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全てを許す希望の言葉

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 ある日奴は奴隷商人に呼び出され…その身を貸し出された。
貴族の屋敷に。
そして…帰って来た。尻の穴を、血塗れにして。

監視達は念入りに手当てしたが…。
だが奴はひどい顔で…震っていた。

「ひどい目に。合わされたのか?」
尋ねたが…。
横たわった奴は、真っ青な顔色で表情無く、震ったままだ。

そして…そのまま弱ってってしまいそうだった。

俺は…腹が立って弱った奴の耳元で、怒鳴った。
「恨め!誰でもいい…!
お前をこんな目に、合わせた奴を!」

だが奴は弱々しく微笑んで、首を横に振る。

俺は涙が、溢れた。
ボロボロの雑巾のように…こんなにひどく、打ちのめされたまま人間が、死んでいいはずが無い!
神がそれでも救ってくれるだと?
生きてる間、何一つ…いい事の無い人生をまっとううしたご褒美に?

「ふざけるな!
人間は生きてなんぼだ!
死んで、何の意味がある!
それじゃ……!
それじゃ生きてる事に、意味が無くなっちまうじゃないか!
いいか!お前は絶対、安心で安全で愛情溢れた場所で、もう一度笑う!
絶対だ!」

だが、暗い牢獄のような奴隷宿舎で誰もが皆、沈黙の中告げた。

“今、死ぬのが奴の神の救いだ。
この先生きたって、ただ悪戯に貴族の奴らに弄ばれ、自尊心は奪われ、体を壊し、もっとひどい目に合う、末路しか残ってない…”

そう………………。

目の前で死にかける奴の耳に、それでも俺は、大声で怒鳴り続けた。

「生きる事は意味が無いと、お前の神は言うのか?
死ぬ事だけが幸せだと?!
一度の幸福になる機会すら生きてる間に与えてくれない、それがお前の神なのか?!!!」

奴は顔を揺らし…俺の意見に同意したのかどうか…それは不明だったが、危機を脱した。

元気になった、奴は幾度も俺を、見た。
幾度も。

俺は奴に恨まれてる。と思った。
確かに皆の、言う通りだ。

俺は剣を持たされ、そして棍棒で小突かれて言われる。
「身分の高い、男を護って死ぬのがお前の人生だ」と。

無法者からあるじを護り例え傷付いたとしても…もしその後、使い物にならなけりゃボロクズのように捨てられる。

「だがその前に、売り込みの見せ物試合で、死ねばそれすら無いがな」
監視達は笑ってズタボロの俺にそれでも、太い棍棒を振り入れる。
「ちゃんと、受けるか避けろよ!ホラ!」

ていの良い、奴らの憂さ晴らしだ。
だがそれで俺は…剣の交え方を覚えた………。

けれど、奴らの言う通りだ。
見せ物試合で貴族の目に止まり、護衛として買い取られたって…。

体を壊せばそれで終わり…。
痛めた体を引きずり…ボロを纏い、住む場所もロクに無く…毎日僅かな食べ物を得る為に、町中を俳諧する………。

せめて苦しまず、死ぬのが幸福。
それがお前の人生だと。
監視は俺の末路が見えるように、毎日毎日笑って棍棒を振りかざす。

…だが奴は俺に、微笑んだ。
「…でも幸福になる道は、必ずある。
君はそう…思ってる。
そうなんでしょう?」

その微笑みと言葉を聞いた時、俺の頬に涙が伝った。
図星、だったからだ。

監視共ですら俺に、悔し涙すら流させる事は出来やしなかったのに………。

涙を流しながら俺は奴を、震える腕で、抱きしめる。
どうしてだか…どこからだか解らないが、心の底から沸いて来る言葉がある。

生きる事には意味がある。
人は幸福になる為に、産まれてきている。

…俺ですら…それが現実に、なると信じちゃいなかった。
だが神を信じる、奴には解ったみたいだった。

俺が奴にとっての神のように、その事を…必死に…そしてすがるように、信じ続けていると。

決して無くしたく無い唯一の宝物のように、心の底で大切に大切にそれを護りながら、それでも。

信じ続けていると………。

この暗く、汚い奴隷宿舎をいつか出て………。
必ず、出て行ってお前らに唾を吐きかけてやる!

そんな風にいきがる奴らのように…誰にも俺の思いを、突き付けた事が一度も無い。

それは俺の心の中にしまわれ続け、誰にも見せた事の無い………けどそれが、あったからこそこの最低の生活の中でも生きてこられた…。

俺にとって大切な、本当に大切な、宝物だった。

奴は俺の腕の中でつぶやいた。
「僕にもそれが訪れると、僕は信じられないけれど…これだけは解る。
君の心は。
僕に、死んで欲しく無い。と言ってくれた。
僕に食事を分けて幾度も…ぶたれ…。
独房に食事抜きで三日も閉じ込められても…止めなかった。
僕に、死んで欲しく無いのは……僕の心にある、“真心”を護りたかった…そうでしょう………?」

オーガスタスは顔を、歪めた。
「そういう奴を、ボロ雑巾のように死んでいいなんて神は俺は絶対…認めない!
そんな奴は、神なんかじゃない!」

だが奴は、ささやいた。
「僕が君にしたのは…ここに来たその日、君の傷の、手当てをした。
…たったそれだけの事だったのに………」

オーガスタスは、奴が来てやって来たその日…反抗した罰として受けた傷を誰も…手当てする事を許されず、部屋の隅に体を丸め、ただ痛みを耐えていた時の事を思い出す。

その白い小さな指先は冷んやりし…それでもとても、暖かかった………。

傷の痛みより、誰にもいたわって貰えない孤独で心がむしばまれそうだったから…。

誰にも、必要とされない自分…。
死んでも誰も気づかないような、価値のない自分…。

それが哀れで惨めで…。
辛かった。

だから…傷の手当てなど無意味だと…。
周囲の奴らが無言で、告げているように感じた。

せめて必要とされるのは、金の為…。
奴隷商人達の、懐を潤す為。

その為だけの、存在。

人間で無く、物でしか無い。
心など不要だと…奴らの扱いは告げていた。

痛みは遠ざかり…同時に心が、凍って、いきそうだった。

その時。
その、白い指先。

奴の手がぎこちなく…傷に触れ。
痛んだが…寄り添ってくれる、その心は暖かかった………。

気遣い…柔らかい吐息で顔を伺い…その顔は“痛い?”と尋ねてくれた。

物に痛みは存在しない。
俺は突然その時悟った。

痛みがあるのは、心が、あるからだ…。

奴の冷たい指先が傷をそっと…水で清め、奴が持ち込んだ薬草を貼り…布でくるみ…。
痛みは戻って来たが俺は…嬉しかった。

同時に奴の暖かい…心を感じたからだ。

奴はその晩ずっと俺に寄り添い…熱を出した俺の額に、冷んやりとした水で浸した布を幾度も…幾度も宛がってくれた。

慣れていた。
痛みにも、熱にも。

けれどその時は、奴の存在がやたら嬉しくて…気遣う指先が触れる度、告げているように感じた。

“生きていい。
生き続けてもいいんだ”と……。

願ってた。
死にたくなんて無かった。
例え未来が、真っ暗な陽の注さない暗闇だったとしても。

「僕は知らなかった、だけなのに?」

翌日奴は、俺の手当てをした。とチクった奴の為に、鞭でぶたれた。

その悲鳴は俺の胸を、引き裂いた。

ボロボロになった奴は二度と俺をもう、見ないんじゃないか。そう…思った。
だが『すまない』と見つめる俺に、奴は心から笑って告げる。

「君は何一つ、悪く無い」

その時の気持ちを、どう言っていいのか、解らない。
奴は神の事を良く口にしたけれど、俺には…。

その時の奴の言葉が、神の言葉のように聞こえた。

だって、ののしるのが普通だ。
“君のせいで…!”
傷は膿み、奴は熱を出したし、ロクに食べ物無く回復せず一週間、寝込んだ。

罵らなくとも…二度と俺になんか振り返ったりせず…俺の姿を見つけたら苦々しく顔を背ける。

“奴に、構ったりしたから、こんな目に合うんだ”と。

それが…当たり前だ。

だが奴は真っ直ぐ俺を見る。
そして微笑み…とどめがその…言葉だった。

“何一つ…………”

丸で全てが、許されるような神の言葉を。
奴は俺に告げる。

真心。そう…奴は言った。

養父を恨んで当たり前のように、俺を恨むのは当たり前の筈だ。
恨みは人を強くする。
生き残る、原動力にすらなる。

ここの奴らは皆がそうだった。
“上手くやる。
そして見返してやる…!
いつか…奴隷商人を笑う立場に、必ず成ってやる!”

俺はそれに同意しなかったが…その気持ちは痛い程良くわかった。
そうしてないと、自分を哀れみそうだったからだ。

奴隷に成った自分…。
悲惨な末路しか用意されない身分の、誰にも本当に愛してもらえない自分。

暖かな布団。
気遣う優しい手の温もり。
無条件で与えられる親の愛情…。

そんなものから完全に見放され…。
それがどれだけ哀れで惨めな事なのか、俺達は思い知っていた。

だから…誰かのせいにしてなきゃ、弱った心で自分を責める。

“きっとどっかで自分は取り返しの付かないヘマをして…。
だからこんなひどい罰を今、受けてるんだ”
と………。

が………。

“君は何一つ、悪く無い”

奴は心から、その言葉を俺に送った。
それは光って暖かく、俺の心にともった。
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