上 下
285 / 307

ゼイブンの直感、グーデンの悟り、講義を受けるシャクナッセルとセシャルの心中

しおりを挟む
 三年達は講義室に、ディングレー取り巻き大貴族らが、かつてグーデンの愛玩してたシャクナッセルとセシャルを、護るように取り囲んで入って来るのを見た。

講師が訪れ、歴史の講義を始めるのに。
彼らの頂点、ディングレーが姿を見せない。
そして目立つ金髪美貌の、ギュンターもが。

ゼイブンは昨夜も酒場の二階で、美女と夜を過ごしたので、机に半分、突っ伏して寝ていた。
正直サボりたかった。
が、これ以上サボると、単位がアブない。
ふと…不穏な雰囲気に、顔を上げる。



ディングレーがいない他、グーデン配下らの姿も無い。

周囲では、昨夜はオーガスタスとディングレーに軍配が上がったが。
グーデンがどういう手を使い、愛玩らを奪還するのか。
講義そっちのけで、ひそひそと話し込んでいた。

つい…首を振って、騎士然と背筋伸ばした大貴族らに取り囲まれてる、シャクナッセルとセシャルを見る。
二人共が艶を纏って見え、男だと分かっていても、誘われたら押し倒せそう。
これだけ女好きな、自分でさえも。

彼らを見てると、どうしても思い出してしまう。
去年グーデン配下してた銀髪の超男好き、アルシャノンに一年の時から目を付けられ、どれだけ逃げ回ったかを。
捕まっていたら…あの二人同様になってたかも。
そう気づいた途端、ぞっ…と鳥肌が立ち、ゼイブンは首振ってアルシャノンを極力、記憶から閉め出しそうと務めた。

側でちょうど、去年の乱暴極まりない四年らが居なくて、良かった。
の会話が、ひそひそ声で話されてる。

ゼイブンは顔を机に突っ伏して思う。
正直、その前の学年にも怪物が居て。

一年だった時そいつを見たが、筋肉の化け物。
態度はデカくて凶暴。
壁を殴って破壊し、風通し良く出来るほどの豪腕。

確か…びびりまくる一年らの群れに自分もいて、凄まれて金を出せと言われ、震える手でポケットを探っていると…まだ二年のオーガスタスに庇われた。

背はオーガスタスの方が高かったけど。
あきらかに腕も腿も、胸周りもが、怪物の方がデカくて。

誰もが皆、オーガスタスが血みどろになる様しか、思い浮かばなかった。

確かに、オーガスタスは血反吐を吐いた。
が、相手の怪物はもっとで、口からだらだら血を流し、それでもまだ、血しぶき飛ばしながらも激しい殴り合いを展開し…。

結局、現れたディアヴォロスが一撃で倒し、オーガスタスを救い、肋骨あばらぼね折れたオーガスタスに、手を貸そうとした。

オーガスタスは激しくディアヴォロスの手を、振り払ったっけ。
「あんたに助けられたら!
あいつは次回、俺を舐めてかかる!!!」

あれだけ…あの重い拳で殴られて、肋骨も折れてるのに。
最後までやらせてくれなかったと、助けに入ったディアヴォロスに文句を言う様は凄まじく…。

皆、ごくりと唾飲み込んで、思った。
“どれだけ不利な戦いでも。
例え命を賭けようと。
絶対、引けない戦いもある”

無言でオーガスタスはそれを、俺達に教えた。

けれどディアヴォロスは、ほっ…とため息吐くと、告げる。
「それは次回やれ。
機会はある。
…手当てさせてくれ。
その傷は、今後に響く。
君が庇った背後の一年達のためにも。
君には、健常でいて貰いたい」

オーガスタスはその時ようやく、目前の…黒い縮れ毛を肩に背にながす気品の塊、整いきった面立ちの高貴なディアヴォロスが。
千里眼だと、思い出す。

オーガスタスが背を向けたディアヴォロスに続き、去り始めると。
誰とも無く、拍手が湧いた。

ゼイブンは、自分もが拍手してた事に気づいた時。
本当に、びっくりしたけど…あの場で拍手は、自然な流れだった。

あの、壮絶な重量級同士の、激しい殴り合いを見た後では。

確かあの化け物…名前がどうしても思い出せないが…あいつにもグーデンは、金払って用心棒として、使っていたっけ…。

同学年らはみんな、絡まれたら鳥肌立つような乱暴者の上級生を覚えていたから。
同学年なんて、てんで相手にならないな。と笑い、この諍いは、オーガスタスとディングレー同盟軍に軍配が上がると、楽観してる。

ゼイブンも別に、異論は無かった。
が、グーデンは自分が非力でひ弱な分、どれだけでも汚い手を使う。

どうしても…嫌な暗雲が振り払えず、ゼイブンは自分の…危険に対する直感が、外れた事がナイのを思い知っていたので、誰かに忠告すべきかを、思い悩んだ。



 グーデンはいつもの遊びをしようと、習慣に従って部屋の扉を開ける。
けれどそこには…いつもたむろってる、ラナーンや他の愛玩らの姿は無く…配下達は皆、怪我をして項垂れていた。

グーデンはガキのように地団駄じだんだ踏んで、喚き散らす。
「どーして、どーして、どーして!!!
奪還出来てない!!!」

が、配下らは虚ろな瞳を向けるだけ。
グーデンが『教練キャゼ』では、自分らがいなければ、威張っていられないと知っているから…。
言い訳すら、しなかった。

「…オーガスタスか?!
やったのは!!!
…絶対、退学にしてやる!!!
ラナーンは戻って来ないのか?!」

けど誰も
『昨日貴方がやり過ぎたせいで、とうとう愛想を尽かした』
と、言う者すらいない。

「動けるヤツは!!!
居ないのか?!」

またも誰も、返事をしない。

グーデンはかりかりすると、部屋に戻る。
扉が閉まり、ごろつき達が、やれやれ…と吐息吐くと、扉がまた、開く。

チャリン!!!

床に金貨を投げて叫ぶ。
「もっと!!!欲しいなら、くれてやる!!!
シャクナッセルとラナーンを奪還したらな!!!」

けれど誰も。
金貨を拾う者はいない。

そこでようやくグーデンは、彼らの打撃が、深刻なのだと気づく。

「オーガスタスを、起き上がれぬ程、ブチのめすヤツはいないのか?!」

そこでようやく、シーネスデスがぼそりと呟く。
「退学に、しないんで?」

グーデンは、ぐっ!!!と詰まった。
出来ない事は無い。
が、それをしたら必ず…あいつが出てくる。

ディアヴォロス。

折角卒業でいなくなって、顔を拝む必要の無くなった男。

アドラフレンが宮廷護衛の長になって以来、ディアヴォロスとアドラフレン、この二人を敵に回すまいと、一族の大御所ですら行動を控え、二人に愛想良く振る舞ってる。

幾ら「左の王家」の旧家で、多くのツテを持つ母ですら。
今、あの二人と事を構えるのはマズい。
時期を見ないと。
と釘さして来る…。

グーデンは悔し紛れに親指を噛む。
あの、デカい図体。
いかにも大物だと、ひけらかす小憎らしい風情。

けれどあの拳で殴られたら…。
グーデンはそっ…と、自分の頬に両手当てる。

“この美貌が、無残にも崩れ去る…!!!”

ぞっ…とし、背筋が寒くなり、そうさせるオーガスタスを激しく、憎んだ。

ともかく、オーガスタスを退学にするか?
もしかしたら…ディアヴォロスは別事で忙しく、それどころじゃなくて出て来ず…。
オーガスタスは退学したままに、なるかもしれない。

賭けだった。

グーデンはともかく、怪我した手下共に顎をしゃくる。
「仕方無い。
今日は娼館に行く」

普段なら、配下らは尻尾振ってついて来るハズだった。
おこぼれに預かり、好きなだけ女でも男でも抱けるから。

けれどその時配下らは、立ち上がるものの、まるでお通夜のよう…。
沈みきった表情で、痛みをこらえ…。

護衛として、付き従う。

グーデンはそれを見て、今後彼らを幾ら焚きつけても奪還は出来ないと、ようやく悟った。


 シャクナッセルは、横に並ぶデルアンダーをこっそり覗う。
窓から射す朝陽に、端正な横顔が浮かび上がり…一心に羽根ペンを走らせていた。

こんな…間近で。
彼と腕が触れ合うほど近くで。
一緒に座ってるなんて、信じられなかった。

けれど必死に、講義を聴こうと試みる。
一人の時間、配下の一人に図書室から本を借りてきて貰い、本だけは読んできた。
高級娼婦の息子だったから、娼館に居た頃は家庭教師も付けてもらい、読み書きも計算も出来た。

美しく着飾った母は、いつも…。
“貴方はいつかここを出て、会計士か…そんな仕事に就きなさい”
そう言って、幾人もの家庭教師を呼んで…マナーだとかも、教わった。
身分の高い相手に、仕える事が出来るように。
と…。

シャクナッセルは今はもう会うこと叶わぬ、亡き母の描かれたロケットを、そっ…と握りしめた。

セシャルは必死に、羽根ペンを走らせる。
“卒業出来るかもしれない”
その僅かな希望が、かつて『教練キャゼ』に入る前、自宅で家庭教師に講義を受けてた頃の習慣で、勝手に大事だと思う事を書きとめて行く。

横のラッセンスは、大して書く事も無い様子で、タマにぼーっと窓の外を見てるし、反対横のシャウネスはいつも無表情で、感情が読めないけど、すらすらと羽根ペンを走らせていた。

ペンを走らせながら…けれどセシャルは幾度も。
去年の乱暴な四年らの、酷い陵辱が脳裏を掠め、元の自分より突然引き剥がされて…ペンを止める。
その都度、シャウネスが振り向く。

セシャルは気づくと、必死で続きを書き出した。
けどまた…脳裏を掠め、絶望と挫折と、あの時の酷い痛みと引き裂かれた心に、打ちのめされてペンを止める。

シャウネスは、小声で告げる。
「いつか…思う存分、仕返してやる。
言ってみろ。
命乞いをさせ、懇願させ…屈辱の限りを、返してやると誓え」

セシャルは、シャウネスの美麗な顔を、見つめ返す。

シャウネスは視線を本に戻す。
「…七歳の時。
盗賊に捕まり、集団で犯された。
一族が助けに来、俺は俺を犯した男らの男根を、全て切って捨てた」

セシャルは目を、まん丸に見開く。

シャウネスは表情を変えず、言った。
「すかっと、するぞ?」

セシャルはまだ、目をまん丸に見開いていたけれど。

シャウネスにこっくり、頷いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冬月シバの一夜の過ち

麻木香豆
BL
 離婚して宿なし職なしの元刑事だった冬月シバ。警察学校を主席で卒業、刑事時代は剣道も国内の警察署で日本一。事件解決も独自のルートで解決に導くことも多く、優秀ではあったがなかなか問題ありな破天荒な男。  この男がなぜ冒頭のように宿無し職無しになったのも説明するまでもないだろう。  かつての女癖が仇になり結婚しても子供が産まれても変わらず女遊びをしまくり。それを妻は知ってて泳がせていたが3人目の娘が生まれたあと、流石に度が超えてしまったらし捨てられたのだ。  でもそんな男、シバにはひっきりなしに女性たちが現れて彼の魅力に落ちて深い関係になるのである。とても不思議なことに。  だがこの時ばかりは過去の女性たちからは流石に愛想をつかれ誰にも相手にされず、最後は泣きついて元上司に仕事をもらうがなぜかことごとく続かない。トラブルばかりが起こり厄年並みについていない。 そんな時に元警察一の剣道の腕前を持つシバに対して、とある高校の剣道部の顧問になってを2年以内に優勝に導かせるという依頼が来たのであった。しかしもう一つ条件がたったのだ。もしできないのならその剣道部は廃部になるとのこと。  2年だなんて楽勝だ! と。そしてさらに昼はその学校の用務員の仕事をし、寝泊まりできる社員寮もあるとのこと。宿あり職ありということで飛びつくシバ。  もちろん好きな剣道もできるからと、意気揚々。    しかし今まで互角の相手と戦っていたプライド高い男シバは指導も未経験、高校生の格下相手に指導することが納得がいかない。  そんな中、その高校の剣道部の顧問の湊音という男と出会う。しかし湊音はシバにとってはかなりの難しい気質で扱いや接し方に困り果てるが出会ってすぐの夜に歓迎会をしたときにベロベロに酔った湊音と関係を持ってしまった。  この一夜の過ちをきっかけに次第に互いの過去や性格を知っていき惹かれあっていく。  高校の理事長でもあるジュリの魅力にも取り憑かれながらも  それと同時に元剣道部の顧問のひき逃げ事件の真相、そして剣道部は存続の危機から抜け出せるのか?!

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

淫愛家族

箕田 悠
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

処理中です...