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アスランの抜けた合同補習

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 ギュンターがうまや前で馬を帰そうと、ロレンツォから飛び降りた途端。
ディングレー取り巻きの一人、オルスリードに離れた場所から怒鳴られる。

「今日の補習は、乗馬だぞ!」

振り向くと、この後の合同補習の監督生達、ディングレー取り巻き大貴族らはごった返す厩前を避け、少し離れた場所で、騎乗したまま群れていた。

ギュンターは、次々馬から降りて手綱引く生徒らを避け、ロレンツォに素早く跨がるとその場から離れるよう、軽く手綱を振って指示を出す。
ロレンツォが向きを変えて動き出すと、ギュンターは振り向き、厩から出て宿舎に戻っていくダベンデスタらの背を見送った。

ロレンツォはゆっくり、ディングレー取り巻き大貴族らの居る場所へ進んで行く。

監督生らはギュンターの到着を待たず、一斉に馬の水飲み場へ移動し始め、ギュンターも彼らの後を追う。
横に長い木桶に木筒から水の注がれる、馬の水飲み場まで来ると、横並び一列になってディングレー取り巻き大貴族らの馬は、水を飲を始めた。

ギュンターは一番端にロレンツォを進める。
ロレンツォは木桶の前で歩を止め、長い顔を下げて水を飲み始めた。

ギュンターは横に並ぶ大貴族らをチラ見した後、ディングレーの姿が無い事に気づき、直ぐ横のラッセンスに尋ねる。

「ディングレーは?
サボりか?」

言った途端、二人向こうに並んでた、取り巻きの中では背が低めで美形のモーリアスに、振り向かれジロリと睨まれた。
モーリアスのその向こうに居たテスアッソンが、取りなすように説明する。
「アスランの怪我じゃ、乗馬はまだ無理だから。
スフォルツァに付き添って、アスランを自室へ送ってる」

ギュンターは少し、目を見開く。
テスアッソンの手前でまだ、睨んでるモーリアスに
「口が過ぎた」
と謝ると、モーリアスは憮然とした表情のまま頷いて、ギュンターから視線を外した。

つい横のラッセンスに小声で尋ねる。
「…あいつ…」
言いかけたものの、名前はウロ覚え。
「モーリアス?」
ラッセンスに尋ねられ、ギュンターは頷く。
「怒らせちゃ、マズいタイプか?」
問われたラッセンスは、たっぷり頷く。
「俺なら、あいつの容姿についてと、ディングレーの侮辱は口にしない」
ギュンターは顔を揺らした。
改めて小声で尋ねる。
「…ディングレーに…惚れてる…とか?」

ラッセンスは目を見開いた後。
ぼそりとつぶやく。
「それを言うなら、我々全員が惚れてることになる。
モーリアスは表現が一番、過激なだけだ。
ずいぶん身軽なようだが、ディングレーへの侮辱が過ぎれば。
我々全員の拳を交わさないとな」

何気無い口調でぼそりと言われたが、底には“本気”を感じ取り、ギュンターはぎくっ。
と身を微かに揺らし、改めて朴訥ぼくとつとした長方形顔の大貴族、ラッセンスに振り向く。
真っ直ぐの栗毛を肩に胸に流し、グレーの瞳で穏やかそうな顔立ちで、一見静か。
けど体格良く、迫力が滲み出ている。

「…お前とモーリアスだけで無く?」

ギュンターがこそっ。と聞くと、ラッセンスの向こう側に居るデルアンダーが、大きく頷いて同意し、整いきった顔を向け、貫禄たっぷりにギュンターに告げる。

「ディングレーを侮辱すれば、我々全員を侮辱したも同然。
例え同じ監督生だろうが、容赦しない。
…肝に銘じとけ」
静かに言い放つと、水を飲み終えた馬の首を背後に回す。

デルアンダーに続き場を離れ行くオルスリードも、切れ長の涼しげなブルーグレーの瞳でジロリと一睨みし、歩を進める馬の背でクールに顔を背ける。
銀髪の美形シャウネスも栗色巻き毛のモーリアスもが、ギュンターを冷たい目で睨みながらデルアンダーとオルスリードの後に続く。

ラッセンスが場を離れた後、たった一人残っていたテスアッソンが囁く。
「お前はここに入って間もない。
が、ディングレーは王族で、多くの者が彼を頼りにし、慕ってる事を忘れるな。
その彼を侮蔑したら…誰もが不快に思う」
そう忠告を口にした。

ギュンターは離れ行くテスアッソンの背を、見送りながら
「…“サボりか?”
と口滑らせただけで、あんだけ言うか?!」
とため息交じりにつぶやいた。

厩から少し行った先の広場に、ディングレー取り巻き大貴族が並び、その前に続々と、一・二年達が馬に騎乗して集まり来てる。

ギュンターも取り巻き大貴族らの横に馬を付けると、自分の前にシュルツ他、グループの皆が騎乗し並び始めた。

シェイルと目が合うと、シェイルはにっこり微笑む。
頷き返したものの、ギュンターはふ…と、ローランデの姿を探す。

ディングレーの姿が無いので、ローランデが代わって先頭に立ち、背後に振り向いてグループ生が全員居るかを確認していた。

さらりと背に流れる、艶やかな淡い栗毛。
濃い栗毛がアクセントのように混じり…振り向く顔は色白で端正。

大勢生徒がいると、彼の侵しがたい気品は際立ち、ローランデを特別に見せていた。

「(…旅先で見かけたら、絶対近寄らないタイプだ)」
ギュンターが観察し、思ってると。
遅れて来たディングレーがローランデの前へと馬を進め、ローランデに不在中代理を務めてくれた、感謝の会釈をする。

ローランデは感じ良く微笑んで、頷き返してた。
ローランデの会釈を受け取り、最前列に向かい合わせに馬を進めるディングレーは、気品溢れるローランデ相手でも、怖じぬ王族の威厳をまとっていた。

ギュンターはつい、ローフィスの
『お前は下品でもいい。
誰も困らない』
の言葉を思い出し、ついディングレーの見事な黒馬エリスに“駄馬”と見つめられ、ムキになったロレンツォの気持ちが分かって、俯いた。
「(…つまりロレンツォも俺も、“気品”とは縁の無い、まるっと“庶民”なんだな…)」

改めてギュンターは思う。
教練キャゼ』は不思議な場所だと。
“王族”だとか“大公子息”なんて、普通に過ごしてたら絶対親しくならない、お偉方。

オーガスタスもローフィスも、自分と同じ“庶民”。
ギュンターは改めて、自分の横一列に並ぶ、ディングレー始め取り巻き大貴族らを見て、ため息吐きながら思った。

「(こいつらは間違いなく…別次元の存在だ)」

やがてディングレーを先頭に、ディングレーのグループが走り出し、次にオルスリードのグループ。
と、続々動き出す。
横のテスアッソンのグループが動き、最後尾の後に、ギュンターは“続け”と軽く手綱を波打たせ、ロレンツォに合図を送った。

けれど速度が上がり始め、ギュンターは少し馬を下げ、直ぐ後ろから来てるシュルツに馬を並べて問う。
「…どのコースか、講師って言ってたっけ?
ちょっと他に気を取られてたから、聞き逃したかも」
シュルツはそう尋ねられて、微笑む。
「補習で以前通ったコースを、二つ組み合わせて走ると。
貴方はいなかったので、ピンと来なくても無理ありません」

ギュンターはシュルツの気遣いに、つい彼を見る。
年下とはいえ、彼も大貴族。
どこか気品と気迫を垣間見せるが、朴訥ぼくとつとして温かい人柄に見えた。

「(…そうか…大貴族って共通して、育ちの良さから来る迫力とか…存在感みたいなのがあるんだな)」
けれどシュルツの言葉に頷き、再度尋ねる。
「…結構難しいコースか?」
シュルツは笑顔で言葉を返す。
「ちょっと起伏のある丘のコースと…少し大きい池の周囲を走ります」

ギュンターは幾つかの『教練キャゼ』周囲の景色を思い浮かべ、頷く。
「…乗馬で問題あるヤツ、グループに居るか?」
シュルツは笑う。
「乗り慣れてない者もいるけど…皆、普通には走れます。
唯一の問題児、アスランが居ないので…」

ギュンターは頷く。
そしてシュルツに
「最前列を頼めるか?
俺はまだ皆の様子が分からないから、最後尾で観察したい」
と告げる。
シュルツは嬉しそうに頷き、直ぐ馬に拍車かけて併走するギュンターより先を、駆けて行った。

ギュンターは横に並ぶグループ生らに、“シュルツに続け”と言い続ける。
途中スフォルツァを見かけると
「アスランは大丈夫か?」
と声かける。
スフォルツァは振り向くと頷き
「普通に動く分は大丈夫ですが…。
“乗馬は馬に乗ってればいい”
で済まず、馬上で始終大きく揺れるので、怪我が酷く悪化するから。
と説得するのが、結構大変でした。
貴方に代わってから、アスランは補習に積極的なので」

ギュンターは少し俯く。
「積極的はいいが、怪我が治らないのはマズいな」
スフォルツァは感じ良く微笑むと、前と間が開いたのを目にし、ギュンターに振り向き会釈した後、追い抜いて行った。

ギュンターは、はやるロレンツォをなだめ、最後尾に付くと。
背後から皆の乗馬を見た。

確かに二人程、馬の扱いに困ってる者は居た。
なんとか馬に意思を伝え、馬はしぶしぶ言う事を聞いてる光景を目にしたから。

「(…乗馬の腕…と言うより単に、馬に舐められてるだけに見える。
…馬の扱いが上手いのも、乗馬の腕の内か?)」

ギュンターはロレンツォを見た。
ずっと乗り続けてるから、ロレンツォも自分の気質を理解してるし、こっちにもロレンツォの癖が分かってる。

慣れてない馬に乗ると、自分もやっぱり苦労するのかな?
と首を捻りつつ、最後尾に続いて、なだらかな丘を駆け上がった。
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