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アイリスの交渉術
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一年では大柄な方なんだろうが、明らかにこの室内では小柄。
そして気品溢れる美少年に見えはするが、アイリスは…。
王族のグーデン相手に、怯む事無く微笑を浮かべていた。
『ギュンター同様…怖い者知らずの、馬鹿か…?』
ディングレーはその度胸に呆れ、思わずアイリスを凝視した。
グーデンはチラ…とその、顔立ちは綺麗だがいけすかない態度の、目前の美少年を見る。
「他の王族とも幾度も、会ってると?」
アイリスは残念そうに微笑む。
「ええ。
叔父に、エルベス大公がおりますので。
叔父の園遊会で度々。
前回の園遊会では、サーラッツ公とお会いしました。
「右の王家」のお方で、教練校の理事の総括をされてる。
来年入学だと申しましたら、不慮の事態ではいつでも力になるから、御名を出しても構わないと」
グーデンの、眉が激しく寄った。
「…私を、脅しているのか?」
ディングレーは呆れた。
ディアヴォロス以外はどんな相手も平気な、あのグーデンの、顔を歪めさせるなんて。
「とんでもございません…!
ただ…」
アイリスは寝台に振り返る。
流石に素早いギュンターは、もうアスランの縄を解き…アスランはギュンターに、しがみついていた。
「同級生を私が。
保護しないとならない立場なので…。
その職務に差し障りがあると、先ほど出した御名の理事総括に、ご報告の義務があると考えているだけです」
グーデンは冷たい青の瞳を、目前で微笑むアイリスに投げる。
「それを脅し。と言うのだと…叔父の大公に、教わらなかったのか?!
第一誰を脅してるのか、解ってるのか?」
グーデンの声が低い。
それは本気で怒ってる証拠なのだと、ディングレーは知っていた。
が、アイリスはにっこり微笑み返す。
「勿論、存知あげています。
貴方が再三、下級生の扱いで問題があると公は秘かに報告を受け取り、秘密裏に…貴方に。
これ以上の暴挙が行われている。
と、証拠が上がるようでしたら、特別宿舎に即座に移る様、警告し続けている。
そう、拝聴しています」
ディングレーが、ぎょっ!としてグーデンに振り向く。
が、グーデンはアイリスを睨み付けたまま、言った。
「証拠は上がらない。
誰も証言を、しないからだ!」
だがアイリスは、それを聞いて、もっとにっこり笑った。
「…そうでしょうとも。
私も今から保護する、その一年生に。
くれぐれも私には、叔父の後ろ盾があるから。
安心して証言するように。とは、申しませんから。
勿論それを、しようと思えば出来る立場にいますが」
ディングレーは呆れかえったが、グーデンの目が吊り上がっても、アイリスの微笑は消えなかった。
「…そんな事をすれば…どうなるか、解るか?
私が卒業するこの一年間…。
お前の後ろが血まみれになり、退校を余技無くされる程の怪我を負って、学校を去る恐怖に怯える羽目になる。
例え…特待宿舎に移ろうが、それを決行するぞ?」
ディングレーはごくり…と唾を飲み込んだ。
その脅しを実行する事は、グーデンにとって訳も無かった。
が、アイリスはとぼけ通す。
「ああ…それこそ動かぬ証拠ってヤツですね。
貴方も覚えて置いて頂きたい。
もしそうなれば…叔父は決して黙ってはいません。
例え、「左の王家」を敵に回しても戦い抜く覚悟で。
貴方を破滅に追い込むでしょう。
お互い…肉体を傷付けるか。
名誉が地に落ち、この世から葬り去られるか…。
利口になるしか、方法はありませんよね?」
ディングレーは優雅なその脅しを聞き、腹が冷えた。
王族より身分が低い大公家。
だが例え、身分が劣ろうが。
大公家の中、強大さで一・二を争うエルベス大公家なら。
実際王族を潰せるだけの、実力を持っていた。
…だからこの脅しは、グーデンに対し、効力を発揮する。
グーデンの、眉がぴくぴくと上がった。
「…何が言いたい?」
「この場での事は、無かった事に。
私も…三年の彼…ギュンターも。
私の同級生も、ここには居なかった。
それで、どうです?」
ディングレーはもう、脱力した。
平気で脅し、ここまで…平然と。
和平案を突きつける、アイリスのその度胸に。
グーデンは凄く、不満そうだった。
が、言った。
「いいだろう…」
「いい訳無い!」
ギュンターが、自分のシャツでアスランをくるみ、金の髪を散らし振り向き様、唸った。
が、ディングレーが急いでギュンターに寄って、言い含める。
「いいから奴に、納めさせとけ!
…今はな!」
ギュンターは歯ぎしりして不満そうだった。
ディングレーはアスランに素早く視線を送り、囁く。
「早くここから、連れ出してやれ…!」
ギュンターは胸に縋り付いて震えてるアスランに気づくと、仕方なさそうに頷いた。
ディングレーが、行くぞ!
とアイリスに視線を送る。
けどその時。
倒れた四年の猛者二人が起き上がり、ディングレーに向かって行く。
アイリスは微動だにせず、グーデンの前で微笑み続ける。
グーデンは凄く嫌そうに、眉を寄せた。
が、低い声で、命じる。
「行かせろ…こいつもだ!」
アイリスはグーデンの目前で、にっこり微笑むと。
やっと背を向け、戸口で待つディングレーの方へ、歩を進めた。
ディングレーは横に付くアイリスが。
まるで震えもせず、余裕なのを見て。
つい…視線が吸い寄せられ、色白の気品溢れる美少年を、呆れ混じりにまじまじ見つめた。
扉を閉め、アイリスに囁く。
「お前…脅し上手だな?」
アイリスはディングレーを、見上げて言った。
「それより、頬の腫れを何とかしないと。
男前が、台無しだ」
ディングレーは可憐に見える美少年の余裕に、すっかり舌を巻いた。
「最後…四年に殴らせないよう、俺を護ったろう?」
アイリスは吐息混じりに、そう告げるディングレーを、微笑んで見上げる。
「ご不満ですか?」
ディングレーは肩を竦め、言い淀み…そして肩を揺らし、唸った。
「大した度胸だと、褒めたんだ。
グーデンが標的を、俺からお前に変え。
殴れと命じないと、解ってたのか?」
アイリスは、可愛らしく微笑った。
「だって私が掴んだのは、彼の首根っこだ。
彼だって特待宿舎で。
配下の者が、遊び相手を首尾良く捕まえて来るのを待つよりも。
この四年宿舎で、大きな顔をしていたいでしょうから…」
ディングレーは俯く。
「即座に移れ?
理事総括に、そんな警告出されてるだなんて、俺は全然知らなかった」
アイリスは、ディングレーが項垂れるのを目にし、囁く。
「…だって、貴方には危険が無い。
けど我々一年は…。
よく無い素行の上級生の噂に、それは敏感ですからね。
自分の、身を護るために」
ディングレーは、それを聞いて頷いた。
「…つまりお前の叔父は、王族の男に乱暴を働かされそうになったら。
その手を使えと、お前に入れ知恵したのか?」
アイリスは、すまし返って頷いた。
「当然でしょう?
乱暴に突っ込まれたりしたら…場所が場所だ。
ひどい事になる」
ディングレーは思わずアイリスを、まじっ。と見た。
「あいつらに、目を付けられそうな容貌だしな」
アイリスも頷き返す。
「他の者達は、私の身分で引かせられるけど…。
王族は、無理。
だから…貴方に求められても…私は断れない」
ディングレーはそれを聞いて、がっくり肩を落とした。
「いいから、余計な心配するな。
ギュンターに声掛けた時も、奴に俺は
『口説かれても断る』
と言われたが…。
顔は綺麗でも、性格でその気になれない。
絶対」
アイリスが顔をその、整いきって男らしい、男前の王族に向けた。
「銜えても?」
ディングレーはぴたり。と足を止める。
そして並んで歩いてたアイリスに、振り向く。
「…それ…本気で言ってんのか?」
アイリスはまた、にっこり微笑んだ。
「ああそれ。
似た様な事を、オーガスタスに言われました。
振られましたが。
…彼は、酒の方が好みらしい。
この、私よりも」
ディングレーは、最後の言葉に殺気を感じ…。
アイリスの申し出を、断っちゃ悪いような気に、なってきたが囁く。
「オーガスタスの、気持ちが解る。
俺も酒好きだ」
アイリスは不満そうに、口を尖らせた。
「貴方も…私より酒がいいクチですか?」
ディングレーは憔悴し切ったが、思いっきり深く、頷いた。
内心では
『どうして…ダランドステと殴り合う方が、こいつとしゃべるより疲れないんだろう?』
そう、思いながら。
そして気品溢れる美少年に見えはするが、アイリスは…。
王族のグーデン相手に、怯む事無く微笑を浮かべていた。
『ギュンター同様…怖い者知らずの、馬鹿か…?』
ディングレーはその度胸に呆れ、思わずアイリスを凝視した。
グーデンはチラ…とその、顔立ちは綺麗だがいけすかない態度の、目前の美少年を見る。
「他の王族とも幾度も、会ってると?」
アイリスは残念そうに微笑む。
「ええ。
叔父に、エルベス大公がおりますので。
叔父の園遊会で度々。
前回の園遊会では、サーラッツ公とお会いしました。
「右の王家」のお方で、教練校の理事の総括をされてる。
来年入学だと申しましたら、不慮の事態ではいつでも力になるから、御名を出しても構わないと」
グーデンの、眉が激しく寄った。
「…私を、脅しているのか?」
ディングレーは呆れた。
ディアヴォロス以外はどんな相手も平気な、あのグーデンの、顔を歪めさせるなんて。
「とんでもございません…!
ただ…」
アイリスは寝台に振り返る。
流石に素早いギュンターは、もうアスランの縄を解き…アスランはギュンターに、しがみついていた。
「同級生を私が。
保護しないとならない立場なので…。
その職務に差し障りがあると、先ほど出した御名の理事総括に、ご報告の義務があると考えているだけです」
グーデンは冷たい青の瞳を、目前で微笑むアイリスに投げる。
「それを脅し。と言うのだと…叔父の大公に、教わらなかったのか?!
第一誰を脅してるのか、解ってるのか?」
グーデンの声が低い。
それは本気で怒ってる証拠なのだと、ディングレーは知っていた。
が、アイリスはにっこり微笑み返す。
「勿論、存知あげています。
貴方が再三、下級生の扱いで問題があると公は秘かに報告を受け取り、秘密裏に…貴方に。
これ以上の暴挙が行われている。
と、証拠が上がるようでしたら、特別宿舎に即座に移る様、警告し続けている。
そう、拝聴しています」
ディングレーが、ぎょっ!としてグーデンに振り向く。
が、グーデンはアイリスを睨み付けたまま、言った。
「証拠は上がらない。
誰も証言を、しないからだ!」
だがアイリスは、それを聞いて、もっとにっこり笑った。
「…そうでしょうとも。
私も今から保護する、その一年生に。
くれぐれも私には、叔父の後ろ盾があるから。
安心して証言するように。とは、申しませんから。
勿論それを、しようと思えば出来る立場にいますが」
ディングレーは呆れかえったが、グーデンの目が吊り上がっても、アイリスの微笑は消えなかった。
「…そんな事をすれば…どうなるか、解るか?
私が卒業するこの一年間…。
お前の後ろが血まみれになり、退校を余技無くされる程の怪我を負って、学校を去る恐怖に怯える羽目になる。
例え…特待宿舎に移ろうが、それを決行するぞ?」
ディングレーはごくり…と唾を飲み込んだ。
その脅しを実行する事は、グーデンにとって訳も無かった。
が、アイリスはとぼけ通す。
「ああ…それこそ動かぬ証拠ってヤツですね。
貴方も覚えて置いて頂きたい。
もしそうなれば…叔父は決して黙ってはいません。
例え、「左の王家」を敵に回しても戦い抜く覚悟で。
貴方を破滅に追い込むでしょう。
お互い…肉体を傷付けるか。
名誉が地に落ち、この世から葬り去られるか…。
利口になるしか、方法はありませんよね?」
ディングレーは優雅なその脅しを聞き、腹が冷えた。
王族より身分が低い大公家。
だが例え、身分が劣ろうが。
大公家の中、強大さで一・二を争うエルベス大公家なら。
実際王族を潰せるだけの、実力を持っていた。
…だからこの脅しは、グーデンに対し、効力を発揮する。
グーデンの、眉がぴくぴくと上がった。
「…何が言いたい?」
「この場での事は、無かった事に。
私も…三年の彼…ギュンターも。
私の同級生も、ここには居なかった。
それで、どうです?」
ディングレーはもう、脱力した。
平気で脅し、ここまで…平然と。
和平案を突きつける、アイリスのその度胸に。
グーデンは凄く、不満そうだった。
が、言った。
「いいだろう…」
「いい訳無い!」
ギュンターが、自分のシャツでアスランをくるみ、金の髪を散らし振り向き様、唸った。
が、ディングレーが急いでギュンターに寄って、言い含める。
「いいから奴に、納めさせとけ!
…今はな!」
ギュンターは歯ぎしりして不満そうだった。
ディングレーはアスランに素早く視線を送り、囁く。
「早くここから、連れ出してやれ…!」
ギュンターは胸に縋り付いて震えてるアスランに気づくと、仕方なさそうに頷いた。
ディングレーが、行くぞ!
とアイリスに視線を送る。
けどその時。
倒れた四年の猛者二人が起き上がり、ディングレーに向かって行く。
アイリスは微動だにせず、グーデンの前で微笑み続ける。
グーデンは凄く嫌そうに、眉を寄せた。
が、低い声で、命じる。
「行かせろ…こいつもだ!」
アイリスはグーデンの目前で、にっこり微笑むと。
やっと背を向け、戸口で待つディングレーの方へ、歩を進めた。
ディングレーは横に付くアイリスが。
まるで震えもせず、余裕なのを見て。
つい…視線が吸い寄せられ、色白の気品溢れる美少年を、呆れ混じりにまじまじ見つめた。
扉を閉め、アイリスに囁く。
「お前…脅し上手だな?」
アイリスはディングレーを、見上げて言った。
「それより、頬の腫れを何とかしないと。
男前が、台無しだ」
ディングレーは可憐に見える美少年の余裕に、すっかり舌を巻いた。
「最後…四年に殴らせないよう、俺を護ったろう?」
アイリスは吐息混じりに、そう告げるディングレーを、微笑んで見上げる。
「ご不満ですか?」
ディングレーは肩を竦め、言い淀み…そして肩を揺らし、唸った。
「大した度胸だと、褒めたんだ。
グーデンが標的を、俺からお前に変え。
殴れと命じないと、解ってたのか?」
アイリスは、可愛らしく微笑った。
「だって私が掴んだのは、彼の首根っこだ。
彼だって特待宿舎で。
配下の者が、遊び相手を首尾良く捕まえて来るのを待つよりも。
この四年宿舎で、大きな顔をしていたいでしょうから…」
ディングレーは俯く。
「即座に移れ?
理事総括に、そんな警告出されてるだなんて、俺は全然知らなかった」
アイリスは、ディングレーが項垂れるのを目にし、囁く。
「…だって、貴方には危険が無い。
けど我々一年は…。
よく無い素行の上級生の噂に、それは敏感ですからね。
自分の、身を護るために」
ディングレーは、それを聞いて頷いた。
「…つまりお前の叔父は、王族の男に乱暴を働かされそうになったら。
その手を使えと、お前に入れ知恵したのか?」
アイリスは、すまし返って頷いた。
「当然でしょう?
乱暴に突っ込まれたりしたら…場所が場所だ。
ひどい事になる」
ディングレーは思わずアイリスを、まじっ。と見た。
「あいつらに、目を付けられそうな容貌だしな」
アイリスも頷き返す。
「他の者達は、私の身分で引かせられるけど…。
王族は、無理。
だから…貴方に求められても…私は断れない」
ディングレーはそれを聞いて、がっくり肩を落とした。
「いいから、余計な心配するな。
ギュンターに声掛けた時も、奴に俺は
『口説かれても断る』
と言われたが…。
顔は綺麗でも、性格でその気になれない。
絶対」
アイリスが顔をその、整いきって男らしい、男前の王族に向けた。
「銜えても?」
ディングレーはぴたり。と足を止める。
そして並んで歩いてたアイリスに、振り向く。
「…それ…本気で言ってんのか?」
アイリスはまた、にっこり微笑んだ。
「ああそれ。
似た様な事を、オーガスタスに言われました。
振られましたが。
…彼は、酒の方が好みらしい。
この、私よりも」
ディングレーは、最後の言葉に殺気を感じ…。
アイリスの申し出を、断っちゃ悪いような気に、なってきたが囁く。
「オーガスタスの、気持ちが解る。
俺も酒好きだ」
アイリスは不満そうに、口を尖らせた。
「貴方も…私より酒がいいクチですか?」
ディングレーは憔悴し切ったが、思いっきり深く、頷いた。
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