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思い描く未来

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 昨日は地獄にいて、授業どころじゃなかった。
が二日目の今日は、夜が待ち遠しくて授業が全て、上の空になった。

これ程一日が長いと、感じた事がなかった。
が、今朝のアイリスに口付けた、唇の感触を思い描くと。

心が、弾む。

「…随分…機嫌が、良くなったね………」

ミーリッツはアイリスの、その美しい姿よりも彼の教科書に興味を引かれる変わり種だ。
隣のジャネスが袖を引く。
「お前…本当に、鈍いな………」
「なぜ?」

ジャネスは俺の視線を避ける様に、ミーリッツの袖を引くと上目遣いで俺を伺いながら、小声でミーリッツに告げる。
「朝、二人で彼の部屋に行ってからだろう?
機嫌が良くなったのは。
最初部屋から出て来た時スフォルツァは…。
声も掛けられないほど、不機嫌だったのに」
「…だから?」
ジャネスはここ迄言っても察しない、ミーリッツの鈍さに吐息を吐き出していた。

 乗馬の授業では、遠乗りをした。
直、このコースでタイムを争うから、道程を覚えろ。と。

がてんで、頭に入らない。
アイリスばかりを見つめてしまって。

その後の歴史の授業も。
窓辺のアイリスの、光に輪郭をぼやかした聖画のようなたたずまいに見とれ、講師に指されても答えられなかった。

「…幾らアイリスが美少年だろうが、授業は身を入れて聞くように」
そう言われ、クラス中の失笑を買った。

だが気にもならない。
当のアイリスの、呆れを通り越して俯き、ため息を吐く姿以外はてんで。

アイリスはチラ…と視線を、笑いを背後に抱え席に着く俺に投げる。
その濃紺の瞳に困惑が浮かび、俺は心に、大きな亀裂が走ったように痛んだ。

アイリスに、失望されたのか?と気になって。
彼は直ぐ、講義室中の注目が自分に注がれるのを感じ、顔を俺から背ける。

心がやはり、ずきずきと痛んだ。
今朝、言った通りだ。
皆に、宣言したい気分だった。

“アイリスは俺のものだ!”と。

だがそれが迷惑だからこそ…・
今夜の約束を取り付けたのだと思い出すと、心が鉛のように重くなる。

もうこの時点で、俺はようやく自覚した。

どうしようもないほどアイリスの事が好きで、アイリスにマジでのぼせ上がり、アイリスの一挙手一投足に、一喜一憂する自分を感じて。

俺を、生かすも殺すもアイリス次第。

そんな危険な立場に今、自分は身を置いていると言うのに。
アイリスを、忘れられたり出来やしない。

昼食の全校生徒の集う食堂では、四日後に控えた学年無差別剣の練習試合の話題で持ちきりだった。
が、やっぱり俺はアイリスを見つめていた。

時に甘やかにくねる彼の肢体が頭に浮かび、気づいたアイリスにきつい瞳で、制された。

その時、二年のローランデがそのだだっ広い食堂内に現れると。
皆、一斉にローランデに頭を垂れ、かしずくように言葉を控える。

ローランデの周囲には、圧倒的な光に包まれたオーラさえ、見えるかのようだった。

黄金のグリフォンを頂くと噂される者は、これほど皆の敬意を受けるのか。

一年はこぞって皆、二年、三年…そして四年生達の反応を見つめた。

三年の、ど迫力の王族の血を引く学年筆頭。
黒髪で頑健な体格の男前、ディングレーが椅子に掛けたまま沈黙の中、食堂に入り来るローランデの、光に包まれた優しげな姿を見つめる。

がその沈黙には、決意が秘められていた。

そして四年。
やはり椅子に掛けた赤毛の、学校一背が高くガタイのいい、事実上学校を束ねるボス、オーガスタスですら。

ローランデを見つめる瞳は、ただの下級生を見る目なんかじゃない。

一年の誰もが、噂で散々聞く教練の恒例行事、学年無差別剣の練習試合の様子を。
必死に思い浮かべようとしていた。

あのディングレーはいかにも剣の使えそうな剛の者に見えたし、オーガスタスは文句無く強そうだった。

が、去年その二人共と剣を交え、下し、学校の最高峰。
当時四年のディアヴォロスと、剣を交えたのは二年のあの、ローランデ。

ごくり…。
と誰かが唾を飲み込む音が、静寂に響く。

今年こそは、下してやる…!
そう思っている筈だ。
皆が三年、四年のボス二人を必死で覗い見る。

がディングレー、そしてオーガスタスからその、強気が見られない。
どころか二人の戦いを数日後に控えたその静かなたたずまいは、いかにローランデを下す手業を自分が持っているか。
を必死で探り、ローランデを下す隙をいかに見つけるか。
を真剣に…。

それこそ真剣に、思い描こうとしているように見えた。

一年が、ざわめきまくる。
二人に比べ、小柄とも言えるローランデが、それほど強いのか?

そして…皆の視線は、アイリスを通り越して自分へと。

一斉に、注がれた。

体が弱い。
そうアイリスの事情が知れ渡った今。

皆が一年の代表として、期待を込めるのは確かに自分。
その一斉に向けられる視線に、痛い程その期待を感じる。

つい…俯く。そして顔を、上げる。

これが…望みか?アイリス。
確かに、皆の期待の視線を一斉に向けられ。
怯む、俺じゃない。むしろ…。
むしろ、望む所だ。

この見つめ来る、どの視線の主にも、負ける気なんか無かった。

だが…本当にいいのか?
この視線を受ける立場を、俺が君から受け取って、本当に?

それほど、体が弱いのだ…。
そう思い浮かぶと、アイリスの内心を思んばかり、アイリスの分も、恥は晒すまい。
そう、二年でありながら学校一の剣士の称号を持つ、ローランデの優しげで端正な姿を見つめる。

三年のディングレー。
そして四年のオーガスタスでさえ。

ローランデに自分が勝つ姿を、思い描く事すら必死。

それ程ローランデが強いのなら…。
せめて、せめて負けて誇れるような戦い振りを示す迄だ。
アイリスの分も。

アイリスを、チラと見つめる。
が、彼の姿を見つけると…。
興奮と期待に包まれた、甘やかな感情が胸に広がる。

大切に…大切に扱うつもりだ。
だから…俺、だけのものでいてくれ…!

スフォルツァは、泣き出したくなった。
さんざ、剣の講師にも父、叔父…全ての教練を良く知る周囲の男達に、揃って言われた。
『入学したての、学年無差別剣の練習試合だ。
それで今後の、お前の評価は決まる。
例え負けたとしても、無様な様は晒すな。
拍手を受ける、戦い振りを示せ。
上級生達は皆、生き抜いて来た剛の者ばかり。
一年が歯の立つ相手なんかじゃない。
が、食い下がれ。

むざむざ一太刀で沈む、無様ぶざまを決してさらすな」

…なのに今、自分の心の中にあるのはいかにアイリスを振り向かせるかだけ…。

今夜腕に抱くアイリスの、甘い肢体を思い描く、興奮のみだった。

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