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監督生ギュンター

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 ギュンターは二日酔いで痛む頭を振った。
リアナと過ごした後、下に降りて行くとまたみそぎメンバーは居て。
肩を抱いて来て、空けた側からグラスに酒を注ぐ。
ヤケになってあおりまくり…その後意識不明に。
様子見に来たオーガスタスに抱かれて運ばれていたらしく、気づくと朝、自分の寝台で目が覚めた。

暫く昨夜のいきさつを思い出そうとした。
が、確か大きく頼れるオーガスタスに抱き上げられて運ばれた時。
改めてオーガスタスの頼もしさを思い知った気がし、酔いも手伝って呻いてた気がする。
「…どうしたらこんな男になれる…?」
「こんな?」
オーガスタスの…親しみの籠もる、聞き慣れた低音ボイス。
声だけ聞いても、彼が頼れるおすで、誰もが彼に信頼寄せる気持ちが分かった。

「…お前みたいに」
つぶやくと、オーガスタスのため息が聞こえた。
「…ちゃんと他のヤツから見たら、お前だって頼れる男だ」
「…そうかな…」
「そうだ」
言い切られ…ギュンターはなんだか凄く、ほっとした。
心に暖かい光が満ち、その後安らかな眠りに落ち行った気がする…。

がば!と身を起こす。
つまりオーガスタスは…そう言えるだけの、懐の広い男でうつわもデカい…。
寝台から出ると、上半身が映り込む程度のデカさの鏡に、自分の姿を見つける。

金色の巻き毛と面長の顔。
紫の瞳。
確かにとても優美に見え、チャラついた…女みたいな顔に見えた。
自分の容姿を忘れていたかったから、鏡なんて置く気も無かったが、ディングレー私室に出入りするとあそこは鏡がふんだんにあり
「(やっぱ身だしなみ確認するためには、必要か…)」
と、三年の一人が捨てると言ってた鏡を
「なら、くれ」
と言って貰い、自室に据えた。

確かに貴婦人のツバメに見え
『こんな姿の男がいたら、俺だってツバメだと思う』
と改めて感じ、ギュンターはため息と共に堂とした体格のオーガスタスを思い起こし
「…かなうはず、無いか」
と呟いて、寝台下に置いてあるアーフォロン酒を取り出し、あおる。

叔父との旅でずっと飲んでた酒で、爽やかで甘みがあり、けれど飲んだ途端、かっ!と身が火照って、力の抜けた体に生気が蘇る。

が、ふらつく頭はどうにも成らず、首を振って服を着、食堂に降りていった。
外階段を降り、大食堂に続く扉を開けたが…。
がらん…としてる。

「(…ヤバい…。
寝過ごしたか)」

部屋の隅の大皿に寄って行くが、少し残ってればいい方。
どれもほぼ、空だった。

部屋の隅の目立たない、調理場に続く扉を開ける。
廊下の先の扉を開けると、調理場では手前の広いテーブルに揃って座る、大勢のコック達が食事中で。
一斉に振り向くから、ギュンターは呻いた。
「残ってる食事があったら、分けてくれ」

一人が笑顔で、横の空いた席を示してくれたけど。
別の一人が言う。
「後片付けを手伝ってくれたら」

ギュンターは頷く。
「ナンでもする」

そして横に長い椅子の、空いた席に座って、まかない食にありついた。

片付けの間、頭がフラつく様子を見て、コックの一人が
「二日酔いか?」と聞くので頷くと、手の平よりは大きい小瓶を渡され
「それ、飲むといい」
と言うので飲んだところ、頭のふらつきは治った。
が、次に来たのは眠気。
食べた後だったのでギュンターは、宿舎を出た茂みの中に倒れ込んで、そのまま眠った。
だから、目覚めた時。
がばっ!と身を跳ね上げ、駆け出した。

確か二限目は歴史だったと思い出し、講義堂へと駆け込んで、廊下を駆ける。

が、鐘が鳴って階段を上がってる間に、講義室から人が出てくる多数の靴音が響いた。
止まるべきだったが、勢い止まらず階段を登り切って角を曲がった途端。

向こうからやって来た人物と、ぶつかりそうになって咄嗟、歩を止める。
ぶつかる寸前で顔が間近。

すると間近に見たぶつかりかけた人物は、かなりの美青年。
珍しいグレーがかった明るい栗毛で、肩までの短髪。
ブルーグレーの瞳で、自分のような面長じゃなく、卵形の顔。
目鼻立ちが整い、自分ですら“綺麗”と思えた。

が間近に寄せた彼の顔は、目を見開いていて
「…綺麗…」
と、自分に向けて言ったのだ。

ギュンターは気づくと、拳を振り切っていた。
間抜けた話だったが、振り切ってから
「(マズい…)」
と気づく。
が、拳に手応えは無い。

見ると“綺麗”な彼は、咄嗟顔を下に下げ、身を屈めて避けていた。

ギュンターはほっとしつつも
『悪かった。夕べの酒が残ってて。
殴るつもりは…』
と言い訳ようとした。
けど彼は素早く身を返し、もう駆け去って行った。

ダベンデスタがその彼が脇をすり抜けていくのを避け、こっちを見て叫ぶ。
「何、二限もサボってたんだ?!」

寄って来るダベンデスタに尋ねる。
「今あれ…」
「ああ、ゼイブンか?
あいつ、すげぇ美形で一・二年の時はグーデン一味に狙われまくってたが。
実はめちゃくちゃ女好きで。
今は暇さえあれば、講義サボって女口説いてるから、タマにしか見かけない」

「………………………………」

ギュンターは自分でも“綺麗”だと思う男に“綺麗”と言われ、思ったより自分がショックを受けてる。
と改めて思い知った。
が、ダベンデスタが畳みかける。
「ミシュランの後ガマで監督生に選ばれたって聞いたぜ?」

ギュンターは途端、眉下げる。
「なんで、俺だ?
お前の方がよっぽどマシだろう?」
ダベンデスタがため息吐く。
「…そりゃ俺は、ゴツい顔の割に人が良くて、よっぽど追い詰められない限り、きっぱりした態度も取れない。
お前、顔は綺麗だが四の五の言わずに拳振るし。
下級にナメられないと、講師も踏んだんだろう?」
「…やっぱ、ナメられるか?」
「そりゃな!
生意気なヤツもいる。
だが聞いた話だと、お前のグループってサリアスって二年の、すげぇ使えない剣の落ちこぼれと。
事故起こしたアスランって、グーデン愛玩でしか『教練キャゼ』に残っていられない、すげぇ落ちこぼれが居るから。
次の監督生も、上手くやれないかも。
って評判だ。
お前がコケたら、また誰か選ばれる。
喜ぶヤツもいるが…喜ぶヤツは、大抵講師が選ばない、不適格なヤツだ」

ギュンターはチラ…と廊下の先からやって来る、体格も見目もいい平貴族、デラロッサを見る。
「…あいつはナンで選ばれない?」
「…交渉上手で、講師に聞かれた時、お前がコケたらやる。と申し出をかわしたらしい」
「断れるのか?!」
「…あいつ、やる気だと凄いが。
やる気ないと、まるっきり手抜きするって、講師共も分かりすぎてるから」
「………………………………」

ギュンターは何も知らなかったから、体よく押しつけられたんだと改めて気づく。
デラロッサは気づいて横を通り過ぎる時。
ギュンターの背をぽん!と叩いて
「頑張れよ!」
と告げて行く。
ギュンターは去り行くデラロッサの背を、思わず睨み付けた。
「(俺がコケたら自分の出番だからか…!)」
ダベンデスタは
「それそれ!
お前、顔が綺麗だから。
睨まれると大抵の相手は、かなりビビる!」
「睨みと顔が綺麗と!
ナンの関係がある!」
「…俺みたいに、普段から睨んでるような顔だと、改めて睨んでもインパクト無い…から?」
ダベンデスタにもビビり気味に言われ、ギュンターは顔を下げて、自重した。

「(…朝、鏡見たのがマスかったな…。
鏡の位置、わざわざ見ないと姿が映らない場所に移そう…)」


全校生徒が集まる昼食時、ギュンターはオーガスタスに昨夜の礼を言おうと姿を探したが。
オーガスタスどころか四年は全員、遅れてて、結局食事を終えても現れなかった。


放課後。
ディングレー取り巻き大貴族のオルスリードに
「行くぞ!」と呼ばれ、ついて行く。

デルアンダー、テスアッソンらと合流し、ギュンターは居心地悪げに、びしっ!としてる大貴族の監督生に、混じった。

その日は剣の講義で、ギュンターは自分のグループ生らの、前に立つ。
ローランデの片割れ、美貌のシェイルが居て、ギュンターは改めて『教練キャゼ』一の美少年と呼ばれる、シェイルを見た。

確かに綺麗だったけど。
美少年趣味の無いギュンターにとって、感想はさ程無かった。

二年大貴族のシュルツは朴訥ぼくとつとした温かい人柄のようで、好感持てたし。
一年筆頭と呼ばれるスフォルツァは、思ったより威張ってなかった。

ギュンターは思わず、リーラスのローランデ。
オーガスタスのディングレーのような人材がいるのかと、初日なのに値踏みしてる自分に気づき、俯く。

さして自分が指図しなくとも、グループの皆は講師の号令で、二人ずつ向かい合って、剣を振り始めた。

他を見ると、デルアンダーは剣の振りがめちゃくちゃな下級の、振りを直してた。

そして一人、力の入らないひょろひょろの剣を振り、相手に剣をブツけられ、手から剣が吹っ飛びそうな弱々しい剣使いの、大人しげな濃いめの栗毛の少年を見つけた。

「…サリアス?」
名を呼ぶと、振り向く。
びくっ!として、萎縮していたから…ついギュンターは小声で囁く。

「もっとちゃんと握らないと。
逆に手首、痛めるぞ?」

けどサリアスは俯く。
シェイルが横からやって来て
「サリアスは…」
と言いかけ、ギュンターは気づく。

「手首…痛めてるのか?
右だけか?」
聞くと、サリアスはもっと俯く。

つい、剣を下げて握ったままの、サリアスの手首を掴み上げる。
そして左の手首も。

熱を、保っていた。

「…医療室行きだ。
湿布して貰え。
治るまで、剣は握るな。
誰か付き添いは…」
横のシェイルが、にこにこして頷くから、ギュンターは
「頼んで、いいのか?」
と聞いた後、顔を耳元に寄せて尋ねる。
「君ほどの美少年だと…グーデン一味は危険じゃないのか?」

けど横の、やんちゃそうな栗色巻き毛の少年が叫ぶ。
「シェイルはディアヴォロスの大事な人だから!
シェイルに手出しするとディアヴォロスを敵に回すから、グーデンらはもうしない!」

ギュンターは俯いて、真っ赤に成ってるシェイルを覗う。
「…そうか…無事なら良い。
サリアスを頼む」

シェイルは詳細を突っ込まれなくて、ほっとしたように顔を上げ、頬を上気させてほんのり薔薇色に染め、こくん!と頷いた。

ギュンターはついこの中のリーダー格に見えるシュルツに、寄って行って尋ねた。
「…あんな怪我してても、剣振らせるのか?
合同授業って」

シュルツは振りかけた剣を止め、背の高い美貌のギュンターを見上げた。
「今までの監督生は。
怪我をしていようが、サボるな!と…。
なのでサリアスの手首は少しも治らないで、今に至ってる。
多分…」
ギュンターは口挟もうとしたけど、閉じてシュルツの、言葉を待った。
「…グループ対抗の時、サリアスはいつも負けるから。
彼を外したくて…ミシュランは、サリアスの怪我を酷くさせてたんだと思う」

ギュンターは尋ねる。
「グループ対抗で…負けるとマズいのか?」
シュルツは顔を下げる。
「…勝った方が…優秀な監督生と思われるから…」

ギュンターは、ため息吐いた。
「…俺はオマケで選ばれたようなもんだから。
対抗戦でいい成績残せと、言う気は無い。
怪我は治せ。
無理はするな。
だが、出来るのに手抜きは許さない」

シュルツはそう言ったギュンターを見上げ、途端にっこり笑うので。

ギュンターはその笑顔に押されたように…この仕事の重要性を思い知った。

見回してみると確かに…他の監督生らのグループ生達に比べ、彼らは萎縮し、暗く、元気が無いように見えた。

ギュンターは放って置けない気がして、酒場がお見限りになる図が頭の隅に浮かんだ。
変な剣筋のグループ生を見つけると、弾かれるように体が動き、気づくと側に寄って忠告していた。

「肘を迂闊に曲げるな。
剣をがつんと相手にブツけられた時。
ヘタすると肘を脱臼する」

言われた少年は、きょとん、とする。
「…怪我…しないように剣を振るんですか?」

「当たり前だ!
怪我なんてしたら、それ以上戦えずヘタしたら殺される!
少しでも怪我しないよう、戦う方法を覚えろ!」

そう言われた少年は、頬を上気させ、嬉しそうに微笑んだ。
ギュンターはその様子を見、改めてよく見ると、今まで萎縮していたせいか。
みんな、どっか動きがぎこちなかった。

ギュンターはとりあえずあちこち回り、怪我しそうな剣の振り方を一通り、注意して回った。
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