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グループ生に乗馬の指南をするギュンター

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 講師の合図で、皆が一斉に騎乗して池の畔から離れ、『教練キャゼ』を目指し駆け始める。

それから。
困った事に馬上で、ギュンターは気づくとローランデの姿を無意識に探してる自分に、ふと気づく。

慌ててグループ生の、乗馬のヘタな一年の横に馬を付けて叫ぶ。
「手綱を引きすぎだ!
だから馬は反抗する。
強引に自分が上だと、知らしめようとしてもムダ。
もっと軽く手綱を使い、拍車も軽くかけろ。
馬は自分にとっての大切な乗り物。
もし傷付いて走れなくなれば…戦場で逃げる手段を無くす。
労れ」

その子は目を見開き…そして、自分の馬を見る。

気づいたギュンターは、そっと囁く。
「…近衛には進まず…進んだとしても戦場には出ない職に、く腹づもりか?」

その子は首を横に振る。
「…言うこと、てんで聞かないから…馬のくせに生意気だ!と思ってつい…。
…戦場では…味方なんだ」

ギュンターは、頷く。
「大勢の敵に追われてる時。
馬が頼りにならなきゃ、追いつかれて命を失うぞ?」

その子は馬上で一瞬、ぞっ…と背筋を寒くする様子を見せ、頷く。
それから…その子は手綱を無理に引かず、そっ…と指示を出す。
馬はチラ…と振り向き、乗り手を見た後。
指示された方向に駆けた。

別のもう一人、指示の出し方のヘタな子の横に並ぶ。
「右に曲がりたいなら、右の手綱を軽く引け!
お前が引いてるのは、左だ!
…よせ!!!
左右交互に引いたら、馬はどっちに行っていいか、分からなくなる!!!」

「えっと…えっとえっと…」
「軽く引け!
もっと軽く右だ!」
「…軽くで…馬は分かりますか?!」

ギュンターはロレンツォを思いっきり側に寄せると、馬を走らせたまま、片足鞍の上に引き上げ、横の子の後ろに飛び移る。
背後から手綱を取り、軽く右に引く。
けれど馬は気づかない。
右の拍車を軽く入れると、右に曲がった。

「…この馬は、手綱での操作は訓練されてないみたいだな。
右に拍車かけろ。
右足で…軽く腹を蹴る。
…そうだ。
それで右に…」
「動いた!」
前に乗る、栗色巻き毛の一年生は、嬉しそうに声を上げた。

その先が直角の角で、ギュンターは斜め後ろに併走する、ロレンツォに頷く。
ロレンツォは右に思いっきり曲がり、ギュンターは乗ってる馬の右の腹を、思いっきり蹴った。
が、馬は
『そんな事、分かってる!
直進したら、大木に激突するじゃないか!
馬鹿にするな!』
と言うように、怒濤の如く速度もそのまま。
右に突っ込んで行く。

ギュンターは背が棒立ちの、前に乗る子の腰を抱え、右に思いっきり上体を傾けた。

スピードをほぼ落とす事無く右に曲がりきった馬は見事で、けれど乗り手が初心者なので、舐められても無理無いと、ギュンターは内心思った。

やがて崖の手前で講師が皆を止め、ギュンターも力尽くで手綱を引き絞った。
馬は力一杯引かれ、顔を後ろに跳ね上げ、何とか歩を止める。

ギュンターは、つい馬に
『今まで止まる時は、どんな合図で止まってたんだ?!』
と、聞きたくなった。

前は続々、崖を駆け下りて行く。
けれどギュンターは降りずそのまま後ろに乗り続け、軽く両足で腹を蹴ると、馬は前へと動き出す。
試しに両足で思い切り、腹をキツめに蹴ってみた。

…すると馬は歩を止める…。

旅の途中で、ギルムダーゼン東領地の秘境と言われてるザム地方の馬は、大変優秀だが気が荒く、合図も通常とは異なると、聞いたことを思い出す。

「…この馬…ザムの馬か?」
尋ねると、前に乗っていた子は振り向き、ブラウンの瞳でギュンターを見つめ、頷く。
「父が譲り受けて…とてもいい馬だからと、僕にくれたんです」
「…なら指示が普通と異なる事も、聞いてるか?」
けれど前の子は振り向き、首を横に振る。

ギュンターは顔を下げてため息を吐くと、忠告した。
「この馬に通常の合図は通用しない。
…手綱は使うな。
止まる時は、強く腹を蹴れ」

言って、背後のロレンツォに付いて来るよう振り向いて頷き、軽く腹を蹴って馬を促す。
軽く蹴っただけなのに、ぐん!と一気に駆け出し、崖などものともせず、果敢に突っ込んで行く。
「(…勇敢だな…)」
馬は見事だが、乗り手の前に乗ってる子は、あまりのスピードに体が引けてすくみきってる。

落馬しそうなので、ギュンターは前の子の腹に回した腕に力を込め、しっかり抱え込むと、駆け下りて行く馬に思いっきり身を倒し、馬上でバランスを取る。

全身濃い栗毛の、力強い見事な馬は途中三騎を抜き去り、あっという間に崖下に辿り着いた。

ギュンターは手綱を引こうとし…慌てて腹を、思い切り蹴る。
馬は体を捻り、一気に歩を止めた。

ギュンターは改めて馬の見事さに感心した。
が、腰を捕まえてた前の子は、ゼーゼー言って瀕死の如くビビリきってる…。

ギュンターは馬から降りて、その子に告げる。
「馬を、替えるしか無い」
その時、ラッセンスが騎乗したままギュンターの背後から、馬を寄せて言う。
「見事な馬だ。
そんなひ弱な乗り手じゃ…馬が気の毒。
俺の所に、俺に不似合いな優しい馬がいるから。
交換しないか?」
と声かけてきた。

ギュンターは馬上のラッセンスを、改めて見る。
目が細めで長方形の顔で、顔立ちは凡庸ぼんようだが、真っ直ぐな栗毛を背まで伸ばし、長身で体格良いその姿からは、大貴族の威風のようなものが漂っていて、ただ者じゃ無い雰囲気を醸しだしている。

品もあったし、どうとしていた。

つまりこの馬が似合いなら、一見いちげんから見て取れない隠れた資質は、暴れん坊。
ギュンターはふと
「(…ディングレーの取り巻きだっけ。
見かけ道理のハズ、無いか)」
と気づく。

ギュンターはまだ馬上で竦み上がってる子を見上げ、忠告する。
「この話、受けた方がいい」
言葉を足して、その理由を説明しようとした。
が、言う前にその子は、幾度も首を縦に振って、ラッセンスを縋るように見ると
「お願いします!」
と叫んだ。

ラッセンスは素晴らしい馬を手に入れられ、嬉しげににっこり、微笑んだ。

ギュンターは思わずラッセンスに尋ねる。
「ザムの馬だと、知っていての申し出か?」

が、ラッセンスは目を見開く。
「ザムの馬だったのか?!
俺が最初に乗ったのも、ザムの馬だった。
残念ながら俺は餓鬼だったから、叔父貴に取られたが…。
気迫がじず…乗りこなせた時、自分が誇らしかったことを覚えてる」

ギュンターは穏やかそうな外見と違い、内面は荒々しそうなラッセンスに思わず囁く。
「手綱の合図は効かない。
軽く蹴って“前進”
強く蹴って“止まれ”だ」

ラッセンスは頷く。
「…だが騎乗時間が長いと…ザムの馬は乗り手の心を読んで、駆けると言う。
そんな乗り手になりたいと願ったが…」

ギュンターは顔下げた。
「…そうなる前に、叔父に召し上げられたんだな」

けれど背後から、モーリアスまでもが騎乗したまま、馬を寄せながら告げる。
「ザムの馬なら、俺も欲しい」

ラッセンスは振り向くと、ぼそりと言い渡す。
「…俺が先だ」
モーリアスはムッ!として言い返す。
「早い者勝ちなのか?!金なら払う!」

ラッセンスが、尚も言う。
「取り上げたら、この一年の乗る馬が無くなるから、交換だ」

モーリアスは張り合うように、言い放つ。
「なら彼の気に入る馬と交換しよう!」

一年は馬に乗ったまま、横に付くギュンターを見下ろし、心底困ったようにつぶやく。
「…あの…。
一緒に…」

ギュンターは頷くと、言った。
「付き添う」

一年の子はギュンターのその返答に、ほっとして微笑んだ。

講師の口から解散が告げられた時。
ほぼ陽は落ちて、辺りは薄暗い。

ギュンターと一年の子は、厩前でザムの馬と共に待っていると。
シュルツが馬を引いてギュンターに寄る。
「…問題ですか?」
ギュンターは頷く。
「上級者向きの馬で、三年大貴族が欲しがってる。
今から馬を交換するから、俺は残るが、皆は解散して良いと。
伝えてくれ」

シュルツは代理を頼まれ、快く頷く。

シュルツ始め、グループの皆が続々厩から宿舎に帰って行く姿を、ギュンターと一年の…。
「名前を聞いてなかったな?」
とギュンターが尋ねると、彼は
「ウィースローです」
と名乗る。

間もなくラッセンスが、大貴族用厩から自分の持ち馬を一頭引いて現れ、モーリアスは二頭連れて現れた。

ギュンターはウィースローに、馬に乗ってみるよう勧める。

三頭乗ってみた結果、ウィースローはラッセンスの馬を希望した。
その時の、モーリアスのがっかりした顔を見つめ、ギュンターはぼそりと囁く。
「…あんたはラッセンスより小柄だ。
この馬は冗談抜きで、真剣荒っぽいから、ラッセンスの方が似合いだと思う」

途端、モーリアスに顔を上げられ睨まれ、ギュンターは表情には出さないものの、正直ビビった。

ラッセンスが笑い出すと
「“荒っぽい”は俺よりどっちかと言えば、モーリアスの形容詞だ」
と言い、ギュンターはマジマジと、ラッセンスより小柄で栗色巻き毛を背まで伸ばし、綺麗な顔してるモーリアスの睨み顔を見つめた。

モーリアスは睨みながら怒鳴る。
「言うな!
言いたい事は予想出来る!
が、女装したら間違いなく、俺はお前に負ける!!!」

ビシッ!!!と言い切られ、ショックで固まったのは、ギュンターの方。

ラッセンスとモーリアスが、馬と共に引き上げた後。
まだ固まってるギュンターに、ウィースローが心配げに囁く。
「あの…」

ギュンターはやっと我に返ると、ウィースローに無表情の美貌を向け、告げた。
「交換した馬、厩に戻しとけ。
馬丁に交換したこと、告げるのを忘れるな」
ウィースローは言葉をかけられ、ほっとしたように頷き、優しい馬に寄り添い、嬉しげに厩に、馬と共に消えた。

「…だが、俺の方が背が高い」

とっくに姿の無いモーリアスに、ぼそり…と今更ギュンターが言い返してると、声が飛ぶ。
「本人の前で言い返さなきゃ、意味無いんじゃ無いか?」

声の方に振り向くと、少し離れた木立の下に、デルアンダーとテスアッソン。
そしてオルスリードが立っていて、こちらを見ていた。

「……………………………………」

ギュンターが無言なので、三人は顔を見合わせ合う。
オルスリードが口開く。
「…てっきりモーリアスと喧嘩になるから。
止めなければと、待機してたが…。
違ったな」
テスアッソンが頷く。
「どっちも喧嘩っ早いと心配したが…殴り合わなくて本当に良かった」

デルアンダーだけが顔を下げ
「…どころか“どちらが女装が似合うか”
で決着付くなんてな…」
とぼやき、テスアッソンもオルスリードも、俯き加減で同意に頷き、三人は俯き加減のまま、その場をこそっと離れた。

ギュンターはどうしても、自分の方がモーリアスより女装が似合う件については、不満だった。
が、自分のプライドを思いやり
「(この件は、掘り下げるのは、絶対止めよう)」
と固く口を閉じた。
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