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新学期

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 シェイルは銀の長い髪。
エメラルド色の瞳をし、整いきった美貌の騎士養成学校『教練キャゼ』一の可憐な美少年と、呼ばれていた。
入学した後、しつこく貞操を狙われた彼も、無事二年に進級。

そして新学期。
新たな一年生を迎える、入学式のその日。

シェイルは周囲を見回す。
校門前には実家からの馬車が次々と止まり、見送ってくれた親達に挨拶を済ませた新入生は、門を潜って校庭広場に集まり来る。

広場には既に、上級生らが集っていた。
まだ小柄な彼らからしたら、殆どの上級生らは体格良く、既に騎士の風格を備え、別世界のように目に映ったろう。
どの新入生も、親元を離れた初々しい顔に期待と不安を浮かべ、落ち着かなげに見えた。

教練キャゼ(王立騎士養成校)』に入って二年目のシェイルは、自分の去年を思い出すと溜息ためいきを漏らした。

入った途端一斉に注目を浴び、更にその視線は喰い入るようで。
パニックになって、当時三年だった義兄ローフィスを探し、名を叫んだっけ………。

でも人の視線は、更に集まるばかり…。

今までは義兄ローフィスと、養父ディラフィスと共に旅ばかりしていた。
けど旅先でこれほどの視線を、浴びた事なんか無かったから…。

気づくと頬に涙が滴り…泣いていた。

ぶつかった体の大きな上級生に腕を掴まれ…殆ど抱き寄せられるように腰に腕を回され、必死にあらがった。
見上げたその瞳は情欲を宿し、好奇の視線で…。
まるで
『この先、お前を俺の好きなような弄んでやる』
そんな脅しが混じり、必死に…その腕から身をよじって、ローフィスの名を叫んだ。

助けに入ってくれたのは、最上級生で学校中の尊敬を集めるカリスマ、ディアヴォロス。
          
「左の王家」…黒髪の一族の血を引き、2mを越す長身。
腰に届くほどの長さの、細やかにカールした黒髪は、彼の身分の高さを表していた。
身分の高い者は総じて、長髪なのが特徴。

その彼が、シェイルの腕を掴んでいた男の腕を何げ無く軽く掴み、無造作に捻る。
男は苦悶の表情を浮かべ、シェイルの腕を握る力が、瞬間抜けた。
途端、シェイルはその腕から逃げ出していた。

助け手に、一瞬振り向く。
微笑を向けるディアス(ディアヴォロスの愛称)をシェイルはその時、はっきり見た。



圧倒的な魅力。
黒髪の細かな巻き毛を胸に流し、ブルーともグリーンとも…グレーとも取れる神秘的な浮かぶような瞳をし、整いきった男らしくも美しい顔立ちをしていて…。

何よりその存在感は、学生の持つそれを卓越たくえつしていた。

静けさすらたたえた彼が男の腕を放すと、男は止めた相手に突っかかろうと拳握って振り向き、それが…ディアスだと解った途端、顔を歪め言葉を引っ込め、そして上げた拳を、下げた。

顔をも下げ、すごすごとその場を立ち去って行く。

シェイルはディアスに見惚れ、視線を外せなかった。
ディアヴォロスはうっとりするような微笑を浮かべながら、長身の顔を傾け、見つめて来る。

すると…魔法のように、周囲から放たれ続けていた猛禽達の、喰い付くような視線は引いて行った。

ローフィスが、人混みを割って駆け付けたのは、そのほんの数分後………。

その後、ディアスより一学年下の同じ「左の王家」の従弟、ロクデナシのグーデンに目を付けられ、何度と無く拉致され、嫌な目にあって…。
その都度、義兄ローフィスが助けてくれたけど、相手が王族だったから、ローフィスは退学になりかけ…。
結局、ディアスが人前で“愛の誓い”を立て、シェイルに手出しすれば自分を敵に回すぞと示し。

とうとうグーデンを始め、『教練キャゼ』中の男は、ディアス怖さにシェイルから手を引いた。

シェイルはけれど、『教練キャゼ』中の集う広場を見て、またため息を吐く。
入学当初からずっと護ってくれた、ディアヴォロスは卒業。
義兄ローフィスは最上級生になって、この一年で卒業だと思うと、シェイルは思い切り気が塞いだ。

「何しけた顔してるんだ?」
同室のヤッケルが、シェイルの肩に触れる。



シェイルは自分の人並み外れた美貌を、気にも留めない気の良いヤッケルが大好きだった。

途端、ローランデが慌てて人並みを掻き分け、こちらに走って来る。
いつの間にか、ヤッケルの横にフィンスが来ていた。



フィンスは、明るい金に近い栗毛のヤッケルとは対照的な暗い栗毛の、落ち着き払った少年で。
こちらに駆けて来るもう一人の友人、ローランデ同様、特別豪勢な二階の、大貴族用宿舎に住まう、身分の高い大貴族だった。

いつの頃からか。
アースルーリンドでは貴族が差別化されていて。
身分の高い大貴族と、田舎の領主程度の、平貴族とに分けられ、平貴族は大貴族らよりかなり、馬鹿にされていた。

だから宿舎も、一階の二人で一部屋を使う、平貴族用の質素な部屋と違い、入って直ぐの大食堂の真ん中辺りににある、階段を上がった二階の大貴族用宿舎と分けられていた。

二階は一人で、多数の部屋を使う。
大抵が世話してくれる召し使い達を連れ、召使いらは一階に住居や専用の厨房まで持ち、二階の主の為に、衣食住を世話している大所帯。

金持ちで無ければ絶対住めない、特別な部屋だった。

ローランデが、息を切らし駆けて来る。
すると誰もが、一斉にローランデに視線を送る。
シェイルはまた、吐息を吐き出す。

その視線の意味は…自分の時とまるで違う。



去年、恒例行事の学年無差別の剣の対抗試合で、ローランデは上級生を押し退け勝ち上がり、最高峰であるカリスマ、ディアヴォロスと、剣を交える栄誉を受けた。

ディアス相手に、殆どの相手が一撃で倒れたのに。
最後に残ったローランデだけは、その一撃をかわし、戦い続けた。

学校中の生徒が…果敢に攻めるその生意気な新入生を、熱く手に汗握りながら見守り…。
最後…剣神ディアヴォロスに破れはしたが、良く戦った。と会場中が、どよめくような喝采を小柄な新入生、ローランデに送った。

…それ以来、ローランデは誰にでも一目置かれてる。
例えそれが、一番体の大きく威圧的な、四年生だろうが。

誰の瞳にも、無敵。
今世紀最強の剣士。
そして圧倒的な強さを誇るディアヴォロス相手に。
決して諦めずとどめの剣を避け続け、幾度も幾度も身をひるがえして挑みかかる、果敢なローランデの勇姿が、刻み込まれているから。

ヤッケルが明るいわたあめのように、ふんわりした栗毛を振ってぼやく。
「ローランデとお前と一緒だと、『教練キャゼ』中の注目、集めまくりだな」
隣に立つフィンスも、同意するように笑う。

途端…シェイルは項垂れた。

「僕が注目されるのは、尊敬されてるからじゃない。
ローランデと違って、ただ…物珍しいからだ」

ヤッケルはシェイルが、自分の人並み外れた美貌を疎んじているのを知ってたから、肩を竦める。
「女だったら、他のやっかむ女共を尻目に、いい男を全部自分のものにして、楽しめたのにな」

フィンスはそれを聞いてもっと、くすくす笑った。

ローランデがようやくフィンスの横に飛び込み、笑う彼を見つめる。
「そんなに、楽しい事?」

フィンスはローランデに笑顔で振り向く。
「いつもの、ヤッケルの軽口だ」

ローランデは途端、納得した。と微笑む。

シェイルはローランデを見つめ、いつもの彼の…落ち着き払った様子とそして…気品溢れ、誠実で頼もしい姿に見惚れる。

誰もが、ローランデを好きになった。
ディアヴォロスが去った後、学校一の有名人に成ったにも関わらず、彼がおごる様子を、見せた事が無い。

どんな事にも誠実で、誰にでも訳隔て無く親切だった。

大貴族、と呼ばれる、貴族の中でも身分の高い者の中にはたまにその身分をひけらかし、身分の低い者を卑下する者も、多数いた。

彼らはたいてい同じ身分の者と連んでいて、一般宿舎の者とは近しくならないのが常識。

だから…平民に近い田舎貴族のヤッケルと、やっぱり…一領主の息子、シェイルが、大貴族のフィンスとローランデと一緒に、こんなに仲良く話してるなんて不思議だった。

が…ローランデは身分を気にしない。

けれどどうしたって育ちの良さや、シェンダー・ラーデン北領地の領主達を統べる、大公子息の気品が漂っていて、同じ人種に思えない程高貴で、その仕草一つですら気品溢れてる。

フィンスも同様で、いつもいい香りのする上着を着け、こざっぱりし、乱れた服装や言葉使いを聞いた事が無い。

ヤッケルがこっそり
「あっちは気にしない、って言ってるが、どう頑張ったって違いは歴然だよな」
と質素な一般宿舎の寝台に寝転がって、りんごを囓りながらぼやいてた。

シェイルはローランデならそんな事絶対せず、ちゃんとお行儀良く食卓で、りんごを食べてるな。
と、ヤッケルに同意して笑った。
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