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監督生交代劇

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 焦げ茶が基調の、重々しい雰囲気の講師館の一室。

ディングレーはこの部屋にいるギュンターの、すましきった美貌を覗った。
金の波打つ髪が、ギュンターをこの部屋で一番、軟弱に見せていた。

目前には四人の講師がそれぞれの椅子にかけ、無言の威圧で正面に対する、椅子にかけたギュンター、そして少し離れた横の椅子にかけるミシュラン、その二人に与えていた。

ギュンターとミシュランの背後には、自分を始め監督生らがずらりと椅子を並べ、譲り渡しの儀式のようなこの会合を、背後から見守っていた。

ディングレーは横のデルアンダーをチラと見るが、デルアンダーはギュンターが次の監督生候補なのに内心驚いてる様子で、だが表情にはおくびにも出さない。

濃い栗色の髪は乱れを見せず整っていたし、グリンの瞳は正面。
講師と不祥事を起こした監督生らの成り行きを見守っていた。

高く美しい鼻の、整いきった横顔。
甘いマスクだが、厳しい男らしさもたたえていて、ディングレーは華のある男としては自分は彼に見劣りする。
とつい観察を止めて顔を前に向けた。

肩までの栗色短髪の、髭の一番年上の講師が、重々しく口を開く。
「…怪我人が出た以上、交代は必須だ」

ごつごつと突き出た頬骨が特徴の、短髪で明るい栗毛のミシュランが、その言葉に顔を揺らす。
そして忌々しげに、次の候補の、横に腰掛けるギュンターにチラと視線を走らせ、睨み付けた。

だがギュンターは表情も変えない。
  
「ミシュラン、次の監督生に、言っておくことはあるか?」

別の講師に聞かれ、ミシュランはまた、顔を揺らす。
監督生の肩書きは、近衛に上がった際、隊長候補に推薦されるのに有利。
だから下ろされる事実なんて、考えたくも無い様子に見えた。

事実を現実として受け止めるのがやっと。
そんな感じだった。

「…特にない。
申し開きも聞かないのか?
俺の責任か?!
あれは馬が勝手に…!」
「叫んだろう!!!」
事件の時、現場にいた乗馬の講師に怒鳴られて、ミシュランは唇を噛む。
「アスランは不慣れだと!
監督生なら知っていた筈だ!
だが大声で叫んだ!
『さっさと下れ!』と!」

別の講師が、冷静な声で告げる。
「その結果アスランは決意も無いのに悪戯に促されて馬を進め…そして怪我を負った。
かなりの傷だ。
聞いた話だと、二年のサリアスも腕を痛めているらしいな?
それでも無理に剣を握れと、君は命じたとか」

それを聞いた時。
横に座るギュンターが顔を下げ
『それ、マズイよな』風に、短いため息を吐いた。

聞こえてるミシュランは、膝の衣服を握りしめて呟く。
「…それは…二年シュルツの証言ですか?!
あいつは俺を見下してる!
自分は大貴族で、俺は平貴族だから!!!」

ミシュランが身を震わせて叫ぶのを、ギュンターが横に顔を振り向けて見つめる。
が、剣の講師は言った。
「シュルツは関係無い。
サリアスの様子を俺が見て、後で腕をた結果だ」

ミシュランはグループ生との軋轢あつれきを、みずからさらした結果となって、失態に更に唇を噛む。

だがその時ようやく、ギュンターが口開いた。
「…俺も平貴族だ。
それに…」
そして背後に振り向く。

ディングレー始め、ディングレー取り巻きの大貴族らの、びしっ!と背筋伸ばして椅子に座る姿を見、ギュンターは前に振り向いて講師に告げる。

「…他に人材、無かったのか?
第一なんで入りたての俺が選ばれる?
しなんだ?」

三人の講師が言い淀む中。
一番年長の髭の講師が、じっくりと言い聞かす。
「それは知る必要が無いし、ここで言う気も無い」

つっぱねられて、ギュンターは俯く。
「…だが…俺の意思は無視だろう?
第一ここに呼び出されて
『次の監督生に、お前が選ばれた』
それっきりで、今に至ってる」

講師らは、普通名誉ある選抜で、断る者などいないと思っていたから、入ったばかりで何も知らないギュンターの事情を思い出し、同情心が沸いて、互いを見つめ合う。

だがまた、年長の髭の講師は言った。
「お試し期間だと思って数日やってみろ。
それでダメなら他を探す。
が、お前は弟が二人居て、面倒見た経験があると聞いた。
年下のグループ生らの面倒を見る仕事だから、やれない事は無いんじゃないか?」

ギュンターはそれを聞いて俯いた後。
吐息を吐いて、頷いた。
「…分かった。
だが俺は、剣も乗馬も自己流だ」

髭の講師が促す。
「お前が講師になる必要は無い。
が、他の監督生の教え方を参考にしろ。
グループ生は皆、いろいろな地方出身者。
それぞれ違った剣を使う。
彼らの特性を生かし、悪い部分は指摘してやればそれでいい」

ギュンターが頷くのを見て、ミシュランはギュンターを敵視するように囁く。
「…だが彼は学年無差別剣の練習試合にも、出ていない。
ここでの実績も無い。
そんな者に務まりますか?
第一、代わりを探す必要は…」
「変えるしかないと、いい加減気づけ。
ただの怪我なら目をつむる。
が、命を落としかねない状況での、大怪我だ」

現場に居た乗馬の講師にぴしゃりと言われ、ミシュランは俯いて口をつぐむ。

ギュンターは喰い下がる横のミシュランに振り向き、ぼそりと言った。
「怪我を負えば戦場でそれ以上戦うのに、圧倒的不利だ」

ミシュランが、横の冴えた美貌のそう言ったギュンターの、珍しい紫の瞳を見つめる。
ギュンターはまた、言った。
「…避けて怪我を負わない方法か。
怪我を負った場合の対処法を教えるべきだ。
怪我を負わせるのはもっての外で、戦力喪失を考えれば逆。
怪我から庇うべきで、だから…講師が下ろしたがるのも、無理無いんじゃないか?」

背後で聞いていたディングレーは目を見開いたし、横一列にずらりと椅子を並べていた取り巻き大貴族らも、ギュンターの発言に感心していた。

ミシュランはぎん!と目を剥いて、鋭いグレーの瞳でギュンターを睨み付けた。
が、ギュンターは表情も変えず、顔を目前の四人の講師に向け、言い放つ。
「お試し期間でダメなら。
変えてくれるんだよな?」

だが事故現場に居た乗馬の講師は、にこにこ笑って言い切った。
「ダメならな!」

ディングレーは横の取り巻き大貴族らが一斉にため息吐くのを聞いて、横に振り向く。
皆、同じ考えの様子で、顔を少し、俯けていた。

平貴族は大貴族より、よほど頭も感覚も柔軟。
年下のグループ生を教えるのに、平貴族の方が器用だと、誰もが去年で思い知っていた。

…なぜなら去年の監督生は、今の四年。
監督生はオーガスタスの取り巻きの平貴族らでほぼ占められ、交代劇は気に入った下級ばかり贔屓する、美少年好きな大貴族、ただ一人。

オーガスタス始め他の皆は、下級の自分達に柔軟に対処し…。
正直いい加減な監督生に呆れながらも、開放的な雰囲気で、剣も乗馬も上達した経験から、皆は平貴族に一目置くようになっていた。

だがその後、皆が自分を、チラチラ代わる代わる視線送って来てる気がして、ディングレーは振り向く。
途端皆一斉に、顔を下げるか背けるかしてる。

ディングレーはもしかして彼らが
『平貴族のギュンターが代わりを務めるのが、気に入らない』
と思われてるのかな?
と首捻った。

「君はもう外していい」

ミシュランは講師に退場を命じられ、俯いたままむすっと怒りを抱え込んで、椅子を立つ。
ギュンターを睨み付けていくかと、背後のディングレーも大貴族らも見守った。
が、そのまま無言で部屋を出て行った。

四人の講師は、新しく監督生になったギュンターを一斉に見つめる。
ギュンターがまた口を開き
「…本当に他の人材は…」
けど言葉の途中で、年上の髭の講師がきっぱりと言い切る。
「困ったら背後の監督生らの、指示を仰げ」

ギュンターは言葉を遮られ、項垂れる。

講師らは背後の現監督生らに、視線を送って告げた。
「ギュンターは入って間もない上、去年を経験して無いので不慣れだ。
彼に聞かれたら、出来るだけ親切に色々教えてやってくれ」

ディングレーが頷くと同時。
他の監督生らも、真顔で一斉に頷く。

ギュンターはチラ…と背後に振り向き、いつもビシッ!と背筋伸ばしてる大貴族らから見ると、はぐれ者のような自分を感じ、また前を向いてため息を吐いた。

会合が終わり、皆一斉に椅子を立ち始め、ギュンターは慌てて椅子を立つと、戸口に向かうディングレーの腕を咄嗟、歩を止めさせるように掴む。
ディングレーも目を見開いたけど。
他の大貴族らはそれを見て、もっと驚いて目を見開いた。

「…なんで俺が選ばれたのか。
分かるか?」
ギュンターに聞かれ、ディングレーは即答する。
「…剣も乗馬も出来ても。
面倒見られる者はなかなかいない。
ましてや、怪我人が出た後。
グループ生は動揺してる。
だから…敷居はもっと高くなる。
弟が二人。ってのが、決め手だったんじゃないか?」
「だが俺が弟の面倒見てるって、なんで奴ら(講師)が知ってたんだ?」

ディングレーは面倒くさげにぼやく。
「どっかから、耳に入ったんだろうよ。
奴ら(講師)は今の四年と、かなり親しく話すから」

ギュンターはようやく思い当たって、掴んでいたディングレーの腕を放す。
「…ああ…一緒に酒場で会う面々から、多分聞いたんだな…」
今度はディングレーが目を見開く。
「酒場で四年らに。
…そんな話するのか?お前」

「いや。
女達に聞かれた時や、一緒に出かけた際、女の弟の面倒見たりしてたからな。
多分女達から、又聞きしたんだろう?」
ディングレーはますます目を見開く。
「…デートに出かけて、相手の女の弟の面倒、見たのか?」

ギュンターは金髪巻き毛を揺らし、美麗な顔で頷く。
「子守がいないと付いて来て。
心細げに見えたから。
俺は男の餓鬼の扱い方は慣れてる。
…女はゴメンだが。
こまっしゃくれて口ばっか達者で、大人扱いされたくて背伸びして。
全く餓鬼の女って、面倒だぜ…」

だが元々子供の世話をした事の無いディングレーは、ただ、頷いた。
「…そうか」

「…で、授業後にあるのか?」
尚も聞かれて、ディングレーはため息交じりに頷く。
「…酒場通いが、出来なくなるかもな。
その辺りは四年に聞け。
奴ら、それでも上手く息抜きしてたから」
「四年の…誰だ?
オーガスタスは付き合い程度で、他の四年ほど酒場に入れ込んでないぞ?」

ディングレーはギュンターを見つめ、たっぷり頷いて、提言した。
「…リーラス」
その一言で、ギュンターも納得して思いっきり頷いた。

ディングレーが振り向くと、デルアンダー始め取り巻き大貴族らは、退場せず戸口で一斉に見つめているから。
「?
俺を、待たなくて良いぞ?」
と言って戸口に歩き出す。

ギュンターも付いてきて、講師館を出た途端
「…四年宿舎に行く」
と告げて、背後から離脱した。

ディングレーは頷き返したものの、その後前を歩く大貴族らがチラチラと振り向くのに、やっぱり
「?」
と思って尋ねる。

「ギュンターが選ばれたこと、不満か?」
するとテスアッソンが振り向き、慌てて言う。
「いえ、そんな事は…」
そして一斉に皆、前を向くと
「ああ剣の具合を見ないと…!」
「家から使者の来る予定で!」
「しまった!今日は合同授業が休みだから、早く戻る予定だった!」
と一斉に“予定"を口にし、そそくさと散って行く。

ディングレーはふと足を止め、アスランの怪我で突然開いた授業後を、久々にローフィスと過ごそうと、四年宿舎に足を進めた。
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