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アイリスに呼ばれたオーガスタス
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「…オーガスタス!!!」
四年宿舎の、入り口のその向こう。
並ぶテーブルの間の、群れる四年の大柄な男達の中に、一際大きな背と赤毛を見つけ、アイリスが叫ぶ。
途端、皆が一斉に高音の叫び声に振り向く中、周囲の男達は笑う。
「モテるな!オーガスタス!!」
「品のいい美少年、直々のご指名だ!」
がオーガスタスは必死な様子のアイリスを見、一瞬で顔を引き締め、囃す友を掻き分け、やって来る。
「…アイリス。どうした?」
「ギュンターがあんたを呼べと!
私は二年の、ローランデを呼ぶつもりだった!」
オーガスタスは目前に飛び込んで来るアイリスに、顎をしゃくる。
アイリスは瞬時に察して、道案内に背を向け、駆け始めた。
横に追いつき、オーガスタスが尋ねる。
「相手は何人だ?」
アイリスはギュンターの時同様、走りながら隣の大柄な男に言葉を返す。
「三人!内二人は四年!」
「で、お前は逃げ出して来たのか?」
アイリスは咄嗟に振り向き、オーガスタスを睨み据える。
「奴らの目当ては私じゃない!!!」
そう言ったアイリスの濃紺の瞳が。
油断無くぎらり!と光るのを見、オーガスタスは内心震った。
が、表情にはおくびにも出さず、朗らかな笑みを作る。
「さすがのお前も、公衆の面前では相手をブチのめせないのか?」
それが笑い混じりなのをアイリスは感じ、不機嫌に唸る。
「剣の練習試合までは…人前で派手な立ち回りをする気は、無い!」
オーガスタスはもっと朗らかに笑った。
「それで俺を呼びに来たのか?」
アイリスはきっ!と睨み返す。
端正で整いきった美しい顔の、意志の強い濃紺の瞳が。
自分を見据えるのを、オーガスタスは見た。
「襲われかけた美少年は、ギュンターを呼べと言ったし!
呼んだギュンターは、あんたを呼べと!」
オーガスタスは目を丸くした。
「じゃ今はギュンターが、睨み合ってるのか?」
アイリスは、走りながら頷く。
オーガスタスはアイリスが幾度も…足を絡ませそうになりながら、激しい息づかいで。
詰まる息を何とか整え、必死で駆ける様子を見て、気づく。
たっぷりした衣服に…走る度浮かび上がる体の線が…無骨なのに。
「お前…体の下に何付けてる?
まさか…重石じゃないだろうな?」
いきなりオーガスタスに腕を引かれ、引っ張られ…。
服をめくろうとするオーガスタスの長い腕を、振り払おうとしたが無駄。
オーガスタスは掴んだアイリスの腕をもっと引き寄せ、抗うアイリスがバランスを崩し様。
もう片手を、腹に当てる。
その手の感触に、衣服の下の金属の硬さと冷たさを感じ、オーガスタスは吐息を吐く。
「…こんなもの付けて、全速力か?
まだ遠いのか?」
アイリスはオーガスタスの掴む手を振り払い、怒鳴った。
「ほんの直ぐ先の、中庭だ!」
聞いた途端、背を向け先を急ごうとする、オーガスタスに囁く。
「頼む……!誰にも………」
オーガスタスは咄嗟に歩を止め振り向くと、気弱な美少年に戻るアイリスを見つめた。
その唇は、色白の肌の中、真っ赤。
オーガスタスは笑うと告げる。
「…言わない代わりに?
また色じかけか?」
アイリスが、困ったように告げる。
「あんたがそうしたいなら、断らない」
だがその時ようやく、オーガスタスが真顔で駆ける歩を止め、アイリスの前にやって来る。
アイリスはもう激しく息が切れ、駆けるのを止めて両膝に手を付き、屈み込んだ。
オーガスタスはそんなアイリスを見下ろし、ささやく。
「…本気で、言ってんのか?」
あんまり意外そうなその声に、ついアイリスは顔を上げ、オーガスタスを見た。
いつかの晩同様、オーガスタスはやっぱり小顔。
びっくりする程鼻筋の通った、男前だった。
見つめるアイリスに、オーガスタスが囁く。
「秘密を守る為には、嫌いな男にも身を委ねる覚悟か?」
が。
ただ見つめ返すアイリスを見、一つ、吐息を吐いてオーガスタスは告げる。
「…俺以外には知られるな。
覚悟は有り難いが、俺への礼は、昨日届いた酒でいい」
素っ気無くそう言うと、背を向けるオーガスタスに。
アイリスは、訂正した。
「気遣いは有り難いけど…嫌いな男に身は委ねない。
例え相手にどれだけ熱望されようが、どんな手段を使ってでも避ける」
オーガスタスの、足が一瞬で、凍りつく。
振り向きたかった。
が、理性がそれを拒否した。
“その言葉が発せられる前に、歩を踏み出せ”
と理性は告げていたが、正直怖さに、足は止まったままだった。
「勿論、あんたになら抱かれてもていい。と思った上での提言だ。
断ると言うのなら、残念だけど酒にする」
オーガスタスは背を向けたまま吐息を吐き出し、俯いた。
「…それは…聞かなかった事にする。
酒が届いたら、勝手に俺の口は閉じる」
気落ちした茶目っ気ある声が、オーガスタスの背後で響いた。
「…それはちょっと…残念だ。
酒に私が、負けるなんて。
これでも寝室では、それなりの自信があったのに」
オーガスタスはつい、振り向いてしまった。
アイリスは諦めの微笑を浮かべ、肩を、竦めてみせた。
次の瞬間、オーガスタスは全速力で駆け出していた。
後も、振り返らずに。
「(…あんな壮絶な、自分に迫る男への報復見せといて。
どうして俺があいつに、勃つと思うんだ?!)」
オーガスタスは自分が…体同様鈍感な、性欲旺盛男に見られてるのか?
と自問し、機会があればアイリスに、自分だって真っ当な男同様、繊細な部分もあるんだと。
教える必要がある。
と、痛切に思った。
四年宿舎の、入り口のその向こう。
並ぶテーブルの間の、群れる四年の大柄な男達の中に、一際大きな背と赤毛を見つけ、アイリスが叫ぶ。
途端、皆が一斉に高音の叫び声に振り向く中、周囲の男達は笑う。
「モテるな!オーガスタス!!」
「品のいい美少年、直々のご指名だ!」
がオーガスタスは必死な様子のアイリスを見、一瞬で顔を引き締め、囃す友を掻き分け、やって来る。
「…アイリス。どうした?」
「ギュンターがあんたを呼べと!
私は二年の、ローランデを呼ぶつもりだった!」
オーガスタスは目前に飛び込んで来るアイリスに、顎をしゃくる。
アイリスは瞬時に察して、道案内に背を向け、駆け始めた。
横に追いつき、オーガスタスが尋ねる。
「相手は何人だ?」
アイリスはギュンターの時同様、走りながら隣の大柄な男に言葉を返す。
「三人!内二人は四年!」
「で、お前は逃げ出して来たのか?」
アイリスは咄嗟に振り向き、オーガスタスを睨み据える。
「奴らの目当ては私じゃない!!!」
そう言ったアイリスの濃紺の瞳が。
油断無くぎらり!と光るのを見、オーガスタスは内心震った。
が、表情にはおくびにも出さず、朗らかな笑みを作る。
「さすがのお前も、公衆の面前では相手をブチのめせないのか?」
それが笑い混じりなのをアイリスは感じ、不機嫌に唸る。
「剣の練習試合までは…人前で派手な立ち回りをする気は、無い!」
オーガスタスはもっと朗らかに笑った。
「それで俺を呼びに来たのか?」
アイリスはきっ!と睨み返す。
端正で整いきった美しい顔の、意志の強い濃紺の瞳が。
自分を見据えるのを、オーガスタスは見た。
「襲われかけた美少年は、ギュンターを呼べと言ったし!
呼んだギュンターは、あんたを呼べと!」
オーガスタスは目を丸くした。
「じゃ今はギュンターが、睨み合ってるのか?」
アイリスは、走りながら頷く。
オーガスタスはアイリスが幾度も…足を絡ませそうになりながら、激しい息づかいで。
詰まる息を何とか整え、必死で駆ける様子を見て、気づく。
たっぷりした衣服に…走る度浮かび上がる体の線が…無骨なのに。
「お前…体の下に何付けてる?
まさか…重石じゃないだろうな?」
いきなりオーガスタスに腕を引かれ、引っ張られ…。
服をめくろうとするオーガスタスの長い腕を、振り払おうとしたが無駄。
オーガスタスは掴んだアイリスの腕をもっと引き寄せ、抗うアイリスがバランスを崩し様。
もう片手を、腹に当てる。
その手の感触に、衣服の下の金属の硬さと冷たさを感じ、オーガスタスは吐息を吐く。
「…こんなもの付けて、全速力か?
まだ遠いのか?」
アイリスはオーガスタスの掴む手を振り払い、怒鳴った。
「ほんの直ぐ先の、中庭だ!」
聞いた途端、背を向け先を急ごうとする、オーガスタスに囁く。
「頼む……!誰にも………」
オーガスタスは咄嗟に歩を止め振り向くと、気弱な美少年に戻るアイリスを見つめた。
その唇は、色白の肌の中、真っ赤。
オーガスタスは笑うと告げる。
「…言わない代わりに?
また色じかけか?」
アイリスが、困ったように告げる。
「あんたがそうしたいなら、断らない」
だがその時ようやく、オーガスタスが真顔で駆ける歩を止め、アイリスの前にやって来る。
アイリスはもう激しく息が切れ、駆けるのを止めて両膝に手を付き、屈み込んだ。
オーガスタスはそんなアイリスを見下ろし、ささやく。
「…本気で、言ってんのか?」
あんまり意外そうなその声に、ついアイリスは顔を上げ、オーガスタスを見た。
いつかの晩同様、オーガスタスはやっぱり小顔。
びっくりする程鼻筋の通った、男前だった。
見つめるアイリスに、オーガスタスが囁く。
「秘密を守る為には、嫌いな男にも身を委ねる覚悟か?」
が。
ただ見つめ返すアイリスを見、一つ、吐息を吐いてオーガスタスは告げる。
「…俺以外には知られるな。
覚悟は有り難いが、俺への礼は、昨日届いた酒でいい」
素っ気無くそう言うと、背を向けるオーガスタスに。
アイリスは、訂正した。
「気遣いは有り難いけど…嫌いな男に身は委ねない。
例え相手にどれだけ熱望されようが、どんな手段を使ってでも避ける」
オーガスタスの、足が一瞬で、凍りつく。
振り向きたかった。
が、理性がそれを拒否した。
“その言葉が発せられる前に、歩を踏み出せ”
と理性は告げていたが、正直怖さに、足は止まったままだった。
「勿論、あんたになら抱かれてもていい。と思った上での提言だ。
断ると言うのなら、残念だけど酒にする」
オーガスタスは背を向けたまま吐息を吐き出し、俯いた。
「…それは…聞かなかった事にする。
酒が届いたら、勝手に俺の口は閉じる」
気落ちした茶目っ気ある声が、オーガスタスの背後で響いた。
「…それはちょっと…残念だ。
酒に私が、負けるなんて。
これでも寝室では、それなりの自信があったのに」
オーガスタスはつい、振り向いてしまった。
アイリスは諦めの微笑を浮かべ、肩を、竦めてみせた。
次の瞬間、オーガスタスは全速力で駆け出していた。
後も、振り返らずに。
「(…あんな壮絶な、自分に迫る男への報復見せといて。
どうして俺があいつに、勃つと思うんだ?!)」
オーガスタスは自分が…体同様鈍感な、性欲旺盛男に見られてるのか?
と自問し、機会があればアイリスに、自分だって真っ当な男同様、繊細な部分もあるんだと。
教える必要がある。
と、痛切に思った。
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