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週末最後の時間

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 夕食が近づいた頃。
校門に続々と、帰郷した者らが詰めかける。

がらんとしていた各学年宿舎が、一気に賑わいを取り戻し始めた。

ローフィスの部屋に、オーガスタスが顔出して言う。
「…お前ら、結局ここに居たのか?」

室内の全員が、オーガスタスの言う所の“お前ら”が誰なのか。
顔を上げて見る。

オーガスタスが視線向けてたのは、二人がけソファに座るディングレーとギュンター。

二人は頷きながら、ペンを走らせてた。

「…アスラン、自宅からここへ連れ戻したぞ。
リーラスが馬車から降りたハウリィを、保護してる。
お前の留守中、勝手にお前の部屋に、二人戻して良いのか?」

ギュンターに腕を小突かれ、ディングレーは気づいて顔を上げ、戸口に立つ『教練キャゼ』一長身の、迫力な体格のオーガスタスを見上げ、頷く。
「後2行で終わる。
そしたら俺も自室に戻るから」

オーガスタスは腕組みし、ため息交じりに告げる。
「…だから?」
ディングレーは気づいてまた、顔を上げて言う。
「勝手に部屋へ入ってくれて、いい」
そして顔を下げ
「…ローフィスの部屋は、誰でも出入り自由なのに。
なんで俺の部屋は、許可取らないと入れないかな…」
とぼやく。

その言葉に、隣に座ってるギュンターも目を見開いたし。
ヤッケル、フィンス、ローランデまで、ぎょっとした。

シェイルがため息交じりに言い返す。
「なんで取られて困る高級な物が一個もない、ローフィスの部屋と比べるかな。
あんたの部屋に盗賊入ったら。
ウハウハで目の色変えて、奪いまくるのに」

ヤッケル、フィンス、ローランデが無言で同意して頷く中。
ディングレーはつい横の、頷きかけたギュンターを見る。

アイリスも呆れて言った。
「でも盗賊が取っちゃう物、山程あるから。
プライバシーが護られてるんですよね?
ここ、無いでしょ?プライバシーなんて」

マレーもアイリスの意見に、頷きかけた時。
ローフィスが、むすっとして呻く。
「…取られて困る物は、目に付かない場所に隠してるし。
四年は扉閉めといても、ノックもせず開けるヤツばっかだから。
…一年の時点でとっくに、プライバシー確保なんて諦めてる」

ヤッケルが呆れてぼそりと言った。
「…良かった。二学年で」
マレーもこっそり囁く。
「…一年も…ノックしてくれます」

オーガスタス始め、皆がギュンターを注視する中、ギュンターは気づいてぼそりと言った。
「俺の部屋に見張りで張り付いてるグーデン配下は多分、ノックしないだろうが…。
俺の部屋は“最果て”と呼ばれて、ノックどころか基本訪問者が、ほぼ来ない」

アイリスがすかさず口挟む。
「…ああ、部屋が足りず後で増設された、宿舎の外階段上がった場所でしたっけ?」
ギュンターが頷く。
「まだ冬は迎えてないが。
たいそう冷え込むらしい」

アイリスも頷く。
「外壁ぐらい、レンガを張れば少しは温かいだろうけど。
でも、木板なんですよね?」
ギュンターは頷いて言った。
「隙間が無いのが、不幸中の幸いだ」

フィンスが、顔を下げてつぶやく。
「冷遇、されてますね…」
ヤッケルも同意した。
「…来年三年宿舎だが。
あそこだけは、行きたくない」
ローランデが、微笑んだ。
「またシェイルとの同室申請出したら。
多分ディアヴォロスに配慮して、きっとマトモな部屋を割り振られるよ」
ヤッケルはローランデの言葉に、横のシェイルを見つつ頷く。
「シェイル、様々だな」
シェイルが眉間寄せる。
「…僕じゃ無いよ!
ディアヴォロスだろ?!」

ギュンターがすかさず、顔を上げる。
「その名前、よく聞くが。
シェイルとそんなに親しいのか?」

聞いた途端。
室内に微妙な空気が流れ、まだ戸口に居たオーガスタスが、ギュンターに小声で言った。
「その話は、俺がそのうち説明してやる」
「今じゃ、マズいのか?」
ディングレーが顔上げ、横のギュンターに振り向き
「下ネタの部類だから」
と忠告し、ローフィスに顔を振る。

ローフィスにジロリ。と睨まれ、ギュンターは顔下げてぼやいた。
「…ああ…禁止だっけ。
だが下ネタ禁止なら。
俺はほとんど口閉じてないと」
「閉じてろ」

オーガスタスに即座に言い返され、ギュンターは不満そうだった。
が、二年の面々は、ほっとした。

結局オーガスタスは戸口で立ったまま待ち、ローフィスはとんとんと羊皮紙の束を束ね、全て手を止め、指示を待つ皆に言い渡す。

「全て終了。
ご苦労さん!」

皆ため息を吐いて姿勢を崩す中、ディングレーは立ち上がってオーガスタスの前に立ち、告げる。
「…悪い。
結局、待たせたな…」
そして振り向き、マレーに来るよう、頷いて合図を送る。

マレーは慌てて立ち上がり、まだ座ってる、ヤッケル、シェイル、フィンス、ローランデ、そしてアイリスに、会釈する。

ディングレーと並んで、出て行こうとするその背に。
ヤッケルが声かける。
「またな!」

その声を聞いた途端マレーは振り向いて、嬉しそうに笑った。

「…奇特なヤツだぜ。
こんな地味で退屈な作業が楽しかったなんて」

テーブルにいた皆は、まだソファに座ってそうぼやくギュンターに、一斉に振り向く。
オーガスタスが顎をしゃくり、ギュンターは仕方なさそうに、ソファを立ち上がる。
そしてオーガスタスの横に来ると、小声で尋ねた。
「なんで俺まで」
「お前残しとくと、ローフィスが困る」
「…無意識に、下ネタするから?」
オーガスタスに頷かれ、ギュンターは項垂れて室内を出ようとし…。
振り向いて、二年の面々の中で一際高貴な、貴公子ローランデが色白の肌の、頬を薔薇色の染め、シェイルと話す姿を眺める。

「行くぞ!」
オーガスタスに怒鳴られ、ギュンターは慌てて室内を後にした。

「…あの美貌で下ネタ平気って、かなりインパクトありますよね?」
残ったアイリスが、にこにこと二年達に話しかけ、ローフィスはもう少しで姿を消したばかりのオーガスタスに
『忘れ物だ!』
と叫びそうになった。

が。
ともかくアイリスはギュンターと違い、迂闊に下ネタしてローランデを恥ずかしさの窮地に追い込むマネはしない様子で、仕方なしに口を閉じた。


 既に勝手にさっさと、アスランとハウリィをディングレー私室に連れ込んだリーラスは、室内に入って来るオーガスタスとディングレー、ギュンターに、振り向いて頷く。

マレーは室内にいるアスランとハウリィに笑顔で両腕広げられ、微笑んで二人の腕の中に飛び込んだ。

「寂しくなかった?!」
アスランが聞くと、ハウリィが申し訳なさそうに囁く。
「招待したかったけど、僕の家って…」
アスランも、しゅんとする。
「僕んちも同様で…あ、でも次回は招待できる!!!」
ハウリィも、嬉しそうに笑った。
「僕も!
ぜひ来て?!」
マレーは二人の笑顔を眩しそうに…。
そして少し、寂しそうに見つめた。

ディングレーが、そんなマレーの姿に胸を痛めるのを見て、オーガスタスはディングレーの肩を、ぽんと叩いて背を向ける。

ギュンターが立ち去るオーガスタスの背に叫ぶ。
「説明はどうした?!」
リーラスがデカい態度で尋ねる。
「何の説明だ?」
ディングレーが項垂れて解説する。
「…シェイルとディアヴォロスの関係について。
夕飯の支度をさせるから、二人とも食べていってくれ」

この言葉に、実は申し出を期待してたギュンターは目を輝かせ、リーラスはふんぞり返って
「ご馳走、されてやる!」
と言い切った。

オーガスタスがローフィスの部屋に戻ると、二年達とアイリスは、まだそこに居て。
オーガスタスはこっそりローフィスに寄ると、小声で尋ねる。
「…なんでアイリスは、まだここに居る?」
「お前が退場、させ忘れたから」

オーガスタスはチラ…と苦手なアイリスの、小柄で気品ある美少女のような姿を盗み見て、ため息交じりに言った。
「まあいい。
マレーの家はどんな感じだ?
一人だけ実家に戻れなくて気落ちしてるし、ディングレーも気の毒でたまらない様子だ」

ローフィスは頷くと
「あいつ、残しといてくれて良かったぜ」
と言って、アイリスに首を振る。
オーガスタスは
「別に意識して残した訳じゃ…」
と小声でぼやいてたけど、ローフィスは無視して叫ぶ。
「頼まれてくれ、アイリス!
マレーの実家調査、出来るよな?!」

アイリスは好意持ちまくった貴公子ローランデにずっとおべっか使いまくり、取りまくりまくっていたが、くると振り向き言い切る。
「出来ますけど…問題が?」

ローフィスは頷く。
「ディングレーに聞いた話だと、問題だらけだ」

寄って来るアイリスから顔を背けて、オーガスタスに言い聞かせる。
「アイリスから調査を受け取ったら。
対策吟味ぎんみする」

オーガスタスが無言で頷き、アイリスが小声で尋ねる。
「…もしかして家族に…犯されてたとかですか?
マレー…」
ローフィスが、すかさず言い返す。
「後妻の…弟か兄らしい。
教練キャゼ』に来るための準備と称して」

アイリスの濃紺の瞳が、一気に陰険に輝くのを、オーガスタスもローフィスも見た。
美少女のような、赤く染まった愛らしい唇を開き、つぶやく。
「後妻…って事は、母親は…」
「男と逃げたらしく、父親は後妻に迎えた女の言いなり。
後妻の女はマレーが邪魔で…」

アイリスは、頷く。
「兄か弟に犯させて、『教練キャゼ』に追い出したんですね。
いいでしょう。
大公家に任せて下さい。
そういう事が、大好きな伯母が多分、徹底報復カマすでしょうから」

「…好き…なのか」
オーガスタスに聞かれ、アイリスは頷く。
「母も大好きだし。
祖母も大切な自分の子供をむげに扱う輩には、たいそう厳しく、報復を辞さない構えです」

「…お前の、伯母と母と祖母だけあるな」

オーガスタスのぼそりとつぶやく言葉に、突っかかろうとしたアイリスだったけど。
ローフィスまで顔を下げて頷くので、呆けて口を開けたまま、喋る言葉を失った。
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