聖騎士で大正解だぜ…)」
ローフィスは思った。
が、ゼイブンも同様のようで、少し離れた位置で戦う二人を、見守ってる。
が、近い。

ゼイブンもそう、思ったらしく、もっと下がろう。
とし、後ろにずり下がろうとした、途端…。

後ろのけっこうデカい石に足をブツけ、つんのめり、バランスを崩し前へ…つまり…灼熱のその場へ、頭から突っ込む。

「!!!」
咄嗟、ドロレスが両手右脇に引き、押し出し。
途端、その手から一気に力を放出する。

出た物を見て、ローフィスはぎょっ!!!とした。

巨大な…小山程在る氷の塊が、女王の頭上から彼女に降り落ちる!!!
炎の女王サランディラは、咄嗟その場を引き別空間に、逃げようとした。

が、遅かった。

ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

凄まじい悲鳴が空間に響き渡り、巨大な氷の塊に接触した彼女は、じゅうじゅうと白煙上げながら、白い氷が粉砕された飛沫の中、黒いシルエットとして浮かび上がり…。

そして…身を前屈みに俯くと、一瞬でその場から、消え去った。

ゼイブンは女王が引くと同時、炎の消え行く地面に転げ落ち。
だがどうやら焼かれる事は免れた様子で、ドロレスは浮かぶ空からゼイブンを見、ほっ…と吐息吐く。

ローフィスは木に手を付いて前へ進み出、呟く。
「…荒技だな?」

言うと神聖騎士ドロレスは少し、苦く笑った。
「彼が焼かれる前に。
と焦ったのでね。
悪いがこれで、失礼する。
力を一気に使いすぎて…多分、数分後に失神する」

ローフィスは、頷く。
「来てくれて、ありがとう」

が、ドロレスが空間に微笑を残し消えて行き、ローフィスがゼイブンに視線戻すと。
もうとっくに身を起こし、女王の消えた後に横たわる、憑かれた美女に駆け寄り、起こしていた。

「(あいつが転んだせいで神聖騎士は一気に力使ったってのに…懲りずにまた、美女か?!)」

ローフィスは呆れ、『影』も消え。
もう、ゼイブンを見捨てて帰ろう。
と思った。

自分だって神聖騎士なんて格上の騎士呼び出したせいで、フラフラだった。

が、背を向けた途端、醜いうめき声が聞こえる。

「ぅぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
咄嗟、振り向く。
「(まだ別の『影』も、憑いてたのか?!)」

が…………呻いてたのは、ゼイブン。

よく見ると、仰向けた美女…の筈だった女は、年増ででっぷり太って、あばただらけの凄いご面相に、変わっていた。

「(…炎の女王サランディラの、呪いか?)」
ローフィスが、呆然と歩を止めたまま見つめていると。
女は助け起こしたゼイブンに色目使い、言った。

「あら…こんな美人、見た事無いでしょう?」
が、ゼイブンの見開かれた瞳に気づき、自分の胴回りを見、がっかりしたように吐息吐く。

「…美女に変身させてくれる。って言ってた女は、どこに行っちゃったのかしら…。
私、元に戻っちゃった?
でもほら…私をご所望なんでしょ?
色男さん」

ゼイブンは横たわる彼女に腰を掴まれ、引き寄せられ、必死でその腕外そうと抗ってた。

ローフィスは、もうそれ以上見る、勇気が無かったから背を向けた。
またあの醜い呻きが聞こえる。
そう思ったが、案の定。

「ぅぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

そしてその後、引きつった叫びが聞こえる。
「助けろ!ローフィス!!!
頼む助けてくれ!!!」

ローフィスは足を止め、振り向かぬまま怒鳴った。
「もう『影』は払ったんだ!!!
相手はか弱い女だろう?!」

「か弱くなんか無いぞ!!!怪力だ!!!
頼むローフィス一生恩に着る!!!」

ローフィスは俯き、吐息吐き、そっ…と振り向くと…巨体でその腕の中にゼイブンを抱きしめ、こちらを見、にっ…と笑い、女は言った。

「あら。美男さん。
二人でしてくれても、いいのよ?」

ローフィスは月明かりの中、姿が半分影にはなっているものの。
黒いレースで飾り立てられた、ドレスの胴回りがはち切れて裂け。
ぶよ。と膨れた白い肉の覗く、赤ら顔であばただらけの怪物のような女の顔に、怖気が走り…。
気づいたら、脱兎の如く駆け出していた。

背後から巨大ヘビに絡め取られ食われようとしてるような、ゼイブンの怒鳴り声が聞こえた。

「見捨てるのかローフィス!!!
臓腑散乱してる中、死体食い千切ってる奴ら見たって、平気だったじゃないか!!!
なのにこの程度の女が怖いのか…?!
冗談だろう?
頼む戻って来てくれ…!!!」

声が遠ざかり、小さくなってるのに気づいた時。
ローフィスは恐怖のあまり、歩を止める事が出来なかった。
と、自分を慰めた。

一生に、そうそうあるはずの無い、恐怖だった。
だから…仕方の無い事だ。

と、言っても。
ゼイブンは絶対納得しやしないだろう。
でも、わざとじゃない。
人は真の恐怖にかられると、制御不能になるんだ。

そう言っても。
多分言い訳にも成らず、ゼイブンに喚かれ倒される事は、予想出来た。

ローフィスの足は、フェスティバルの賑わい…人の雑踏に紛れた時、ようやく止まった。

振り向く、根性は無かった。
ゼイブンの、冥福を祈るしか無い。
と言っても相手は『影』で無く人間だから、命に関わる問題は起きない筈だ。
最悪の、体験をするだけで。

願わくばゼイブンが、立ち直って女嫌いにならない事を、祈るばかりだ。



そこまで聞いて、私は目前の、ゼイブンに尋ねた。
「確かに怖い体験だ。
で、結局…?」

ゼイブンは不機嫌に、唸った。
「…二度、唇を汚されは、した。
が隙見て逃げ出したに、決まってるだろう?!」

そう言って、横のローフィスをきっ!と睨む。
が、同時にローフィスはさっ!とゼイブンから顔を背けた。

目を合わせぬローフィスに、ゼイブンは不機嫌極まりなく唸りまくった。
「ローフィスはその時、何て言ったと思う?!
『極限の中じゃ、人間って本来の能力超えた力発揮するんだな』
だとよ!!!
確かに俺も決死で逃げた!!!
だが、ふざけすぎてると思わないか?!
死体食ってる奴ら、平気で凝視できる男が!!!
確かに怪物に近かったが、れっきとした人間の女が、怖くて逃げ出すなんて!!!」

ローフィスはゼイブンより顔背けたまま、大きな溜息付いたし。
私は必死で彼らの恐怖体験に、爆笑するのをこらえた。

目前のゼイブンの怒り顔は迫力で、ここで笑ったりしたら間違いなく…血を見るかも。
そう思ったので。

けれどこらえきれる自信無く、ちょっと失礼。
とトイレに立つ振りをした。

が、限界で、扉に辿り着く前に。
私は爆笑してしまった。

背中にゼイブンの、氷のような視線を浴びたことは、言うまでも無い。

         END

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