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ギュンターの厄災

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 その朝、ギュンターはまた、例の夢で目覚めた。
見える範囲いっぱいに、巨大なローランデの笑顔。

けれどその夢には、先日見た処女雪のような…ローランデの後ろ姿と。
高価な衣服を着けたお尻が、やけに目に飛び込む。

更に上半身裸の、雪のように白い肌と、予想したよりずっと女性的に感じる、盛り上がった胸元。
とたん、激しく心臓が鳴った。

そこでがばっ!と跳ね起き、額に手を当てる。
「(…どうなっちまったんだ?)」

そこでつらつらと、夢の中の自分の状態を思い浮かべてみた。
「…………………………………………」

確か…焦って考えてた。
酒場の女性達。

早く誰か一人に絞ろうと…夢の中で一人一人の、手を取ってた気がする。
ジョアナ…サリー…。

けれど…誰にでも愛情は持てるのに…まるで親しい他の誰かで、狂おしい恋心は沸かない。
がっかりした気がする。

暫く、寝台に腰掛けて沈痛な気持ちでいると…腹が鳴った。
「(…腹減った)」

そこでギュンターは立ち上がる。
木の枝で歯を軽く磨き、陶器の容器に水を入れ、顔をざっと洗う。
その時、思い出した。
「(…確か俺って…昨夜、食べてる途中で…寝なかったか?!)」

部屋を見回す。
どうやってここに戻ったかの、記憶が無くて。

体を水に浸けた布で拭き、ヨレた服を着替え、その後簡単に習慣の、部屋掃除をする。
床にモップかけ、そこらを拭き上げ、そしてベットシーツを取り替える。

その後、扉を開けて外階段を下り、三年大食堂の扉を開けた時。
がらん…と誰も居なくて、一瞬パニくった。

いつも食べ物が置かれてる端のデカいテーブル上は、すっきり片づけられ、食べ物の欠片も見当たらない。
「(…って事は、寝過ごして今はもう、講義中???)」

傍目からは、ギュンターはすまして見えた。
焦ってる表情は微塵も見られない。

「(…食事、抜きか?)」
ギュンターは鳴る腹を抱え、仕方無く大食堂を抜けて、三年宿舎を出た。
太陽は上から振り注ぐ。
「(…一体、何時なんだ?)」

足は四年宿舎に、自然と向かっていた。
が、階段を登り、扉を開けかけて気づく。
「(…講義中か…)」

けれど開けて。
大食堂を通り、横の廊下へ入り、ずらりと並ぶ部屋の扉の幾つかを通り過ぎ…オーガスタスの部屋の前に立つ。
いつも開いてたけど、その時も開いていて…そっ…と覗くが、やはりそこに姿は無かった。
「…お前、こんな時間にナニしてんの?」
背後からの聞き覚えのある声に振り向く。
そこにはリーラスが、寝ぼけまなこで立っていた。

「…講義は?」
ギュンターが聞くと、リーラスはダレた声で返答する。
「今、起きたとこだ」
ギュンターは俯き加減で呻いた。
「俺と一緒だな」

リーラスは、こざっぱりしたギュンターを、マジマジと見てぼやく。
「…そうは見えない」
ギュンターはガウン羽織り、ヨレた感じのリーラスの出で立ちに、頷く。
「顔、洗ってるし」
リーラスは髪をボリボリ掻くと、自室へと戻って行こうとするから、ギュンターはその背に言葉を発する。
「朝食、食いっぱぐれたんだ」

リーラスが振り向く。
首を振るからついて行くと、開きかけの扉を開け、勝手に入って寝台の下のチェストを、漁ってる。
「………………誰の部屋だ?
あんたの部屋はさっきの横だろう?」
ギュンターの声に、リーラスは屈んだままチェストの中から、葉に包まれた塊をひょい、と背後のギュンターに差し出す。

ギュンターは手に取ると、葉をめくり…それが、ハムの塊だと気づく。
続いて紙に包まれたバケット。
壺に入った、酢漬けの野菜盛り合わせ。
更に酒瓶を持ち上げ、振り向き言った。
「…とりあえず、昼間まではこれで凌げ」

ギュンターはその時、ここに大勢詰めて、課題を写してたことを思い出す。
「…ローフィスの、部屋?」
リーラスはグラスを二つ、暖炉の上から取ると、にっこり笑った。
「みんなの、共同貯蔵庫だ」

ギュンターがテーブルの上にハムを置くと、リーラスはナイフを渡し、言う。
「一人で丸かじりするな」
「…………………」
「バケットもちゃんと、切り分けろ」
どっちも、直ぐかぶりつこうと思ってたギュンターは、しぶしぶハムとバケットを切り分けた。
「………チーズもあったな。確か」
リーラスは言うと、またチェストを漁り、紙袋に包まれた、チーズの塊をにんまり笑いつつ、テーブルに運んだ。

食べてると鐘が鳴る。
「…昼食だ」
ギュンターは切り分けたチーズを喉に詰まらせそうになり、咽せて慌ててグラスの果実酒を喉に、流し込んだ。

「…行くぞ!」
着替えに自室に戻ったリーラスが、再び顔を出した時。
散らかったテーブルの上は片付けられ、グラスは洗われて、再び暖炉の上に置かれてるのを見る。
「……………食った形跡、ナシか…。
ローフィスに食ったと、報告しないとな」
と廊下に出て行くから、ギュンターはリーラスの背を追い、尋ねる。
「いつも、片付けないのか?!」
リーラスは憮然、と振り向く。
「そのまんまじゃないと、ナニが減ったか、ローフィスに分からんだろう?」

ギュンターはその返答に、呆れた。
「…つまり減った分、また補充して貰うため、そのまんまにしとくのか?」
リーラスはまた、ギュンターに振り向き、頷く。
「お前、片付けも出来るのか。
召使いが見つからなかったら、頼むかな」
「…掃除とか片付け、した事無いのか?」

リーラスは目を、まん丸に見開く。
「…片付けはともかく。
お前、掃除なんて自分でするの?」
ギュンターは真顔で聞く。
「…自分でしなきゃ、誰がする?」

リーラスは、前を向く。
「…お前とは、言葉が通じないようだ。
オーガスタスに通訳して貰おう」

けれど大食堂に出向くと。
まだ誰も来てなくて、テーブルに大皿用意してた召使い達が、一斉に振り向く。

リーラスを見
「今日四年は、書庫の移動で大量の本を移し、遅れるからって…。
食事を新書庫に、運んだところですけど…」
と言う。
ギュンターはそのまま席に着こうとしたけど。
リーラスに襟首掴まれ、引きずられて新書庫へと続く小道へ、連行された。
四年達は新書庫の建物の外で、埃被った大量の本の、埃を払っては手渡し、手渡された者は、建物へ本を運び込んでた。

「…リーラス!
いい時にサボってたな!!!」
「それも最後だ。
本持って中へ運び込め!!!」

両腕にいっぱい、本を持たされたリーラスは無言で書庫の建物の、中へと入って行く。
ギュンターがきびすを返し、全校生徒が食事できる食堂へと振り向いた途端。
ギュンターの両腕にも
「ホラ!
お前も持て!」
と言われ、本を乗せられ…仕方無く、書庫の建物に振り向く。

建物の二階に上がると、本棚だらけのその広い室内で、オーガスタスが高い上の棚に本を乗せていた。
「…お前がいると、足場使わなくて済むから、ホントに助かるぜ」
と横の講師に言われながら、次に乗せる本を手渡されていた。

リーラスに習い、ギュンターも本を床に置き、本を種分けしてる連中に告げる。
「俺は三年だし、もう昼飯だから…」

けれど種分け班の一人に、顔を上げて睨まれる。
「…だからナンだ!
人手が足りないんだ!」
横の一人も振り向き、怒鳴る。
「昼はこの後、そっちの読書室で食える!
…逃げるな!」
二人に睨まれ、脅されて、仕方無くリーラスと共に、外の埃払った書物を運ぶため、階段を降りた。

外では、皆が山積みの埃まみれの書物の埃を必死で払いながら
「これ終わらないと。
食えないぜ!」
「古い写本だから、丁寧に扱えと!」
とぼやきながら、次々に運ぶ本を、リーラスとギュンターに手渡す。

結局ギュンターは、リーラスに続き、六往復も外と二階の大書庫を移動した。

「…まだ、あるのか…?」
リーラスのヘバった声を聞き、ギュンターもぼやく。
「腹ペコで死にそうだ」

けれど外には、まだ草の上のあちこちに、埃まみれの本の山がある。

「…それ、俺達に言うか?!」
「俺らは、この埃まみれの本、あっちの旧書庫からここまで、運んだんだぜ?!」
埃払い班の面々に殺気だって返答され、リーラスもギュンターも項垂れた。

けれどその時、二階の窓から
「一旦食事にするとよ!
上がって来い!
後は食ってからだ!」
とローフィスが叫び、リーラスもギュンターもが、ほっと肩をなで下ろした。

けれど
「上がるんなら、手ぶらで行くな!」
とまた、本を山程手渡され、リーラスとギュンターは階段を登る。

だだっ広い木の香りが真新しい大書庫の床に本を置くと、廊下を進んでやっぱり広い、読書室の扉を開ける。

中では皆、ぼやきながらテーブルの料理の大皿から、自分の皿に食事を乗せていた。
「…なんでわざわざここに食事を運ぶんだ…」
「逃げ出さないよう、ここに留め置く為だろう?!」
「…違いない。
俺らが下級に混じって食事すると、図体ずうたいで直ぐバレるもんな…」

ギュンターは
『それでか…』
と顔を下げ、単調で過酷な作業に加わるハメになった自分の愚かさに、項垂れた。

リーラスを恨もうとした。
が、皿に山盛り料理盛って、オーガスタスやローフィスの居る席に着くと。
リーラスに肘で小突かれる。

「………………………」
無言でリーラスを見ると、リーラスは察しないギュンターを一睨みし、ローフィスに告げる。
「こいつ、寝過ぎで遅刻し、朝飯食いっぱぐれて四年宿舎に来てるもんだから。
お前の非常食料、分けたぞ」

ローフィスはスプーンを口に運びかけ…顔を上げてジロリ…と、リーラスを見る。
「…なんでわざわざ、報告する」
リーラスは肩すくめた。
「こいつ、俺の着替え中に片付けちまうから。
ナニが減ったか、分からんだろう?」
「ナニ食った!」
「ハムとバケットと、チーズと…野菜の酢漬け。
果実酒も貰った」

オーガスタスは、正面に座るギュンターを見ると
「片付けたのか?!」
と聞いてる。
「…普通、勝手に食わせて貰ったら。
片付けくらい、しないか?」
とギュンターが言い返すと、オーガスタスは顔を背ける。
すかさずローフィスが、手に持ったスプーンでギュンターを指し示し
「聞いたかお前ら!
これが普通だ!
ナニが減ったか、分かるように片付けないなんて、まるっと詭弁きべんだ!!!」

と、正面のリーラスと、顔を背けバックレようとする、オーガスタスに怒って怒鳴った。

ギュンターは
『やっぱり、そうか…』
と顔を下げた。

リーラスは、怒ってるローフィスから顔を背けつつ
「…俺に代わって、ギュンターを盾に使おうと連れて来たのに」
とぼやき、オーガスタスに
「逆効果だったな…」
とぼそりと低い声で言われ、顔を下げた。
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