若き騎士達の波乱に満ちた日常

あーす。

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領民の惨状を聞くマレー

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 アイリスの祖母に、拳の手当をして貰ったのち、マレーは…。
西棟の二階の…陽が差し込む明るい室内の寝台に、横になってる父親を、戸口で見つめる。
治療師が横で、父親に処方する薬を用意していた。

父の顔はとてもやつれて見え、肌の色も青ざめて見えたけど。
その表情は、どこか安らかに見えた。

マレーが振り向く。
背後の…廊下には、ディングレーとローフィス。
そしてアイリスが、マレーのそんな姿を見守っていた。

ローフィスに手を差し伸べられ、マレーは三人に寄る。
ローフィスに背に手を置かれ、マレーは寄り添ってくれる三人と共に、階下に降りた。

広間に集う、アドラフレン、エルベス、そしてエラインとニーシャと祖母の元に訪れる。
アイリスにそっと
「これからの事を少し、話さないと…」
と言われ、マレーは頷く。

立ち話をしていた皆は、一斉にマレーと共に、横のソファに腰を下ろす。
アイリスとローフィスは長椅子に、マレーを挟んで座り、ディングレーはローフィスの横の一人掛け用椅子に腰掛ける。

マレーの目前には三人の女性達。
その横、ディングレーと向かい合う位置の二人かけの椅子に、アドラフレンとエルベスが腰掛けていた。

祖母を挟んで、両横にはエラインとニーシャが腰掛け、真ん中の祖母が真正面に座るマレーに囁く。
「…屋敷は手入れがされていず、荒れてるのが分かる?」
マレーは頷く。
エラインが口を出す。
「私に任せてくれたら。
手入れが行き届いた屋敷に変えてみせるわ」
祖母は改めて
「エラインに、任せて頂けるかしら?」
とマレーに確認を取った。
マレーはまた、頷く。

ニーシャが口を開いて、マレーに問う。
「この後は…『教練キャゼ』に戻るのよね?」
マレーはまた、こくん。と頷く。
「貴方が…この屋敷を手入れして下さるんなら…」
と、まだ男装姿のエラインを見つめ、けれどふと…顔を下げる。
「…領地も…酷いですか?」
アドラフレンが見つめていると、横のエルベスがすかさず口を挟む。
「かなりね…。
義母は来て間もなく、君に取って代わって領地の見回りを始めたらしいが…。
すっかり領地のあるじ気取りで、見回りに出ては命令を伝えまくった。
その命令というのが…税の取り立てだ。
君の父が取り決めた金額より…今は三倍に跳ね上がり…領民らは生活費を削り頑張ったが、それでもロクに良い材料を変えず、作物の品質を落とさずにはいられなくて…。
品質が落ち、買い取り金額が落ちると、義母は税を更に上げ、領民から搾り取ると言った悪循環で。
とうとう…今や作物は以前の半額でようやく買い取って貰える金額にまで、落ち込んで。
領民らは食べて行くので精一杯。
それなのに、義母は更に税の額を上げようとしていた所だった」

マレーはがくん!と大きく顔を揺らす。
「…だから私の部下が、新しい主の監督官として見回ると、領民らは不安そうに覗いながら…それでも現状についてを聞くと、一様に
『これ以上税を上げられると、子供にもロクに食べさせられません』
と訴えてくる。
それで…税額を以前の…君の父君の制定した金額に戻すと、収益は著しく減ることになるが…」
マレーは即座に言った。
「構いません…!
けれど…けれど、買い付けが以前の半額なら…それでも領民の暮らしは、苦しいでしょう?」

マレーが瞳を潤ませながら、エルベスを見つめる。
エルベスは頷くと、マレーに囁く。
「…それで私の方から。
一時的に援助金を出したいと思う。
十分な生活費と、作物の品質が上げられる金額を」
「…貸し付けで…構いません」
マレーの即答に、エルベスは頷く。
「君の領地の作物は、我が大公家が全て、買い付ける。
以前の品質が戻れば、以前の買付金額の2/3の金額で買わせて頂き、貸し付け分とする。
貸し付けが精算され、さらに品質が上がれば。
正当な金額で買わせて頂く」

マレーは幾人かの、新しい品種を作り出して将来を語った、小作人らを思い出す。
「他の領地ではあまり作られてない作物を。
試しに作りたいと…幾人かが申していました。
彼らは…」
「義母の元では、そんな試みは出来る筈も無い。
『必要無いわ。余計な事しないで』
と言われたと。
それで…私の部下らは、我が領地では作られてない作物ばかりなので、援助してはどうですか?
と言って来てるので…了承し、小作人らに取り組むよう、告げてある」

マレーは涙ぐんで頷く。
「試作品を…幾つか食べましたけど…。
どれも美味しかった。
けれど彼らは、もっと甘みを足したり、大きくしたいと…」

エルベスは頷く。
「取り組ませてる」

マレーは両手を膝の上で組んで、父と見回った、領民との楽しい語らいを思い出し、涙ぐむ。
「ありがとう…ございます………」
そして、顔を上げる。
「僕…だけじゃなく、領民達まで…そんな辛い目に遭ってたなんて…!」

アドラフレンは頷くと
「二人には、相応の罰を与えるから」
と確約した。
マレーはとうとう頬に涙を滴らせ、頷く。
膝の上で組まれた両手は、ぶるぶると小刻みに、震えていた。
ローフィスがそっ…と、マレーのその手の上に手を置く。
すると…マレーはローフィスの暖かく穏やかな“気”を感じ取り、怒りと悲しみが静かに引いて行って…。
静かに涙をポロポロこぼし、泣き始めた。

祖母が囁く。
「もう、心配しなくていいのよ。
教練キャゼ』では…辛くない?」
マレーは首を横に振る。
「…おう…族の、ディングレー様が…私室に泊めて頂き、ローフィス様はいつも楽しい話で和ませてくれて…。
学年筆頭のスフォルツァ様とそれに…アイリス様が。
講義の間はいつも、乱暴なやからが近寄らないよう、目を配って頂けて…。
僕…の方が、父や領民なんかよりずっと…いい待遇を受けています」

祖母もエラインもが、ほっとしたように顔を見合わせる。
エルベスが囁く。
「『教練キャゼ』を続けたいのなら。
私の部下がその間、代理の監督官として、領民の世話をするから。
週末、彼と共に領地を見回りに、来てくれるかい?」
マレーは頷く。
「喜んで!」

まだ頬に涙を伝わせていたマレーだったけど。
顔を上げたその表情は笑顔で。
ようやく大人達と、ディングレー。
そして両横のローフィスとアイリスは、ほっとしたように表情を緩めた。

エラインは嬉しそうに
「お母様!
私当分、この屋敷に通わなくちゃ!
あちこちの窓枠は壊れてるし!
庭も手入れが必要。
解雇された庭師を呼び戻すわ!
クビにされた、領地の女中達も!
彼女達も、慣れない農作業なんてしなくて済むし!
子供にも、美味しい物をたくさん、食べさせてあげられるわね!」
と、はしゃいで言った。

マレーは家庭的なエラインの、嬉しそうな顔を見つめる。
そして…屋敷で楽しげに働いていた、女中達を思い返すと、また…涙を滴らせた。
「…顔…が見えなかったのは…クビにされたせいなんですね…」

エラインは、失言した?!
と慌てて周囲の皆の顔を見回した後、口開く。
「でも、たくさん食料とお菓子を届けさせたから。
子供達は、いっぱい食べてるはずよ?」

エルベスは頷く。
「姉様からひっきりなしに食料が届き、子供達は私の部下がやって来ると、馬車に集まってくるんです。
笑顔で」

マレーは目を見開き、そう言った警護服姿の、エルベス大公を見つめる。

エラインは輝くような微笑を見せて叫んだ。
「良かったわ!」

マレーは囁く。
「そんな…お気遣いを?」

祖母は微笑む。
「エラインは私の領地をいつも見回り…領民の生活にも気を配ってるの」
エラインも頷く。
「あちこちの領地の農婦達が…貴方の領民の話を聞いて、見回りの監督官達に、作物を押しつけていくの!
『ひもじい子供達に、あげて下さい』
って!
監督官らが屋敷に来ては
『お届けしてもよろしいんで?』と聞くので…エルベスに頼んで、マレーの屋敷の監督官に託すのよ。
私達の領地は広くて、幾つもあるから。
子供達どころか、大人まで十分食べられるほど集まるの」

ニーシャも頷く。
「余ってる…出来の悪い作物があったら…と、聞いただけなのに。
手作りの料理やお菓子も、いっぱい集まったのよね?」

姉に聞かれて。
エラインは誇らしげに、頷いた。

エラインははしゃいで、更に告げる。
「作物が高値で取引出来るようになったら!
子供達の学校や、治療院も作るわ!
勉強の出来る子は、帳簿係や教師の職が得られるようにするし。
腕っ節の強い子は、『教練キャゼ』に推薦状だって書かせて頂くから!」

マレーは目を、見開いた。
「みんな…きっと凄く、喜びます!」

エラインは、笑顔で頷いた。


陽がとっぷり暮れて、アドラフレンと大公家の面々は、マレーを玄関で見送る。

「…ぜひ…大公家の舞踏会に来てね?」
祖母に優しく言われた時。
マレーは祖母に抱きつく。
祖母は嬉しそうに、小さなマレーの背を、抱き返した。
マレーは…優しい女性の温もりを感じながら、囁く。
「また…お会いできたら…ぜひ、恩返しをさせて下さい」
「あら?
元気な貴方の姿を見せてくれたら…それで十分よ。
貴方には領地管理の才能があるから。
才能を生かして珍しい作物をたくさん作ってくれたら、私達も高値で売れるから、とても嬉しいわ」

マレーは目を、見開く。
「お役に立ちます」

祖母は、優しく頷いた。

アイリスとディングレー、そしてローフィスに迎えられ、マレーはまた、大公家の馬車に乗った。

帰りの馬車の中、マレーはもう、泣いてなかった。
時折嬉しそうに微笑む姿を見、ローフィスもアイリスも微笑んだし、ディングレーは心底ほっとしたように、アイリスに告げる。

「大公家は流石だ。
王族では、こうは行かない」

アイリスはにっこり微笑んだ。
「ええ。
権威は劣る分、大公家はたいそう、小回りが利きますからね」

そして、ローフィスに振り向く。
「貴方ほど、機転の利くやり手が味方なら。
大公家は援助を惜しみませんよ」

ローフィスは肩を竦める。
ディングレーがローフィスを、アイリスに取られまい。
と力んで告げる。
「ローフィスの腕は、ディアヴォロスも高く買ってる」

アイリスは王ですら一目置くディアヴォロスの名を出され、肩を竦めた。
「ディアヴォロス殿を出すなんて、絶対勝てないじゃないですか!
…ズルいです」
とぼやいた。

ローフィスだけが
「…なんで本人の意思は、全然聞かないかな」
と呟き、アイリスとディングレー、それにマレーにまで、笑われた。
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