上 下
16 / 307

対決の行方

しおりを挟む
 スフォルツァは自室に入ると、ぶっきら棒につぶやく。
「寝室がいいか?」

アイリスも憮然。と告げた。
「別に」

その部屋はブルーが基調で、壁、カーテン、飾りの全てが、色調の違う青で埋め尽くされ、所々に金飾りが入り、青年らしい美しい部屋だった。

アイリスは先にこの部屋を、見ておくべきだったかな。と気づく。
「君の趣味も、良い」

スフォルツァは褒められて、グラスを持ち上げる。
「地所で取れた果実酒だ。
たしなむんだろう?」

アイリスは呆れた。
あれだけ腹を立てていたようなのに…覚えて気遣ってくれるだなんて。

グラスを渡し、椅子に掛けろ。と目で促す。
金枠の付いた、美しい紺色の布の張られた椅子だった。

アイリスが掛けると、自分のグラスにも酒を注ぎ、スフォルツァは向かいに腰掛ける。
「俺を笑ってたろう?
滑稽こっけいだと。
どうして俺を利用する?
…そんなに…深刻なのか?体調が」

アイリスは顔を上げた。
スフォルツァは慎重な表情を、していた。
自分の言葉に真剣に、耳を傾けている。
正直、これをたばかるのは彼に悪い気が、真剣にして来た。

が、謀られた方が、幸いな場合もある。

アイリスは一つ、吐息を吐き出す。

「君が一年のボスに相応しい。
そう言う事だ。
私が確認を取りたいのは、もう抱く気が無くなったかどうかだ」

スフォルツァは考え込むように俯き、乗り出した身を後ろに下げた。
そしてつぶやく。
「あんまり俺を、馬鹿にするな。
あんな…扱いを受けて、その気がまだあるかだと?」

アイリスが素早く言葉を足す。
「とっくに冷めたか?」

スフォルツァが顔を上げる。
護るべき弱々しさを取っ払ったアイリスは、大きく見えた。

その顔立ちは相変わらず美しく…だが、誰かに護られる必要なんてこれっぽっちも無い、やり用を、知り尽くしている経験豊富な少年。

スフォルツァは俯いた。
「抱きたいか?と聞かれたら、興味はある。
だが応える気が無いから…四人も美女を、待機させたんだろう?」

そう告げた時の、スフォルツァの表情。

アイリスは良心がずきずきと痛んだ。

がっかり、している。

落胆を隠そうともしないスフォルツァが、凄く気の毒に思えた。

スフォルツァは、気弱な声でささやく。
「あれは…?
本当だから…避けたのか?
突っ込まれて痛みで気絶したと言うのは」

自分が信用されない惨めさを滲ませ、スフォルツァはそう言って顔を上げ、アイリスの表情を伺った。
「…嫌なのにその時になったら…。
無理にでも…俺がしそうだったからか?
本心を隠したのは。
だが…今目の前にいる君は、俺が会った最初の君とはほとんど別人だ」

アイリスは俯くと、言葉を返す。
「確かに、演技だった」

スフォルツァはやっぱり。と言う代わりに、大きな溜息を付いた。
そして顔を上げる。
「女と遊び慣れてるだろう?
なら知ってる筈だ。
俺が一発で君に…参ってたのを。
惚れさせて…裏で舌を出してたのか?」

アイリスは首を横に振る。
「だって思わなかった。
君が口説いて来る程、私が君のタイプだなんて」

スフォルツァは気弱な表情かおを上げる。
「引っ込みが、付かなかったのか?
俺が…その……カン違いして迫り倒したから」

アイリスが、憮然と告げる。
「それもある。
けど………君に謝罪しないと」

スフォルツァが、顔を上げた。
アイリスは俯いていた。

その鼻筋は通って美しく、スフォルツァはやっぱり目前の気品ある美少年に、見とれた。

が、アイリスの形良い赤い唇が開くのを見、耳を傾ける。

「君を確かに…見くびってた。
これ程侠気おとこぎのある奴だとは思わず…失礼した。
無論……これで君に対する侮辱が、消えた訳じゃないと理解している。
確かに…君に惚れられて正直困っていたが、笑っていた訳でもからかう気でも無く…。
君の言った通り、引っ込みが付かなくなっただけだ。
が、誤魔化そうとしたのは確かだ。
だから…君がどうしても抱きたい。と言うのなら、応える用意が私にはある」

スフォルツァは一瞬息を飲み…顔を揺らす。
口がからからになり…言葉が詰まった。

「ほ……本気か?
本気で………」

そう言ったスフォルツァは、震えていたから、アイリスは彼がやっぱり気の毒になった。

四人もの成熟した豊満な女性を、袖にする程だ。
余程のご執心に、応えるしかすべは無い。
が、アイリスは厳しい表情でそれを告げた。

「ただし!
一回切りだ。後は無い。

………どうする?」

スフォルツァは眉を寄せ、アイリスを見つめた。

間違い無く最初思い描いた、うぶな少年じゃない。

下手するとたったの一回が、永遠になり…。
アイリスを忘れられず、その後悶々もんもんと過ごす羽目に、なりそうな予感が、確実にした。

が、アイリスは促す。

「……どうするんだ?
止めておくか?」

スフォルツァはアイリスを、見た。
ごくり。と喉が鳴る。

断れる、訳が無かった。

自分がもっと成熟した男で、情事の罠をもっと、知り尽くしていたらきっと。
こう告げられた事だろう。

「君とは友達でいよう」

が。
あの部屋で四人の女性を、目にする前までのアイリスを。
頭に思い描いた時決まって沸き上がる、期待と興奮は消えていない。

むしろ男の気概を隠し持った、好敵手のようなアイリスに更にもっと興味を引かれ…。
どうしても彼を腕に抱きたい気持ちが、止まらなかった。

スフォルツァが、男の顔をして告げる。
「本気なんだな?」

アイリスはあっさりと言った。
「二言は無い。
条件はあるが」

スフォルツァは拍子抜けして、尋ね返す。
「条件?」
「好きにしていい。代わりに今後一切。
私の事を、詮索するな!」

スフォルツァは、衝撃に顔を揺らした。

「自分に…踏み込ませない為に…。
自らの身を、差し出すのか?」

アイリスは、真顔で頷いた。

スフォルツァはアイリスを真正面から、真剣に見つめる。
「抱けば、最早友じゃない。と?」

アイリスは吐息混じりにつぶやく。
「そうは言ってない。
だが私的な部分に、踏み込まれたく無いんだ」

スフォルツァは項垂れた。
その一回で…好敵手に匹敵する、実力を十分隠し持った…大切な友を失う。と知って。

項垂れたまま、ささやく。
「抱かなければ………?
秘密を分かち合う、友でいられるのか?」

アイリスは、顔を上げた。
その年若い少年の表情に戻るスフォルツァの、俯く顔を見つめる。

「だって…友で、いられないだろう?
毎度あんな熱い瞳で、見つめられてちゃ」

スフォルツァはアイリスの、呆れた声音を聞き、顔を上げる。
そして素直に、白状した。

「言われた通り、滅茶苦茶めちゃくちゃタイプだ」

「だろう?………君は手が早い。
友達付き合いして…やたら接近してる内に結局…。
君みたいな精力満々な男に、毎度抱かれてちゃ、身が保たない」

スフォルツァは、アイリスの本音に顔を揺らした。

「じゃ君は…一回で終わらせ、関係を絶ちたいのか?」

アイリスは、頷く。
「抱かれる事は、滅多にしない」
スフォルツァは反射的に、尋ねた。
「どうして?」

アイリスは、呆れたように囁く。
「抱く方が、快感を得られるからに決まってるだろう?」

そのとぼけた本音に、ついスフォルツァはめらめらと闘志を沸かせた。

「…じゃ…。
もし良かったら…二度目はある?」

アイリスはぴしゃり。と言った。
「スフォルツァ。テクの問題じゃない。
私の体の構造の問題だ。
それに…性格かな?」

スフォルツァの、眉根が寄った。
「…やっぱり…痛いのか?」
「それを何とか出来ると君が、豪語したんだ」
「そりゃ…出来るさ。
じゃなきゃ、誘ったりしない……。
君は俺が結局口だけで…。
自分が満足出来たら君の快感は置き去りにして、それで平気な男だと。
そう…思ってたのか?」

アイリスは頷いて言う。
「君の事を良く、知らないが。
殆どの男が、そうだろう?
自分本位だ。
突っ込まれる側の事情を考えて抱く男が、どれだけいる?
女相手だって少数なのに。
ましてや相手が男だったりしたら、もっと少なくないか?

ここは『教練キャゼ』だ。
大抵の男は組み敷ける少年は、都合のいい相手としか思わず、傷付けても平気だ」

スフォルツァは項垂れ、吐息を吐き出した。

「つまり俺もそうだと、思ったんだな?」

アイリスは
『そうだ』
の代わりに、頷く。

スフォルツァは立ち上がると、上着を脱ぐ。
「つまり証明してみろ。と言う事か……。
応える気がある。と言うのは、自分が傷付く事を覚悟で?」

アイリスが肩を竦める。
「君が下手だったら、そうなるな。
でもあんまり下手なら、口でして逃げる気はあった」

スフォルツァは笑う。
「男のものを…触るのもくわえるのも平気か?」

アイリスも途端、笑った。
「君はいい男だから、不快感は無い」

褒められてやっぱり、スフォルツァは頬を染めた。

彼があんまり可愛くて、アイリスは自分が彼を弄ぶ悪女みたいで、気色悪くなったけど。

スフォルツァの手が差し出され、アイリスがその手を握るとやはり、スフォルツァは紳士に戻る。

アイリスは彼にそっと肩を抱かれて寝室に促され
『やっぱりスフォルツァは、ロマンチストかな?』
と、自問した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

一人の騎士に群がる飢えた(性的)エルフ達

ミクリ21
BL
エルフ達が一人の騎士に群がってえちえちする話。

初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…? タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。 歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

処理中です...